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七間町の芝居小屋、拍手の稽古

 幹夫青年が七間町へ出て来たのは、芝居を見ようといふ心が最初から定まつてゐたわけではない。 ただ、夕方の静岡の町が、どこか一日分の息を吐き終へて、これから夜の息を吸ひ込まうとする、その移り目の空気に誘はれたのである。家にゐれば、机の上の紙切れや、返事をしてゐない連絡や、顔を見たくない自分の影が、わざわざ寄つて来て肩へ乗る。外へ出れば、その影は人の波にまぎれて、少し薄くなる。

 七間町通りは、昔から賑ふ筋である。 映画館の看板が並び、飲食店の灯が横へひろがり、ビルのガラスが、往来の人の顔を何倍にもして映す。ここを歩くと、町はまだ娯楽を信じてゐる、といふ気がする。信じてゐる、と言つても、宗教のやうな大仰なものではない。腹が減れば食ふ、寒ければ温める、退屈なら笑ふ――その程度の、生活の手堅い信仰である。

 幹夫はアーケードの下を、用もなく歩いた。 用がない、といふのは贅沢だが、贅沢のやうに胸を張つて歩く勇気はない。だから彼は、手ぶらのくせに忙しげな顔をして歩く。忙しげな顔をすると、何者かであるふりができる。ふりをすると、しばらくは楽になる。楽になつた後で、必ず恥づかしくなるのが、幹夫の癖であつた。

 ふと、通りの脇の細い入口に、手書きの貼紙が目に入つた。 白い紙に黒い字で、

  今夜 七時半  一人芝居  「傘」  (小さな笑ひと、少しの涙)

 とある。紙の端は少し波打ち、ガムテープが黄ばんでゐる。豪勢な宣伝ではない。豪勢でないものほど、幹夫は気になる。豪勢なものは、見てゐるだけで金の匂ひがして、こちらの弱みを嗅ぎつける。ところがこの貼紙は、ただ「来るなら来い」と、少し照れながら言つてゐるやうであつた。

 幹夫は立ち止まつて、貼紙を二度読んだ。 二度読むと、来てみたくなる。 来てみたくなると、すぐ「来てみたところで」といふ声が胸の奥で鳴る。 「来てみたところで、感動でもしたらどうする」 「感動したら、立派な言葉を吐いてしまふ」 「立派な言葉は翌朝腐る」 幹夫はこの手の計算が妙に早い。計算が早いのは賢いからではない。傷つきたくないからである。

 それでも彼は、入口の階段を降りてみた。 降りるといふ行為は、いつでも少し勇気が要る。上へ行くのは簡単だが、下へ行くのは怖い。下へ行けば、光が弱くなる。光が弱いところでは、自分の顔がよく見える気がするからだ。幹夫は自分の顔が苦手である。

 階段を降り切ると、小さな受付があつた。 若い女が一人、ノートを広げて座つてゐる。机の上には、チラシが三枚ほどと、缶の募金箱。ここは芝居小屋といふより、町の奥にある秘密の部屋のやうだ。幹夫は思はず声を潜めた。

「……一人、入れますか」

 女は顔を上げ、ぱつと笑つた。 その笑ひが、商売の笑ひでないのがありがたい。商売の笑ひは、こちらの財布を見てゐる。だがこの笑ひは、ただ「来てくれたね」と言つてゐる。

「はい。ちやうどいいところです」

 幹夫は千円札を出した。千円札を出す手つきが、いつもより少し素直だつた。素直といふ言葉を使ふと、すぐ自分が善良に見えて腹が立つが、今日は素直でよい、と許してみた。許すといふのは、案外むづかしい稽古である。

 小屋の中は、木の匂ひがした。 古い椅子の布の匂ひ、舞台の黒幕の匂ひ、そして、ほんの少しの汗の匂ひ。どれも嫌な匂ひではない。生活の匂ひが、芸の匂ひに変る途中の匂ひである。幹夫はその匂ひに、なぜだか落ち着いた。

