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『六月の終わり、幹夫は黙っていた』

六月の終わり、幹夫は黙っていた。言いたいことがないわけじゃなかった。むしろ逆で、胸の奥には言葉になりきらないものが、梅雨の湿気みたいに溜まっていた。息をするたび、肺の内側が薄く曇る。曇っているのに、誰にも見えない。

牧之原の朝は、雨の匂いから始まる日がある。夜のあいだに降った雨が、茶畑の畝の間に残って、土の冷たさと葉の青さを混ぜる。濡れた葉に指を差し入れると、露じゃなく雨が、皮膚の上でゆっくりほどける。冷たいのに、痛くはない。ただ、冷たいままの時間が続くと、指先の感覚が鈍くなることを幹夫は知っていた。

畑の端で父が、摘採機の音を確かめていた。エンジンをかける前の、金属が息をひそめている感じ。手袋の擦れる音。父の咳払い。どれも「言葉の代わり」みたいに聞こえる。父は喋らない。喋らないのに、伝えたいことがないわけじゃない――それも幹夫には分かる。分かるから、余計に言えなくなる。

「二番は雨で遅れるでな」

父が言った。“二番”――二番茶。六月の終わりの収穫。梅雨の間に育って、湿り気を含んだ葉は柔らかいのに、どこか気難しい匂いがする。摘むタイミングを間違えると、香りが立たない。香りが立たないと、どんなに手をかけても「届かない」。

届かない、という言葉が胸の奥で勝手に反響して、幹夫は「うん」とだけ返した。返事は声になった。けれど、そこに気持ちは乗らない。声が軽いと、自分の心まで軽く見える気がして怖い。軽く見られたら、重いものを誰にも預けられない。

学校へ向かうバスの窓は、外の湿気でうっすら曇っていた。曇りの向こうに、信号の赤がにじむ。にじんだ赤は柔らかいのに、止まれと言ってくる。止まる、という命令はいつも分かりやすい。分かりやすい命令なら従える。幹夫の困りごとは、命令じゃないところにある。止まれとも進めとも言われないとき、身体は止まってしまう。

校門の横の紫陽花が、雨粒を抱えたまま青く重かった。青は夏に近い色なのに、空気はまだ夏になりきれない。湿り気が、季節の境目に居座っている。六月の終わりはそういう時間だ。夏は目の前なのに、梅雨が袖をつかんで離さない。

教室では、誰かが「もうすぐ夏休みじゃん」と言った。その言葉の軽さが、なぜだか眩しかった。夏休みは、みんなにとって未来の形をしている。旅行とか、部活とか、祭りとか。予定があるから未来があるように見える。予定があるなら、迷いが少なくなる。

幹夫の未来には、予定がひとつだけあった。土曜日、午後。母に会う――という予定。

それは予定というより、試験みたいに感じた。会ってしまったら、何かが確定する。確定するのが怖い。でも会わなければ、怖さは別の形で残る。残る怖さは、言葉にならないぶん、じわじわと生活の隙間に染みてくる。

「幹夫、夏休み何すんの?」

クラスの子が、屈託なく聞いた。屈託のなさは悪意じゃない。悪意じゃないから、返す言葉が余計に難しい。笑って流せばいいのに、流すと胸の奥の石がころんと音を立てそうで、幹夫は目線を机の傷に落とした。

「……まだ」

それだけ言うと、相手は「そっか」と笑って終わった。終わったことが、幹夫には救いでもあり、寂しさでもあった。救いは、追い詰められずに済んだこと。寂しさは、自分の中の“まだ”が、誰にも届かないこと。

六月の終わり、幹夫は黙っていた。黙るのは癖だ。癖は便利だ。便利な癖は、心の奥の痛いところを見えなくしてくれる。見えなくなる代わりに、治らない。

帰り道、雲が薄く切れて、ほんの一瞬だけ空が明るくなった。雨上がりの光はやわらかいのに、地面の匂いを強くする。濡れたアスファルト、濡れた草、濡れた土。匂いが濃いと、自分の中の曖昧さが少しだけ輪郭を持つ。

家の玄関には、祖母の脱いだサンダルがきちんと揃っていた。揃っているものを見ると安心する。揃っているのに安心する自分が、少しだけ悲しい。揃っていないものがあることを、頭のどこかでずっと数えているからだ。

