仮面の下にある熱――ヴェルディの「アイーダ」、エジプトの衣をまとったジュゼッペ
- 山崎行政書士事務所
- 2月7日
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1. 楽屋の鏡と金の装飾
オペラハウスの楽屋、厚手のカーテンからは微かな音響が漏れてくる。ヴェルディの「アイーダ」の公演当日、花形テノール歌手として「ラダメス」を演じるジュゼッペは、エジプト風の衣装を手にして鏡の前に立っている。 頭には金色の飾りが付き、胸元には宝石を散りばめたようなカラーが取り付けられ、腰には軽やかな布が巻かれたエジプトの衣。その細やかな装飾が燦然と光り、ジュゼッペの表情も高揚を隠せない。かつての古代エジプトの戦士をイメージしたこの衣装は、物語の英雄像をなぞるように気品と力強さを醸し出している。
2. 舞台裏の足音と雄々しい紋章
廊下を歩くと、照明や装置のスタッフが慌ただしく行き交う中、ジュゼッペの衣裳にはエジプトの象形文字を模した紋章が金糸の刺繍で描かれていて、スポットライトを受けて輝きを増している。台本を小脇に抱え、セリフのタイミングと楽譜を頭の中でおさらいする。 「ラダメスはエジプトの将軍、この威厳を衣装からも感じさせたい」とジュゼッペは微笑む。その足元にはレザーのサンダルを履き、足首には細かな羽根飾りが揺れ、はためきが舞台裏の空気を揺らしている。
3. 第一幕、演奏と声の共鳴
オーケストラが前奏を開始し、幕が上がる。薄暗い照明の中、舞台には古代エジプトを思わせる神殿のセットがそびえ立ち、兵士や神官の合唱が厳かな合図を送る。 ジュゼッペ(ラダメス役)は舞台中央に登場し、その白い褐色の衣が光を反射する。金色の胸当てやヘルメットに近い装飾物が、さらに英雄的な印象を加える。彼が最初のアリアを歌い始めると、そのテノールの甘く力強い声が劇場の隅々まで満ち、衣装の煌めきと共に観客を物語へと誘う。
4. アイーダとの二重唱、運命の苦悩
劇の中盤、アイーダ(エチオピアの王女)との二重唱の場面では、ジュゼッペはエジプト軍の将軍ラダメスとして彼女への愛と祖国への忠誠の板挟みに苦悩する。 アイーダ役のソプラノが繊細な声を震わせるのに呼応し、ジュゼッペのテノールが激しい感情を帯びて、舞台の空気が揺れるほどの張り詰めたデュエットが始まる。エジプト風の衣装が華やかでありながら、その目は悲しみにうるむ――これは衣装だけでは演じきれない、深い心の葛藤を音と演技で示しているのだ。
5. クライマックスの儀式と悲壮の幕
終幕に近づき、ラダメスが運命に翻弄される場面では、エジプト王朝の大規模な儀式がステージを埋め尽くす。合唱やダンサーが華麗に演じるなか、ジュゼッペの衣装はもう少しだけ傷つき、粉を吹いたような埃が付いて、戦いと苦悩の痕が視覚的にも物語られる。 「この大地に別れを告げる時が来た」とアリアを歌うジュゼッペは、最後の力を振り絞るかのように高音を響かせる。その声がホールを貫き、客席が息を止めた後、嵐のような拍手が沸き起こる。胸に手を当ててお辞儀をするジュゼッペには、古代エジプトの軍服をまとったままの気品と、役に生きた芸術家の渾身の姿がある。
エピローグ
ヴェルディの「アイーダ」で、エジプトの服を着たジュゼッペ――ラダメス役として舞台に立つ彼は、祖国への忠誠と愛する女性への想いの板挟みを音と演技で体現する。 豪華な衣装やセットがオペラの世界を華々しく飾り、悲劇的な物語を歌い上げる声が観客の胸を震わせる。もしこの舞台を観るなら、ジュゼッペの着るエジプト衣裳の煌きだけでなく、そこに宿る人物像の重みや感情の流れにも注目してほしい。そうすることで、「アイーダ」特有の壮麗な悲劇がいっそう深く楽しめるだろう。
(了)





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