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『蒲原の蜜柑畑』

 東海道線の窓に、冬の海がうすく光っていた。 駿河湾は冷たく、けれど白い。白は、冷たさの色ではなく、始まりの色に似ている。

 蒲原のあたりで列車がゆるむと、山の斜面に蜜柑畑が見えた。葉の濃い緑の上に、橙が点々と浮かんでいる。雪のない冬の星座のように。 私は、その橙を見るたびに、胸の奥にしまいこんだものが、かすかに匂うのを知っていた。匂いは言葉より先に、記憶の襞をめくる。

 母からの電話はもう来ない。 母の声を、私は「また今度」と言って何度も切った。切るたびに、受話器の向こうの沈黙だけが長くなった。長い沈黙は、いつのまにか、人を許す形をしてしまう。許されると人は、かえって帰れなくなる。

 駅を降りると、蒲原の空気は、潮と土が混ざっていた。 冬の潮の匂いは薄い。薄いのに、指先の骨まで沁みる。

 私は荷物を小さく抱え、旧道の方へ歩いた。舗道の端に古い石垣があり、石垣の上から蜜柑の葉がのぞいている。葉は厚く、光を含み、雨の名残りの水を一粒ずつ抱いていた。 その一粒は空を映し、空は私を映した。ひとの顔は、こういう小さな鏡の中でいちばん正直になる。

 坂を上ると、畑はすぐだった。 蜜柑畑の入口に、鋏と籠が置いてある。籠の縁は、誰かの手に馴染んだすり傷で白くなっていた。籠が、母の体温の名残りのように見えた。体温はもうないのに、手の形だけは残っている。

 畑の中へ一歩入ったとたん、蜜柑の匂いがした。 私は、匂いに肩を押されるように立ち止まった。

 匂いは、声よりも近い。 声は遠くへ行く。匂いは、ひとの中に入りこむ。入りこんで、出ていくときに、涙の道を作る。

 枝の間から富士が見えた。白い頭だけが、空の底に静かに置かれている。 母はよく、「富士が見える日は甘いよ」と言った。蜜柑が甘いのか、母の声が甘いのか、私は当時、区別がつかなかった。

 畑の奥から、かさり、と葉が鳴った。 人ではない。風である。冬の風は、葉を鳴らすときだけ優しい。

「来たね」

 声がした。 畑の小屋の影から、近所の老女が出てきた。母の葬式で見た顔だった。私の顔を見た瞬間、老女の目が少し濡れた。濡れたのに、老女は微笑んだ。微笑みは涙より強い。涙は流れてしまうが、微笑みは残る。

「遅くなりました」

 私はそう言った。 言った途端、その言葉の無力さに気づいた。「遅い」には時間がある。「遅くなりました」には言い訳がある。言い訳のある言葉は、いつもどこかで折れる。

 老女は、私の手に一つ蜜柑をのせた。 小ぶりで、冷たかった。冷たさは生きている証拠のように思えた。

「これ、あんたの分。最後まで残してたの。小さいのが好きだったろ」

 私は蜜柑を握った。皮のざらりが掌に残った。母の手のざらりに似ている。畑仕事の手は、いつも少しだけ固い。その固さが、私には安心だった。

「母は……」

 私は続きが言えなかった。 死のことを口にすると、死がほんとうになる。ほんとうになるのが怖かった。怖いというより、遅すぎるのが怖かった。

 老女は畑の方へ目をやった。

「倒れる前の日まで、採ってたよ。箱に詰めてね。宛名も書いて、切手も貼って……。でもね、最後の箱だけ、出せなかった」

 私は喉が痛くなった。 「出せなかった」という言葉が、母の指の止まった位置を、そのまま空に浮かべた。

 老女は小屋の中から小さな紙袋を持ってきた。紙袋は少し湿っていた。

「これ。郵便箱へ持っていこうとして、やめた。『もう、届くの遅いねえ』って笑ってね。でも笑いながら、泣いてたよ」

 笑いながら泣く。 母は、そんな顔を私に見せたことがなかった。母が泣くところを見たことがない、という事実が、いまになって私を刺した。見せなかったのではない。見せられなかったのだ。見せる相手がいなかったのだ。

