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冬の富士の白き灯



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 冬の朝、凍えるような空気の中で少年・誠(まこと)は布団を蹴飛ばして目覚めた。障子越しに差し込む光が、いつもより眩しく白い。それもそのはず、数日降り続いた雪がようやく止み、富士山は真っ白な衣をまとっている。

 誠の家は静岡県の富士山麓にあり、窓を開ければ冬晴れの青空にくっきりと浮かぶ山の姿を眺めることができた。普段は人の往来が多いこの地域も、雪が積もれば一面の銀世界に変わる。それはまるで、時間までも白く塗りつぶしてしまうような静けさを伴っていた。

 学校が雪のため臨時休校になったと知るやいなや、誠は勢いよく外へ飛び出していった。母が「防寒具をちゃんと着なさい」と声をかけるのも聞こえないほどの勢いで。凍てつく空気が頬を刺すけれど、それさえも心地よく感じられるほど、冬の富士山に対する期待で胸が踊っていたのだ。

 いつもなら人や車が行き交う道も、今はほとんど足跡がない。誠は真新しい雪を踏むときの「ぎゅっ、ぎゅっ」という音が好きだった。吐く息が白く染まるたび、富士山もまた空に溶け込むように少しずつ姿を変え、光の加減で淡い紫から白銀へと彩りを変化させている。

 誠が向かったのは、町外れの小さな神社だった。ここは、遠くに富士山の頂(いただき)を正面に望める絶好のスポットだと、近所のおじいさんから教わったのだ。神社の境内には大きな杉の木があり、静寂の中でもどこか力強さを感じさせる。そこに着くと、雪を払って石段に腰を下ろし、富士山をじっと見つめる。

 ――白い山肌の奥には、どんな世界が広がっているのだろう?

 冬の富士山は、夏の緑や秋の紅に染まる姿とは全く違う。ときには厳しく、しかし悠然とそびえる姿に、誠は小さなあこがれと同時に畏れのような感情を覚える。雪化粧をしたその山頂は、澄み切った青空の中でまるで白銀の灯火(ともしび)のように輝いていた。

 うっすらと雲がかかりはじめたころ、誠は境内で雪かきをしている男性の姿に気づいた。神主の叔父さんだった。凛とした冬の空気の中でも汗をかきながら、一心に雪をかき分けている。 「おはようございます!」  誠が声をかけると、神主は笑顔で手を振ってくれた。 「おはよう、誠くん。寒いのによう来たね。富士山を見に来たのかい?」  誠はこくんとうなずく。 「冬の富士山って、なんだか特別で……見ているだけでワクワクするんです」

 神主は雪かきの手を止めて、少し息を整えると、こう話しはじめた。 「冬の富士山は厳しい姿をしておるが、その中には静かな祝福のようなものもあるんじゃよ。昔から、富士山は日本の象徴であり、人々が神聖な山として敬ってきた理由がよう分かる。雪に包まれたときこそ、その神秘が際立つのかもしれんね」

 誠は、その言葉をしみじみと噛みしめた。厳しくも美しい冬山に、自然の畏敬の念を感じる――そんな感情を、少年ながらに心に刻んだのだ。

 しばらく話していると、ちょうど昼前。雲が山頂近くを覆いはじめ、山の輪郭がぼんやりとかすんできた。まるで、神様がそっとヴェールをかけるように、冬の富士山はその神秘を隠してしまう。

「そろそろ帰るか……母さんが心配するかな」  そう呟いて立ち上がった誠は、名残惜しそうに山の方へ向かって深く一礼をした。そして境内を後にする。

 帰り道、雪の上にはすでに何人かの足跡が残っていた。早朝には感じられなかった人の気配も、今は少しだけ温もりをもって伝わってくる。誠は足を止め、もう一度空を仰いだ。冬空の向こう、富士山は雲の中にうっすらと溶け込み、どこか遠い夢のような存在に変わりつつある。

 ――いつか、あの白い山の頂に立って、雲海の上で朝陽を浴びてみたい。 少年の中で、そんな新たな目標が生まれた。冬の富士山が見せる静謐(せいひつ)さと力強さは、誠の心に火をともしたのだ。

 家に着くと、窓から再び富士山を望む。雪はしんしんと降り積もり、遠景は白い絵の具を散りばめたように美しい。誠は微笑みながら、ぬくもりのある居間に入り、お椀に注がれた温かい味噌汁の湯気を深く吸い込んだ。

 その夜、布団に入った誠は、夢の中で真っ白な富士山に登っていた。そこでは青い空と白い雲が広がり、朝陽が差し込むと同時に山頂が金色に輝いている。息を切らしながらも、眼下に広がる風景に圧倒され、彼はただただ感嘆の声を漏らした。

 目が覚めたとき、そこにあるのは日常の景色。けれど冬の富士山は変わらず、凛々しい姿を見せてくれる。 誠はいつか、その夢の光景を現実にするために、自分の足で雪の頂を踏みしめてみたいと強く思ったのだった。

 雪解けの季節が来れば、また違う表情の富士山に出会えるだろう。だが、冬の間にだけ漂う特別な静けさ――それが少年の中に小さな決意を生み、富士の白き灯火としていつまでも残っていくのである。

(了)

 
 
 

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