「東静岡駅 高架下に封じ込められた“忘れ物”」――人通りの少ない高架下から奇妙な物音がするという噂。駅の遺失物保管室から消えた荷物が、そこで見つかった理由とは。――
- 山崎行政書士事務所
- 2月1日
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プロローグ:奇妙な音の正体
東静岡駅はJR東海道線の高架駅である。近代的なデザインの駅舎と広々とした改札内コンコースが特徴で、静岡駅と比べれば利用客はやや少ないが、それでも日中は一定の人の流れがある。しかし夜間ともなれば話は別だ。高架下の暗がりは人気がほとんどなく、まるで別世界のように静まり返る。そんな場所から最近、夜な夜な不思議な物音が聞こえるという噂が広まりつつあった。金属が擦れるような耳障りな音、あるいは小さな人の声のような囁き。誰がそこにいるのか、何をしているのか――深夜、ホームやコンコースは駅員が定期巡回をするが、高架下までは範囲外であり、職員たちも気味が悪いと囁き合っていた。
遺失物保管室から消えた荷物
そんな折、東静岡駅の遺失物保管室から一つの荷物が忽然と姿を消す事件が起こる。小型のキャリーバッグで、持ち主不明のまま一週間が経過していたものだ。駅員の富永が定期的に確認をしていたが、ある朝、突然見当たらなくなっていたという。「誰かが間違えて持っていったのか? それとも内部の人間が盗んだ?」駅長室では小さな騒ぎになったが、防犯カメラをチェックしても不審人物は映っていない。改札外の一部にカメラの死角があるが、一般客が遺失物保管室に忍び込むなど、かなり困難なはずだった。
さらに不可解なのは、その行方不明のキャリーバッグが、高架下の暗がりで人知れず“放置”されているのを若い駅員が発見したことだ。夜の見回りを終えた後、なぜか高架下のほうから風に乗って奇妙な音が聞こえ、覗いてみたらコンクリートの奥まった場所に不自然に転がっていたという。
刑事の着眼:時刻表と高架下
「荷物が一度、駅の保管室から消え、その後、高架下に捨てられた……」県警捜査一課の刑事・今井は、東静岡駅に駆けつけると早速周辺の状況を調べ始めた。すると、気になる点が見つかった。高架下のスペースには、鉄道会社が保線や点検で使用する作業用小道具や古い備品が一部置かれている。一見すると倉庫のようにも見えるが、立ち入り制限区域ではなく完全に封鎖されているわけでもない。つまり、外部の人間がこっそり入り込むことは十分可能だ。「深夜にこの場所で作業員が働いていたとしたら、駅の警備員やホームの監視カメラの死角をついてこられるかもしれないな……」さらに今井は、東静岡駅を発着する列車のダイヤを調べ始める。終電後に上り・下りともに回送列車や貨物列車が通過する可能性がある。もしかすると、その“合間”に犯行が行われたのではないかと睨んだのだ。
“忘れ物”が繋ぐ事件の背景
消えたキャリーバッグの中身は、一見するとビジネス書類や日用品が詰められているだけのようだった。だがよく調べると、ある企業の機密情報が記録されたUSBメモリが隠されていた形跡があるという。「つまり、盗難の目的はこのUSBメモリか」今井は駅関係者から事情を聞くうちに、まったく別の事件が背後にあることを知る。企業の内部告発を示唆するような情報が匿名で出回っていた。おそらく漏洩元が遺失物を偽装して駅に預け、相手に引き渡そうと目論んだのではないか――。だが、何者かが先にそれを察知し、キャリーバッグをこっそり盗み出し高架下で中身を物色した。そして不要になった荷物本体だけを放置していった……。「では、夜な夜な高架下で聞こえた奇妙な音は、犯人がキャリーバッグを破壊したりこじ開けたりしていたのか? それとも別の目的があったのか……」今井は頭を悩ませる。USBメモリの在処もわからないままだ。
トリックの解明
駅構内には多くの防犯カメラがある。しかし高架下の暗がりは死角となり、はっきりした映像は残っていなかった。だが、今井は駅のダイヤと照合しながら、防犯カメラの映像を“時系列で”丹念に洗い直した。すると、一人の作業員ふうの男が深夜2時頃にホームの端へ向かう姿が確認できる。通常なら終電後に入れるのは駅員か保守担当者のみ。「特別な許可証がなければ入れない場所だ。だが駅員でもないのに無断で入り込んでいる。誰の指示だ?」怪しい男はホーム上では姿を消すが、おそらくホーム下の点検口を通り、高架下のスペースへ下りたのだろう。夜間の見回りルートの盲点を突いた形だ。実際に駅で使用されている保守作業員の制服やヘルメットさえ偽装すれば、一瞬であれば不審に思われにくい。そして2時30分ごろ、その男は再びホーム上に姿を現し、何も持たずに駅外へと出ていった。わずかな時間の間にキャリーバッグを探し出し、USBメモリを回収して立ち去ったと考えれば合点がいく。
結末:夜の闇に封じられた秘密
犯人は企業の機密情報を狙っていた industrial spy のような存在であり、駅に預けられていた“忘れ物”こそがその標的だった。東静岡駅は比較的新しく、人の目が行き届いていない空間がまだ多い。まさに“死角”を突いた形の犯行だ。「だが、駅を利用した時点で逃げ切れると思ったのが甘かったな」今井は捜査の末、その男を逮捕した。わずか数分間の侵入時間であっても、夜間作業中の回送列車やホームの使用状況、そして防犯カメラのタイムスタンプが犯人を追い詰める決定打となったのである。高架下から聞こえた不気味な音は、キャリーバッグを開封する際に使われた工具がコンクリートを引っ掻く音だった。人々は得体の知れない怪奇現象として囁いていたが、その正体は企業スパイの暗躍。東静岡駅の高架下に一時的に封じ込められたキャリーバッグという“忘れ物”。深夜の静寂をやぶって鳴り響く謎の音は、複雑に絡み合う利害関係が生んだ一つの犯罪の残響でしかなかった。そしてその闇を打ち破ったのは、“時刻表が告げる列車の動き”と“カメラが刻んだ数分単位の映像記録”という、鉄道ならではの厳密さ。駅の構造を利用したつもりの犯行は、結局、その鉄道の正確さに足をすくわれることになったのだった。





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