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『畦道の手紙』――太宰治風(蒲原の田んぼ)

 私は、手紙の返事が書けない男である。いや、書ける。字は人並みに書けるのだ。問題は、書いてしまうと「ほんとう」が紙に残ることである。私は「ほんとう」に触れるのが怖い。怖いくせに、怖がっている自分を恥ずかしいとも思っている。――つまり、どうしようもない。

 蒲原へ来たのは、逃げるためであった。 逃げる、と言うと少し格好がつくが、実際は、家にいると胸がうるさくて仕方がないだけだ。家の中には、いちいち「やるべきこと」が落ちている。洗濯物の山、台所の乾いた皿、未読の通知、そして、母のいなくなった部屋。 母の部屋は、片づけたはずなのに、匂いだけが残っている。匂いはずるい。匂いは、私の言い訳を聞かない。

 東海道線の車窓から、田んぼが見えた。 まだ植えたばかりの季節で、水が浅く張られている。空がそのまま田んぼの底まで落ちてきて、富士の白い頭だけが逆さに沈んでいる。 私はその水面が、どうにも苦手だった。鏡と同じである。鏡は、どんなに私が善人のふりをしても、だまされてくれない。

 蒲原の駅で降りた。 風が潮を含んでいた。海は見えないのに、匂いだけは来る。匂いだけが来るというのは、たいへん残酷である。見えないものほど、こちらの胸の奥へ入ってくるからだ。

 畦道を歩いた。 田んぼの水が、陽を吸って、ひくひく光る。蛙の声がしている。蛙は、毎年、同じ時期に同じ声で鳴く。ああいうのを「まじめ」というのだろう。私は蛙に勝てない。私は季節の仕事ができない。

 田んぼの端に、軽トラックが止まっていた。荷台に苗の箱が積まれている。 その傍で、腰の曲がった男が、苗を手際よく運んでいた。私は、何となく目をそらしかけた。人の働く姿は、私の怠け癖を丸見えにする。

「……幹夫か」

 声をかけられてしまった。私は、背中から氷を入れられたような気がした。 男は私の顔を、じっと見た。田んぼの人の目は、こちらが隠したいものを、なぜか最初から知っている。

「はい」

 私は、やっとそう言った。 「はい」と言うだけで、胸の中が痛い。どうしてだろう。たぶん私は、何かに答えるたび、答えたことの責任を背負ってしまう気がするのだ。

「来たか。……遅かったな」

 男は叱らなかった。叱らなかったのに、その「遅かった」が胸に入った。 叱責よりも、淡い事実のほうが深く刺さることがある。針は細いほうが痛い。

「母さん、最後までな、ここへ来てたぞ」

 私は、その瞬間、何も言えなくなった。 ここへ来てた。――田んぼへ。 母は病院のベッドで静かに死んだ、と私たちは勝手に思っていた。しかし母は、死ぬ寸前までこの畦道の匂いの中に居たのだ。私は病室の白い匂いにすら行かなかったのに。

「お前のこと、言ってた。『あの子は泥が嫌いだからねえ』って」

 男は笑った。 その笑いは、明るいのに、私には泣き声に聞こえた。 泥が嫌い。ああ、私は嫌いだ。汚れるのが嫌いというより、自分の汚さが外へ出るのが嫌いなのだ。母は、それを知っていて、笑ったのだ。笑って許したのだ。許されると、私はもっと苦しくなる。

 男は、苗箱の陰から、小さな紙袋を取り出した。 紙袋は、田んぼの湿り気を吸って、少し柔らかくなっている。

「これ、母さんが残してた。『幹夫が来たら渡して』ってよ」

 私は紙袋を受け取った。軽い。軽いくせに、持つ手が震える。 袋の中には、苗が少しだけ入っていた。ほんの数本。――たぶん、余り物だ。余り物なのに、母はそれを「私の分」として残したのだろう。

 私は、畦の上にしゃがんだ。 しゃがむと、泥の匂いがぐっと近づいた。近づくと、昔の記憶が勝手に浮く。私は思い出した。小学生のころ、田んぼの畦で転んで、足が泥だらけになった。私は泣いて帰った。母は笑いながら、井戸の水で私の足を洗ってくれた。 あのとき母は言った。

「泥はね、あったかいよ。生きてるから」

 私はその言葉が、嫌だった。泥が生きているなら、私だって生きていなければならない。私は、生きることにいつも遅刻しているのに。

 男が、遠くへ行った。 私はひとりになった。田んぼの水面が、私を写した。私は、見たくない自分を見た。 しかし今日は、妙に逃げる気が起きなかった。逃げる先が、もう無いのだろう。逃げる場所が無いとき、人は初めて立ち止まる。

 私は、苗を一本つまんだ。 苗は細く、頼りない。頼りないのに、根が白く強い。 私はその根を泥へ差し込んだ。指が泥に沈む。冷たいかと思ったら、意外にぬるい。 ぬるい、というのがたまらない。ぬるさは、母の掌の温度に似ている。

 もう一本、もう一本。 私は無心で植えた。泥は指の爪の中まで入った。爪の中へ入った泥は、しつこい。しつこいのに、不快だけではない。 私はふと、自分の中の「消えたい」とか「どうでもいい」とか、そういう黒いものが、泥と一緒に外へ出ていく気がした。外へ出ていく、と言っても立派な浄化ではない。ただの汚れ移りだ。けれど、汚れ移りでも、少し楽になる。

 私は、そこで初めて泣いた。 泣いたと言うと、また格好をつけているようだが、実際は、鼻水が出ただけかもしれない。涙と鼻水の区別すらつかないほど、私は弱い。 しかし、その弱さを、今日は少しだけ許してやりたかった。泥が許してくれるように。

 紙袋の中に、メモ用の小さな紙片があった。母の字で、一行だけ。

 ――「来たら、畦を歩いてごらん。」

 それだけである。 「ごめんね」も「ありがとう」も「会いたい」もない。 ないのに、全部入っている。 母は、最後まで私に長文を要求しなかった。長文を要求しなかったから、私は今、ここに居られる。

 私は立ち上がり、畦を歩いた。 靴が少し泥を踏む。踏むたび、べちゃ、と情けない音がする。私は笑ってしまった。情けない笑いだ。 大人が田んぼで泥を踏んで笑う。なんという敗北だろう。 しかし、敗北しているときの人間は、案外、やさしい顔をする。

 夕方の光が田んぼの水面に落ち、富士がまた逆さに沈んでいた。 私はその富士に向かって、胸の奥でつぶやいた。

「母さん」

 声にはならなかった。声にしたら、私は崩れてしまう。 崩れるのが怖い。怖いくせに、崩れたかった。

 駅へ戻る道すがら、私はスマホを取り出した。 誰に送るのか。送る相手などいない。 けれど、送る相手がいないからこそ、私は送ってしまったのかもしれない。

 私は、自分宛てに、一行だけ打った。

 ――「蒲原の田んぼ。泥が、あたたかい。」

 送信ボタンを押した瞬間、私は少しだけ救われた。 救いとは、立派な宗教でも、深い思想でもない。 畦道の泥のぬるさと、たった一行の事実――それくらいで、人は泣いて、生き延びる。

 蒲原の田んぼは、今日も水を張って、空を写している。 空はきれいだ。 しかし、きれいなものほど、胸を痛める。 胸が痛むから、私はまた、生きることに遅刻しそうになる。

 ――それでも、泥はあたたかい。 それだけは、ほんとうだ。

 
 
 

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