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オーダーメイドスーツ店の会話



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 木製のドアに取り付けられた真鍮のベルがからりと鳴ったと同時に、田中は静かに店内に足を踏み入れた。奥行きのある店内には、幾重にも並べられたスーツ生地のロール。店内にはかすかにクラシックなジャズが流れ、夜のバーを思わせるようなほの暗さがある。オーダーメイド専門店「ラ・ナポリテーラ」。上品な看板の下には“MADE TO MEASURE”と金文字で書かれていた。

 「いらっしゃいま――す、ブラボォォォォ!」 そう叫びつつ颯爽と登場したのは、濃紺のスリーピースを着こなし、胸元には派手なスカーフ、さらにダブルのチェーンが揺れる懐中時計を忍ばせた男。オールバックの髪から覗く鋭い目つきと、両耳に輝く小さなダイヤのピアス。まるで映画で見るマフィア風だが、そこに異様なほどの上品さと妙な滑稽味が混ざっている。

 「……あ、あの、スーツを作りたいんですが」 田中はその風貌に少々気圧されながらも、店に入った目的を口にした。すると男は瞳をキラリと光らせ、大げさに両手を広げる。 「そう! スーツをお仕立てになりたい! 実に素晴らしい! わたくしはこの店の店長であり、チーフテイラーを務めております、マリオ・ジュゼッペ・サルヴァトーレ・ミケーレ・ロッソ・ラ・ナポリテーラ・フェデリコ・ファビオ・……まぁ長いのでマリオと呼んでくださーい!」 「な、長いですね。よろしくお願いします、田中です。えっと、フルネームは――」 「いいんですよ、クラシックはイントロが長いのが醍醐味といいますからね! タナカ・トシオ・リスペクティーボ・アルデンテ・ボナペティート……みたいに付け足しても構いませんよ!」 「そ、それはちょっと…いや、普通に田中で大丈夫です」

 マリオは近づくや否や、田中の肩幅、腕の長さをスッと一目で測るように眺めた。 「ふむふむ、なかなか肩のラインが美しい! これはダブルブレストにするかシングルにするか、迷ってしまいますね。どちらを選んでも“ナポリ流儀”の仕立てが似合いそうですよ!」 「ナ、ナポリ流儀って何ですか?」 「袖付けをああしてこうして、肩パットを少なくしてね、体のラインを優雅に見せるんです。ちょうどパスタをアルデンテに仕上げるようにね! わたし、これを“パスタ肩”と呼んでいます!」 「…パスタ肩?」 「いいんですよ、語感が大事! あ、それより色味はどうしましょう? やはりマフィア風ならブラックが定番ですが、わたしのオススメは思い切って深いパープル! こう、夜のドンペリみたいな雰囲気が出ます!」 「ど、ドンペリ…いや、僕はあんまり派手なのは…」 「そう! その遠慮こそがファッションにとって最大の難敵! 遠慮からは何も生まれない! ただの無難なグレーな人生!」 「いや、別にそこまで言わなくても…」 マリオは胸ポケットからメジャーを取り出すと、田中の首周りを測り始めた。近い。やはりやたら近い。田中は居心地が悪そうに少し身を引く。 「首周りは…うんうん、数字的にも標準ですね。人並みを装っても内面に隠れた“変化の芽”があるはず。わたし、そういうの見逃しません!」 「…えっと、変化の芽?」 「ありますよ、奥に秘めたロマンというか、衝動というか。そういうのをパーンと開花させるのが、わたしのお仕事なのです! “スーツは第二の皮膚”といいますからね!」

 田中は軽く口を開いて固まっていたが、意を決したように口を開く。 「でも、一応、会社の面接とかに着ていく用なんです。あまり目立ちすぎると、ちょっと…」 「ブラボォォォォ! 就職面接で“マフィア感”漂わせるつもりですか!? 最高だ! 度胸がある!」 「え、ええと、そういうわけじゃなくてですね。普通に就職したいので、なるべく落ち着いた感じが…」 「わかりました。スーツはお客様がやりたいイメージを形にするものです! それが“ラ・ナポリテーラ”の流儀、そうでしょう!」 そう言うと、マリオはカウンターを勢いよく指先で叩いた。サイドから、これまた派手な店員がでんとロール生地を抱えてやってくる。 「おっと、大丈夫ですよ。落ち着いたネイビーを出して差し上げて!」 「しかし、こっちはダークなパープルも混ざったお洒落な生地でございますぜ、ボス」 「そう、それは捨てがたいが…面接とか社会的な場だと、やっぱり定番が安心ですよねぇ。まぁ、派手なのはわれわれが着ればいいんだ! ふはははは!」

 マリオは裏地やボタン、ステッチの糸まであれこれ勧めながら、最終的には田中の意見を丁寧に聞き入れる形になった。初めはあまりに強烈なキャラクターに面食らった田中だったが、気づけばその熱量に圧倒されつつも、人生初のオーダーメイドスーツという特別感で心が弾んでいた。

 採寸が終わり、すべての希望を聞き取った後、マリオは田中を見つめてにやりと笑う。 「では、数週間後には最高の一着をお届けします。うちの店には“なんかよくわからないけど仕上がりが楽しみだ”という魔法がありますからね。まるで弱火で煮込んだミートソースが甘くなるように、じっくり仕立てますよ!」 「はい…なんだか、不思議とワクワクしてきました」 「素晴らしい! ブラボォォォォ! わたしもこうしてお客様に『未知なる自分』を発見していただく瞬間が何より好きなんです。“ファッションは人生のスパイス”ですからね。次はぜひ、お暇があればピンストライプの派手なのも考えてみてください。自分でも驚くような新しい自分が見えますよ!」 「は、はい。就職が決まった暁には、また来ますね…」

 田中が笑顔で店を出ると、ベルがもう一度からりと響く。ドアが閉まったあとも、マリオの陽気な笑い声が店内に響き渡っていた。まるで田中の人生を鮮やかに変える予感を漂わせるように。 こうして、ややマフィア風・超絶お洒落なチーフテイラーと、新卒就職を控えた地味な青年の奇妙な出会いは、大きな一着の第一歩となったのである。

 
 
 

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