 客席は二十も入ればいっぱいだらう。 既に幾人か座つてゐて、年配の夫婦らしい者、仕事帰りの女二人、ひとりで来たらしい若い男――幹夫と同じやうな――が、舞台を見てゐる。皆、声を潜めてゐるのに、顔はどこか明るい。明るい顔は、幹夫を少し羨ましがらせた。

 幹夫は後ろの隅の席へ腰をおろした。 椅子はぎしりと鳴つた。幹夫はその音が恥づかしくて、無駄に背筋を伸ばした。無駄に背筋を伸ばすと、まるで芝居が始まる前から「よき観客」であるふりができる。ふりが好きなのは相変らずだ。

 やがて照明が落ちた。 舞台に、ぽつと灯がともる。 そこへ男が一人出て来た。二十代か三十そこそこ、背は高くないが、目がよく動く。服は簡素で、派手な装飾はない。なのに、出て来ただけで空気が変つた。これは舞台の力である。舞台といふものは、狭ければ狭いほど、嘘が利かぬ。

 男は、傘を一本持つてゐた。 傘は古びた黒い傘で、柄の部分が少し剥げてゐる。

「……これは、私の傘ではありません」

 男が言つた第一声が、いきなり可笑しかつた。 可笑しいのに、客席はすぐ笑はない。皆、どこか遠慮してゐる。幹夫も遠慮した。遠慮は人間の弱さだが、弱さが揃ふと、場に優しさが生れる。

 男は、電車の中で傘を間違へた話をする。 駅の改札、雨の匂ひ、濡れたコートの袖。傘一本の取違へが、ひとりの男の一日を少しずつ狂はせてゆく。店へ入れば、傘立ての前で立ち尽くす。電話をかければ、声が湿る。相手は怒りもせず、ただ疲れてゐる。――幹夫は、その「ただ疲れてゐる」が、妙に胸にしみた。怒りはドラマになるが、疲れは生活だ。生活の前では、言い訳が萎む。

 芝居は笑はせながら、ところどころで、ふと静かになる。 静かになつたとき、舞台の男の目が、客席の一人ひとりを軽く撫でるやうに動く。撫でると言つても、甘い目つきではない。ただ「ゐるね」と確かめる目である。確かめられると、人は急に存在を持つ。存在を持つと、逃げ道がなくなる。幹夫はそれが怖いくせに、今夜は少し、その怖さを手放してみたくなつた。

 いつの間にか、幹夫は笑つてゐた。 声を出して笑ふのは久しぶりだ、と彼は思つた。 声を出すと、胸の奥の石が少しだけ軽くなる。石が軽くなると、呼吸が深くなる。深く呼吸すると、妙なことに、人生が少しだけ広く見える。

 終盤、舞台の男は、傘を持つて、ゆつくり言つた。

「傘はね、雨をよけるためだけにあるんぢやない。誰かに貸すためにあるんだよ」

 この台詞が、説教に聞こえなかつたのは、男の言ひ方のせゐである。 立派に言はぬ。かういふことだよ、と小さく言ふ。小さく言ふから、客席の胸へすとんと落ちる。幹夫は「立派な言葉」が嫌ひだが、立派でない真理なら、受け取れる。

 幕が下りる。 照明が明るくなる。 そこで、拍手が起つた。

 ぱち、ぱち、ぱち――。

 拍手といふものは、簡単なやうで案外むづかしい。 特に幹夫のやうな男にとつては。 拍手は、他人を肯く行為である。肯くと、自分も肯かなければならぬ気がする。自分を肯くのが、幹夫にはいつも照れ臭い。照れ臭いから、いつも拍手が遅れる。遅れる拍手は、場に気まずさを残す。気まずさを恐れて、彼はさらに拍手をしなくなる。――幹夫は、さういふ悪循環の住人であつた。

