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デパート外商のドタバタ劇

  • 山崎行政書士事務所
  • 2月2日
  • 読了時間: 9分



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イベント開催直前の大騒動

 舞台はデパート最上階の特設会場。外商課が主催する「プレミアム招待会」は、来店可能なVIP顧客を一堂に集めて新作コレクションのお披露目と商談を行う場である。今年は特に豪華な演出が計画されていた。メインの目玉は、海外有名パティシエ監修のスペシャルケーキに合わせたファッションショー。そのほか高級ワインの試飲会、さらには有名落語家のミニ公演まで、華やかな企画盛りだくさんだ。

 当日の朝、谷村は慌ただしく準備に追われていた。開場前に点検をしていると、いきなり同僚の外商担当・中里(なかざと)が駆け寄ってきた。

「谷村さん! 大変です! ワインの試飲会のブースが、ワインじゃなくて謎の醤油樽で埋め尽くされてます!」 「醤油樽って……なんで!?」 「どうやら別の食イベント用の荷物と混ざったみたいで……。担当者に連絡したら、『えっ、ワインはどちらに置きましたっけ?』って白目剥いてました」 「よりによって、試飲会始まるまであと3時間だぞ!? どうしよう…」

 ワインが無ければ大目玉企画が台無しだ。谷村は急いで倉庫担当へ電話をかけ、まだデパートに到着したてのワインを探すよう指示した。しかし、彼自身も関係各所に直接あたらねばならない。顔から汗が噴き出してきた。

「はぁはぁ……よし、醤油はとりあえずキッチン側に回してもらって、ワイン探しが先だ! ついでに、醤油も…何か役に立つかも。あ、いや、立たないか。でも捨てるわけにもいかないし……うーん、どうしよう?」

 まるでコントのように、会場の一角を占拠する大量の醤油樽を背景に、途方に暮れる谷村。しかしそんな悠長な時間はない。

行方不明の大旦那様

 そこに、常連中の常連客・大田原(おおたわら)の秘書から電話が入る。大田原はこのデパートにとって最も重要な顧客の一人で、毎年イベントに顔を出しては桁違いの買い物をする豪快な人物だ。今回は新作バッグを20個まとめ買いするかもしれないと噂されるほど、大きな期待がかかっている。

「谷村さま、実は大田原が“道に迷った”と連絡をしてきまして……」 「えっ! 大田原さんが、道に迷った? いつも黒塗りの車で移動ですよね?」 「そうなんですが、今朝急に『たまには車を降りて散歩がしたい』とおっしゃって…。『外商イベントの会場へは歩いて行く』と飛び出されたようです。どうやら途中で迷子になられてしまったようで…」 「それはそれで珍しい話ですねぇ…」

 情報によると、どうやら大田原はデパートを目指して歩きはじめたが、途中で銀座の街並みに惹かれて寄り道しまくった結果、自分がどこにいるのか分からなくなったらしい。ご本人は携帯電話を持っていない主義で、秘書がGPSで位置を把握しようにも、ガラケーか何かよく分からない端末しか持っていない。結局は公衆電話から秘書に連絡してきたという。

「え、まだ近くに公衆電話あったんだ…いやいや、そんなことよりどうしましょう!」  谷村は困り果て、咄嗟に「私が迎えに行きます!」と言いかけたが、そのとき既にイレギュラー対応続出で会場を離れられない状況だった。秘書は渋々タクシーで大田原を探しに向かったが、「もし見つからない場合はどうしましょうか」と心配げだ。

「大田原さんがいらっしゃらないとなると、外商部長は顔面蒼白になっちゃうし、仕入れの予算にも響くぞ……!」  谷村は“迷子”という状況が信じられず、しかし最悪のシナリオを頭の中で繰り返す。焦りが加速し、思考が空回りを始める。

ケーキが爆発寸前?

