top of page

三保の幻灯2

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月12日
  • 読了時間: 6分

ree

第一章:夏祭りの幻灯と天女

 昼間の三保の松原は、青い海と緑の松が織りなす景色で観光客を魅了する場所。けれど、この町では夜になると、もうひとつの“華やかな顔”が浮かび上がる。毎年夏、砂浜で行われる**「幻灯」**の催しだ。 浜辺に組まれた簡易スクリーンに、地元の子供たちが描いた絵やアニメーションのような映像を投影する。素朴な筆づかいの絵が、波の音をBGMに照らし出される光景は、どこか懐かしくて温かな気持ちにさせる。誰もが毎年楽しみにしている、小さな町の大きなイベントだった。

 しかし、今年の祭りの夜、穏やかな拍手に包まれていたはずの会場にざわめきが走る瞬間が訪れた。スクリーンに、見覚えのない“天女”の姿が浮かび上がったのだ。羽衣のような白い衣がふわりとたなびき、長い髪を風になびかせている女性。子供の絵とは思えない洗練されたタッチと、どこか哀しげな表情が印象に残る。 投影時間はほんの数十秒ほど。誰が描いたのか分からず、突然現れ、突然消えていった――その一瞬の“異物感”に、観客たちは言葉を失い、夜の浜辺にはしばし静寂が落ちた。

第二章:修平の疑念

 修平は、この祭りで毎年スタッフを手伝っている若者のひとり。町おこしに熱心な友人の誘いで参加していたが、例年子供の絵を流すだけのほのぼのとした映像には見慣れているはずだった。 だが、今年突如現れた天女の映像は、その淡い彩色の美しさに加えて、どこか冷たく悲しい雰囲気をまとっていた。心に引っかかるものを感じずにはいられない。 他のスタッフと検証すると、「子供たちの提出した絵には、あんな天女はいなかった」という結論に達する。つまり、何者かが“紛れ込ませた”かのように、無断で映像を挿入したのだろう。 「どうして、こんなことを……?」 修平は軽い違和感からやがて強い興味を覚え、**「誰かのイタズラ? それとも何らかのメッセージ?」**という思いに捉われる。たった一瞬だけ映ったその姿には、疑問だけではなく、見る者の心を揺さぶる力があったのだ。

第三章:祭りの歴史と三保の裏側

 翌日、修平はまず友人や知り合いのスタッフに聞き込みする。しかし「俺が管理してた映像ファイルにはそんな天女の絵はなかった」「映像機材は常に人が見張っていた」と口々に言い、誰も心当たりがない様子だ。 仕方なく、修平は祭り自体の歴史を遡ろうと考えた。というのも、この“幻灯”の伝統は、戦後まもない頃から続いているらしく、単なる子供向けのイベントにしてはやや古い由来があるらしい。 町の図書館で古い記録を読みふけると、**「三保の松原に由来する天女伝説を、幻灯という形で子供にも楽しませる意図があった」**といった記述が出てきた。でも、その裏には別の動機がありそうな気がしてならない。どうも天女伝説を“利用”する話が、昔、何度か取り沙汰されていたのだ。

第四章:天女に宿る哀しみ

 調べを進めるうちに、古老の一人から耳にしたのは、**「実は三保の天女伝説には、表に出されない悲劇の面がある」**という話。一般的には天女が羽衣を漁師に隠されるが、取り戻して天に帰る話として語られる。だが裏では、天女が地上で心を通わせた人間に裏切られた、というバリエーションが存在するらしい。 昔の三保では、それを「天女の哀しみ」と呼び、表立っては話さなかったという。どうやら天女を“単なる幸福の象徴”に奉ることで観光的に利用した一方、実はその伝説の奥にやるせない運命や人間の非情さが潜んでいた、という構図が浮かび上がる。 「もしかして、今回の幻灯で現れた天女は、この封印されてきた哀しみを知らせようとしているのでは……?」 修平はそう推理しながらも、あまりにも甘い考えかもしれないと自嘲した。しかし何か突き動かされるように、この謎を解き明かさずにはいられなかった。

第五章:人間模様と葛藤

 そんな中、祭りの委員会からは「もう騒ぎを大きくしたくない。天女の映像の件はあまり触れないでほしい」と話が出る。町の観光担当者も「子供たちが描いた絵が楽しみで来ているのに、妙な噂が立てば客足に影響が出かねない」と困り顔だ。 修平は軽く失望しつつ、すでにSNSで話題になっている以上、隠し通すのは無理だろうと感じる。何よりも、自分の中でどこか“天女に対する後ろめたさ”が芽生えているのに気づく。**「人間は都合のいい部分だけ伝説にして、都合の悪い部分を隠してきたのではないか」**と。 町ぐるみでの観光戦略と、伝説の真実とのギャップ。自分自身がちっぽけな存在と感じながらも、修平は葛藤を抱え、「このままでいいのか?」という思いが胸を占める。

第六章:導かれる答え

 突き詰めていくうちに、修平は祭りの初期に関わった人物の子孫にたどり着く。その家には古い絵巻が残されていて、そこに描かれている天女は胸を抱えて伏し、涙を流しているように見えた。 そこにはこう記されている。「天女は人間の愛を信じたが故に裏切られ、その苦しみをこの地に残した。やがてそれは幻灯として人々の目に映るようになり、天女の声が届けられるという……」 修平は息を呑む。おそらく今回、幻灯に“天女”を差し込んだのは、昔の伝承を知る誰かが、天女の真実を人々に再認識させるために企んだのだろう。しかし、そうだとしても、いったい何のために? 読み進めると、そこには逆説的な言葉があった。「天女が泣いた地は、同時に幸福をも招く。人々がそれに気づき、哀しみを共有することで、真の安らぎが訪れる」。 このメッセージが修平の胸に突き刺さる。天女の哀しみと人間の非情さは裏表だが、その先には理解と和解の可能性が示されている、と。

第七章:新たな夜、灯される未来

 夏祭りの最終日、修平は改めて幻灯の投影に立ち会うことになる。心の中では、「今度こそ天女の映像が再び現れるかもしれない」と不安と期待が入り混じる。町の人々も、前回の事件を教訓に、警戒しつつもどこか興味を隠せない。 上映が始まり、子供たちのカラフルな絵が映し出される。笑い声と拍手が起こる中、最後の一幕でふいにスクリーンが揺れ、淡い光のなかに天女の姿が浮かび上がる。今度は数秒ほどの映像が続き、天女が羽衣を広げるように見える。 観客から息を呑むような静寂が落ち、その間に天女の姿は光とともに消えてしまった。だが、その短い間、誰もが思わず“天女の表情”に哀しみとやさしさを感じたという。 「町はこの伝説をどう扱ってきたのか」——誰もが心のどこかで問いかけるだろう。修平はスピーカーを手に、静かに口を開く。天女の伝説には、涙と痛みが隠されていたこと、そしてその哀しみを共に背負うことが、新たな理解へ繋がると知ったことを。 満月が浜辺を白く照らし、拍手がゆるやかに起こる。子供の絵も、そして天女の映像も、同じスクリーン上で優しく溶け合った。**「悲しみを否定せず認めることが、この地を本当に豊かにするんだ」**と修平は胸の内で思う。

 こうして、**「三保の幻灯」**は終わりを告げる。だが、天女の姿を再び見たいという声が町に広がり、“哀しみをも含めた羽衣伝説”を正面から伝えようとする機運が生まれていく。波の音が遠くに消え、夜の松原が月の光で浮かぶ――その場所には、過去と今が幾重にも織りなす“天女の物語”が静かに息づいていた。

 
 
 

コメント


bottom of page