『触れなかったものたち』
- 山崎行政書士事務所
- 1月25日
- 読了時間: 5分

幹夫の指は、茶の葉の表面をよく知っている。露の残る朝はひやりとして、昼の畝はぬるく、雨上がりは湿って重い。摘むときに爪の先へ返ってくる、あのわずかな抵抗――切れる前の、しなる感じ。そういうものには、迷いなく触れられる。
それなのに、触れないまま置いてきたものがある。触れなかったと気づくのはいつも、掌に何も残らない瞬間だった。
六月の終わり、祖母が台所で湯を沸かしていた。やかんの底がコンロを鳴らし、湯気がふわっと立つ。戸の隙間から、畑の匂いが入り込む。雨は降っていないのに、空気はまだ梅雨の名残を抱えていて、どこか薄く濁っている。
居間の机の端に、紙の封筒があった。祖母が「そのままにしとけ」と言ったから、そのままにしてある。誰の字かは見なくても分かる。見なくても分かるのに、封を破らない。破れば紙の匂いが立って、文字が目に入って、喉の奥に何かが引っかかる。引っかかったら、飲み込むか吐き出すかを決めなければならなくなる。
幹夫は封筒に触れないまま、湯飲みを両手で包んだ。熱が掌に移る。熱いのに、熱さは責めない。熱さはただそこにある。触れたぶんだけ、触れ返してくる。
父は縁側に腰を下ろし、畑を見ていた。見ているのに、見ていないような背中。背中はいつも、説明がない。説明がない背中の横で育つと、言葉は少しずつ細くなる。細い言葉は切れやすい。切れた言葉は、もう拾いにくい。
「……週末な」
父がぽつりと言った。何を、と言わない。土曜日、午後、港の堤防の影、潮の匂い――そのあたりの全部を、短い一言に押し込めた声だった。
幹夫は「うん」と返した。返事はしたのに、胸の奥に残るものがあった。返事の中に入れなかったものが、入れなかったまま、まだそこにある。
触れなかったものたち。最初に思い浮かんだのは、富士だった。
小学生のころ、軽トラの助手席で、父が「ほら」と顎を上げたとき。窓の向こうに富士が立っていた。写真より黒く、夏の空を狭くする大きさ。見上げれば首が痛むほどの角度。幹夫は見上げなかった。道路の白線を見た。白線なら、見ても何も変わらない気がしたからだ。
次に思い浮かんだのは、母のエプロンだった。台所の釘に掛かっていた薄い布。洗剤の匂いと、味噌の匂いと、少しの汗。母がいなくなった翌日、祖母が何も言わずにそれを外し、畳んで、見えない場所へ仕舞った。幹夫は「それ、取っとくの?」と聞けなかった。畳まれていく布を、触れなかった。触れれば何かが決まってしまう気がした。
それから、安倍川の橋の手すり。何度も前を通ったのに、手を置かないで歩いた。手を置けば、金属の熱さや冷たさが「いま」を強くしてしまう。強い「いま」が来ると、後ろに置いてきたものも一緒に引っ張られてくる。引っ張られてくると、息が浅くなる。
そして、送信ボタン。親指はいつもそこまで行くのに、押さない。押したら、誰かが返事をするかもしれない。返事が来たら、次の言葉が必要になる。必要になる言葉を、幹夫はまだ上手に持っていない。
その日の夕方、父と港へ行った。静岡の午後四時を過ぎると影が長くなる。五時になれば、世界の傾きがはっきりする。昼の熱はまだ地面に残っているのに、風はそれを置き去りにしていく。堤防のコンクリートは乾いていて、ところどころ塩が白く吹いていた。白さは眩しいというより、硬い。
母は、堤防の影に立っていた。手提げ袋を両手で抱え、髪の細い毛を耳の後ろに戻す。戻すたび、指先が躊躇っているのが分かる。躊躇は、触れたいのに触れられない人の動きだ。
幹夫はリュックから、川根で買った茶の袋を出した。紙のざらつき。角の硬さ。袋の中で眠っている香り。母へ差し出すとき、指先が一度だけ震えた。震えは、怖さの形をしている。けれど今日は、その震えを隠さなかった。隠さないで差し出したことが、今までと違った。
母は受け取った。紙が小さく鳴った。堤防の上で、その鳴り方はやけに大きい。母は「ありがとう」と言った。言い方は丁寧で、薄いガラスみたいだった。落としたら割れそうなのに、落とさないように両手で持っている声。
父は海を見ていた。海を見ながら、母のほうへ向き直れない背中。背中は、今日も説明不足だ。説明不足のまま、同じ場所に立っている。
幹夫は、母の手から茶袋へ移った指の痕を見た。見ただけで、触れなかったものがまた増える気がした。
歩こう、と母が言った。三人で堤防沿いを歩いた。靴底がコンクリートを叩く音が、三人分、少しずつずれて重なる。揃わないリズムが、かえって「いま」を確かにした。
母が立ち止まって、海面の光の道を見た。触れられないのに、続いている道。父が小さく「遠いな」と言った。何が遠いのか、言わない。言わないから、幹夫の胸の中で勝手に意味が増える。
そのとき、遠くで子どもの声がした。「おーい!」と呼ぶ声。港の作業員かもしれないし、親が子を呼んだのかもしれない。でも幹夫には、自分の名を呼ばれた気がした。
気がした、だけ。けれど「気がした」は、掌に残る温度みたいに消えない。
幹夫は一歩だけ前へ出て、母の手提げ袋の持ち手に、指先をそっと添えた。奪わない。支え切らない。ただ、触れていることが伝わるくらいの重さで。
母は何も言わなかった。言わない代わりに、袋を握る指の力がほんの少し緩んだ。緩んだことが返事みたいだった。
帰りの軽トラの中、窓の外の夕焼けが滲んだ。オレンジと薄い紫の境目が、ゆっくりほどけていく。ほどける境目は説明しない。ただ、移ろう。移ろいながら、次の色を連れてくる。
家に着くころ、防災無線のメロディが遠くで鳴った。昼の終わりの合図。誰に向けたものでもないのに、「帰りなさい」と「ここにいるか」が混じって聞こえる。
玄関で父が、幹夫を見ずに言った。
「幹夫」
名前だけ。語尾も、理由も、ついていない。でもその呼び方は、今日いちばん確かな“触れ”だった。指先じゃなく、声で触れる呼び方。
幹夫は、靴を脱ぐ手を止めて返した。
「……うん、いる」
声は大きくない。けれど沈まなかった。その一言が、今日まで触れなかったものたちの間に、細い橋を一本かけた気がした。
夜、布団の中で幹夫は思い出した。封筒。富士。エプロン。手すり。送信ボタン。触れなかったものたちは、消えてはいない。消えないまま、まだそこにある。でも、触れなかったことを数える指先が、今日は少しだけ違う。
触れなかったものたちの中に、触れてしまったものが一つ混ざった。母の手提げ袋の持ち手に添えた、あの一瞬の重さ。呼び返した「いる」の、喉の奥の感触。
その混ざり方は、湯気に似ていた。形はすぐほどけるのに、匂いだけが残る。残る匂いは、明日の朝、茶畑の露より先に、胸の奥へふっと戻ってくるかもしれない。





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