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八十八夜と銀河のあいだ

八十八夜という言葉には、夜が八十八枚、薄い紙のように重なっている気がした。

 幹夫は、祖母が古い暦をめくるたび、その言葉の響きに耳を澄ませた。立春から数えて八十八日。春というものが、ただ花の咲く一日ではなく、寒さの底から少しずつ積み重なってくるものなのだと、その数は教えているようだった。

 一夜、また一夜。

 霜の夜。 雨の夜。 風の強い夜。 母のいない家で、ふと目を覚ました夜。 窓の外の星を見上げ、胸の奥が静かに痛んだ夜。

 そうした夜が八十八枚重なって、ようやく茶の若葉は摘まれるのだと、幹夫は思った。

 五月のはじめ、茶畑は明るい緑に満ちていた。

 山裾に続く畝は、朝日に照らされると柔らかな波のように輝いた。若葉はまだ薄く、指で触れれば傷ついてしまいそうだったが、その一枚一枚に、冬を越えてきた強さがしまわれている。露を抱いた芽先は、まるで夜の星が朝まで帰りそびれて、茶畑の上に宿ったようだった。

 幹夫は十二歳だった。

 胸の中に、いつも小さな水面を持っているような少年だった。人の声が少し強くなると、その水面は揺れた。友だちの笑い声の中に、誰かを置き去りにする響きを感じると、さざ波が立った。夕暮れの空があまりに赤い日は、胸の水があふれそうになった。

 父は言った。

「八十八夜を過ぎれば、茶も本番だ」

 父にとって八十八夜は、暦の上の合図だった。畑の支度を整え、人手を頼み、天気を読み、若葉の状態を見極める日々の節目だった。

 祖母は、同じ言葉を少し違う声で言った。

「八十八夜はね、春がようやく大人になるころだよ」

「春も大人になるの?」

 幹夫が尋ねると、祖母は笑った。

「なるとも。初めの春は、まだ寒さにおびえている。けれど八十八の夜を越えると、少し腰が据わる」

 幹夫は茶畑を見た。

 春が大人になる。

 けれど若葉は、まだ赤ん坊のように柔らかい。大人になった春の中に、こんなに幼い緑が生まれるのが不思議だった。

 その日の夕方、父が畑から戻ってくると、顔が少し険しかった。

「今夜、冷えるかもしれん」

 祖母が手を止めた。

「霜かい」

「山の上が白かった。風も変だ」

 八十八夜の別れ霜。

 祖母がそう呟いた。

 幹夫は、その言葉を知っていた。八十八夜のころにも、最後の霜が降りることがある。せっかく伸びた茶の若葉が、ひと晩の冷えで傷むことがあるのだ。

 霜。

 その白い言葉を聞くだけで、幹夫の胸は細く縮んだ。霜は美しい。朝の草に降りると、銀の粉をまいたように光る。けれどその美しさは、若い葉には冷たすぎる。きれいなものが、やさしいとは限らないのだと、幹夫はいつも思った。

 夜、父は遅くまで畑を見回った。

 幹夫もついて行きたかったが、父は「子どもは寝ていろ」と言った。幹夫は布団に入ったものの、眠れなかった。家の柱は冷え、障子の向こうからは、いつもより澄んだ夜の気配が入ってくる。

 幹夫はそっと起き上がった。

 机の上には、母が生前使っていた小さな暦があった。母は几帳面な人で、立春の日に小さな丸をつけ、それから日ごとに印をつけていた。八十八夜の日には、薄い鉛筆の字でこう書いてある。

