にゃじゅ～る！ 雲はつかめる

朝いちばんの事務所。壁のポスターで白い猫が跳ねている。

USB Type‑Cのしっぽ、エメラルドの目。名前はやまにゃん。

コピーはこうだ――

「クラウドだって、にゃんとかなるさ。」

いつもならただの合言葉。でもこの日は、合言葉がドアノックになった。

「す、すみません！」

飛び込んできたのは、商店街の写真館「星野フォト」の娘・美咲さん。

「今日、“七五三オンライン予約”の公開日なんです。だけど予約フォームが真っ白で……お客さまから『開けません』って」

「落ち着いて、順番に」

あやのがコーヒーを差し出し、りながタブレットを起こす。

ふみかは広報の告知予約を一旦停止、みおは来客表と入電メモを整え、さくらが一輪挿しの花を近くに置く。

そしてゆいが、丸いフェルトの“ゆっくりボタン”をぽふ。

――その瞬間、壁のポスターから白い影がふわりと降り立った。

「にゃじゅ～る！（Azure）」

やまにゃんは胸を張って鳴いた。

「みゃ～てら！（Terraform）も、にゃんとかするのさ！」

「出てきた……！」

美咲さんが目を丸くする。

事務所の六人は、なぜかあまり驚かない。やまにゃんは**“困りごとの匂い”**がすると、たまにポスターから遊びに来るのだ。

1. “真っ白”の正体

「フォームが白い、ということはドメイン先の誤りかスクリプトのブロック。どっちかだね」

りなが冷静に仮説を出す。

「じゃ、ぼくは“猫の三手”で行くにゃ」

やまにゃんはしっぽをくいっと上げた。先端のType‑Cが、ちょっと誇らしげに光る。

猫の三手

影を作る（見えにくいを見えるに）

道を分ける（触っていい道と見るだけの道）

合図を整える（怖い言葉をやさしい言葉に）

まずは影を作る。

やまにゃんはポスターのパネルを持ち上げ、モニターの反射をふわっと抑えた。

「ほら、エラーの細字が見えるにゃ。“コンテンツがブロックされました”」

「広告ブロッカーが外部スクリプトを止めている可能性」

りなが頷く。

「フォームの埋め込み先を同一ドメイン配下に寄せよう」

「道を分ける、出番ですね～」

ゆいがホワイトボードに丸と矢印で図を描く。

予約画面（見るだけ） ←→ 管理画面（触る人だけ）。

「“みんなでペン1本”はケンカの元、ですよね」

「そのとおり。閲覧リンクとアップロード専用リンク、編集は最小権限」

みおが上目遣いでウインク。「“困っちゃいました？”は、ここで消えます♡」

「合図も整えましょう」

あやのが文面を整える。

“安全ではない可能性”→ “学校や会社の見張りが強めです。ご自宅や別回線でお試しください”

“アクセスが拒否されました”→ “開ける場所を決めて開けましょう（既定の否認）”

