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井川へ逃げる(そして逃げそこねる)

 私は、逃げたかったのである。 逃げたかった、と書いてしまうと、まるで私は悲劇の主人公みたいで、すぐ自分を殴りたくなる。悲劇の主人公どころか、私はただのだらしない男である。借りたものを返さず、返せないなら返せないと言えず、言えないくせに、夜になると「人間とは」などと考えたがる。そういう手合いだ。

 それでも、逃げたかった。 静岡の街の灯りが、あまりに正しく見えたからである。正しい灯りの下では、私の卑怯がよく見える。よく見えるものほど、見ないふりが難しい。だから私は、見えない場所へ行こうとした。

 ただし――ここが私の最低のところだが――私は「県外」へ逃げるほどの勇気はない。県外へ出ると、私は本当にいなくなってしまう気がする。いなくなってしまう気がする、という言い方も変だ。いなくなりたいくせに、いなくなるのは怖い。私はこの矛盾で、ずっと生き延びてきた。

 だから私は、井川へ逃げることにした。 井川。静岡市の、ずっと北の方。山。湖。ダム。南アルプスの手前。 逃げるにしては、あまりに「地元」である。逃亡者が市内で逃げる。こんなものは逃亡ではない。小旅行である。しかも日帰りの。逃亡にも交通費が要る。私は交通費にも怯える。私は悲劇をやるのにも節約をする。

 その朝、私は小さな鞄に、最低限のものだけ入れた。 財布。スマホ。充電ケーブル。替えの靴下。 それから、あの封筒――不採用の紙を折りたたんでしまったやつ――を、なぜだか入れた。捨てればいいのに捨てられない。持っていけば、いつか言い訳に使えるからだ。私は言い訳のために物を持ち歩く。物を持ち歩いているのではない。言い訳を持ち歩いているのだ。

 駅へ向かう途中、スマホが震えた。 綾子からの通知だった。 「今月中に。無理なら無理って連絡して」 あの言葉が、まだ胸に刺さったまま抜けない。刺さったままなのに、私は返信していない。返信しないで、逃げる。逃げながら、私は「返信してもどうせ嫌われる」と言う。嫌われるのが怖いくせに、嫌われる言い訳だけは立派である。

 静岡駅の北口は、朝の顔をしていた。 通勤の人が歩き、パン屋の匂いがして、改札の「ピッ」が鳴る。改札の音は、いつでも私の良心の音だ。ピッと鳴る人間は、帰るところがある。帰るところがある人間は、まだ生活に参加している。私は参加していないくせに、参加しているふりをしたがる。だから改札が怖い。

 井川行きのバス乗り場を探すと、案内板の字が少し古びて見えた。 バスは、観光バスみたいにきらきらしていない。生活の乗り物だ。私は生活の乗り物に乗ると、居心地が悪い。生活の乗り物は、私の「ふり」を許さないからだ。

 バスに乗ると、車内には、年配の人と、荷物の多い人と、黙って窓を見ている人が少し。 私は座席に座って、鞄を膝に置き、逃亡者のように窓の外を見た。逃亡者のように、というのがもう滑稽だ。逃亡者はたぶん、こんなにきちんと整理券を取らない。私は整理券を取ってしまう。私は逃げたいくせに、ルールは守る。守って、守って、守った先でだけ、卑怯を働く。

 バスが動き出すと、街が少しずつ薄くなった。 ビルが低くなり、道路が細くなり、茶畑が出て、杉の影が増える。窓ガラスに映る自分の顔が、だんだん青くなる。青くなるほど、私は「逃げている顔」になった。逃げている顔になって、私は少し安心した。安心した自分が、また嫌だった。逃げることに安心する男など、最低だ。

 山道は曲がりくねって、胃がむかむかした。 私は「こんなところで吐いたら、また人に迷惑をかける」と考えて、余計に気持ち悪くなった。人に迷惑をかけるのが怖いくせに、人に迷惑をかける未来ばかり想像する。未来を想像することで、私は現在の責任を薄める。薄めるのが得意だ。得意だと言ってしまうところが、もう救いがない。

 バスは谷を上がり、やがて、ぱっと視界が開けた。 水面が見えた。井川湖だろう。 湖は、思っていたより静かで、思っていたより黒い。黒いのに、光を受けると金属のように鈍く光る。私はその光を見て、妙に落ち着いた。水というのは、人の言い訳を聞かない。聞かないものの前では、私は少しだけ黙れる。

