割れた貝の星座
- 山崎行政書士事務所
- 2月7日
- 読了時間: 14分

雨がやんだ翌日の蒲原は、世界じゅうのものがいちど洗われて、少しだけ新しくなった顔をしていました。みかん畑の葉は水を抱えて重たく、けれどその重たさが、朝の光をゆっくり返してきらきらしました。畦道の土は黒く締まり、足をのせると、ふむ、という音がして、土の中の匂いがふっと立ち上がります。
幹夫は八つ。学校へ行く道の途中で、雨の名残りの水たまりを見つけては、わざと避けずに端を踏みました。ぱしゃ、と薄い水がはね、靴下のくるぶしが少し濡れます。濡れると冷たいのに、今日はその冷たさが、気持ちの背筋をそっと伸ばすみたいで、幹夫は嫌ではありませんでした。
昨日、廊下でこういちと「雨がやんだら海へ行こう」と約束したからです。
約束という言葉は、幹夫の胸の中で、小さな釘のように立っていました。釘は痛いものじゃなくて、ふらふらしがちな心を板に留めるための釘です。釘が一本あるだけで、今日は一日、ちゃんと形を保てそうな気がしました。
けれど教室に入ったとたん、幹夫の釘はぐらりと揺れました。
こういちが、自分の机に座っていました。幹夫が昨日そっと置いた鉛筆を使って、真面目な顔で字を書いています。鉛筆の先が紙を走るときの、さっ、さっ、という音が、幹夫には妙に大きく聞こえました。
――あの席は、俊の影が座っていた席。
そう思ってしまう自分が、まだいる。
幹夫はランドセルを下ろしながら、胸の奥を見ないふりをしました。見れば、まだ冷たい空洞がそこにある。空洞の縁には毛布が何枚か増えたけれど、底は、ときどきひやりとします。ひやりとするのは、誰のせいでもないのに、幹夫はその冷たさに、つい理由を探したくなるのです。
朝の会が終わるころ、教室の隅の方で誰かが笑いました。笑い声は、乾いた豆を手のひらで転がすみたいに軽いのに、幹夫の耳の奥にだけは、妙に硬く当たりました。
「北村、まだ袖ながいな。手ぇどこだよ」
「都会の子は手も細いんだってよ」
「しゃべり、へんだし」
言葉は、ふざけたふりをして、鋭い針を隠して飛んできます。
こういちは笑おうとしていました。口の端が少し上がる。でも、その笑いは、笑いの形をした“防波堤”みたいで、見ていると胸が苦しくなりました。防波堤は波を止めます。でも止めた波は、別のところで自分を叩きます。
幹夫は、机の下で両手をぎゅっと握りました。指の関節が白くなる。握った手の中に、怒りがいるのが分かりました。怒りは熱い石みたいで、ぎゅっと握るほど手が熱くなるのに、放すと転がってどこかへ行ってしまいそうで怖い。
――言え。やめろって言え。
心のどこかが言います。
――言うな。変に目立つ。今さら。
別のどこかが、もっと小さな声で囁きます。
幹夫は喉を鳴らしました。声を出すための準備みたいに。けれど喉の奥が乾いて、紙やすりみたいにざらついて、声はうまく滑りませんでした。
やっと絞り出したのは、思ったより小さい声でした。
「……やめろよ」
それは風に紛れそうな声で、誰の耳にもきちんと届いたのか分かりません。けれど一瞬だけ、笑いが止まりました。止まった静けさが、逆に痛かった。静けさは、幹夫の心の中の釘を揺らしました。
誰かが、「なんだよ」と言って、また軽い笑いが起きました。
幹夫の胸の中の熱い石は、その笑いで少しだけ欠けました。欠けた石は、鋭い角になります。角は自分を傷つけます。
――ぼく、言ったのに。
言ったのに、何も変わらない。
そう思うと、恥ずかしさがじわっと上がってきて、怒りと混ざりました。怒りは外へ投げたいのに、恥ずかしさがそれを胸に押し戻す。押し戻されると、胸がきゅうっと縮んで、息が浅くなりました。
幹夫は、その浅い息を誰にも見られないように、机に顔を近づけるふりをしました。鉛筆の匂い、濡れた木の匂い、まだ乾ききらない服の匂い。匂いが混ざって、胸の奥が少しむかむかしました。
