光の墓標5
- 山崎行政書士事務所
- 9月29日
- 読了時間: 23分

第十三章 蛍光の矢印
朝は、印影の温度から始まる。 港湾管理事務所の窓口で、桐生はいつもの白い手袋をはめ直し、薄い朱肉に右手の親指を軽く落とした。朱は冷たい。紙の上に置かれた角は、ほんの少し欠けている。 「封水については、本日中に——」 彼は用意されたテンプレートの空欄を、左で時刻、右で印で埋めた。白い布の下で、親指の付け根が一瞬だけ沈む。印影の欠けは、昨日と同じだった。
水城遥は、その温度を目で覚え、紙に「右親指/窪み/欠け角」と短く書いた。 紙は埋まる。溝は乾いたまま、音を吸う。
***
北嶺大学。 白井は、早朝届いたNo.12(旧桟橋直下)の速報を目で追った。AOFは110 μg F/L前後、回収率は91%。No.11(上流)は背景の揺れ幅に収まる。陰イオンの肩は、酢酸に小さな尾をつけたまま動かない。 彼女は机の引き出しから、青いラベルの小瓶を取り出した。〈フルオレセインNa〉——水理の現場で漏水確認に使う古い友人。 「夜、矢印にする」 白井は自分にだけ聞こえる声で言い、注意のメモを二つ書いた。 〈微量/滴下のみ/安全性確認済〉 〈光の記録は角度を揃える〉
スマホが震える。南からだ。 〈掲示、継続。住民向けに“舌の記録”の用紙を増刷〉 白井は〈ありがとう。夜、旧桟橋で採水〉と返し、瓶をクーラーボックスに入れた。
***
昼前、A-3。 浦辺商事の男は「防塵清掃中」の黄色い札を揺らし、白い手袋の係員はタブレットで“開始”をタップした。床のフロアドレンは乾き、格子の隙間から冷たい空気だけが上がる。 「封水は、いつ入れる」 遥が問うと、浦辺は笑顔の枠だけで「本日中に」と答えた。 海藤が影から近づき、低く言う。 「紙は埋まる。——溝は、いつ埋まる」
神谷から短いメッセージ。 〈死角、午後も”九分”。CAM-3・5の角度微調〉 〈帳面の”十一時基準”、印影の欠け、昨日と一致〉
遥はうなずき、猫が黄色い線をまたいで溝の上で止まるのを見た。猫は鼻を鳴らし、飲まないで去った。匂いは薄い。薄いのに、正確だ。
***
処分場。 田浦徹は「D-1」の南京錠を新しく掛け直し、赤いタグにボールペンで細い線を引いた。切断痕は二。 「今夜、『書類上』点検、動く」 匿名の封筒のメモは短い。 若い同僚が顔を出す。 「県から電話。『柔軟に』」 田浦は苦笑し、机を指で二度叩いた。 「柔軟は骨に来る。——骨は、音で折れる」
西根が現れた。素手。手の甲の擦り傷は薄く、目だけが夜の色を保っている。「保管庫、在庫はあと一。番号は言わない。——君ら、今夜、光を使うんだって?」 「矢印を作る」 田浦は窓の外の黒い丘を見て言った。 「音に、光を重ねる」
***
午後、地区センター。 井原は掲示板に「舌の記録」を足しながら、報告の補足原稿を書いた。 〈角度は嘘をつく/金属は嘘をつかない/音は嘘をつかない/舌は遅いが嘘をつかない〉 老女が来て、震える字で〈おとはちいさくなった〉と書き、若い父親は〈こどもはねむれる〉と書いた。 紙の白は増える。白は、遅い正しさを吸う。
***
夕暮れ、旧桟橋。 白井は接触マイクと小型のUVライトを取り出し、神谷はジオフォンを桟橋の脚に沈めた。海藤は時刻を合わせ、東出は金網の影で足音を数える。 「二十一時前。風は陸から海へ。——矢印にはいい」 白井はフルオレセインのスポイトをほんの一滴、透明な水に落として、蛍光の濃度を限りなく薄くした。光るか光らないかの境界。 「“封水”が入っていれば、ここで止まる。——入っていなければ、矢印になる」
遥は頷き、A-3の床ドレンの格子を遠くから望遠で押さえる位置についた。角度を昨日と揃える。角度を揃えるのは、嘘を減らす作法だ。
白井はスポイトを上げ、息を止め、格子のすき間に、しずくの底だけを触れさせた。滴下は一瞬。音はない。 「——終わり」 東出が周囲を見張り、海藤は接触マイクの針の動きに目を据えた。
そのとき、桟橋の欄干がふっと太り、低音が層を増した。 「三十五分」 神谷が囁く。 「歯打ち、七。昨日と同じ」 白井はUVライトを桟橋の足もとの暗がりに一度だけ当て、すぐ消した。何も見えない。 「“矢印”は、末端に出る」