やまにゃんは尻尾をコキコキ回し、Type‑Cをハブに差した。

「接続、良好。DNSの切り替えもOKにゃ」

「猫、すごい……」

美咲さんの肩から力が抜けていく。

2. しっぽのホットスワップ

作業が一段落したところで、やまにゃんがピョンと受付に飛び乗った。

「ぼくのしっぽ、ホットスワップ対応なんだにゃ」

Type‑Cを抜き差ししながら得意げ。

「すごい。じゃあスマホのテザリングも……」

「もちろんにゃ」

しっぽがカチッと鳴るたび、ノートPCの右上で小さなアンテナが立つ。

接続の合間に「にゃじゅ～る！」と叫ぶのは、完全に本人の趣味だ。

ふみかが笑ってスマホを構える。

「“クラウドだって、にゃんとかなるさ”の現場写真、撮っていい？」

「いいとも。ぼくは肖像権は肉球印でOKにゃ」

やまにゃんは肉球でぺたりと紙にサインを残した。ピンク色のスタンプが、やけに可愛い。

3. 消えた写真と、猫のあんこ理論

予約フォームは開くようになった。だがもう一つ、悩みが残っているという。

「写真が消えたフォルダがあって……」

美咲さんが不安げに小声で言う。

「“消えた”は、たいてい見えないだけにゃ」

やまにゃんは尻尾で机をとんとん叩いた。

「あんこ理論いくにゃ。

最中の皮（表示）が割れても、あんこ（データ）はどこかに残ってる。履歴とバックアップを探すにゃ」

りなが管理画面を開き、バージョン履歴を二つ戻す。

「あった。753_2024_anzu_v05」

「命名規則は桁揃えが正義だにゃ」

やまにゃんがどや顔でうなずくと、みおが小声でささやく。

「ここ、りなが熱くなるポイント～」

あやのは復元したフォルダにアクセス権を付け直し、閲覧だけリンクを作った。

「これで、お客さまには安全に見せられます」

さくらが付箋にまとめる。

“見る道”と“触る道”を分ける

“合図（メッセージ）をやさしく”

“あんこは守る（履歴とバックアップ）”

「覚えやすい……！」

美咲さんは何度も頷いた。

4. 七五三の魔法

夕方。テスト予約を終え、最初のお客さまから本予約が入った。

「やった……！」

美咲さんの目が潤む。

「実は父が病気で、今年はお店を縮めるかもしれなくて。でもオンラインで撮影予約が入れば、続けられる気がして」

「続けましょう」

やまにゃんは椅子の背でくるりと回った。

「写真は時間のバックアップ。消えない記録を、残す仕事にゃ」

「にゃんと、いいこと言う……」

ゆいが感極まって“ゆっくりボタン”を押す。ぽふ。

事務所がふんわり静まって、全員の呼吸がそろった。

そこへ、チャットにメッセージ。

ふみか：公開ポスト準備完了。「“にゃんとかなる”の裏側は、手順でした」。

りな：フォームとドメイン修正、ドキュメント更新。

あやの：利用規約の該当条項、表現やさしめに整形。

みお：問い合わせ応対のテンプレ作ったよ♡

さくら：駅掲出の“やまにゃんポスター”と連動、QR差し替え終わり！

やまにゃん：にゃじゅ～る！（スタンプ：肉球）

美咲さんは深くおじぎをした。

「ほんとうに、ありがとうございました。クラウドって、冷たい場所だと思ってた。でも、なんだか温かい橋みたいですね」

「橋は、渡る人が笑顔なら強くなる」

やまにゃんが片目をつむった。

「だから、にゃんとかなるのさ」

5. おしまいの猫ジャム

帰り際、やまにゃんはポスターの前に戻る。

「今日の“にゃんとか”を、猫ジャムにして塗っておくにゃ」

「猫ジャム？」

「学びを甘くまとめたメモのことにゃ。明日のぼくらが、トーストに塗って食べるのさ」

壁の下に小さなメモが貼られる。

猫ジャム #23｜予約フォーム白画面

・反射＝影を作る／小さい文字を読む

・スクリプト＝同一ドメインへ寄せる

・見る道／触る道を分ける（閲覧リンク＋アップロード専用）

・合図はやさしく（怖い言葉→行動の言い換え）

・“消えた”は履歴の中に（あんこ理論）

「うん、完璧」

あやのが頷き、りながにっこりと眼鏡を押し上げる。

みおは「#困りませんでした」をつけて写真を投稿。

さくらは花瓶の水を替え、ゆいはお茶を運んできた。

やまにゃんはポスターの雲のふちに、ふわりと飛び乗る。

「明日も、誰かの“むずかしい”が来る。

でも、クラウドだって、にゃんとかなるさ」

そう言って、雲の中に溶けていった。

残ったのは、肉球のスタンプと、甘い猫ジャムの香り。

そして、静かな確信――

やさしい手順は、いつだって不安より強い。