こういちは、何も言い返さずに、ただ鉛筆を削っていました。削り屑が机の上に、薄い木の雪みたいに積もっていきます。幹夫はそれを見て、昨日の自分と重ねました。胸の中が削れていく感じ。削れていくのに、外からは見えない。
幹夫は、約束の釘がまだ胸にあることだけを、確かめるように思い出しました。
――放課後、海へ行く。
釘を抜かないために、今日はそれだけを握っていよう。
放課後、雲はすっかり薄くなり、薩埵峠の影がくっきり出ていました。遠くの海は、洗った硝子の皿みたいに光って、ところどころに白い泡の縁取りが見えます。踏切の音が――カン、カン、と乾いた金属の音で鳴り、汽車は湿気を置いていくように、ことことと通っていきました。
幹夫は、こういちの横を歩きながら、口の中にまだ残る熱い石を、どうにか丸くしたいと思っていました。丸くするには、言葉がいる。でも言葉は難しい。言葉にしようとすると、胸の奥の冷たい空洞が、ひゅっと風を吹いてくる。
「……海、どっちから行く?」と幹夫は、できるだけ普通の声で言いました。
「みかん畑の道、通るんだよね」とこういちが言いました。
こういちの声は、教室より少しだけ大きかった。外の空気が、声を助けているみたいでした。
二人は畦道を降り、みかん畑の縁を通りました。雨上がりの葉は、触らなくても手に水の冷たさを想像させます。葉先からぽとり、と落ちる雫が、土に吸われていく音がします。土は音を飲む生き物のようでした。
幹夫は、ときどきこういちの袖を見ました。昨日より少し乾いて、袖の重さが減っている。袖の中の手は、今日は少しだけ落ち着いているように見えました。
幹夫の胸が、ちいさく温かくなったり、すぐに冷えたりしました。温かさと冷たさが交互に来るのは、潮の満ち引きみたいで、どちらが本当なのか分からなくなります。でも両方とも本当なのだと、幹夫は知っていました。
浜へ出ると、潮の匂いがいきなり濃くなりました。風はどっどど――と、海の方から畑へ、畑から峠へ、忙しそうに走っています。波は昨日の雨をまだ少し含んでいるのか、泡が白く、いつもより細かい模様を砂に描いていました。
「うわ……」とこういちが小さく声を上げました。「海って、こんなに……広いんだ」
その言い方が、幹夫の胸にやさしく触れました。「広い」という言葉が、こういちの中から初めて出てきたように聞こえたのです。教室の中では出せなかった「広い」が、ここでは出せる。場所が言葉を変える。幹夫はそのことに、少し救われました。
「こっちの石のとこ、貝があるよ」と幹夫は言いました。
二人は波打ち際の小石の帯へ行きました。石は雨で磨かれて、黒や茶や灰色が、濡れた絵の具みたいに深くなっています。小さなカニが、石の隙間にさっと入ったり出たりして、脚の先で水を叩きました。ぱち、ぱち、と軽い音。
幹夫はポケットから、小さなブリキの箱を取り出しました。祖母が裁縫針を入れていた古い箱で、蓋に細い傷が何本もあります。幹夫は昨日の夜、この箱を洗って、乾かして、今日持ってきたのです。
「なに、それ?」とこういちが覗きこみました。
「……海のもの、入れる箱。標本箱みたいにしたい」
標本、という言葉は少し大げさでした。でも幹夫は、そう呼びたかった。拾ったものは、拾っただけだと、いつか見失う気がする。箱に入れて“場所”を与えると、消えそうな気持ちが少しだけ落ち着く。幹夫は、そんなふうに思っていました。
「いいね」とこういちが言いました。「ぼくも、入れていい?」
「うん」
幹夫はうなずいた瞬間、胸の奥の釘が、少しだけ深く入った気がしました。
二人は小さな貝殻を拾い、白い欠片、薄桃色の欠片、渦を巻いた小さな貝、海藻の乾いた糸のようなもの、うすあおい海硝子の粒。拾うたびに、箱の中が小さな海になっていきます。
こういちは、拾うたびに目を輝かせました。目が輝くと、顔の不安の影が薄くなる。その薄くなるのを見て、幹夫は嬉しいのに、同時に胸のどこかが少しだけ痛みました。
――ぼくは、あんなふうに簡単に輝けない。
俊がいなくなった空洞が、まだあるから。空洞があると、輝きはすぐそこへ吸い込まれてしまう気がするのです。