遥は金網の外を走り、CY末端のマスへ先回りした。神谷が後ろから「角度を同じに」と短く言う。 金属の格子に身を寄せ、ライトを伏せ、風上に立つ。 耳が、喉の奥のような低音を拾い続ける。七。ひと休み。七。 「——来い」
数分ののち、暗い水面がほんのわずかに色を持った。肉眼では見えない。UVの弱い光を、格子の影の縁に沿って一瞬だけ滑らせる。 薄い薄い、緑。線にならない線。 矢印は、浮いて、消えた。 遥は息を吐いた。 「撮れた」
白井が時間を読み上げ、神谷が波形に印を打つ。 「二十一時四十一分、微光。四十二分、ピーク」 海藤は桟橋からの無線で短く言う。 「音、合った」
東出がフェンスの陰で微かに笑った。 「猫でも見える」
猫が黄色い線をまたぎ、マスの縁で立ち止まり、目を細くした。瞳が一瞬だけ緑を返し、すぐに黒に戻る。 猫は飲まない。矢印だけが、水の上に残る。
***
その直後、事務所棟の陰で、鍵穴が小さく光った。 「保管庫」 西根の声。 遥たちは視線だけで合図し、遠巻きに扉のプレートを押さえる。新しい擦り傷が増えている。 白い手袋は見えない。だが、印影の欠けた角のように、扉の縁の金属が同じ角度で擦れている。
神谷のスマホが震えた。 〈CAM-3・5、21:10—21:19“点検”。今夜も九分〉 〈角度、昨日と一致〉
海藤が深く息を吸い、吐いた。 「紙は埋まる。——矢印は、埋まらない」
***
大学。 白井は仮置きのUV写真と、No.12の速報、音の時刻を並べ、南と遥に短いメールを打った。 〈矢印、末端で確認。微光/微量/時間一致〉 〈明朝、正式処理。——『念のため』継続〉 机の端の「町のカルテ」には、子どもの字で〈きょうはあまりおとがしない〉とあり、その下に別の手で〈でも、こわい〉とあった。 白井は「こわい」の横に小さく丸をつけ、日付を書いた。紙は遅い。遅い紙は、怖さを薄める。
***
処分場。 田浦は「D-1」のタグに指を当てた。切断痕は二。南京錠は新しい。 「音は、管の癖を覚える」 西根が隣で言い、事務所の古い扇風機を止めた。 「風を止めると、音が立つ」 外のヤードの端で、黒い板の山が小さく崩れる。音は低く、紙には残らない。
***
宿に戻ると、神谷から波形の重ね合わせが届いた。 〈歯打ち七、三夜一致。基底40Hz前後の盛り上がり、今夜は+α〉 〈UV微光の時刻、ピークと1分差。——相関〉 白井からも。 〈矢印、写真添付。角度同一で比較可〉 井原から。 〈明朝、委員会への追補“矢印”。出す〉
遥は紙を並べ直した。 ——印影の欠け角。 ——“十一時基準”の細い線。 ——死角の九分。 ——封印の角度と交換用。 ——音の指紋:歯打ち七。 ——蛍光の矢印。 ——AOFの列:No.7〜No.12。 ——封水の空欄。
最後に、一行書く。 〈角度は嘘をつく。音は嘘をつかない。光も、嘘をつかない〉
スマホが震えた。非通知。 「——見た」 海藤の声は低く、乾いている。 「猫も、見た」 「猫が見たなら、紙も見る」 短い沈黙。 「明日、港湾管理に“封水”を入れさせる。——欄だけじゃなく、溝に」 「紙は?」 「紙は、後から来る。今日は、先に水」
通話が切れた。 遥は窓の外の堤を見る。街灯が風に揺れ、光の円が重なっては離れる。 猫が黄色い線をまたぎ、こちらを一度だけ見た。目に、薄い緑がよぎり、消えた。 矢印は、音の上に残る。 音は、紙の上に残る。 紙は遅い。 ——遅い紙に、今夜の光を貼る。 朝は、矢印から始まる。 矢印が、鍵を回す前に。
第十四章 矢印の先
朝は、水を入れる手から始まる。 港湾管理事務所の窓口で、桐生はいつもの白い手袋をはめ、左で時刻を埋め、右で印を押した。印影の角は、やはり少し欠ける。 「A-3、封水投入。本日九時二十分」 帳面に残るのは、数字と朱。溝に残るのは、何もないか、あるいは、音。
水城遥は、桐生の右親指の付け根が白い布越しに一瞬沈むのを見て、メモに短く書き込んだ。 〈封水:9:20/印影角欠け一致〉
倉庫A-3の前では、浦辺商事の男が黄色い「防塵清掃中」札を外し、白い手袋の係員が「封水投入」の写真をタブレットに記録した。 格子の下に、確かに水が見えた。薄い水面が、倉庫の天井の鉄骨をゆっくり揺らして映す。 「入れました」 浦辺が言い、猫が黄色い線をまたいで格子の上で止まった。鼻先を低くして、すぐ、飲まずに去る。 水はある。——けれど、舌の奥には、薄い音が残る。
