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まっさらな雪原


陽が高くなる前の、真冬の晴れた朝ほど「世界が洗われた」と感じる瞬間はない。イゼラ山地の小さな集落、**イゼルカ(Jizerka)**に着いたとき、空は絵具を混ぜ物なしで塗ったような濃い青で、雲はほとんど見当たらなかった。吐く息は白く短く、胸の奥で冷気がきゅっと縮む。けれど痛いほどではない。むしろ、その冷えが身体の輪郭をはっきりさせてくれて、寝ぼけた感覚を一気に現実へ引き戻す。

目の前には、まっさらな雪原が広がっていた。ただ白いだけじゃない。太陽を受けた雪面はきらきらと細かく反射して、無数の粒が光の方向を探すように瞬いている。踏み出す前から、雪の匂いがした。乾いた冷気の匂いに混じって、どこか針葉樹の樹脂の青さが漂う。肺の奥がすうっと軽くなる。深呼吸するだけで、心の中の余計な音が少しずつ静かになっていく。

雪原の手前、いちばん目を奪うのは、クロスカントリースキーのトラックだった。白い大地に、平行に走る二本の溝がすっと伸びている。まるで雪の上に引かれたレールみたいに、真っ直ぐで、迷いがない。溝の脇には、圧雪車が刻んだ細かなコーデュロイの筋が波のように並び、陽の角度で陰影ができて、白の中に白以外の表情が生まれている。私はその線をしばらく見つめた。誰かが滑っていくための道が、こんなにも丁寧に整えられていることが、なぜだか胸に沁みた。雪は人の都合を拒むように積もるのに、人はそれを怒らずに、静かに道を作る。雪原の上に「進める」という約束だけを残していく。

少し離れたところに、黒っぽい木造の家がいくつか並んでいる。壁は深い茶色から黒に近く、窓枠の白がきりっと際立つ。屋根の端には雪が薄く残り、日向の部分はすでに溶けかけているのか、湿った色が少しだけ混じって見える。家の前には車が数台停まり、赤い小さな旗や目印が風に揺れていた。人影もある。けれど賑やかというより、静かな準備の気配だ。スキー板を肩に担ぐ人、グローブをはめ直す人、ストックを雪に刺して長さを確かめる人。彼らの動きは早いのに、せかせかしていない。冬の山にいる人の動きには、自然と「必要なことだけ」が残る。

私は雪原の端まで歩いて、トラックを跨がないように少し回り込み、脇の踏み固められた場所に立った。足元で雪が「ぎゅっ」と鳴る。粉雪の柔らかい音ではなく、冷えた雪が圧を受け止めるときの硬い音。太陽が強いのに、雪は溶けていない。むしろ締まりが増して、ここが本気の冬だと告げている。

そのとき、背後から「シャッ、シャッ」と軽い擦過音が近づいてきた。振り向くと、クロスカントリーのスキーヤーが二人、溝の上を滑るように進んでいく。板が雪を撫でる音、ストックが刺さって抜ける音、息が白く弾む音。動きは流れる水みたいに滑らかで、見ているだけでこちらの肩の力が抜ける。速いのに、乱暴さがない。雪と喧嘩しない速度。私が日常でいつも欲しがっているのは、こういう速度なのかもしれないと思った。

目線を上げると、集落の向こうに針葉樹の森が帯のように広がっている。黒緑の密度が濃くて、雪原の白をさらに白く見せる。森の稜線はなだらかで、空の青とつながっている。冬の山の景色は、ときどき人の感情を「大げさ」にしないまま癒す。感動で胸がいっぱいになるというより、胸の中の絡まりがほどけていく感じがする。私は気づけば、頭の中でぐるぐる回っていた仕事の段取りや、返事を先延ばしにしていた連絡のことを思い出さなくなっていた。思い出す余地がないのではない。余地はあるのに、ここではそれらが「急がなくていいもの」に見える。雪原の広さが、私の焦りの小ささを教えてくれる。

しばらくすると、家のあたりから甘い匂いが流れてきた。たぶん、温かい飲み物か、焼き菓子の匂い。冷たい空気の中でその匂いを嗅いだ瞬間、胃の奥が反射的に動いた。寒さは容赦なく身体を縮めるのに、匂いはすぐに心を広げる。私はその単純さが少し可笑しくて、でも同時に救いだと思った。人間は、意外と簡単に立て直せる。温かさの予感があるだけで。

雪の上には、トラック以外にもたくさんの線がある。誰かが歩いた足跡、板を引いた跡、子どもが走ってつけた短い乱れた点列。きれいに整えられた溝の隣で、そういう“雑”な線が生き生きして見える。私はそこに、暮らしの柔らかさを感じた。整えられた道だけが正解ではない。ときどき道をはみ出す線こそ、その場所の体温だ。

太陽が少し傾くと、雪面の陰影が深くなってきた。家の影が長く伸び、森の影が雪原の端を塗る。青い影が白の中に入ると、雪は突然「冷たい色」を帯びる。さっきまで眩しかった白が、ほんの少しだけ静かになる。私はその変化を見て、なぜだか胸がきゅっとした。景色が変わるのは当たり前なのに、冬の光は「今だけ」を強調してくる。今見ているこの白、この青、この滑走音は、次の瞬間には別の表情になる。だから、見逃したくなくなる。

帰り際、もう一度トラックの線を眺めた。雪の上の二本の溝は、変わらず遠くへ伸びている。誰かが滑って、また誰かが滑って、線は少しずつ磨かれていく。私は、その「繰り返し」の中に、静かな希望を見た。大きな決意がなくても、人は前に進める。息をして、雪を踏んで、滑って、また戻ってくる。それだけで、日々は少しずつ整っていくのかもしれない。

イゼルカの冬は、派手に私を感動させなかった。ただ、晴れた空と、白い雪原と、森の黒緑と、スキーの線が、私の中の騒がしさを静かに削っていった。そして帰る頃には、胸の奥に「余白」が残っていた。その余白が、今日のいちばんの土産だった。

 
 
 

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