 ――新茶の星がひらく夜。

 幹夫はその文字を指でなぞった。

 母らしい言葉だった。母は茶の芽を星にたとえる人だった。茶畑で空を見上げ、「地上にも銀河があるのね」と笑ったことがある。

 幹夫は窓を開けた。

 外には、澄みすぎた星空が広がっていた。寒さのせいか、星はいつもより硬く光っている。山の上には、淡い銀河が流れていた。遠い光の川。その下に、茶畑は闇に沈んでいる。

 八十八夜と銀河のあいだ。

 そのあいだに、今夜の茶の若葉がある。 そのあいだに、父が畑を見回っている。 そのあいだに、眠れない幹夫の胸がある。

 幹夫は上着を羽織り、家を出た。

 夜道は冷たかった。草にはもう露が降りていて、足元が湿った。田んぼの蛙の声も、今夜はどこか遠慮がちだった。坂を上るにつれて、新茶の香りがかすかに強くなった。冷たい空気の中では、その香りはいっそう青く、いっそう痛いほど澄んでいた。

 茶畑に着くと、父の姿があった。

 畝の端に立ち、空を見上げていた。作業着の背中が暗闇の中で大きく見えた。けれどその大きさは、頼もしさだけではなく、何かを背負っている重さにも見えた。

「幹夫」

 父は振り返った。

「寝ていろと言っただろう」

「眠れなかった」

 父は叱ろうとして、やめたようだった。幹夫の上着の襟を見て、少しだけ息を吐いた。

「寒いぞ」

「うん」

「なら、そばにいろ」

 幹夫は父の隣に立った。

 茶畑は暗く、若葉の色は見えなかった。ただ、畝の曲線が星明かりでかすかに浮かび、ところどころの露が小さく光っていた。

「霜、降りる?」

 幹夫が尋ねた。

「分からん」

 父は短く答えた。

 分からない。

 その言葉は、夜の中でとても大きく聞こえた。

 父はいつも分かっている人に見えた。どの芽を摘むべきか、雨の前に何をするべきか、畑のどこが弱っているか。けれど今夜の父は、空と畑のあいだで、ただ分からないものを見つめている。

 幹夫は父も不安なのだと気づいた。

 不安なのに、声を荒げない。 不安なのに、畑から離れない。 不安なのに、若葉のそばに立っている。

 それは、幹夫の知っていた強さとは少し違っていた。

「お父さん」

「なんだ」

「茶の葉は、怖いかな」

「霜がか」

「うん」

 父はしばらく黙った。

 それから、畑へ目を向けたまま言った。

「怖いかもしれんな」

 幹夫の胸が痛んだ。

「でも、逃げられない」

「ああ」

「かわいそうだね」

 父は幹夫を見た。

 以前なら、そんなことを言うなと困った顔をしたかもしれない。けれど今夜の父は、静かだった。

「だから、できるだけ守る」

 父は言った。

「全部は守れん。天気には勝てん。それでも、見回る。風を読む。できることをする」

 幹夫は、その言葉を胸の中で受け止めた。

 全部は守れない。

 その言葉は悲しかった。けれど、悲しいだけではなかった。守れないものがあるから何もしないのではなく、守れないものがあるからこそ、できることをする。

 幹夫は、ふと母のことを思った。

 母が病気になったとき、父も祖母も、きっと同じように思ったのではないか。全部は守れない。それでも看病し、湯を沸かし、病院へ通い、声をかけた。幹夫は当時、そのことに気づけなかった。ただ母がいなくなる恐ろしさだけで胸がいっぱいだった。