海藤が影から出てきて、低く言った。 「紙は埋まった。溝は、一度だけ埋まった」
神谷からメッセージ。 〈CAM-3・5、午前は動かず〉
***
九時五十五分。井原は臨時の「追補報告」を議会のモニタに映した。 「昨夜、旧桟橋の音(21:35–42)に重なって、CY末端に蛍光の矢印が微光で現れました。写真は角度を同一にして比較しています」 スライドに、ほとんど見えない緑が、格子の縁で一瞬だけ浮く。 白井が続ける。 「フルオレセインは微量。安全性は人間の飲用基準以下。封水が入っていれば末端には出ません。——出た、ということです」 水道局の南は頷いた。 「掲示は継続。今日も『沸かして冷まして』を」
後方の傍聴席で、老女が小さく手を挙げ、係員の目を気にしながら、それでも言った。 「きのう、音はちいさかった。——でも、こわい」 その「こわい」は、紙の余白を少しだけ重くした。
報告の最後に、井原は一拍置いて言う。 「『貸出の手』の名前は今日も出しません。手の印影と時刻の“癖”だけ、ここに残します」
***
昼前。A-3。 封水はあった。——はずだった。 正午を過ぎると、格子の下の薄い鏡は、気づけば消えている。 遥が覗き込むと、鉄の匂いに薄い接着剤の酸っぱさが混じる。 浦辺が言う。 「補給のために、少し抜きました」 「いつ」 「本日中に」 「時刻は」 「——本日中に」
言葉の中に、また空欄が置かれる。 海藤は短く息を吐いた。 「封水は、蒸発もしないうちに消える」
神谷のアイコンが震える。 〈床の端、コンクリートの伸縮目地に微細な割れ。——吸い込み?〉 〈圧差のテストしたい〉
***
午後、北嶺大学の実験室。 白井は、午前に採ったNo.11(上流)と昨日のNo.12(旧桟橋直下)を並べ、陰イオンの肩とAOFの列の差を見た。 ——No.11:背景範囲。 ——No.12:歪み継続。 彼女は、クーラーボックスから新しいラベルを出す。〈No.13:A-3床周辺微量拭取り〉〈No.14:倉庫脇目地滲み〉。 「匂いの矢印は、床にもある」 自分に聞かせるように呟き、東出に連絡を入れた。
***
処分場。 田浦徹は、D-1の南京錠を見に行き、赤いタグの切断痕が昨日よりひとつ増えているのに気づいた。 「今昼で三」 若い同僚が、笑いもしない顔で言った。 「県から『夜は柔軟に』」 田浦はタグをなぞり、短く言う。「柔軟は、骨に来る。——骨は折れる前に音がする」
西根が現れ、工具箱の引き出しを開けた。古い南京錠と、小さなプラスチックのキャップ。 「負圧防止の簡易キャップ。——封水が吸い込まれにくくなる」 「港に持っていく」 田浦は頷き、封筒にキャップを入れた。
***
午後三時。A-3。 神谷は小さな差圧計と煙ペンを持って現れた。倉庫のシャッターは半分上がり、床の隅にフォークリフトの充電器が唸っている。 「電源の吸い込みが弱い負圧を作る。目地の割れから下に引く」 煙が細い糸になって、床の目地の一点へ吸い込まれていく。その点は、封水の格子から少し離れた場所だった。 「封水があっても、別の穴」 遥は、格子と目地の位置関係を撮影し、角度をメモに書く。 東出がしゃがみ込み、目地の埃をそっと掬ってアルミの小袋に入れた。 「白井へ」
海藤が足で床を軽く叩いた。 「この音、薄い空洞」 耳で拾えないほどの低い返り。倉庫は呼吸し、呼吸は目地を通って下へ行く。
浦辺が近づいてきた。白い手袋越しの笑顔。 「点検は、所定の場所でお願いします」 「吸い込みがある」 遥が言うと、浦辺は笑顔の枠を崩さず、視線だけで時計を見る。 「本日中に、封水は補充します」
「封水じゃない」 東出の声は低い。 「床だ」
***
夕暮れ。地区センター。 井原は掲示板に「蛍光の矢印」の写真を新たに貼った。緑は薄い。薄いのに、目は覚える。 老女が来て、短く書いた。〈きょう、においはすくない〉 若い父親が続けた。〈こども、ねむれる〉 「直ちに」は、今日も出ない。だが、紙は増える。紙が増えるほど、町は肩の力を少し抜く。
***
夜。風は陸から海へ。旧桟橋の鉄は、相変わらず四十ヘルツ前後の低い笑いを喉に持つ。 神谷が接触マイクを貼り、ジオフォンを沈め、時刻を合わせる。 「二十一時三十五分、歯打ち、七」 海藤が囁く。 遥は金網の外を走り、CY末端のマスに先回りした。 白井は、A-3の格子に昨夜と同じ微量のフルオレセインを、一滴だけ触れさせる。そして、今回はもう一滴、床の目地の吸い込み点に、ほんの触れるだけ。 「矢印が二つなら、矢印は“先”を指す」