そのとき、幹夫の目の前の石の陰に、ひとつ、見たことのない貝がありました。
薄いクリーム色に、桃の筋が一本だけ通っていて、形は小さな耳みたいに丸い。貝の縁は、雨に濡れて、まるで光をためたようにしっとりしています。
幹夫の胸が、すうっと熱くなりました。
――これ、すごくきれいだ。
幹夫はそっと拾い上げました。手のひらにのせると、貝は驚くほど軽く、軽いくせに、なぜか「大事」という重さがありました。
その重さは、貝の重さではありませんでした。
幹夫の中で、俊の顔が一瞬よぎりました。浜で貝を耳に当てた俊。駅で笑った俊。どれも、もう触れられないのに、まだ胸の中にいる。
幹夫は、その貝を箱に入れたいと思いました。けれど箱に入れると、「海のもの」として並んでしまう気もしました。俊の影に触れる貝を、ほかの貝と同じ棚に置いてしまうのが、怖い。
だから幹夫は、いったんその貝を、自分の掌の中で握りました。
掌が貝の形を覚えるくらい、ぎゅっと。
「それ、きれいだね」とこういちが言って、覗きこみました。
「……うん」と幹夫は言いました。
その「うん」の中に、言えないものが詰まっていました。「あげたい」も「取らないで」も「これは僕の」も「これは僕のじゃない」も、全部いっしょくたになって、口の中で重たくなっていました。
「ちょっと見てもいい?」とこういちが言いました。
幹夫は、渡すべきだと思いました。友だちなら見せるべきだ。見せないのは意地悪だ。そう頭は言いました。
でも胸の空洞が、冷たい風を吹きました。
幹夫は、一瞬だけためらって、それでも、掌を開きました。
「……落とすなよ」
自分でも驚くほど、声が硬かった。
こういちは「うん」と言って、両手で受け取りました。受け取る指が少し震えている。震えは慎重さでした。慎重な指が、その貝を持つ。
幹夫の胸は、きゅっと縮んで、息が浅くなりました。
こういちは貝を光にかざして、うっとりしたように見ていました。
「すごい……これ、耳みたいだ」
「……だろ」
そのときでした。
足元の石が、雨でまだ少し滑りやすかったのです。こういちが体重を移した瞬間、靴の裏がすべり、こういちの体がぐらりと揺れました。
「あっ」
声と同時に、貝が指からふっと離れました。
貝は一度、空の中で薄く光って、それから石の上に落ちました。
ぱちん。
乾いた、きれいな音でした。
あまりにもきれいな音だったので、幹夫は一瞬、何が起きたのか分かりませんでした。音がきれいだと、壊れた感じがしない。壊れたのに、壊れた音じゃない。
けれど次の瞬間、貝が二つ、三つの欠片になっているのが見えました。桃の筋が、途中で途切れている。耳の形が、割れてしまっている。
幹夫の胸の中の熱い石が、いきなり燃えました。
燃えた熱は、こういちに向かって出ていこうとしました。
「なんで……!」
声が出ました。出た声は、幹夫が思っていたよりずっと大きくて、鋭かった。海の風より鋭かった。
言葉はその先も続きそうでした。「落とすなって言っただろ」とか、「大事だったんだ」とか、「もう」とか。けれど、言葉が続く前に、こういちの顔が、ひどく白くなるのを見ました。
白くなるのは、責められたからだけじゃありません。こういちの目の奥で、何かが縮むのが見えました。縮むのは、心の居場所。
幹夫は、その縮みを見た瞬間、自分の声が、こういちの胸を叩いたことに気づきました。叩いたのは、貝が壊れた音より、もっと硬い音でした。
幹夫の喉の奥が、急に冷たくなりました。怒りの熱は残っているのに、喉だけ冷たい。冷たい喉から出る声は、変な形になります。
こういちは小さく言いました。
「ごめん……わざとじゃ……」
その「ごめん」は、波にさらわれそうなほど小さかったのに、幹夫の胸にははっきり刺さりました。刺さったのは、こういちの言葉のせいではなく、幹夫の自分への恥ずかしさのせいでした。
――ぼく、何をしてるんだ。
