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冬のブカレスト、中心街を歩く


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冬のブカレストは、音がいったん遠ざかってから戻ってくる。乾いた空気に息を吐くと、白い欠片がほどけて街路樹の枝にふれて消えた。朝のひかりは低く、建物の壁を擦り、歩く者の影を長くして、誰もが少しだけ思慮深い人になる。


最初に立ち尽くしたのは国民の館の前である。淡い石灰色の巨塊は、冬の空に浮かぶ曇った帆のように静まり返り、整列した窓がひとつの意志をもってこちらを見返す。三本の旗が風を受けるたび、布の硬い音が遅れて耳へ届く。過剰という言葉はたやすいが、冷えた石の表面にきらりと差す陽を見ると、人の歴史が「まだ続く」という事実だけが胸に残った。


そこからヴィクトリエイ通りへ歩く。黄のタクシーが濡れた舗道をかすめ、古い商館のファサードには新しい店の硝子がはめ込まれている。冬の陽射しは水平で、どの顔も半分だけ明るい。通りの端、円蓋の下でロマニア・アテネ音楽堂が淡い卵色に光っていた。音楽の始まりを知らせる鐘は聞こえないが、建物の前に立つと、胸の内側で静かなチューニングが勝手に始まる。


革命広場に出る。細身の記念碑が空へ針のように延び、影は舗道に細く倒れている。名も知らぬ青年がスマートフォンを掲げ、寒さに鼻を赤くして笑った。彼の笑顔の背後には、冬の四半世紀分の記憶がたたまれているはずだが、今日の空気はそれをそっと包み、表へ出しすぎない。街が記憶と折り合う姿勢は、歩く者の足取りを軽くする。


チシュミジウ公園に寄ると、池の水面は薄い硝子のように凍り、子どもらの声はその硝子の向こうで反響した。ベンチには二人の男が分厚いコートの襟を立て、チェス盤を挟んでじっと駒を見つめている。彼らの沈黙には、日々を支える小さな集中力が宿っていて、通り過ぎる私の時間もその一隅に置かせてもらった。


旧市街リプスカニへ下ると、石畳の皺に薄氷が貼りついて、靴底が小さく鳴る。スタヴロポレオス修道院の木彫りの扉は、冬の空気を吸って色を深め、香の気配が外まで流れてきた。祈りという行いは、異国人にも分け隔てなく暖を分けるのだろう。手袋をはずして額に触れると、たちまち指先が刺すように冷たい。だが、その冷たさが、ここにいることの証明だった。


角のベーカリーでごまの香り濃いコヴリグを買い、紙袋越しの温かさを掌に移す。店の娘が「ムルツメスク」と微笑む。言葉は短く、意味は充分だ。さらに露店で湯気を吐く赤い飲み物を受け取る。シナモンと柑橘に、遠くの森の影のようなクローブの匂いが混じる。口に含むと、身体の内側に小さな火が灯り、足の運びがまた長くなる。冬の街では、温かいものはすべて旅の伴侶だ。


大学広場の鳩が一斉に舞い、トラムのきしみが交差点の向こうから迫っては遠ざかる。歩道の端で年配の男がコートのポケットからパン屑をつまみ、指の腹で慎重に撒いた。その仕草には、急がない時間だけが持つ優しさがあった。旅の最中、人の手の動きがふと心に残るのは、言葉より確かな物語がそこにあるからだ。


ドンボヴィツァ川に架かる橋の上に立つ。水は鈍色で、底の石がところどころ鈍く光る。遠くの鐘が昼と夕方の間を測り、街灯がまだらに灯り始めた。冬の日は短い。けれども短い日ほど、歩いた距離が体温に置き換わるのが早い。私はコートの襟を立て直し、また中央へと戻る。


夜のヴィクトリエイ通りは琥珀色の帯になり、ショーウィンドウの奥でマネキンがじっと立つ。国民の館の方角に目を向けると、巨大な輪郭が闇の中でうっすら浮かび、昼間よりも静かに見えた。街の光は、過去の重さすらやわらげる。人は暮らし、買い物をし、笑い、立ち止まり、また歩き出す。その単純な繰り返しを、冬の空は誇張せずに見守っている。


旅は、何かを解決するための道具ではない。むしろ、胸の中に残った問いを急いで片づけず、雪の前触れのようにそっと積もらせるための時間なのだろう。ブカレストの中心を歩き終えるころ、私は自分の問いをひとつだけ言い換えることができた――「どこへ向かうのか」ではなく、「どのように歩くのか」と。冬の光は低いが、そのぶん、石畳の一枚一枚がていねいに照らされている。明日も、同じ足で、同じ速さで、また歩けばいい。

 
 
 

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