数分後、末端の水面に、昨夜より少し濃い緑が浮いた。細く、短く。 「四十一分」 神谷が無線で告げ、波形に印を打つ。 「四十二分、ピーク」 その一分後、CYから少し外れた側溝の別のグレーチング——いつも見過ごしていた矩形の鉄——が、弱い緑を一度だけ返して消えた。 「別ルート」 遥は息を飲み、角度を合わせて撮った。 白井が小さく頷く。 「床の目地——旧基礎排水のドレンに入ってる」
東出が眉をひそめ、指で空に小さな三角を描いた。 「倉庫の床→基礎→側溝→CY末端→海」 矢印は、線になった。
***
そのとき、事務所棟の陰で鍵穴が光った。 「保管庫」 西根の声。 扉の縁に新しい擦り傷。中に手が入る。白い手袋は見えない。だが、印影の角に似た角度の擦れが増える。 西根が短く言う。 「在庫、ゼロになった」 「番号は」「言わない。番号は角度に負ける。——けど、手は、負けない」
遥はうなずき、倉庫の床に視線を戻した。 「封水が入っても、床が吸う。——紙は埋まっても、矢印は消えない」
海藤が無線で言った。 「明朝、基礎排水の図面を出させる。昔の。——匿名の封筒、来るだろう」
***
深夜、大学。 白井は拭取りの小袋(No.13/No.14)を簡易抽出し、陰イオンの肩を見た。酢酸の尾。微弱なリン酸。金属ではなく、樹脂の気配。 「床が覚えてる」 独り言は、冷えたステンレスに吸い込まれた。 彼女は南に短いメールを打つ。 〈矢印、二点。床→基礎→末端。——掲示継続〉
机の端の「町のカルテ」には、子どもの字で〈おときのうとおなじ〉、別の手で〈でも、ねむれる〉。 紙の白は、怖さと一緒に、少しだけ眠気も吸う。
***
処分場。 田浦は、D-1の前で新しい赤いタグに指をかけた。 「三」 タグの切断痕を数え、南京錠を握る。 西根が隣に立ち、短く言う。 「今夜は来ない。——音が違う」 田浦は耳を澄まし、遠くの管の笑いを聴いた。 「港のほうに、矢印が出た」
***
宿に戻り、遥は紙を並べた。 ——封水9:20。午前は水面あり/正午には消失。 ——床目地の吸い込み点/差圧と煙。 ——蛍光の矢印:末端+別グレーチング。——音の指紋:21:35–42、歯打ち七。 ——保管庫:在庫ゼロ。 ——D-1:切断痕三。 ——町のカルテ:〈おとはちいさく/でも、こわい〉→〈ねむれる〉。
最後に、一行を足した。 〈矢印の先は、紙の裏にある。——基礎の下、旧の線〉
スマホが震えた。非通知。 「図面が見つかった」 海藤の声。 「港の改修前、『基礎排水→旧雨水吐け→CY末端』。——封水は『任意』、目地は『想定外』」 「明日、出せる」 「出す。——名前は出ない。紙だけ出る。……紙は遅いが、古い紙は速い」
通話が切れた。 遥は窓の外を見た。堤の街灯が風に揺れ、光の円が重なっては離れる。猫が黄色い線をまたぎ、格子の上で止まり、飲まずに去った。 舌は嘘をつかない。 音は嘘をつかない。 光も嘘をつかない。 角度は嘘をつく。 紙は遅い。 ——遅い紙に、矢印の先を描く。 朝は、基礎の図から始まる。 鍵を回す前に、床の下で回っている水のほうを、先に見に行く。
第十五章 基礎の図
朝は、図から始まる。 港湾管理事務所の奥、資料保管室。薄い埃のにおいと、ロール紙の芯の乾いた音。白い手袋の係員が脚立に上り、筒に入った図面を三本、慎重に降ろした。 「改修前」「基礎排水」「旧雨水吐け」。鉛筆の細い文字と、古いゴム印。端に「任意封水」と書かれ、赤い斜線で「想定外浸入なし」と追記がある。
水城遥はロールを広げ、神谷が持ち込んだ透明シートを上に被せて、昨夜の「死角マップ」と重ねた。灰色の扇形、九分間の穴、蛍光の矢印の写真——それらが、図面の細い配管線とぴたりと噛み合う。 「ここ」 神谷が指で示す。A-3の土間コンクリート下、基礎内に巡らされた旧基礎排水の枝。伸縮目地の線と、図面の線が、ひとつだけ不自然に重なる。 「目地から吸って、基礎のドレンで拾い、旧雨水吐けへ。吐けはCY末端と合流。——昨夜の別グレーチングは、ここの点検枡」
海藤が、図の縁を指で押さえ、短く息を吐いた。 「任意封水、想定外——『古い紙』はずるい言い方を覚えている」