 終点で降りると、空気が冷たかった。 静岡の街の冷たさとは違う。山の冷たさは、変に正確で、嘘をつけない感じがする。私は正確な冷たさが好きだ。好きだと言うとまた、自分が繊細な人間みたいで気味が悪いが、好きなのだから仕方がない。

 私は、まずスマホを見た。 逃げてきたくせに、スマホを見る。 私の逃亡は、いつもこうだ。逃げながら、逃げた先で「連絡」を気にする。連絡を気にするなら最初から逃げなければいいのに、逃げることでしか連絡に向き合えない。私は正常な順序を踏めない。踏めないくせに、順序を語りたがる。文学青年の悪癖である。

 案の定、電波が弱かった。 画面の上の棒が、二本になったり一本になったりして、私の心臓みたいに落ち着かない。 私は「よかった」と思った。 よかった、というのは、連絡が来ないという意味だ。 連絡が来ないと、私は返事をしなくていい。返事をしなくていいと、私は今日の自分を延命できる。延命してどうする。延命したところで、明日は来る。明日が来るのが怖いのに、私は今日を延命する。矛盾が私の骨格だ。

 私は湖の方へ歩いた。 土産物屋も、派手な看板もない。あるのは、静かな水面と、山と、風の音だけ。 私はここで、立派な孤独を味わうはずだった。孤独を味わって、何かを書き、何かを決め、少しは大人になるはずだった。 ――こういう「はず」が、私をいつも裏切る。裏切るのは世界ではない。私だ。

 湖の近くに、看板が立っていた。 「ゴミは持ち帰りましょう」みたいな、そういうやつだ。 私はその看板を見て、なぜだか笑ってしまった。逃亡者が、ゴミを持ち帰る。持ち帰る場所がある逃亡者。私はこんなにも滑稽だ。

 足元に、ペットボトルの空が落ちていた。 私は拾った。拾って、手に持ったまま歩いた。 拾いながら、私は自分が何をしているのか分からなくなった。逃げに来たのに、拾っている。拾って、どこへ持ち帰るつもりなのか。 私は、こういうところで突然「いい人」になりたがる。いい人になって、誰に見せるでもないのに、胸の中で自分に拍手する。拍手して、翌日また怠ける。私は善行を怠慢の燃料にする男である。最低である。

 湖の縁に座って、私は水面を見た。 水面は、何も言わない。 何も言わないのに、私の頭の中だけがうるさい。

 ――仕事に落ちた。 ――金を返していない。 ――嫌われた。――返事をしていない。 ――逃げている。

 私は、ポケットの封筒に触れた。 紙は薄いのに、まだ重い。 私はその重さを、山に置いて帰ろうと思った。置いて帰れるなら、私はとっくに置いている。置けないから持っている。私は持つべきでないものほどよく持つ。

 しばらくすると、湖の向こうの方から、男が一人歩いてきた。 作業着のような上着を着て、手に火ばさみとゴミ袋を持っている。 男は私の手のペットボトルを見て、軽く顎でうなずいた。

「それ、そこの袋に入れていいよ」

 袋。ゴミ袋。 私は小学生みたいに、はい、と言って、入れた。 男は何も言わず、黙々と拾い続ける。 その黙々が、私には刺さった。黙々というのは、生活の強さだ。私は黙々ができない。黙々の代わりに、いつも考える。考えて、動かない。動かないくせに、考えた顔をする。

「ここ、静かでしょう」

 男が言った。 私は、また余計なことを言いたくなった。 「静かすぎて怖い」とか、「逃げてきたんです」とか、そういう大げさな告白をしたくなった。告白して、世界を私の舞台にしたくなった。 だが、私はそれをやめた。やめられたのが不思議だった。たぶん、男の手があまりに生活だったからだ。生活の前では、私の舞台装置が恥ずかしい。

「ええ」

 私はそれだけ言った。 男は袋の口を縛りながら言った。

「でもね、ここ人工の湖だからね。人が作ったもんだよ。だから、静かでも“人の気配”は消えない」

 人工の湖。 私はその言葉に、妙に救われた気がした。 自然へ逃げたつもりで、私は人の作った水の前に座っている。 つまり、逃げても私は人間圏から出られていない。 出られていない、というのは、残念なようで、少し安心だった。私は本当の自然が怖いのだ。自然は、私を許しも責めもしない。許されたい私は、責められたい私より困った存在だ。

