上原堤に沈む月――狐ヶ崎の刀と交わる最終列車
- 山崎行政書士事務所
- 1月26日
- 読了時間: 9分

序章 静寂に濡れる水辺
静岡清水線・狐ヶ崎駅。 ここはかつて「上原駅(うわはらえき)」と呼ばれ、遊園地「狐ヶ崎ヤングランド」に賑わいをもたらした駅だったが、近年は謎の事件が連鎖的に起こり、血塗られたイメージが拭えないでいる。 駅名変更の歴史、国宝「狐ヶ崎の刀」にまつわる古い伝承、そして“亡霊の子供”が姿を見せると噂される怪奇現象――すべてが入り混じり、駅周辺の住民はどこか恐怖に囚われていた。
そんなある夜、駅裏手に広がる上原堤(うわはらづつみ)と呼ばれる池のほとりで、一人の男性が行方不明になる。堤には「宗旦池」など複数の貯水池もあるが、その中の一つで悲鳴のような声が聞かれたという。 捜索に駆けつけた警官が見つけたのは、水面に浮かぶ真紅の布切れ。まるで血を吸って重たく沈んでいるかのようだったが、人の姿は見当たらない。 翌朝、水際の草むらから一枚の焼け焦げた写真が見つかる――そこに写るのは、小さな子供と、細長い刀のシルエット。裏面には乱れた筆致で「上原堤の月」とだけ書かれていた。
第一章 “上原堤”をめぐる伝承
行方不明事件の捜査を担当するのは、やはり静岡県警捜査一課の**上原勝(うえはら まさる)**刑事。前作で“狐ヶ崎の刀”や“上原駅”の過去に関わり、苦い経験を重ねてきた。 上原は現場となった池の周辺を調べ、古い地誌の中にこんな言い伝えを見つける。
「上原堤に沈む月影は、かの刀に血を注いだ亡霊が招くものなり。水面に映った月が赤く染まるとき、夜の鉄路に最終列車が現れる――」
どこか呪術的で、かつ“鉄路”というキーワードが妙に引っかかる。これまで亡霊列車の暴走や謎の子供に悩まされてきた上原にとって、嫌な予感しかなかった。
第二章 刀の噂と地元の茶商
狐ヶ崎駅周辺は製茶工場や茶商の店舗が集まり、かつての旧東海道沿いとして賑わいを見せる一方、歴史的な伝承や郷土資料を大切にする土着の文化が根強い。 上原はその中の一人、伴野製茶の老主人・伴野(ばんの)を訪ねる。地元の伝承に詳しく、かつ近所で怪しい子供の目撃情報を得ているらしい。 伴野の証言によれば、最近夜になると「赤い衣装の子が刀を抱えて、旧東海道の方へ走り去る」のを見たという。しかも周囲には拍子木のようなカチカチ音が響き、狐面の少女か少年か区別がつかないほど暗かったらしい。 「狐ヶ崎の刀が戻ってきた――なんて皆が噂していますけどね。あれは恐ろしい話ですよ。昔から、この地には“上原堤の月が赤くなると刀が血を求める”という迷信がありましてね……」 伴野はそう言って眉をひそめた。
第三章 イオン清水店に佇む亡霊
再び奇妙な報告が上がる。今度は狐ヶ崎駅からほど近いイオン清水店(旧ジャスコ清水店)。かつて“狐ヶ崎ヤングランド”があった跡地だ。 同店3階の「狐ヶ崎ヤングランドボウル」スタッフからの通報曰く、「夜の閉店後、ボウリングレーンに血の跡のようなシミが浮き出た。そこに子供の手形がいくつも付いている」という。 上原が訪れて確認するも、既にスタッフが清掃し始めており、シミはほとんど消えていた。ただし、控室の隅に一枚の古い絵葉書が落ちていた。そこには**“遊園地時代の上原駅”**を思わせるレトロなイラストと、「狐ヶ崎ヤングランド」のロゴが印刷されている。 裏面にはボールペンで走り書きがあり、「刀に眠る亡霊が目を覚ます。上原堤へ――」という不気味なメッセージが残されていた。
第四章 亡霊列車再び