 今夜、茶の若葉を前にして、幹夫は初めて父の無力さと優しさを同時に見た気がした。

 風が吹いた。

 若葉が暗闇の中で小さく揺れた。幹夫には、その揺れが寒さに耐える震えのように見えた。自分の心の震えと、茶の葉の震えが重なった。

「僕の心も」

 幹夫は思わず言った。

「霜に弱い葉みたいだ」

 父は何も言わなかった。

 幹夫は続けた。

「ちょっとした言葉で、すぐ冷たくなる。人が笑っただけで、傷ついたりする。自分でも嫌になる」

 夜の空気が、二人の間で白く冷えていた。

 父はゆっくりと言った。

「弱い葉が、悪い葉とは限らん」

 幹夫は父を見た。

「新芽は弱い。霜にも虫にも日差しにも弱い。だが、その弱いところに香りがある」

 父の声は不器用だった。

 けれど幹夫には、その不器用さがかえって胸に沁みた。父は幹夫を慰めるのが上手ではない。けれど畑の言葉でなら、少しだけ心へ近づいてくれる。

「強い葉だけでは、新茶にならん」

 父はそう言った。

 幹夫の目が熱くなった。

 父は空を見上げた。

「母さんも、似たようなことを言っていた」

「お母さんが?」

「ああ。お前が小さいころ、よく泣く子でな。俺は心配していた。すると母さんが言った。泣く子は、水を知っている子だって」

 幹夫は息を止めた。

 水を知っている子。

 それは、母らしい言葉だった。幹夫の胸の中に、母の手の温度が戻ってきた。熱を出した夜、額に置かれた冷たい掌。泣いたあと、背中を撫でてくれた指。

「水を知っている子は、いつか人の渇きにも気づくって」

 父は少し照れたように、咳払いをした。

「俺には、よく分からんかったが」

 幹夫は涙をこらえなかった。

 涙は頬を伝い、夜の冷気ですぐに冷たくなった。父はそれを見ても、何も言わなかった。ただ、幹夫の肩に大きな手を置いた。その手は重かった。けれど今夜は、その重さが温かかった。

 そのとき、祖母の声がした。

「二人とも、ここにいたのかい」

 坂道から、祖母がゆっくり歩いてきた。手には小さな包みと魔法瓶を持っている。

「こんな夜に、お茶を飲むのか」

 父が少し呆れたように言った。

「こんな夜だから飲むんだよ」

 祖母は畑の端に腰を下ろし、包みを開いた。中には去年の茶葉が少し入っていた。新茶ではない。冬を越した茶だった。

「新茶の前に、去年のお茶に挨拶しようと思ってね」

 祖母は湯を注いだ。

 湯気が白く立ち上る。その白さは、霜にも似ていた。けれど霜と違って、温かかった。幹夫はその違いが不思議だった。同じ白でも、冷たく命を傷つけるものと、温かく心をほどくものがある。

 祖母が幹夫に湯呑みを渡した。

「八十八夜は、待つ夜だよ」

「待つ夜?」

「春を待つ。霜が行ってしまうのを待つ。若葉が香りになるのを待つ。人の悲しみが、少しずつ別の形になるのを待つ」

 幹夫は湯呑みを両手で包んだ。

 お茶は新茶ほど鮮やかではなかった。香りも落ち着いていて、深く、少し丸かった。一口飲むと、苦みの奥からゆっくり甘みが戻ってきた。

「去年の茶は、夜みたいだね」

 幹夫が言うと、祖母は微笑んだ。

「どんな夜だい」

「泣いたあとの夜」

 父が幹夫を見た。

 幹夫は湯呑みを見つめたまま言った。

「最初は苦いけど、あとから少しあたたかい」

 祖母は何も言わなかった。ただ、目を細めた。

 空には銀河があった。

 幹夫は湯呑みの水面に、それが映らないかと見つめた。実際には、暗くて何も映らなかった。けれど幹夫には、そこに見えない銀河が沈んでいるような気がした。

 八十八夜という地上の暦。 銀河という空の時間。

 八十八夜は、人が春を数えるための言葉だった。立春から一夜ずつ、地上の寒暖を感じながら数える。銀河は、人の数をはるかに超えた遠い時間の流れだった。星の光は、幹夫が生まれるずっと前から旅をしている。

 その二つのあいだに、今夜の幹夫がいる。

 短い命の少年。 母を失った少年。 若葉の震えに胸を痛める少年。 父の言葉に初めて少し救われた少年。

 幹夫は思った。

 人の心は、八十八夜と銀河のあいだにあるのかもしれない。

 日々を一つずつ数えるほど近く、星の光を受け止めるほど遠い。今日の霜を恐れながら、何年も前の言葉に慰められる。目の前の若葉を守りたいと思いながら、空の彼方に消えた母を思う。

