『しずてつの線路沿いで』
- 山崎行政書士事務所
- 1月25日
- 読了時間: 7分

新静岡から日吉町まで、電車で一駅。それをわざわざ乗らずに歩くのは、たぶん、急いでいない証拠だった。
幹夫(みきお)はセノバの裏手を抜けて、線路の影が落ちる細い道に入った。鉄の匂いがする。雨の翌日みたいな匂いじゃなくて、陽に熱を持たされたレールが、じわっと空気を焦がす匂い。アスファルトの上に、二本の銀色がまっすぐ伸びて、夕方の光を薄く返している。
踏切の警報が、少し早めに鳴った。カン、カン、という音の間に、乾いた沈黙が挟まる。沈黙のほうが、耳に残る。幹夫は立ち止まらずに、警報の先を歩いた。遮断機が下りるところは見ない。見れば、止まる理由ができてしまう気がした。
線路沿いには、言葉の少ないものが多い。架線の影、支柱の錆、枕木の黒い筋。全部、黙ってそこにある。黙っているのに、時間だけはきちんと通している。幹夫はそういうものが少し好きだった。好き、という言葉を使うと大げさになるから、心の中では別の形で持っているだけだけれど。
遠くで、車体の軋む音がした。しずてつの電車が来るときの音。大きな鉄道の重たい音じゃなくて、住宅の間をすり抜ける軽さのある音。カーブの向こうから、二両ぶんの気配が現れて、橙色の腹をゆっくり見せる。
幹夫は立ち止まってしまった。止まるつもりはなかったのに、足が勝手に止まる。こういうとき、身体は正直すぎる。
電車が目の前を通り過ぎる一瞬、窓の中が見えた。吊り革、立っている人の肘、制服の袖口、買い物袋。しずてつストアのロゴが青っぽく光って見えた。誰かが誰かに言いかけたままの口元が、窓の枠で切れて、すぐ次の窓へ移っていく。言葉は拾えない。拾えないまま、生活の気配だけが流れていく。
日吉町のホームが、ちらっと見えた。短いホームの端に、白い線が引いてある。白い線の向こうは、いつも“少しだけ”怖い。少しだけ怖いから、線は必要なんだろうと、幹夫は思う。怖さのための線。境界のための線。
電車が遠ざかると、途端に音が戻ってくる。信号待ちの車のアイドリング、ビルの換気扇、どこかの店のドアベル。午後の終わりに向かう音は、どれも少し急いでいる。急いでいるのに、目的地は同じだ。家。夕飯。湯気。
幹夫はポケットの中を探った。スマホの角が指先に当たり、指が一瞬だけ躊躇う。画面は、すぐに明るくならない。明るくなる前の暗さが、いちばん落ち着かない。
通知は来ていなかった。来ていない、と分かった瞬間に、胸の奥が軽くなるのが嫌だった。軽くなるのは、待っていた証拠みたいで。待っていたことを認めるのが、少し恥ずかしい。
幹夫はスマホをしまって、線路の脇をまた歩き出した。歩くたび、レールとレールの間の石が、日陰と日向を交互に作る。日陰は薄い藍色で、日向は白い。白と藍の切り替えが、足元で小さく繰り返される。それは、心の中の切り替えにも似ていた。言える日と言えない日。進める瞬間と立ち止まる瞬間。繰り返すうちに、どちらが本当なのか分からなくなる。
高架の影が薄くなって、視界が開けたところで、また踏切があった。遮断機のそばに、黄色い線。白い柵。いつもそこにあるものが、今日はやけに鮮明に見える。午後の光が傾くと、輪郭は強くなる。強くなった輪郭は、隠していたものも浮かび上がらせる。
踏切の前で、幼い子どもが母親の手を握っていた。母親はスマホを片手に持ちながらも、もう片方の手はしっかり子どもを掴んでいる。掴む手の力は、言葉よりも確かだ。子どもは踏切のベルに驚いた顔をして、でも手があるから立っていられる。
幹夫は、その光景を見ないふりができなかった。目に入ってしまったものは、心の中に入ってくる。入ってきたものは、勝手に奥まで行く。奥まで行くと、置いてきた景色まで連れてくる。
港の堤防。潮の匂い。紙袋のざらつき。母が髪を耳の後ろへ戻す指。父が海を見たまま、何も言わなかった背中。そして、そのあとに残った、言い切れなかった空白。
幹夫は喉の奥を軽く鳴らした。声にするほどじゃない音。誰にも聞かれない音。誰にも聞かれない音なのに、自分だけは聞いている。こういう小さな確認がないと、午後はどこかへ傾いてしまう気がした。