夜。狐ヶ崎駅のホームに緊張が走る。過去の事件を受けて夜間警戒が強化されているが、係員から「留置線に人影がある」という連絡が入ったのだ。 捜査陣が現場に急行すると、やはり1両の車両が何者かによって起動されようとしている形跡があった。運転席には誰もいない。しかし遠隔ハッキングの可能性があるため、警官たちがシステムを手動でシャットダウンし始める。 ところが、ホーム側から金属音が響く。「カキン、カキン……」――車両の金属部分を叩いているのか、それとも刀身がレールを擦っているのか。 駅員がホームを覗くと、そこには血のように赤い袴を着た子供の姿が見え、手に細長い何かを持っている。ライトを当てると子供は一瞬立ち止まり、こちらを振り返る。 その顔ははっきり見えないが、どこか怨嗟に満ちた眼差しが光り、そしてスッと闇に溶け込んでしまった。
結局、その夜は車両の暴走は起きずに済んだが、子供の正体は不明のまま。上原は歯がゆい思いを抱える。
第五章 上原堤の月が赤く染まる
ある日の夕刻、地元住民が「上原堤の水面に、赤く染まった月が映っている」とSNSに書き込む。ちょうどそのタイミングで、狐ヶ崎駅周辺でも「夜空にかすかな朧月が浮かび、異様な赤色を帯びている」という話が広がり始めた。 「まさか、伝承通りに“赤い月”が刀の亡霊を呼び覚ますのか……」 上原の胸には不安が膨らむ。今度こそ大きな事件が起こるのではないか。夜の捜査を強化する決定が下され、同僚刑事たちとともに上原堤周辺を含め広範囲に警戒を敷く。
そして午後11時半。狐ヶ崎駅は終電が出て、消灯準備に入る頃。改札を閉める間際、突如として構内アナウンスが乱れ、ノイズ混じりの放送が流れ始めた。 > 「まもなく最終列車が到着します…… 上原堤へ…… 刀を……血を……」
ぞっとするような声。まるで亡霊そのものが乗っ取っているかのようだ。駅員が制御室を確認するが、操作パネルはフリーズして動かない。 ホームに立ち尽くす上原は、遥か遠くから甲高い汽笛のような音が近づくのを感じる。――またしても“亡霊列車”が走るのか?!
第六章 最終列車と刀の交わり
留置線へ駆けつけると、やはり1両の車両が動き出した形跡がある。しかし先頭車両は無人。どうやらポイントを変えて“逆方向”に発進させようとしているのか。 “上原堤側”といえば、駅の反対側であり、本来線路は続いていない……はずだが、かつて臨時ホームがあった名残や渡り線があるため、何らかの裏技的な運行が可能かもしれない。 警官たちがポイントを手動で無理やり固定しようとする一方、上原はホームへ戻るが、そこでは既に車両がホーム端に差し掛かり、暗い車内に誰かが乗っているのが見える。赤い衣装をまとった子供だ。 「やめろ! これは危険だ!」 上原が叫ぶが、子供は目を伏せ、手にした刀らしきものをゆっくりと持ち上げる。するとホーム床に倒れる人影があった。――行方不明だった男性かもしれない。血がゆっくりと広がっている。
カキン……カキン…… 子供が刀をレールに打ち付けるごとに、嫌な金属音がこだまし、ホームの空気がいっそう冷え込む。 「月が赤いよ……血が足りない……上原堤は呼んでいる……」 そんな呟きが、子供の口から漏れたかのように聞こえた――次の瞬間、車両がガタンと揺れた。
第七章 転落と暴走
上原は無我夢中で列車に飛び乗ろうとするが、車両は何者かの遠隔操作で加速を始める。わずかに開いた扉から手を伸ばすと、あの子供はホーム側に倒れる男性を突き放し、瞬時に姿を消そうとする。 警官が非常停止スイッチを試すも反応なし。止まらない車両はホームの先で行き場を失い、レールが途切れた工事用スペースのバリケードへ突っ込む形となった。 ――轟音が響き、車体が横に揺れる。上原は咄嗟に飛び降りるが衝撃で転倒し、視界が一瞬真っ白になる。