台所では祖母が湯を沸かしていた。やかんが小さく鳴く。湯気が上がる。茶の匂いが立つ。茶の匂いは、いつも「家」を連れてくる。逃げたいときもあるのに、逃げた先でも恋しくなる匂いだ。

父は居間の机に肘をつき、スマホを伏せたまま置いていた。伏せたスマホは、見ないふりの形をしている。父が見ないふりをしているのは、ニュースなのか、連絡なのか、それとも別のものなのか。幹夫には分からない。分からないことが増えるほど、幹夫は黙る。

祖母が言った。

「雨ぁ上がったで、少し摘めるかもしれん」

父が短く「おう」と答えた。そして幹夫を見ずに言う。

「幹夫、長靴」

幹夫は黙って頷き、長靴を取りに行った。言葉は要らない。要らないはずだ。でも今日だけは、要らないはずの言葉が胸の奥で渦を巻く。

――土曜日。――午後。――母。

その三つを口に出したら、家の中の空気の比重が変わる気がした。変わるのが怖い。けれど変わらないまま夏に突入したら、六月の終わりの湿気が、そのまま自分の中で腐ってしまう気もした。

茶畑へ出ると、葉が雨を含んで重い。指で触れると、葉の表面がひんやりしていて、でも内部はぬるい。雨の冷たさと、夏の温度が一枚の葉の中でぶつかっている。境目ははっきりしない。はっきりしないのに、確かに二つが同居している。

幹夫は思った。自分の中も、きっと同じだ。冷たいものと、熱いものが同居している。怒りと会いたさが同居している。許せないと、許したいが同居している。

同居しているのに、言葉は一つしか出せない気がする。一つしか出せないなら、間違えそうで怖い。間違えるくらいなら黙っていたほうが安全――そう思って、幹夫はずっと黙ってきた。

摘採機の音が、雨上がりの畑に低く響いた。葉が刈られる音、吸い込まれる音。音は確かに動いているのに、幹夫の胸の奥だけ、置いていかれている感じがした。

そのとき、雲の切れ間から、富士の輪郭がほんの一瞬だけ見えた。白くない富士。梅雨の空の下で、青黒い富士。見えたと思った次の瞬間には、また雲がかかって消える。見えたのは幻みたいに短い。短いのに、見えたという事実は残る。

六月の終わりは、そういう一瞬を置いていく。置いていく一瞬が、後から長く残る。

夜。風呂上がりの廊下は少し涼しくて、畳が足裏に柔らかい。居間では父がテレビの音量を下げていた。いつもの合図。話す気があるのか、黙りたいのか、本人にも分からないままの合図。

幹夫のスマホは、布団の横で光っていない。母からの返信は、もう来ている。「土曜日の午後、どう?」それだけの文字が、ずっと胸の奥で反復している。

幹夫は、返事を打った。「大丈夫」と打って、消した。「行く」と打って、消した。「会う」と打って、消した。

どの言葉も、本当なのに、足りない。足りないから、送るのが怖い。でも送らなければ、土曜日は勝手に来てしまう。勝手に来る日を迎えるのが、いちばん怖い。

六月の終わり、幹夫は黙っていた。黙っているだけで一日が終わるなら、それでよかったのかもしれない。けれど季節は、黙っていても進む。梅雨は終わり、蝉が鳴き始め、影が濃くなる。進むものの前で、黙り続けると、置いていかれる。

幹夫は、スマホの画面に指を置いた。もう一度だけ、短く打つ。

「午後でいい。父ちゃんも一緒に」

送信を押す指は震えた。震えたけれど、押せた。押した瞬間、胸の奥で何かが小さく揺れた。大きな変化じゃない。地面が動く揺れじゃない。茶畑の葉が、風の通り道だけさわっと動くみたいな揺れ。

その揺れがあるうちは、まだ動ける。幹夫はそう思って、スマホを伏せた。

外で、雨上がりの虫が鳴いた。蝉じゃない、もっと小さな鳴き声。夏の手前の音。

六月の終わり、幹夫は黙っていた。けれどその黙り方は、ただの逃げじゃなかった。言葉が育つまでの、ほんの短い待ち時間だった――そう言える日が来るかもしれない、と幹夫は初めて思った。

 
 
 

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