 そんな中、新たなトラブルが飛び込んでくる。連絡を受けたのはファッションショーの裏方スタッフ。海外パティシエが監修したスペシャルケーキが届いたものの、どうやら装飾に使うはずの「ドライアイス」量が桁違いに多すぎるらしいのだ。

「谷村さん! ケーキの周りから煙がモクモク立ち上ってて、さっき一瞬スプリンクラーが誤作動しそうになりました!」 「煙!? ちょっとした演出にはなるかもしれないけど……誤作動は困るなあ!」 「いや、すでに演出どころか、本当にボヤ騒ぎみたいになってしまいそうで…会場警備の人が『火事ですか!』って走り回ってます!」 「うわあああっ、まずい! 落ち着いて! 乾いた氷なだけだから火事じゃない! 警備員にも伝えて! あと、ドライアイスは半分以上どこかにどけて! 冷蔵室とか、どこか換気のいい場所に移動して!」

 当然だが、会場内は外気との温度差もあり、過剰なドライアイスが猛烈な白煙を放っている。その結果、ショーのリハーサル中のモデルたちがひどくビビってしまい、メイクスタッフたちも「髪が湿気でうねる!」と半泣き状態である。

「も、もう何から手をつければいいんだ……」  醤油樽の問題、大田原の捜索、ケーキの白煙トラブル。もはやイベント開始前から三重苦の谷村は、頭を抱えてしゃがみ込んだ。

秘書がいない秘書席、そして…

 10時になり、VIPの受付が開始された。が、大田原の秘書はまだ外を走り回っているため、秘書席に誰もいない。大田原を含む特別顧客たちの席は一等の場所に設けられているのに、肝心の大田原は不在。ほかのVIP顧客は次々と来場しているが、「あら、大田原さんはまだ?」と皆が気を揉み始めた。

 その頃、ようやくワインの入った箱が見つかったという報告が倉庫担当から谷村に届く。 「谷村さん! ワインありました! 醤油樽の後ろに隠れてたんですよ」 「どんな状態だよ、それ。……いや、あっただけでも助かった! 急いで会場に運んでセッティングして!」 「あのー、搬入口でエレベーター待ちがすごいんですよ。なんか同じタイミングで別のイベントの搬入が重なってるらしくて」 「うわぁ、最上階の専用搬入口は開けられない? あ、いやあそこは修理中だっけ? くぅーっ!」

 こうしてワインはまだ会場に到着しておらず、試飲会の開始時刻には間に合うかどうか怪しい。さらにケーキの白煙騒ぎは一旦落ち着いたが、パティシエのこだわりで「やはり演出に多少のドライアイスを使いたい」と言い張り、スタッフと押し問答になっているらしい。

「もしまたスプリンクラーが作動したら……俺はもうお先真っ暗だぞ……」

 そうこうしているうちに、外商部長から内線が鳴る。 「谷村! あと15分でオープニングセレモニー始まるぞ! 準備は整ってるのか!?」 「う……はい、もう少しです! がんばってます!」

 いつになく焦りの色をあらわにする谷村。曲がりなりにも「調整力の谷村」の異名をとる彼だが、さすがに今回ばかりは限界寸前である。

“思わぬ偶然”

 会場が半ばパニック状態となる中、ロビーにひょっこり現れたのは、なんと迷子だった大田原本人だった。しかも、秘書が探しに出たというのに、大田原は何食わぬ顔でゆっくりと到着。驚いたスタッフが駆け寄ると、大田原は笑顔でこう言った。

「いやあ、散歩がてら街を見渡していたら、思わぬところで老舗醤油店を見つけてね。面白そうだから蔵見学をさせてもらったんだよ。そのときにそこの店主に『デパートさんに納品する醤油がある』って話をされてね、『あ、私の行くデパートかも』と思い、一緒に乗った軽トラックでここまで来たら、すぐ着いたんだよ」