廊下の端で、桐生が愛想の良い笑顔を崩さないまま立っていた。右の親指の付け根の白い手袋が、やはり少し沈む。 「図面の閲覧は記録します。——運用に関しては、現行の手順に従って」 彼の言葉は、朱肉の匂いと同じ温度だった。
***
午前十時、臨時の「現地対策ミーティング」。 机の上に広げた図面の角に、神谷が重ねた半透明のレイヤー。封印の角度、死角の九分、音の指紋、蛍光の矢印。 白井は短く要点だけを言った。 「封水は『ある/ない』の問題ではなく、『保てるか』の問題です。土間の目地から吸われれば、末端に出る。——だから、源を止めるか、途中で切るか」
「途中で切る?」 南が問い、白井が図面上の丸印を叩いた。 「旧基礎排水の点検枡。ここに一時の止水栓——膨張式でもいい——を入れれば、『九分間』に矢印が出なくなるはず」
桐生がゆっくりと頷いた。 「点検枡の“開口作業”は、許可と立会いが必要です。安全のために」 「安全のために」 井原が復唱し、目だけで笑わなかった。 海藤が続けた。 「今日のうちにやる。——許可は、私が取る」
東出が腕を組み、低く言った。「猫に先に許可を取っておけ。匂いは猫が先に知る」
***
昼、A-3脇の点検枡。 コンクリートの蓋を外すと、湿気を含んだ空気がのぼってきた。海の塩と、古い樹脂の甘さが混ざる。 海藤が用意した小さな膨張式の止水栓が、黒いゴムの塊のように見える。西根が素手で握り、バルブの動きを確かめた。 「入れて、膨らませる。圧は弱く。——抜け道を壊さない程度に」 桐生が遠巻きに立ち、白い手袋でチェックリストを辿る。「開口前ガス測定」「換気」「墜落防止」。言葉は正しい。正しく並ぶ。水は間を行く。
白井が頷き、神谷が時刻を見てメモする。 「挿入、12:18。加圧、12:19。封止完了、12:21」 東出が鼻を鳴らし、遥は格子の影に目を落とした。床ドレンの封水は、さっき補充したばかり。目地の吸い込み点は、灰色の粉を少し撒いてマーキングしてある。 海藤が合図。西根が慎重に止水栓を差し込み、手の平で押し、バルブを半回転。ゴムが空気を飲み、やわらかい抵抗が腕を伝う。 「保持」 西根の声は低い。 白井が軽く頷いた。 「午後の『九分』までは、これで様子を見る」
桐生が帳面に時間を書き、朱で小さな印を押した。印影の角は、いつものように欠ける。 「臨時の措置として記録します」
***
大学に戻った白井は、午前に届いたNo.13(床周辺拭取り)とNo.14(目地の滲み)の簡易抽出を終え、陰イオンの肩の形を確認した。酢酸が立ち、リン酸が薄く尾を引く。金属より、樹脂と接着の気配。 「土間が覚えた匂いは、短く消えない」 独り言に、自分でうなずく。 南に短いメール。 〈午後、止水栓テスト。——『念のため』継続〉
机の端の「町のカルテ」には、子どもの字で〈おと、きょうはきこえない〉、別の手で〈でも、まだこわい〉とある。 白井は「まだ」の横に小さな丸を足した。紙は遅い。遅い紙は、怖さをゆっくり薄める。
***
午後、港の風が少し変わった。 A-3では、フォークリフトの充電器の唸りが止まり、床の目地に撒いた灰が、吸い込まれずに薄く残る。 神谷が煙ペンを走らせ、差圧計の針を見た。 「吸い込み、消えた」 東出が顔を上げる。 「猫」 黄色い線をまたいで来た猫が、格子の上で止まり、鼻先を低くして、短く水を舐めた。飲み続けはしない。けれど、舌が拒まない。 遥はその一瞬を押さえ、時刻を書き添えた。 〈14:03 猫、ひと舐め〉 海藤が大きく息を吐く。 「紙より、猫が速い」
桐生が近づき、白い手袋でチェックリストに印を加えた。 「臨時止水、継続。——『安全のため』」
遥は印影の角が欠けるのを目で見届け、笑わないでうなずいた。
***
夕方。旧桟橋。 神谷が接触マイクを貼り、ジオフォンを沈めた。白井は今日の「矢印」をやめ、音と水面だけを見に来た。 「二十一時前後に、止水の効果が音に出るはず」 白井の声は、海の色に似て淡い。 海藤が腕時計を見、東出は金網に背を預ける。西根は倉庫の影に立ち、保管庫の扉を遠くから見張る。 井原からメッセージ。 〈委員会、明朝。基礎の図、追補で出す〉
そのとき、処分場の田浦から短い文。 〈D-1、今日は静か。——音、薄い〉 続けて南。 〈掲示、継続。今夜は“町のカルテ”を各公民館に〉