 心は小さいのに、近さと遠さの両方を抱えている。

 そのことが、幹夫には少し怖く、少し誇らしかった。

 夜はさらに冷えた。

 父はもう一度畑を見回った。祖母は湯呑みを片づけながら、空を見上げた。

「星がよく見える夜は、冷えるねえ」

「きれいなのに」

 幹夫は言った。

「若葉にはつらいんだね」

「そうだね」

 祖母は頷いた。

「美しいものが、いつも優しいとは限らない。でも、美しいものを憎まなくてもいい」

「どうして?」

「憎むと、心まで霜になる」

 幹夫は黙った。

 母を奪った冬を、幹夫は長いあいだ憎んでいた。白い病室、冷たい廊下、雪も降らない乾いた空。けれど冬を憎むと、母が冬の中でくれた笑顔まで冷たくなってしまう気がした。

 霜の美しさを憎まない。 冷たい星を憎まない。 別れのあった季節を、全部閉ざさない。

 それは難しいことだった。

 けれど幹夫は、いつかできるようになりたいと思った。

 やがて、東の空がごくわずかに薄くなった。

 父が戻ってきた。

「霜は、たぶん降りない」

 祖母が安堵の息をついた。

 幹夫も、胸の中で何かがほどけるのを感じた。茶畑の若葉たちは、今夜を越えたのだ。

 もちろん、すべてが無事かどうかは朝にならなければ分からない。それでも、夜の底はもう過ぎつつあった。

 幹夫は茶畑を見渡した。

 闇の中で、若葉はまだ色を持たない。けれど星明かりと夜露の間で、小さく光っている。八十八の夜を越えて、さらにこの冷たい一夜を越えて、若葉は朝へ向かっている。

 幹夫は自分の胸にも、そんな小さな芽があるように思った。

 弱く、薄く、霜におびえる芽。

 けれど、香りを持っているかもしれない芽。

 家へ帰る道、空の銀河は少しずつ薄れていった。

 朝が近づくにつれ、星は消えていく。けれど幹夫は、もう消えたとは思わなかった。見えなくなるだけで、そこにある。母の言葉と同じように。父の不器用な優しさと同じように。祖母が淹れた去年のお茶の温かさと同じように。

 翌朝、茶畑は無事だった。

 朝露は葉先に残り、霜にはならなかった。若葉は淡い光を透かし、昨日より少しだけ伸びているように見えた。父は畑を見て、深く息を吐いた。祖母は手を合わせた。

 幹夫は畝の端にしゃがみ込んだ。

 一枚の若葉に、そっと触れた。

「よかったね」

 小さく言うと、葉は風に揺れた。返事のようだった。

 その日、茶摘みが始まった。

 村の人々が畑に入り、白い手ぬぐいが五月の光の中で輝いた。指先が若葉を摘む音は、かすかな雨のようだった。籠の中に、緑の星くずが少しずつ集まっていく。

 幹夫も手伝った。

 若葉に触れる指は、まだ震えた。けれどその震えを、幹夫は前ほど恥ずかしいとは思わなかった。震えるから、力を入れすぎずに済む。震えるから、葉の柔らかさを感じられる。

 弱さの中にも、役に立つものがある。

 昼過ぎ、摘んだ葉は製茶場へ運ばれた。

 蒸気が白く立ちのぼり、若葉の香りが一気に広がった。それは昨夜の冷たい星空を、温かい湯気に変えたような香りだった。幹夫はその香りを吸い込みながら、胸の奥に昨夜の銀河が静かにほどけていくのを感じた。

