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パフコの青春

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月21日
  • 読了時間: 5分


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夏の終わりを告げる風が、静岡の街をゆっくりと通り抜けていく。雲間から差し込む陽射しはまだ暑さを残しているものの、夕方にはほんの少し秋の気配が混じっている。街の中心を抜けた先にそびえる静岡パフコは、最先端のポップカルチャーと、どこか懐かしさを感じさせるローカルな雰囲気が入り混じる場所。そのガラス張りの外壁に、西陽がオレンジ色の光を宿していた。

 高校二年生の**颯太(そうた)**は、校舎の窓から静岡パフコの建物を見つめながら、軽く息を吐いた。新たにバンドを組んだはいいものの、音楽の好みもバラバラで、全員の気持ちがひとつに固まりきれないまま、時間ばかりが過ぎている。文化祭の一ヶ月後、パルコの屋上で初めてのライブをやることになったのに、まだ「形」さえはっきりと決まっていない。

 その日の放課後、バンド仲間が集まったのは校庭の端にある小さな倉庫前だった。夕陽の光が赤い影を長く引きずる。「まずは曲決めからだな」 リーダー格の**陽菜(はるな)が、譜面を広げながら言う。ギターと作曲担当の彼女は、誰よりも音楽に情熱を燃やしている。 しかし、その言葉にドラム担当の真司(しんじ)は腕を組んだまま視線をそらした。「――いい曲を書けばそれでいいわけじゃない。演奏するのは俺たち全員だろ」 軽く尖った声音に、ベース担当の麻里(まり)**も不安そうな顔をする。「どうしてそんなに反対ばかりするの?」と問いかけたい気持ちがこみ上げるが、複雑そうな真司の表情を見て言葉を呑む。

 颯太はキーボードを任されている。だが自分が本当にバンドに必要とされているのか、まだはっきり答えを見つけられないでいた。陽菜が作るメロディは胸に響くし、真司のドラムには確かなグルーヴがある。麻里は素直なベースラインでリズムを支える。皆がそれぞれ輝きを持っているのに、自分はただ合わせているだけではないだろうか――そんな疑問がいつも頭をかすめる。

 日が沈むと、カラスの鳴き声だけが響く校庭で、彼らは黙り込んだまま解散した。パルコの屋上ライブまで時間は少ない。それでも、一度は決めた夢を簡単に諦めたくはなかった。

 翌週の金曜日、陽菜はひとり静岡パルコに来ていた。カフェに座り、アイスコーヒーを前にして、曲のイントロ部分を何度も書き直す。目指すイメージはあるのに、言葉にならない思いが音符の隙間を抜け落ちていくようだった。「――失敗しちゃうのが、怖いんだよね」 自嘲気味に笑う陽菜の心中には、過去の挫折がわだかまっていた。中学時代、コンクールで大きく失敗し、多くの期待を裏切ってしまった記憶。それを背負いながらも作曲を続けるのは、自分にとって必要な行為であり、同時に苦しい作業でもあった。

 ガラス越しに夕陽が差し込み、室内を淡いオレンジ色に染める。思わず視線を上げると、店内のスピーカーから軽快なポップナンバーが流れてきた。以前、真司が「こういうビートが好きなんだ」と口ずさんでいた曲だった。陽菜はふと気づく。――自分は仲間の存在を頼りにしながらも、どこかで彼らとの距離を測ってしまっていたのではないか。自分は作曲者だから、音の中心にいなきゃいけない、と余計なプライドが邪魔をしていた気がする。

 コーヒーを飲み干し、決意を固める。誰かと同じ景色を見るためには、まず自分から近づいていかなければいけない。陽菜はノートを閉じると、スマートフォンを取り出し、バンドメンバーのグループチャットを開いた。

 ライブ当日、パルコの屋上は予想外に広々としていた。夏の名残を溶かすような淡い空と、遠くに連なる静岡の街並み。いくつものアンプが並べられ、足元にはケーブルが散らばる。開演前の小さなざわめきが空気に溶けて、初秋の風に乗っていく。

 ステージ脇で真司がスティックを握りしめ、決意を固めるように目を閉じた。その横で麻里がベースを弾いて指の感覚を確かめる。颯太はキーボードの電源を入れ、緊張を抑えるために深呼吸をした。皆、互いの存在を感じ合っている。昨夜までの言い争いが嘘のように、今は一緒に音を鳴らすための鼓動がそろっていた。

 陽菜がマイクを握る。少しだけ唇が震えるが、前を向く視線には確かな意志が宿っている。「皆、今日はありがとう。私たちは――」

 ギターのコードが鳴った瞬間、夕焼け空に溶け込むようにサウンドが広がった。真司のリズムがビートを刻み、麻里の低音がそれを抱きしめる。颯太のキーボードが旋律を彩り、そして陽菜がそのメロディに命を吹き込む。

 バンドのメンバーが出す音のひとつひとつが重なり合い、夕暮れに染まる屋上を優しく揺らす。その瞬間、彼らはようやく同じ景色を見ていた。孤独や葛藤を抱えていたのは自分だけではなく、みんな思い悩みながらこの場所に立っている。それを音楽がつないでくれる。

 曲のラストコードが鳴り響き、拍手と歓声がパルコの屋上を満たす。辺りには、すっかり茜色に染まった空が広がっていた。音楽がやんでも、その余韻は胸の奥で鳴り続ける。

 自分たちは今、確かに何かを超えた――そんな感覚に包まれながら、陽菜たちは顔を見合わせて微笑んだ。パルコの薄明りが彼らを祝福するかのように灯り始める。日々の中で繰り返す失敗や衝突、そして出会いや和解。それらがすべて「青春」と呼ばれる一瞬の輝きなのだということを、彼らは音楽を通じて知ったのだ。

 夕空に浮かぶ残照が、いつまでもその舞台を照らし続ける。深まっていく宵の気配の中で、颯太は思う――これは終わりではなく、始まりだ。さまざまな想いを束ねて鳴らした一曲が、僕たちの世界をほんの少しだけ変えてくれたのだ、と。

 夜の帳が降りる頃、静岡パルコの屋上で響いた音色は、風に乗って街の遠くまで届いていった。彼らの青春の物語は、ここからまた新しいページをめくろうとしている。

 
 
 

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