「来る」 神谷が囁く。 欄干がわずかに太り、低い笑いが喉に立つ。七。ひと休み。七。 しかし、今夜は、二段目の「歯」の立ち上がりが弱い。 「基底は同じ。——上に乗る歯打ちが薄い」「止水が効いてる」 白井が言い、海藤が短く頷いた。 「今夜の『九分』は、音が軽い」
遥のスマホが震えた。神谷の別系統の通知。 〈CAM-3・5、21:10—19“点検”。九分。——角度一致〉 死角は、相変わらず九分間、穴をあける。 それでも、水面は静かで、末端の格子の上に、緑の薄い輪は出てこない。 「矢印、なし」 白井が低く言い、東出が顎を上げた。 「猫でも、わかる」
***
保管庫の扉の前で、鍵穴が光った。 西根は近づかず、影の中から見ていた。 扉の縁に、新しい擦り傷は増えない。鍵は回らない。 「在庫、ゼロのまま」 彼は自分に言い聞かせるように呟き、背中の汗を指で拭った。
***
大学。 白井は、今日の音の記録と、末端の水面の写真の「何も出ない」という結果を、南と遥に送った。 〈矢印、なし。音、減衰。——止水の効果、一次確認〉 机の端の「町のカルテ」には、新しい字。 〈おと、きこえない〉 〈でも、あしたあめ〉 白井は、天気予報を思い出した。夜半から雨。明日、風向きが変わる。
***
夜、港。 A-3の床の目地に撒いた灰が、まだ細く残っている。封水は格子の下に薄く揺れ、猫はその上で一度だけ立ち止まり、舐めないで去った。 海は、少しだけ重い匂いを返している。 海藤が言う。 「明日の雨。——止水は、試される」
桐生が遠くから歩いてきた。白い手袋の親指の付け根が、あいかわらず少し沈む。 「臨時止水の継続は、朝いちで“文書化”します」 「文書化の前に、雨が来る」 遥の言葉に、桐生は笑顔を崩さず、視線だけで時計を見た。
***
処分場。 田浦は、夜勤に引き継ぐ紙に短い行を書き足した。 〈D-1 静。タグ三。南京錠 新〉 〈B-7/C-2 厳禁 継続〉 窓の外の黒い丘が、風の一拍ごとにわずかに動く。紙は動かない。 西根から短い文。 〈港、今夜は静か。——明日の雨、風上に〉 田浦はうなずき、古い扇風機を止めた。風が止まると、音が立つ。静けさの中に、低い呼吸だけが残った。
***
宿。 神谷から波形の重ね合わせ。 〈21:35–42、基底40Hzは維持/歯打ち七は薄化〉 〈末端の矢印、ゼロ〉 白井から。 〈“なし”の写真を送る。——“なし”は重要〉 井原から。 〈明朝“基礎の図”と“なし”を委員会に〉
遥は、紙を並べた。 ——基礎の図。任意封水/想定外。 ——点検枡の止水栓。12:19。 ——床目地:吸い込み消失。 ——猫:14:03 ひと舐め。 ——音:歯打ち薄化。 ——矢印:なし。 ——保管庫:在庫ゼロ。 ——明日の雨。
最後に、一行を書き足す。 〈“なし”は、舌に届く。——明日、雨で試される〉
窓の外、堤の街灯が風に揺れ、光の円が静かに重なった。猫が黄色い線をまたぎ、こちらを見た。飲まない。けれど、目は柔らかい。 紙は遅い。 だが、遅い紙が「なし」を記録するとき、言葉は少しだけ軽くなる。 軽くなった言葉で、明日の重さを受け止める準備をする。 朝は、図から始まった。 明日は、雨から始まる。 鍵を回す前に、音を聞く。 音を聞く前に、舌を置く。 舌が覚えた「なし」を、雨の中で守る。
第十六章 雨の秤(はかり)
朝は、風の向きから始まった。 低い雲が町の屋根を撫で、海へ押し出す風は昨夜より湿っていた。気象の文言で言えば「午前中から雨」。現場の言葉で言えば、「流路が目を覚ます」。
港湾管理事務所では、桐生が白い手袋をはめ、左手で「臨時止水継続」の文を埋め、右の親指で印を落とした。印影の角は、やはり少し欠ける。 「本日、止水栓の運用を継続。安全のため——」 紙は整う。外は、まだ乾いている。
A-3の前で、浦辺商事の男が「封水確認」の写真をタブレットで撮った。格子の下、薄い水面が天井の鉄骨を揺らして映す。 猫は黄色い線をまたぎ、格子の上で一度止まり、飲まないで去った。 海藤が低く言った。 「午前は持つ。——午後、雨が秤を動かす」
神谷からメッセージ。 〈CAM-3・5、午前は動かず。死角なし〉
***
北嶺大学。 白井はクーラーボックスに新しいラベルを並べた。〈No.15:雨開始/旧桟橋直下〉〈No.16:雨中/CY末端〉〈No.17:雨後/A-3目地周辺〉。 机の端の「町のカルテ」には、子どもの字で〈あめがくる〉、別の手で〈おとはきのうなかった〉。 白井は短く息を吸い、瓶とスポイト、簡易計、そして昨夜使ったUVライトを詰めた。 「秤が傾く瞬間を、軽く掴む」
