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ブラックフライデーの罠

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月13日
  • 読了時間: 6分

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第一章:ブラックフライデーの幕開け

静岡駅前のデパートでは、年に一度の「ブラックフライデーセール」を目前にし、全フロアがピリピリとした空気に包まれていた。特にアパレルから家電まで揃う大型売り場の熱気は、朝からスタッフを疲れさせるほど。拓也は、その大型売り場を統括するチーフとして忙殺されていた。店長から任された特設コーナーの準備や目玉商品の目印作り、同僚との連携……やることが山ほどある。「今回の目玉はあの高額ブランドバッグと限定家電セット。絶対にトラブルが起きないようにね」店長の声が頭を離れず、拓也は内心で苦笑した。ブラックフライデーの混雑とクレームは毎年のことだが、今年は特に大々的に広告を打ったこともあり、これまで以上の人出が予想される。

第二章:高額商品の紛失

セール当日。デパートの開店前から長蛇の列ができ、開店と同時に客が一気に雪崩れ込んだ。スタッフは呼吸の合間もないほどにレジ対応や問い合わせに追われる。そんな中、拓也が確認しようとした「高額ブランドバッグ」がディスプレイから消えていることが発覚する。初日から目玉商品が姿を消したとなれば大問題だ。客に渡したのか、売り場のカウンターに置き忘れたのか。それとも、何者かによる盗難か――。慌てた拓也がフロアの防犯カメラ映像をチェックすると、そこには謎の動きが映っていた。人混みの中、スタッフ用のエプロンを身につけた誰かが商品を引っつかんでバックヤードへ立ち去るかのように見えたのだ。「あれは……? うちの店員の誰なんだ?」拓也は映像を何度も巻き戻すが、画質が荒く顔までは判別できない。しかし、エプロンが見えたのは確かだ。外部の犯人ではなく、内部の人間が絡んでいる可能性が浮上する。

第三章:店員たちの裏の顔

ブラックフライデーの混雑で忙殺される中、拓也は事件解明のため、疑わしいスタッフの動きを洗い出す。店員は十数名。各々が同僚と組み売り場を担当しているが、最近フロア内でギスギスした空気を感じていたのを思い出す。コロナ禍後に復調してきた売上競争が再燃し、派閥的な動きもあった。田所:古参の男性スタッフで、売上ランキングで常に上位。だが最近、他の若手スタッフとの衝突が絶えないらしい。有村:育児休暇から復帰したばかりの女性スタッフ。時短勤務の調整を巡って上層部と揉めていたと聞く。渡辺:新人スタッフだが、接客態度が雑とクレームが入っている。やる気に欠けるのか、やたらと早く退勤することが多い。大島:優秀だがプライドが高い。昨年度は昇進を期待されたが見送られ、不満を溜めているらしい。それぞれに事情や不満がある可能性があり、誰もが怪しく思えてくる。拓也は身近な同僚たちへの信頼感が揺らぎ、気分が沈む。

第四章:セールの混乱と人間関係

売り場は連日のブラックフライデー特価で客が絶えず、スタッフは疲労困憊。そんな中、遅番を終えた有村が「もう限界!」と声を上げ、ロッカールームで泣き崩れているのを拓也が見つける。「子どもを迎えに行かなきゃならないのに残業続きで……上は理解もしてくれない。自分が何か悪いことしたの?」慰める拓也だが、有村は「こんな職場から消えてしまいたい」と漏らす。一方で、新人の渡辺は休憩時間が終わっても戻らないなど、不可解な行動が増えた。「いちいちブラックフライデーにテンションを合わせろと言われても……」と愚痴をこぼす。田所は「自分が売場を一番回している」と豪語し、部下に指示を出しまくるが、その態度が目立って浮いている。大島との微妙な摩擦も絶えない。