 夜、祖母が新茶を淹れた。

 八十八夜を越えた茶だった。

 湯呑みの中の緑は淡く澄み、香りは若く、明るく、少しだけ切なかった。幹夫は両手で湯呑みを包み、一口飲んだ。

 舌の上に、初めは清い苦みが広がった。 そのあと、春の光のような甘みが戻ってきた。

 幹夫は目を閉じた。

 昨夜の冷え。 父の大きな手。 祖母の白い湯気。 母の「水を知っている子」という言葉。 霜にならなかった露。 消えても消えない銀河。

 それらがみんな、新茶の中に入っていた。

「おいしいか」

 父が尋ねた。

 幹夫は頷いた。

「うん」

「どんな味だ」

 父がそんなことを尋ねるのは珍しかった。

 幹夫は少し考えた。

「八十八夜の味」

 父は困ったように笑った。

「分かるような、分からんような」

 幹夫も少し笑った。

「あと、銀河の味もする」

「それは分からん」

 父はそう言ったが、声はやわらかかった。

 祖母が静かに笑った。

 その夜、幹夫は机に向かい、白い便箋を出した。誰に宛てるかは決めていなかった。町に引っ越した沙耶へ送ってもいい。母へ書いて仏壇の引き出しにしまってもいい。あるいは、未来の自分へ残してもいい。

 幹夫は鉛筆を持った。

 字は少し震えた。

 けれど、その震えの中に、昨夜の冷たい風と、若葉を守ろうとした祈りが入っている気がした。

 ――八十八夜と銀河のあいだに、僕はいました。 ――そこは、春を数える地上と、数えきれない星の空が出会う場所でした。 ――茶の若葉は霜を怖がっているように見えました。 ――僕の心も、霜に弱い葉みたいだと思いました。 ――でも父が、弱い葉が悪い葉とは限らないと言いました。 ――新芽の弱いところに香りがあると言いました。

 幹夫は一度、窓の外を見た。

 空には雲があり、銀河は見えなかった。けれど気にならなかった。見えないものが消えたわけではないことを、幹夫は知っていた。

 続きを書いた。

 ――母は、僕を水を知っている子だと言ったそうです。 ――泣くことは、弱いことだけではないのかもしれません。 ――水を知っているから、若葉の露にも気づける。 ――寒さを知っているから、湯気の温かさが分かる。 ――寂しさを知っているから、誰かの小さな沈黙にも耳を澄ませられる。

 幹夫は、封筒の中に新茶をほんの少し包んで入れた。

 八十八夜を越えた香り。

 銀河の見えない夜にも、胸の中で光る香り。

 便箋の最後に、幹夫はこう書いた。

 ――八十八夜と銀河のあいだには、人の心があります。 ――一夜ずつ数えるほど小さく、星の光を受け止めるほど遠くまで広がる心です。 ――僕の心はまだ弱くて、すぐ震えます。 ――でも、その震えの中に香りがあるなら、僕はこの心を少しだけ大切にしてみようと思います。

 書き終えると、幹夫は便箋を畳んだ。

 外では、茶畑が夜の中で静かに香っていた。銀河は雲に隠れていたが、空の奥で流れているはずだった。

 八十八夜は過ぎた。

 けれど、八十八の夜が消えたわけではない。

 それらは新茶の香りになり、湯気になり、幹夫の胸の奥にしまわれている。霜を恐れた夜も、父の言葉も、母の記憶も、祖母の温かいお茶も、すべてが幹夫の中で静かに重なっていた。

 幹夫は灯りを消し、布団に入った。

 眠りに落ちる前、彼は思った。

 春は、八十八の夜を越えて香りになる。 星の光は、長い時間を越えて目に届く。 人の悲しみも、いつか何かを越えて、誰かを温めるものになるのだろうか。

 答えはまだ分からなかった。

 けれど、窓の外から新茶の香りが流れ込んできた。

 それは、言葉ではない返事のようだった。

 幹夫は目を閉じた。

 胸の中で、八十八夜の茶畑と、雲の向こうの銀河が、静かに重なっていた。


 
 
 

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