水道局の南に短い文を送る。 〈雨中、採水予定。掲示継続〉 〈“舌の記録”、各公民館へ展開、感謝〉 返信はすぐ来た。 〈了解。——“直ちに”は避けるが、耳を開いている〉
***
処分場。 田浦徹は朝の巡視のあと、C-2とB-7のハンドルに触らぬよう、赤いタグをさらに固く結び直した。 若い同僚が濡れた靴底で事務所に入ってきた。 「県から。『降雨時は柔軟に』」 田浦は机を二度叩き、短く笑った。 「柔軟は骨に来る。——骨は折れる前に音がする」
匿名の封筒がまた一つ、机に置かれていた。 〈今夜、B-7 “書類上”点検〉 〈D-1、動かず〉〈港の“別鍵”に注意〉
「別鍵」 田浦は首をひねり、工具箱の引き出しを開けた。南京錠は新しい。タグは三つの切断痕を記憶している。
***
午前十一時。雨粒は最初は薄く、やがて連続になる。 旧桟橋。白井は〈No.15〉に「11:07」と書き、瓶の口を水面に触れさせた。薄い油膜は割れ、戻る速度が昨夜より少し速い。 神谷が接触マイクを欄干に貼り、ジオフォンを脚に沈める。 「音はまだ浅い。基底だけ」 雨が鉄を打つ細かい音が、低い笑いの上に薄く重なった。
CY末端。遥は金網の外で、傘を浅く差し、格子の向こうの水面を見た。雨滴が作る輪の間に、昨日は出なかった緑の兆しはない。 「現時点、矢印なし」 白井に短く送信し、風上に立ち直る。
A-3。東出は床の目地に撒いた灰の線が湿って固まるのを見た。吸い込みは、すぐには始まらない。 海藤が桐生に声をかけた。 「午後、止水栓の圧、少し上げる。——ここで持たせたい」 桐生は頷き、白い手袋の右で印を一つ足した。角は、やはり欠ける。
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午後二時。雨は本降りになった。 処分場のモニターで、田浦は導電率の線がゆっくりと上がるのを見た。 「上は?」 若い同僚が肩越しに覗く。 「『柔軟に』」 田浦は電話を取らず、ハンドルから目を離さなかった。 「B-7、触るな。C-2、厳禁」 自分の口で、もう一度言葉にして縛り直す。
旧桟橋。 神谷が針を指で押さえ、眉を寄せた。 「三十五分も前に、底に薄い歯が立ってる。雨で共振が変わる」 海藤は腕時計を見、桟橋の欄干に耳を当てた。 「今、管の向こうが迷ってる」 白井が〈No.16〉のラベルに「14:41」と書き、CY末端の採水を準備した。
CY末端に駆けつけた遥は、金網の外から格子の光を探し、ほんのわずかな緑の影を疑って、息を止めた。 出ない。 「まだ、止水が持っている」
そのとき、神谷のメッセージ。 〈CAM-3・5、14:49 “点検”開始。九分〉 〈角度、昨夜と同一〉 死角が、雨の中でも九分、穴を開ける。
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A-3の脇の点検枡。 西根が止水栓のバルブを軽く撫で、圧の針を見た。安定。 東出が目地の上の灰線を指先で触る。湿っているが、吸い込まれない。 「持ってる」 海藤が短く頷いた。 「紙が来る前に、現場が持たせる」
そこへ、白い手袋が一組、雨をはたいた。桐生ではない。別の男——港湾管理の別班だと自己紹介し、「安全点検です」と明るい声。 「どこを」 海藤が問うと、男は「許可を」と言いながら、保守部材保管庫のほうへ歩いた。 西根が目線だけで遥に合図する。 「保管庫」
遥は傘を閉じ、倉庫棟の陰に回り込んだ。扉の鍵穴の縁に新しい擦り傷。 「在庫はゼロのはず」 胸のどこかで、雨の冷たさとは違う感覚が広がる。 男が出てきた。手ぶら。白い手袋の親指の付け根は、沈んでいない。 見ただけか。鍵だけ試したのか。 「点検でーす」 男は去り、雨は強くなった。
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午後三時四十分。雨脚はさらに増し、旧桟橋の欄干がふっと太った。 神谷が針を押さえ、声を低くする。 「来る」 歯打ち七。ひと休み。七。——昨夜より一段深い。 海藤が息を詰めた。 「止水が試されている」
