top of page

光の網目をポケットに――フォルメンテーラ・イリェテスの午後

ree

イビサから朝のフェリーで三十分。ラ・サビナの港で借りた自転車のタイヤに空気を足し、砂の道を北へこいでいくと、突然、目の前がガラス越しの水色になった。イリェテス。波はおとなしく、海底の砂の上に光の網目が絶え間なく編み直されている。沖には白いヨットがゆるく並び、風は塩と日焼け止めの匂いを半分ずつ連れてくる。

最初の“やらかし”は、タオルを広げる前に起きた。うっかり財布をズボンごと洗濯袋に入れたままで、砂の上で慌てて小銭をかき集めることに。コインが転がって浅瀬へ向かう。追いかけようとした瞬間、近くで遊んでいた男の子が網つきの小さなすくいでひょいとすくい上げた。「toma!(どうぞ)」と差し出す横で、お父さんが「gràcies」と肩をすくめる。私は胸の前で手を合わせ、「ありがとう」を三回言った。小銭は濡れたのに、心はやけに乾いて軽い。

海へ入ると、足首の横を**ポシドニア(海草)**がやさしく撫でた。水が澄んでいる理由を、ビーチの監視員が教えてくれる。「この草が海を整える。ブイの外で投錨しないのは、そのため」。指さす先で、ヨットが決められた範囲にきちんと並び、海はどこまでも薄い青。

胸まで浸かってシュノーケルをつけようとしたら、今度はストラップが切れた。困って浜へ戻ると、隣のパラソルの女性が迷いなく髪ゴムを外し、「provisional(応急だけど)」と差し出す。ゴムを八の字にして結ぶと、マスクは何事もなかった顔で私を待っていた。「gracias」。彼女は「de nada」と笑い、うちわでゆっくり風を送ってくれた。

昼はチリンギート(浜のバル)で。氷の入ったグラスにエスプレッソを注いでもらい、café con hieloを作る。注文したのはensalada payesa(ジャガイモと乾魚の島のサラダ)とpan con tomate。隣のテーブルの年配ご夫婦がメロンを切り、奥さんがひと切れを半分に割ってこちらへ差し出す。「un poco para ti, un poco para mí」。私はポケットののど飴を半分こにして返す。「Half for luck」と目で合図。ほんの一口なのに、海風が少しあたたかくなる。

午後、遊歩道の木板が熱くなり、子どもが「あちち」と足踏みして泣き出した。監視員がすぐ来て、冷たい海水を含ませたタオルで足裏を押さえ、「despacito(ゆっくり)」と声を合わせて深呼吸。泣き顔は数呼吸で笑顔に戻り、家族は「gracias」を置き土産にまた海へ。ここでは短い手当てがよく効く。

砂の端には、茶色いポシドニアの乾いた塊が山になっていた。最初はゴミかと思ったが、清掃のスタッフが「ビーチを守る壁なんだ」と教えてくれる。彼はその上に、スマホが砂に埋もれないよう小さな台を作ってくれた。私はその上にカードとメモを並べ、最近覚えたスペイン語とカタルーニャ語の“ありがとう”を両方書いてみる。gracias と gràcies。二つ並べると、海の青がなぜか濃く見えた。

夕方、風が少し上がり、パラソルがふわりと傾く。午前中に助けてくれた女性が、今度はロープと小石で即席アンカーを作る方法を教えてくれた。ロープを石に一回、八の字で締めて砂へぐっと埋める。影がぴたりと定位置に戻る。「ya está(できた)」。私は親指を立て、彼女はウインク。海に戻ると、光の網目が朝より細かく、肌の上でゆっくり畳まれてはほどけた。

帰り支度で自転車のところへ行くと、朝に空気を入れてくれた店の兄さんが「todo bien?(大丈夫?)」。私は海で拾った小さな貝殻を一つ渡し、彼は代わりに反射テープをハンドルに巻いてくれた。「帰り道、夕暮れでも見えるように」。テープは夕日の色を拾って、ささやかな灯台になった。

フェリーのデッキで最後に海を振り返る。イリェテスは相変わらず透明で、ヨットは静かな休符みたいに並んでいる。今日の出来事――小銭の救出、髪ゴムの八の字、半分こしたメロン、タオルの冷たさ、即席アンカー、反射テープ――どれも大事件じゃないのに、光の網目と同じくらいはっきり胸に残る。

島を離れる瞬間、私は髪ゴムの余りをバックパックのチャックに小さな輪で結んだ。指で触れるたび、イリェテスの水の手ざわりがよみがえる。次にまた来られたら、最初にすることは決めている。海へ挨拶して、誰かと何かを半分こすること。そうすれば、海の青はきっと、今日と同じ速さでやさしく揺れる。

 
 
 

最新記事

すべて表示
【クラウド法務】Azure環境にサードパーティ製品を導入でトラブルになりやすい3つのポイント

Azure Marketplace/SaaS/BYOL導入前に絶対に整理しておきたい「契約・責任分界・データ取扱い」 (キーワード:クラウド法務/Azure 法務/Azure環境にサードパーティ製品を導入) 導入(共感パート)【300〜500文字】 Azure 環境にサードパーティ製品を導入する話は、技術的には情報が多く、要件を決めて PoC して、動けば次に進めます。しかし全国の情シス・IT部門

 
 
 
【クラウド法務】再委託(国外)× 監督責任で揉めやすい3つのポイント— 海外SOC/海外下請けが絡むSIEM・クラウド運用委託で、「誰が責任を負うのか」を契約で固定する(再委託(国外) 監督責任 条項)—

導入:運用は回っている。でも「海外の誰が触っていて、最終責任は誰か」が説明できない SIEM運用(Microsoft Sentinel など)やクラウド運用を委託すると、24/365監視や一次切り分けが現実的になり、スピードも上がります。ただ、実務では “委託先がさらに海外に再委託している(海外SOC・海外下請け)”  ケースが珍しくありません。 全国の情シス・セキュリティ担当の方から相談を受けて

 
 
 
【クラウド法務】ログ保持期間・保全(リーガルホールド)でトラブルになりやすい3つのポイントSIEM/Microsoft Sentinel/M365監査ログを「残す」だけでなく“証拠として守る”ために、契約で先に整理すべき責任範囲

導入:ログは集約できた。でも「何年残す?揉めたら保全できる?」が誰も答えられない クラウド環境のログは、Entra ID、Azure、M365、EDR、ネットワーク機器…と発生源が多く、SIEM(Microsoft Sentinel など)に集約して可視化するところまでは、技術的に進めやすくなっています。ただ、全国の情シス・セキュリティ担当の方から相談を受けていると、次の“詰まり”が非常によく起き

 
 
 

コメント


Instagram​​

Microsoft、Azure、Microsoft 365、Entra は米国 Microsoft Corporation の商標または登録商標です。
本ページは一般的な情報提供を目的とし、個別案件は状況に応じて整理手順が異なります。

※本ページに登場するイラストはイメージです。
Microsoft および Azure 公式キャラクターではありません。

Microsoft, Azure, and Microsoft 365 are trademarks of Microsoft Corporation.
We are an independent service provider.

​所在地:静岡市

©2024 山崎行政書士事務所。Wix.com で作成されました。

bottom of page