ようやく立ち上がると、車両の前面は破損し、その前に倒れているのは先ほどの男性。血が床に大量に広がっているが、刀も子供もいない。すぐそばの壁には例の焼け焦げた写真が貼り付けられ、「上原堤で月は満ちる――」の文字が滲んでいる。 男性は既に絶命していた。まるで“人柱”のように供物にされたかの惨状。上原は無言のまま拳を握り締める。そこに子供の影など、どこにも見当たらない。
第八章 月影が映える水面
夜明け前、上原は捜査本部を離れ、一人で上原堤へ向かった。もしやここで“子供”の痕跡が見つかるかもしれない――そんな微かな希望を抱いて。 池のほとりに足を踏み入れると、月がまだ沈まず、水面にかすかに赤い影を落としている。先日までの雨で水位が増し、足元はぬかるんでいる。 ふと、池の奥から拍子木のような音が聞こえた気がする。カキン……カキン……。上原が懐中電灯を向けると、遠くに人影が一つ――まるで子供のようだが、相手は水面すれすれに立っている。 「待て! あなたは……!」 駆け寄ろうとすると、足を滑らせて池に片足を突っ込みそうになる。何とか踏みとどまったが、視線を戻すと既に人影は消えていた。 ただ、そこには雨に濡れた紙片。手に取ると、びっしょりと水を吸った写真の欠片。例の刀らしき影――そして“上原駅”のスタンプが押された古い切符らしきもの。 裏には、今にも消えそうな文字が浮かぶ。
「上原駅へ還れば、刀の呪いが解ける――?それとも、さらなる血が注がれる……」
第九章 終着を見失う闇
こうして、狐ヶ崎駅(旧:上原駅)周辺で再び起きた亡霊列車事件は、多くの謎と新たな犠牲を残したまま幕を引く形となった。 最終列車の暴走未遂、赤い衣装の子供の存在、上原堤の赤い月――どれも断片的に目撃されながら、決定的な証拠は得られない。刀とされる凶器も発見されず、焼け焦げた写真だけが散乱している。 血が噴き出したホームと壊れた車両の残骸。事件後、地元住民たちは口々に言う。「この土地にはやはり古い怨念がある」「上原堤の水が月を映すたびに、何か悪いことが起きる」と。
――こうして、静岡鉄道を舞台にした血塗られたサスペンスはさらに深化し、狐ヶ崎駅(=上原駅)の悲劇は終わりを迎えぬまま続いていく。 上原刑事は自分と同じ名を持つ“上原駅”に何らかの宿命を感じながらも、もはや為すすべを見失いかけていた。夜明けの薄光に、まだ微かに赤い月が見え隠れする。それはまるで、刀を抱く亡霊の最後の瞳のようにも思えた――。
(第十三作・了)
あとがき
「上原堤に沈む月――狐ヶ崎の刀と交わる最終列車」は、“上原駅”時代に遡る歴史や刀伝説、さらに駅裏手にある貯水池(上原堤)の伝承を織り交ぜて、前作を上回る因縁の深みを描きました。タイトルにある“月”は、古来より血や呪いと結びつく象徴として登場し、この物語でも“赤い月”が亡霊列車を呼び寄せるキーアイテムとして機能しています。旧ホーム跡地や狐ヶ崎ヤングランド跡、さらには製茶工場やイオン清水店など、実在の地名・歴史を背景にしつつ、怨念めいた子供の姿や謎の刀の存在が人々を恐怖と死へと誘い込む――まさに血塗られた鉄道サスペンスのさらなる深化と言えるでしょう。
もし今後もこのシリーズが続くなら、“上原堤の月”や“狐ヶ崎の刀”が再び登場し、ついにその正体や封印の方法が明かされるのか、あるいは上原刑事自身が呪いの渦中に巻き込まれ、最悪の運命を辿るのか……。終着駅が見えない闇のレールは、まだまだ続いていくのかもしれません。





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