遥はCY末端に走り、格子の上に顔を寄せた。 雨の輪が砕け、つながる。 緑は、出ない。 「なし」 喉の奥で言って、次に、僅かな違和感に気づく。 ——別の鉄。 昨夜より遠い側の、忘れられていた矩形のグレーチング。その上に、針の先ほどの緑が一瞬だけ灯り、消えた。 「別の先」 遥はカメラを向け、角度を揃え、短いシャッターを刻む。 白井が駆けつけ、時刻を読み上げた。 「15:44 微光、別グレーチング。……15:45 消失」
神谷から無線。 「波形、ピークは維持。——でも、上の歯が薄い。止水は効いてる。抜けは小さい」
東出が背後で低く言った。 「猫でも、見落とすくらい」
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処分場。 田浦は電話の呼び出し音を聞きながら、B-7のハンドルを見ないように見ていた。 「柔軟に」 受話器の向こうの声が言う。 「柔軟は、骨に来る」 田浦は受話器を置き、窓の外の黒い丘を見た。雨で輪郭は不鮮明だが、動きはわかる。 若い同僚が言った。 「港、静かです」 「静けさに、耳を澄ませ」
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夕方。雨は弱まり、風は海から戻り始めた。 白井は〈No.16〉を冷却ボックスにしまい、旧桟橋直下の採水〈No.15〉の簡易測定だけ先に目を通した。 導電率は上がる。塩の影響を差し引いても、陰イオンの肩には酢酸が見える。 「秤は、完全には静まっていない」
南へ短いメッセージ。 〈雨中、末端は“矢印”極小/別グレーチングに微光。——掲示継続〉
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夜。雨上がりの空気は重く、鉄と泥の香りが低く漂った。 神谷の波形に、歯打ち七が薄いまま刻まれる。 「止水、有効。——今夜の秤は、軽い」 海藤が横で、深く頷く。 「紙を明日、追いつかせる」
そこへ、港湾管理の若い職員が小走りで来た。IT室で名乗った顔。額に雨を残したまま、息を整える。 「これ……」 差し出されたのは、小さなSDカード。 「CAM-5、昨日の“点検”時、角度の戻しが甘くて……死角の縁に、人影が——」 言い切らぬうちに、彼は周囲を一度見回し、声を落とした。 「“封止”の枡に、手が延びる影。——顔は見えない。けど、手袋は白くない」
西根が、微かに息を呑んだ。 「黒い手」 海藤はSDカードを受け取り、静かに頭を下げた。 「君の名は、紙に載せない」 「お願いします」 若い職員は去り、雨上がりの匂いだけが残った。
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宿。 神谷はノートPCにSDカードを差し、フレームを送った。雨粒の幕の向こう、点検枡の縁。止水栓の黒い影。そして、枡の上に一瞬だけ伸びる、黒い手袋。 角度は悪い。解像は低い。——だが、白くない。 「死角が、死角の縁を残した」 神谷が言い、遥は息を吐いた。 「明日、図面と一緒に、これを“何が写っていないか”として出す」
白井からメッセージ。 〈No.15/16の速報、明朝。——“微光”の時刻と一致〉 南から。 〈掲示、継続。給水車の準備だけ、念のため〉 井原から。 〈委員会、図面・止水・“なし”・“微光”。順番を決めた〉
遥は紙を並べ直した。 ——図面:任意封水/想定外。 ——止水栓:12:19。 ——雨:本降り→薄化。 ——音:歯打ち、薄い。 ——矢印:末端なし/別グレーチングに微光。 ——保管庫:在庫ゼロ。 ——CAM-5:黒い手。 ——町のカルテ:〈おとはきこえない〉〈でも、あしたあめ〉→〈きょう ねむれる〉。
最後に、一行を書いた。 〈雨は、秤だった。——軽くなったほうへ、紙を置く〉
窓の外、堤の街灯が、濡れた路面に円を落とし、ゆっくり揺れた。猫が黄色い線をまたぎ、格子の上で立ち止まり、一度だけ短く舐めた。 舌は嘘をつかない。 角度は嘘をつく。 音は嘘をつかない。 光も嘘をつかない。 紙は遅い。 ——遅い紙で、秤の針を止める。 朝は、秤の読みから始まる。 鍵を回す前に、黒い手の影を、光のほうへ持っていく。





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