 まさかの醤油繋がりで、近所の蔵に立ち寄った大田原が、そのまま醤油の納入先であるこのデパートに送り届けられたというのだ。イベントブースに滞留していた謎の醤油樽たち――実はその老舗が作った醤油だった。しかも「あまりに量が多いから他の倉庫も借りないと無理だな」と配送が遅れ、結果的に混乱を招いたという“オチ”がここで繋がった。

 谷村はあまりの偶然に、呆れつつも胸をなでおろす。

「大田原さん! ご無事で何よりです! もう秘書さんが心配して探し回ってますよ!」 「おお、そうなのか。悪かったなぁ、まあでも面白いものが見られたよ。それにここの新作バッグはもう用意してあるんだろう?」 「は、はい! バッチリご用意しております!」

 VIP中のVIPが無事に到着したことで、外商部長も安堵の色を隠せない。ちょうど同じ頃、醤油樽の後ろで見つかったワインがエレベーターを通り、会場に運び込まれた。これで試飲会も間に合いそうだ。

ドタバタを越えてのオープニング

 程なくしてオープニングセレモニーがスタート。司会のアナウンスが流れ、ドキドキしながら見守る谷村。一時はどうなることかと思われたが、ファッションショーの演出はパティシエが「ドライアイス控えめ」を了承したおかげで、ほど良い幻想的な白煙に落ち着いた。モデルたちは華やかな衣装で登場し、拍手喝采を浴びる。続いて披露されたスペシャルケーキも、まさに芸術作品のような仕上がりで、VIP顧客たちから「すごく美味しそう」「写真を撮らせていただいても?」など好評の声が聞こえる。

 一方ワイン試飲ブースでは、中里が急いでグラスを並べ、「当店厳選のフランス産ワインでございます!」と満面の笑みで対応中。慌ただしかった準備の裏側などなかったかのように、上品かつスムーズに進行している。

 その最前列に陣取る大田原は、ニコニコとショーを眺めながら秘書に言った。 「ところで君、忙しいところわざわざ外まで探しに行ってたみたいだが、実は私は醤油屋さんに案内してもらっていたんだ。散歩ってのも悪くないね」 「はあ……(よかった、まあ結果オーライですかね)」

 谷村は、ほっと胸を撫で下ろしながら、隅で小さくガッツポーズを作った。ケーキも無事、ワインも無事、そして大田原も到着。まさにギリギリ危機一髪の連続。しかし、結果としてイベントは“パニック裏話”など感じさせないほど盛況のうちに幕を開けようとしていた。

エピローグ――外商部・翌日の会話

 翌日、デパート外商部のオフィス。課長や同僚たちが口々に昨夜のイベントを振り返っていた。

「すごい盛り上がりでしたね。大田原さんも例年通り高額な買い物をして帰られて…」 「醤油樽の件は笑い話になりましたよね。結果的に大田原さんをデパートまで送り届ける車になったわけだし」 「ワインも試飲されたお客様からは“最高に美味しい”ってお声をいただけました。クレームなしどころか、追加受注が入ったんですよ!」

 みんながにこやかな表情で話す中、谷村だけは妙な表情をしている。彼は真面目な顔で、「今回のドタバタを二度と繰り返さないようにしたい!」と心に誓っているのだ。だが、そこへ部長から声がかかる。

「谷村、今回もよく頑張ったな。おかげでうちの外商部の評判はさらに上がったぞ。次のイベントも頼むぞ!」 「……は、はい。ありがとうございます! (次こそは絶対にスムーズにやりたい…けど、また何か起こるんだろうなあ…)」

 こうして、デパート外商部の季節行事は、毎年何かしらのトラブルが勃発するにもかかわらず、いつも最終的には大盛況となる。まるで舞台劇のように、絶妙なタイミングで思わぬ繋がりが発生し、全員が右往左往しながらも幸せなフィナーレへ。谷村は再び繁忙の日々を迎えるにあたり、「今度こそはトラブルフリーで」と小さく呟いたのだった。

 
 
 

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