共鳴するデザインの軌跡
- 山崎行政書士事務所
- 2月1日
- 読了時間: 6分

第一章:踏み出すアジア戦略
秋も深まる頃、パリコレブランド「Micheline Y.」は、日本と韓国での成功を足掛かりにアジア全域への展開を急ピッチで進めようとしていた。日本法人の企画担当 仁科エリカ は、東京オフィスでアジア戦略チームのミーティングに参加中だ。「マレーシアやシンガポールでも出店オファーが来ていて、ぜひ乗りたい。ただ、国ごとに法規制も違うし、現地パートナーとの契約も複雑になるわね」そう語るのは上司の 水島。続けて法務担当の 長門法子 が資料をめくりながら言う。「各国で“商標・著作権・輸入表示”について個別に確認が必要です。特にマレーシアは、宗教関連の表現や素材への規制がありますし……。また、東南アジア全域を見据えるなら、域内関税やロイヤリティ送金の枠組みも整理したい」
エリカは目を閉じて深呼吸する。成功のチャンスが拡がる一方、国ごとに山積みの法務課題が待ち受ける――もう覚悟はできているはずだ。「行くしかないですね。私たちのブランドを、アジア中に届けるために」
第二章:マレーシア法人設立の打診
そんな折、フランス本社から「マレーシアに子会社を設立し、ASEAN全域の統括拠点にしたい」との連絡が入る。本社のアジア担当ディレクター ルカ・シャルリエ は電話越しに力強い声で言った。「日本法人だけではアジアの多様性に対応しきれない。マレーシア法人で統括すれば、東南アジア諸国連合(ASEAN)とのFTAを活用しやすい。輸出入の関税を抑えられる可能性があるんだ」水島は半ば賛成気味だが、長門は静かに首を振る。「設立そのものはいいと思いますが、法人登記やライセンス手続き、それに外国資本規制(FDI規制)も考慮が要ります。あとは、すでに日本法人が担っている法務をどう分担するかも問題ですね」エリカは内心複雑な気分になる。もしマレーシア法人ができたら、自分たち日本法人の役割はどう変わるのか?
第三章:香る東南アジア、潜むグレーゾーン
エリカは早速、マレーシアの首都クアラルンプールへ飛び、現地の法律事務所やショッピングモール運営会社と会合を開く。「非常に魅力的な市場ですよ。多民族・多文化で、ファッション感度が上がっている。『Micheline Y.』のようなフランスブランドが人気を得やすい土壌があります」そう微笑むのは、現地パートナーのカリダ・リン。一方で彼女は続ける。「でも、マレーシア特有の規制がある。たとえば宗教上の理由で、過度な肌の露出が好まれない地域もある。広告やキャンペーンの表現には注意が必要です」さらにライセンス契約や代理店契約で、以前のようにトラブルが起きないよう、エリカは細部まで詰めていく。しかし、思わぬ落とし穴が。「……既に『Micheline Y.』ロゴを使った怪しいネットショップがマレーシア国内に存在しているようです」カリダがタブレットを差し出す。そこには、既視感あるロゴとともに廉価なドレスが並んでいる光景が。「またコピー品……。いつになったらこの手の問題はなくなるんでしょうか」エリカは天を仰ぐ。
第四章:新たな影――国際ブランド戦略の綻び
日本に戻ったエリカは、先に韓国でコラボ契約を結んだK-POPアーティスト事務所から、一通の通告を受け取る。「コラボ商品をアジア全域で販売したい。先日結んだ契約上、ロゴ使用も認められたと解釈している」という主張だが、契約上は韓国国内限定 だったはずだ。「また拡大解釈されてる……!」困惑するエリカと長門。もしアーティスト側が勝手にアジア他国で販売しはじめると、多国籍での権利侵害につながるリスクがある。「相手はSNSで『Micheline Y.のグローバルコラボ』と謳い始めているようね。契約違反と言えるかどうか、条項を再確認しましょう」長門の声には警戒心が滲んでいる。
第五章:法務・経営の衝突
そんな折、上司の水島が激昂した声でエリカを呼ぶ。「エリカ、法務部がグローバル展開にブレーキをかけているように見えるんだ。せっかく市場拡大のチャンスを掴んでいるのに、細かい契約や規制の話ばかりでスピードが鈍る……」エリカは言葉を濁す。「それは、長門さんたちが慎重にリスクを見てるからですよ。もしここで雑に進めて大きなトラブルになったら、もっと取り返しのつかない事態になる」「わかってるさ。でも、フランス本社も急げと言うし、そろそろクリエイティブな面が制約されすぎているんじゃないか?」法務の慎重姿勢と経営陣の拡大方針の板挟み――エリカ自身も悩ましい立場にある。「私もできるだけスピード感をもって対応してもらうよう、長門さんと相談します……」
第六章:和解への糸口とアジア全域への視線
結局、日本法人内で緊急ミーティングが開かれ、水島と長門、エリカ、そしてフランス本社からリモート参加のルカ・シャルリエらが勢揃いする。
韓国アーティストとのコラボ拡大問題:契約を一部見直し、アジアで販売する場合のライセンス料と条件を再交渉。
マレーシアにおけるコピー品と商標出願:現地パートナーと連携し、早急に警告書を送付&商標を正式に出願。並行して「Micheline Y.」の看板デザインを一部変更して差異を明確化する案も検討。
アジア統括会社設立の可否:初期コストや法人税のメリット、FDI規制を天秤にかけながら協議するが、今すぐ設立するかは要検討――日本法人がアジア事業を暫定的に管理する案が浮上。
長門は締めくくる。「これらの法的課題にスピード対応するには、アジア全域で使えるテンプレート契約や共通のコンプライアンスガイドラインを整備する必要がありますね。それがないと毎回個別交渉で手間がかかり、ブランドの現場が疲弊してしまう」ルカは同意する。「確かに。私が本社を説得して、国際契約の標準化を進めよう」
最終章:果てなきランウェイの先に
その後、韓国アーティストとの契約拡大は、追加ライセンス条項とロイヤリティ規定をしっかり定めた覚書を交わすことで合意に至る。マレーシアでのコピー品はまだ摘発しきれていないが、商標出願が完了し次第、法的手段を強化する段取りが整いつつあった。エリカは再び忙しく世界を飛び回る日々。だが、以前より“法務リスク”と“ブランドイノベーション”のバランスを意識できるようになったと感じていた。ある夜、東京オフィスで水島から言われる。「あちこちでトラブル続きなのに、よくモチベーションが下がらないね」エリカは笑う。「逆ですよ。いろんな問題に直面するほど、『Micheline Y.』が本当に世界と繋がっていると実感します。デザインだけじゃなく、法務を含めて闘わなきゃ生き残れない……だけど、だからこそ面白いんです」
夜の街に灯るビル群の光を眺めながら、エリカは思う。ファッションは一瞬の華やかさで人を魅了するが、その裏には国境を超えた商標、契約、コンプライアンスの“永遠に続くランウェイ”がある。――そして「Micheline Y.」は、これからも世界のステージを駆けていく。どんな困難が待ち受けようとも、彼女たちはそれを跳ね除ける意志と知恵を得たのだから。
(続く――)





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