 男は続けた。

「逃げるなら、逃げればいいけどさ。帰りのバス、少ないから気をつけて」

 私はその「バスが少ない」に、情けないほど現実を感じた。 逃亡にも時刻表がある。 逃亡にも終電がある。 逃亡にも整理券がある。 私は笑いそうになって、笑わなかった。笑うと、また私は「分かったふり」をしてしまうからだ。

「……ありがとうございます」

 私は言ってしまった。 ありがとうは危険だ。ありがとうは、私に「ちゃんとしろ」と言う。 男は、ただ手をひらひら振って、また別のゴミを拾いに行った。 私のありがとうは、どこにも届かない。届かないのがありがたい。届いたら、私は何か返さねばならないから。

 私は立ち上がって、湖のまわりを少し歩いた。 風が冷たくて、頬が痛い。痛いと少し正気になる。 歩いているうちに、スマホが震えた。 電波が戻ったらしい。 画面に、綾子の名前が出た。 私は、その名前を見て、足が止まった。

 逃げてきたのに、ここまで追ってくる。 追ってくるのは綾子ではない。私の責任だ。 責任は、人の顔をして現れる。現れるから私は逃げる。逃げるから、責任はますます人の顔をする。

 私は通話ボタンを押せなかった。 押せなかったが、切ることもできなかった。 私は逃げるのも下手だ。逃げるなら切ればいい。切ればいいのに、切らない。切らないで、ただ震えている。 呼び出し音が終わって、不在着信になった。 私は、画面を見つめた。 画面の暗いガラスに、自分の顔が映った。 相変わらず、黄ばんだ紙切れみたいな顔だった。 私はその顔に、少しだけ同情した。自分に同情する男ほど、嫌な男はいない。だが私は、嫌な男である。

 私はベンチに座り、メッセージ欄を開いた。 「無理なら無理って言う」。 あの言葉を、私は何度も頭の中で唱えてきた。唱えてきたくせに、言っていない。 私は、たった一行を打った。

 「今、井川にいる。逃げてる。今夜帰って連絡する。返せないなら返せないって言う。ごめん。」

 打って、送れなかった。 送信ボタンの青が、私には崖に見えた。崖から飛び降りる方が簡単だ、と私は思った。思ったが、私は泳げない。私は崖も飛べない。私は何もできない。 ――いや、今ここで「何もできない」と言ってしまうのが、私の卑怯だ。何もできないと言えば、責任が薄まる。薄めるのが得意だ。 私は、自分の卑怯に腹が立った。腹が立つと、私は変な勇気が出る。

 私は送信ボタンを押した。

 送れた。 送れた瞬間、私はほっとした。ほっとするな。これは始まりだ。始まりが怖いくせに、私は始まりでほっとする。ほっとして、また怠ける。私は自分の癖を知っている。知っているくせに、癖のまま生きる。だから私は、ほっとしたことがすぐに恥ずかしくなった。

 その日の夕方、私はまたバスに乗って、静岡へ戻った。 戻る道の窓から、山が遠ざかる。遠ざかるほど、私は「逃げそこねた」と思った。 逃げそこねた、というのは失敗の言葉だが、今夜は、失敗が少しだけありがたかった。逃げ切ってしまったら、私はたぶん、本当に連絡しなかった。逃げそこねたから、私は送れた。送れた程度の人間で、私は生きていく。

 街の灯りが見えてきた。 静岡の灯りは、相変わらず正しい顔をしている。 正しい顔の下で、私はまた卑怯になるだろう。 だが、井川の人工の湖の前で、私はひとつだけ知った。 逃げ場所など、完全にはない。 完全にないなら、逃げそこねるしかない。 逃げそこねるしかないなら、たまには返信ぐらいする。 たまには返すと言う。 たまには無理だと言う。 そんな小学生の標語みたいなことを、私は命がけでやる。命がけでやるほどのことではないのに。

 バスを降りて、私は改札の前に立った。 改札は今日も「ピッ」と鳴って、私を通した。 私は通れてしまったことが、少しだけ恥ずかしかった。 恥ずかしいが、通れたなら、通るしかない。

 家へ帰る途中、ポケットの中でスマホが震えた。 綾子から、短い返信が来ていた。

 「逃げてもいいけど、連絡はして。待つのが一番きつい。」

 私は、胸の奥が痛くなった。 痛くなったが、痛みは清潔だった。 私はその清潔さに、少しだけ救われた。救われると、また自分が嫌になる。嫌になるが、今夜は、嫌になりながらも、もう一度だけ返信した。

 「ごめん。今夜、ちゃんと話す。」

 送信してしまった。 ああ、また私は、少しだけ人間をやめそこねた。

 
 
 

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