 ところが今夜、幹夫は、両手を動かした。 最初は小さく、恐る恐る。 ぱち、ぱち。 自分の拍手の音が、妙に生々しく聞こえる。生々しい音を出すのが怖い。だが、怖いからやめるのではなく、怖いまま続けることが、稽古といふものだらう。

 幹夫は少しずつ、拍手を大きくした。 ぱち、ぱち、ぱち。 客席の拍手と混ざり、彼の音はもう特別ではない。特別でない、というのは救ひである。特別でないと、失敗しても目立たぬ。目立たぬなら、やつてみられる。幹夫は、拍手の中で、その当たり前を学んだ。

 舞台の男が再び出て来て、頭を下げた。 その頭の下げ方が、作られてゐないのに美しかつた。 美しさは、立派さとは違ふ。美しさは、ただ誤魔化しがないことの形である。幹夫は拍手をしながら、胸の中で、ひそかに言つた。――よかつたよ。ありがたう。さういふ言葉を、声に出さずに言へるだけでも、今夜は上等だ。

 芝居小屋を出ると、七間町の灯が、さつきより少し柔らかく見えた。 人の歩く速さも、車の音も変らぬのに、幹夫の耳の奥だけが、ひとつ余計な音を持つてゐる。拍手の余韻である。拍手の余韻は、意外に温い。

 入口の近くで、さつきの舞台の男が、汗を拭きながら立つてゐた。 客が二三人、短く声をかけて去つてゆく。幹夫は通り過ぎようとして、ふと立ち止まつた。今夜の稽古は、拍手だけで終へたくない、と心が言つたのである。心が言つた、といふのも妙だが、幹夫にとつては確かな感覚だつた。

「……あの、面白かつたです」

 幹夫は言つた。 言つた途端、顔が熱くなつた。褒めるのは、拍手より恥づかしい。だが、恥づかしい言葉の方が、ちゃんと届く。

 男は、ぱつと笑つた。

「ありがとうございます。来てくれて嬉しいです」

 その返事が、こちらの胸に重たく乗らぬのがよかつた。感謝が重たくなると、幹夫は逃げたくなる。だが今夜の感謝は、焙じ茶の湯気のやうに軽い。軽いから、吸へる。

「また……やるんですか」

「ええ。来月も。次は、もう少し明るいやつ」

 男は、いたづらつぽく言つた。 明るいやつ。幹夫はその言葉が気に入つた。世の中は暗いか明るいかといふ二つで測れるほど単純ではないが、少なくとも「明るいやつ」をやらうとする人間がゐる、といふだけで、町は救はれる。

「……また来ます」

 幹夫は、はつきり言つた。 はつきり言へたことが、彼には不思議で、そして嬉しかつた。約束は怖いが、約束を怖がるばかりの人生も、やはり少し惨めである。今夜の「また来ます」は、立派な誓ひではない。ただの予定である。予定なら、胸を張らずに持てる。

 幹夫は七間町を歩いた。 どこかの店から、箸の当る音がする。 別の店から、笑ひ声が漏れる。 映画館のポスターが風に揺れる。 幹夫はふと、道の角の小さな店で、甘いものを一つ買つた。たい焼きでもよい、団子でもよい。要するに「帰り道に手土産を持つ」といふ、ささやかな生活の真似である。生活の真似は、案外、人を明るくする。

 家へ戻る途中、幹夫は胸の中で、また拍手をした。 ぱち、ぱち、と心の中で鳴らしてみる。 その音は、誰かのためだけではない。今夜の自分にも半分だけ。半分だけ肯いてやる。肯いてやると、明日がほんの少しだけ怖くなくなる。

 七間町の芝居小屋で、幹夫青年は拍手の稽古をした。 稽古の出来は上等とは言へぬ。まだ手のひらが、少し照れてゐる。 けれど、照れたまま叩けるなら、明るさはもう始まつてゐる。

 
 
 

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