第五章:不穏な防犯カメラ映像

黒幕探しは進まぬまま、さらに別の商品――これまた高額なアクセサリー――が消えたとの報告が入る。防犯カメラをリプレイすると、またしても同じようなエプロン姿が一瞬映っていた。映像を凝視した拓也は、人物の身体的特徴や動きが微妙に合致するのでは、と推測を立て始める。「あの体格や歩き方……まさかあいつが?」だが確たる証拠に欠ける。店長は「騒ぎを大きくするな。ブラックフライデーの売上が下がったら責任は誰が取る?」と厳しい姿勢を示す。やむを得ず、拓也は独力で証拠を掴もうと決意。夜中、拓也は特設売り場の防犯カメラを増強しつつ、怪しいスタッフの動きを記録しようと仕掛けを施す。疑いの矢印があちこちに向きながら、次の犯行を待つしかない状況だ。

第六章:犯人との対峙

三日目の夜、セール終盤。客足は続くが商品の在庫は薄れ、店内の疲労感が一段と増している。店長が疲れた顔で「そろそろ目玉商品の在庫チェックをしてくれ」と命じる。すると、またしても高額商品が行方不明に。「このタイミングを狙って……」と拓也は頭を抱える。しかし今回、拓也が仕掛けた防犯カメラが、はっきりと犯人の顔を捉えていた。予想外に、そこに映っていたのは大島だった。手慣れた手つきで商品を持ち去り、バックヤードの棚へこっそり隠す様子が克明に残されている。拓也は大島を問い詰める。大島は観念し、涙を浮かべながら語り始める。「俺、ずっと会社に貢献してきたのに、昇進は見送り。このブラックフライデーで売上が下がって少しでも会社にダメージを与えられれば、連中も俺の存在に気づくだろうと……。でも、なんだか途中で狂ってしまったんだ」大島は誰かのせいにしたいわけじゃなかった。社会や上司への不満、そして自身のプライドが暴走し、店を混乱に陥れる行為へ走ってしまったのだ。盗んだ商品をどうしようとしていたかまでは定かではないが、店の信用を揺さぶり、会社にアピールしたかったと打ち明ける。

第七章:最後のセール日

最終日、拓也は店長や上層部に事実を報告。大島は処分が確定的だが、店長は「この事件が公になると、ブラックフライデーの売上が落ち込む。隠蔽するしかない」という態度を示す。拓也は抗議するが、「会社全体の利益を守る」という口実で退けられる。そこへ、突然店内放送が入り、店長自ら特価商品をアナウンスし始める。売上最優先で事件を隠すその姿に、拓也は複雑な思いを抱く。しかし、大島は最後に自主的に本当のことを話すと決意し、警察に自首する形をとった。結局、内部犯罪として処理され、セール終了後にはこっそり公表される形で落ち着く。大島の謝罪に、部下たちは複雑な表情を浮かべながらも、彼の苦悩を少しだけ理解した。

エピローグ

ブラックフライデーの喧騒が終わった翌週、店内は平常運転に戻った。騒動で疲弊したスタッフたちも、少しずつ日常業務に復帰。拓也は店内を見回しながら、今回の事件を振り返る。組織内の派閥争いや、売上至上主義、各人が抱える不満――それらが巨大セールという圧力の下で暴発した結果だと痛感する。最後に行われたセール打ち上げで、店長はぎこちない苦笑を浮かべながらこう言った。「いろいろあったけど、売上目標は達成したわ。来年はもっと平穏だといいんだけど……」拓也はグラスを持ち上げ、ビールの泡をじっと見つめた。「本当にそれでいいのか……?」という声が胸に響く。それでも客は楽しんだし、職場には再び落ち着きが戻る。「ブラックフライデーの罠」――その言葉は、誰しもが心の片隅に刻む教訓となった。大きなセールの裏で生まれる人間の欲望や妬み、それと戦いながらも、店は客を迎え続ける。自分ができるのは、スタッフ同士が再び互いを疑わないよう、地道に信頼を積み上げていくこと――拓也はそう決意して静かに微笑んだ。

(了)

 
 
 

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