ホリデーの棚 — POSの夜(長編フィクション)
- 山崎行政書士事務所
- 9月15日
- 読了時間: 6分

— 2013年の大手小売チェーンにおける決済情報大量流出(HVACベンダ経由の侵入/POS RAMスクレイパ/警告見逃し)を骨格にした物語
0|金曜 18:12 ハンドスキャナが詰まる音
白楠(しらくす)リテールの旗艦店。レジの列はホリデー前夜の熱で揺れ、ハンドスキャナのピッという音が途切れ途切れになる。夏芽はバックヤードの監視端末で外向きの帯域が細く脈打つのを見た。プロキシのログに、よく分からない宛先へいびつな時間帯での通信。同じ頃、社内のEDRがPOS端末の見慣れないプロセスを警告したが、ラベルは「malware.binary」、重大度:中。「山崎さん、呼ぶ。」夏芽は山崎行政書士事務所のショートカットを叩いた。
1|19:03 “止める/伝える/回す”
静岡・山崎行政書士事務所。ホワイトボードに**律斗(りつと)**が三行だけ書く。
止める/伝える/回す
止める:POS網と社内業務網を物理で切る。外向きのFTP/HTTPは白リスト以外を即時遮断。感染疑い端末は電源は切らずLANから外す(証跡を残す)。
伝える:三文の一次報を正午に。17時に更新。**“事実”と“可能性”**を段落で分け、必ず時刻を書く。
回す:出荷・補充は紙運用へ。レジは孤島端末で現金+IC優先、磁気は予備窓口に誘導。遅いけど確実に回す。
りなが付け足す。「法の時計(72時間)を回します。“支払い先変更のメールは無効”を社外一斉に。カード会社と警察へは先手連絡。」
奏汰(そうた)は構成図に赤を走らせた。「ベンダ接続の門が古い。HVAC保守ポータルの外部IDで境界を跨げる線がある。そこから入られた可能性。」悠真(ゆうま)は首を傾げる。「POSにRAMをなでる道具。一定周期で収穫→社内の中継サーバにため込む匂い。」
ふみかが三文を置く。
現状:一部POSで不審なプロセス、外向き通信の異常を確認。POS網の孤島化・外向き遮断・証跡保全を実施。対応:販売継続(紙運用+孤島端末)。カード会社・関係当局へ先手連絡。正午に一次報、17時に更新。お願い:支払い先変更等のメールは無効。必ず電話で二重確認してください。
「時刻は安心の枠。」りなが赤で丸をつけた。
2|20:41 “コート掛け”の裏にドア
ベンダ接続の監査ログが、夜に見知らぬ端末からの合法ログインを示していた。「HVAC保守会社の委託先から。IDは本物。」悠真が言う。「メールの餌で拾われた線かもしれない。」入ってからが早かった。アカウントの権限を転がし、POS網に寄り、POS端末に同じ影を植える。POSは暗号化していない刹那にカードデータをRAMに置く。それを掬う。掬った束を社内の中継サーバに集める。深夜に外へ押し出す。
蓮斗(れんと)が四つの数字を掲げる。
MTTD(検知):51分(逆算)
一次封じ込め:1時間19分(分割・遮断完了)
POS感染疑い:レジ182台/バックヤード1台
外向き送出:遮断以降ゼロ
律斗は短く言った。「勝ってはいない。**“間に合っている”**だけだ。」
3|22:30 赤と白のパネルの間で
EDRの画面には黄色い警告が並び、SOCでは夜食の汁物が冷めていった。夏芽は先月から出ていた同種の警告を思い出す。「“malware.binary”。誰も気に留めなかったやつ。」りなは静かに言う。「“見ていたつもり”がいちばん危ない。**“自動で消す”**という選択肢があっても、押さない勇気がいる夜がある。」
やまにゃん(白い猫のマスコット)が受付に置かれる。しっぽはUSB Type‑C。札にはマーカーで、「遅いけど確実。」
4|翌朝 06:15 “収穫小屋”の灯り
社内の中継サーバに奇妙なフォルダが現れた。バックアップ名に偽装され、サイズだけが不自然に大きい。時刻は深夜帯。1時間おきに新しい束が置かれている。奏汰は顎に手を当てる。「刈り取り→集約→外へ。三拍子の筋。外向きは遮断した。残りは**“刈り取り”と“集約”を止める**こと。」