踏切のベルが止まり、遮断機が上がった。風が一度、線路の上を撫でていく。レールの熱と、夕方の冷たさが混ざった風。夏の名残と、終わりの予告が同居した風。
幹夫はその風の中で、さっきまで“来ていない”ことを確認して安心していたスマホを、もう一度取り出した。画面を開く。連絡先の一覧をスクロールする。母の名前は、いつも同じ場所にある。場所が変わらないことが、かえって怖い。こちらだけが変わっていくのに、文字は同じ顔でそこにいる。
入力欄を開いたまま、しばらく指が止まった。言葉を打つ前の沈黙が長いと、指先が冷える。冷えると、やめる理由が増える。やめる理由はいつも簡単に見つかる。電車が来るから。人がいるから。バッテリーが少ないから。どれも本当で、どれも本当の理由じゃない。
線路の向こうから、また電車の音が近づいた。今度は反対方向。新清水から戻ってくる便だろう。カーブの向こうで車体が少し揺れる。揺れながら近づいてくるものは、たいてい逃げ道を塞ぐ。逃げ道が塞がると、人は決めなければならない。
幹夫は、短く打った。
「今日は、歩いた」
送信しそうになって、やめた。“今日は”の後ろに、何を続けるべきか分からなかったからだ。歩いた、だけなら、誰にでも言える。母に言う必要はない。母に言うなら、別の続きがいる。でも、その続きは、まだ整っていない。
電車が踏切の向こうを通り過ぎていく。窓の中に、また生活が流れる。吊り革、買い物袋、子どもの足。一瞬だけ、窓際に座る高校生が外を見た。目が合った気がした。気がしただけで、胸の奥が一度だけ動く。見られたと思うと、こちらの中身が透ける気がする。透けるのが怖いのに、透けたくなる瞬間もある。
日吉町のホームで、電車が止まる。ドアが開く。人が降りる。人が乗る。その一連は、説明がなくても成立してしまう。成立するから、余計な言葉がいらない。いらない言葉が増えたぶんだけ、言うべき言葉だけが残る。
幹夫の指が、もう一度動いた。今度は、宛先をちゃんと書くみたいに。
「母さん」
それだけで、胸の奥が少し熱くなる。宛先を書くと、言葉は逃げられなくなる。自分も逃げられなくなる。逃げられないのは怖い。けれど、逃げられる場所にずっといると、今度は自分が薄くなる。
続けて、短く打つ。
「しずてつ、乗るたびに思い出す」
何を、とは書かない。でも、自分の中で“何を”は分かっている。分かっていることを全部書くと、言葉が壊れる気がした。壊れる前の形のまま、置いておきたかった。
送信した。
画面の小さな矢印が上へ飛ぶ。飛んだだけなのに、世界の傾きがほんの少し戻る。戻るというより、傾きに慣れる。傾いたまま立てる角度を見つける。
スマホが震えたのは、そのすぐあとだった。
「私も。日吉町の踏切、覚えてる。 あの音、夏の終わりみたいだね」
夏の終わり、という言葉が、画面の上で小さく光った。光ったのに、眩しすぎない。眩しすぎないから、胸の奥まで降りてくる。
幹夫は返信を打たなかった。打たなくてもいい気がした。今日のところは、届いたことだけで十分だった。届く、というのは、答えが出ることじゃない。答えが出なくても、同じ線路の上にいると分かることだ。
そのままスマホをしまい、幹夫は線路沿いを歩き出した。遠くでまたベルが鳴る。遮断機が下りる音がする。電車が来る。電車が去る。いつも通りの繰り返しのはずなのに、今日はどれも少しだけ違って聞こえた。
日吉町の駅名標が、夕方の光の中で白く浮いていた。その白さは、夏服の白よりも落ち着いて見えた。落ち着いて見える白は、終わりを含んでいる。
幹夫はホームの端まで行かず、そこから少し離れた線路脇で立ち止まった。列車は来ない。来ない時間があるから、来る音がはっきりする。音はいつも、来る前がいちばん確かだ。
しずてつの線路沿いで、幹夫は名前を呼ばれた気がした。実際に呼ばれたわけじゃない。でも、踏切の音も、走る車体も、遠くのメロディも、どこかで誰かが“ここにいるか”を確かめているみたいだった。
幹夫は、呼び返さなかった。呼び返さない代わりに、深く息を吸った。鉄と夕方と、ほんの少しの潮が混ざった匂いが肺に入る。
その匂いが、あとからゆっくり、今日のことを説明してくれる気がした。





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