 紙袋の口を開けると、葉書が一枚入っていた。 私の住所と名前。母の字。母の字は、畑の枝のように少し曲がって、けれど折れていない。

 裏には、一行だけあった。

 ――「元気でいるかね。蜜柑、送るよ。」

 その一行が、畑の冬より冷たかった。 冷たいのに、あたたかい。あたたかいのに、間に合わない。 間に合わないものほど、きれいに見えることがある。夕焼けや、花の散りぎわのように。

 私は畑の中へ歩いていった。 蜜柑は枝に重くぶら下がっていた。重いのに、枝は折れていない。折れない枝のしなやかさを、私は知らなかった。母はこのしなやかさで、生きていたのだろう。

 蜜柑を一つ、もぎ取った。 皮を爪で割ると、ぱっと匂いが立った。 匂いが立つ瞬間だけ、世界は母の方へ傾く。

 私は、思い出した。 子どものころ、指先がかじかんだ私の手を、母が蜜柑の皮でこすった。皮の油が、冷えた指に火をつけるように熱かった。母は笑いながら言った。

「ほら、匂いであったまるでしょ。みかんは、剥くときがいちばんいいの」

 剥くときが、いちばんいい。 会うときが、いちばんいい。 言うときが、いちばんいい。 いちばんいいときは、いつも短い。短いから、すぐ逃げる。逃げたあとに残る匂いだけが、ひとを泣かせる。

 私は蜜柑を半分ほど剥いたところで、手が止まった。 涙が落ちると、皮の上に小さな丸ができた。 その丸の中に、富士が小さく映った。白い富士が、泣いている目の中に入ってくる。富士は美しいのに、富士を見ると、なぜか胸がきゅっとなる。美しいものは、いつも別れの形を持っている。

 老女が後ろで、そっと言った。

「お母さんね、畑でよく言ってたよ。『この子がね、蜜柑の匂いだけは忘れないでいてくれたらいい』って」

 私は、剥いた蜜柑を口に入れた。 甘かった。 甘さは、母の赦しのようだった。赦しは、苦くない。赦しは、ひとの喉を通って、胸の奥で静かに温まる。

 けれど甘いだけでは、足りなかった。 私は畑の中で、小さな声で言った。

「……母さん」

 声は風に吸われた。 吸われても、言ったことだけは消えなかった。消えないのは、言葉ではなく、言葉を出した喉の震えである。

 私は葉書を胸に押し当てた。 紙は薄い。薄いのに、畑の冬より重い。 重いのは紙ではない。遅れた時間である。

 富士の白は、変わらずそこにあった。 蜜柑は枝にまだたくさん残っている。 母の畑は、母のいないまま、静かに続いていく。

 私は、紙袋の中の葉書をそっとしまい、かわりに剥きかけの蜜柑の皮を、土の上へ置いた。 匂いだけを残しておきたかった。匂いは言い訳をしない。匂いはただ、そこにある。

 帰り道、坂を下りると、潮の匂いがまた来た。 海は遠いのに、匂いは届く。 届くものは、目に見えない。 母も、匂いのように、もう私の中へ入ってしまったのかもしれない。

 駅へ向かう途中、赤い郵便箱があった。 私は立ち止まり、葉書を取り出した。 母の葉書ではない。白い新しい葉書である。

 私は一行だけ書いた。

 ――「蜜柑、甘かったよ。」

 それだけで、胸が少し軽くなった。 一行は短い。短いから、涙が追いつく。

 葉書を投函すると、ごとんと音がした。 その音は生活の音で、そして、母の畑の冬の音だった。

 蒲原の蜜柑畑は、私の中で、まだ匂っている。 匂いが消えるころ、私はきっとまた泣くだろう。 涙は、遅れて届くものだから。

 
 
 

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