POS網のイメージを取得し、動く影を剥がす。RAMスクレイパは起動時に身を隠す工夫をしていたが、孤島化で牙を抜かれている。
5|12:00 正午の報
ふみかが読み上げ、りなが段落を整える。
事実:POS端末で不審なプロセスと外向き通信試行を確認。POS網の孤島化・外向き遮断・証跡保全を実施。社内中継サーバへの集約痕を特定。影響(現時点):決済は継続(IC優先・磁気は予備窓口)。個人情報の第三者提供の確証なし(継続調査)。約束:17時に更新。“メールだけ”の依頼は無効、電話で二重確認。
店舗の空気が半歩落ち着く。長蛇は短い蛇になった。
6|13:35 「数字は怒りを落とす」
カード会社と監督当局への先手連絡が終わる。りなは**“事実”の段落に具体を足した。「POS感染疑い 台数、中継サーバ名、遮断時刻、例外の期限。」「数字は怒りを納得に変える最短距離**。」ふみかは顧客FAQに一行を足す。
「当社は不当な要求には応じません。証跡の確保と関係機関との連携を優先します。」
7|16:10 “壁”の作り替え
ネットワークの壁は図面より薄かった。POS網と業務網の境界に、ベンダ保守の細い管が長年の例外で残っている。「例外に期限。」りなが強く言う。「期限が切れた例外は弱点です。」
奏汰は境界を作り直す。“許可リスト方式”で外向きを閉じ、内部の中継は専用線に絞る。陽翔(はると)は店舗を回り、現場の紙運用の手足を整える。復唱、二名承認、ラベルの孤島印刷。
8|17:00 二次報
封じ込め:POS網の孤島化継続、外向き遮断、中継サーバの無害化、ベンダ接続の再設計。影響:販売継続、出庫遅延 8分。第三者提供の確証なし(継続調査)。次:夜間にPOSイメージ差替、全店の境界再構成、監視ルールの強化。72時間の報告線を維持。
律斗はペン先で小さな丸を描いた。「一次封じ込め完了。残すのは手順と地図だ。」
9|21:30 “赤い壁紙の代わりにパッチの青”
夜の配送センターに光る台車が走る。POSイメージの差替は波で行い、各波の間に監視の目を入れる。EDRの**“自動隔離”は段階でON**。**“大きな赤”ではなく“小さな青”**を並べていく。
夏芽が画面の緑を見つめる。「鳴るべきアラートが、鳴る。」
10|2日目 08:05 “声の鍵”を作る
コールセンターの読み上げ練習。みおが攻撃者役で「端末が故障して—」と声を変える。現場は脚本どおりに返す。「今お伝えの番号に折り返します。上長同席の10分会議で再登録します。」声は鍵になる。手続きで鍵穴を狭める。
11|3日目 11:50 “72時間”の線
PPCへの報告は二段落で短く、しかし厚い。確認された事実、未確定(継続調査)、封じ込め、再発防止。カード会社とは共同の周知文を作り、監督当局には時刻の記録を添えた。
蓮斗の数字。
MTTD:51分 → 14分(監視の窓再設計後)
一次封じ込め:1h19m → 47m
POS差替率:全店100%
例外期限遵守率:98%
りなは三行で締める。
言い切る(事実と可能性を混ぜない)期限を付ける(例外は時間で管理)二重に確かめる(自動の間に“人の10分”)
12|エピローグ ホリデーの棚
白楠リテールの棚に、赤と緑の包みが戻る。磁気の客には予備窓口で一言を添える。「安全のため、お手数ですが—」やまにゃんの札は今日も受付で小さく光っている。
「速さは、戻れるときだけ味方。」
POSは黙って仕事をし、監視は必要なときだけ声を上げる。見えない冬を、人と手続きで渡りきった。
—— 完
参考リンク(URLべた張り/事実ベース・一次情報/主要報道・技術解説)
※物語はフィクションですが、骨格(HVACベンダ経由の侵入、POS RAMスクレイパ“Kaptoxa/BlackPOS系”、社内中継を経た外部流出、警告見逃し、時系列と被害規模)は以下に基づいています。





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