欠片になった貝を見て、幹夫は怒っている。怒りたくなる。それは分かる。でも本当は、貝じゃない。貝の形を借りて、別のものが割れた気がしたのです。
俊の影。
空洞。
もう戻らない、という事実。
それらが、ぱちん、と音を立てて、もう一度割れた気がした。
幹夫は、欠片を拾おうとして、石の角で指を切りました。ほんの少し血がにじんで、雨上がりの水と混ざりました。血は赤く、海の水は青く、その間に薄い紫ができました。
幹夫は、その紫を見て、急に涙が出そうになりました。涙は、怒りの熱を冷ます水なのに、出るのが悔しい。悔しいのに、出そうになる。
こういちは動けずに、ただ立っていました。手は宙で固まり、目は欠片と幹夫を交互に見ています。目が「どうしたらいいのか分からない」と言っていました。
幹夫は、欠片を拾いながら、息をひとつ吸いました。潮の匂いが肺に入って、胸の奥の空洞を撫でました。
「……ごめん」
幹夫の口から、その言葉が出たとき、自分でも驚きました。謝るのはこういちだと思っていたのに。謝るのは自分なのに。
こういちは目を大きくしました。
「……ぼくが……」
「違う。……ぼくが、怒りすぎた」
幹夫は欠片を掌に集めました。欠片は、元の貝の形をもう戻せない。戻せないのに、欠片は欠片としてきれいでした。桃の筋は、断ち切られても、まだ桃だった。
幹夫は、欠片を見ながら言いました。誰に言うでもなく、でも、こういちに聞いてほしい気持ちで。
「……さっき、怒ったの、貝のせいじゃないんだ。……前に、隣の席にいたやつ、転校して……」
こういちは、黙って聞いていました。うなずきもせず、口も挟まず。ただ、耳をこちらへ向ける。その向け方が、優しい。
「……そいつと、海で貝拾ったこと、あってさ。……だから、変だった。ぼく」
“ぼく”の後ろに、本当はもっと言葉が続いていました。「寂しい」とか「まだ慣れない」とか「置いていかれた気がする」とか。けれど幹夫は、それ以上言うと、胸の空洞が一気に崩れて、涙が洪水みたいに出る気がしました。
こういちは、小さく息を吸って、それから言いました。
「……ぼくも、前のとこで……川のそばに友だち、いた。引っ越すとき、ちゃんと……言えなかった」
その言葉が、幹夫の胸に、静かに置かれました。欠片みたいに小さいのに、確かに重い。重いのに、痛くない重さでした。
二人の間に、波の音が入りました。しゅう……ざあ……しゅう……。波はいつも同じことを繰り返しているようで、実は一度も同じ形になりません。幹夫は、そのことが、少し慰めになりました。
そのとき、石の隙間から、ヤドカリが一匹、ひょこっと出てきました。小さな体で、欠けた貝殻のかけらの方へ、ちょこ、ちょこ、と近づきます。
ヤドカリは、欠片を触って、しばらくじっとしました。まるで「これ、使えるかな」と考えているみたいでした。
幹夫は、思わず笑いそうになりました。笑いそうになって、でも笑うと泣きそうで、喉がきゅっとなりました。
「……ヤドカリ、家探してる」と幹夫が言いました。
「割れてても、家になるんだね」とこういちが言いました。
その「割れてても」のところが、幹夫の胸にしみました。
割れても、全部が終わるわけじゃない。
割れた形のまま、何かの役に立つ。
役に立つっていう言い方は、少し違うかもしれないけれど、少なくとも“ここにある”ことはできる。
幹夫は、ブリキの箱を開けて、欠片をそっと入れました。欠片は、ほかの貝や海硝子とぶつからないように、真ん中に置きました。
「……これ、捨てない」
幹夫は言いました。
「……うん」とこういちが言いました。
幹夫は、箱の中の欠片を見ながら、ふっと思いつきました。
「星座みたいにしよう」
「星座?」
「うん。割れた貝、星みたいに並べて……海の砂も入れてさ」
こういちは、少し顔を明るくしました。明るくなるのが、朝の雲が薄くなるみたいで、幹夫はほっとしました。
二人は乾いた砂を少し集めて、箱にさらさらと入れました。砂は欠片の間に入って、欠片が揺れないように支えてくれます。海硝子を四つ、角に置きました。小さな渦巻き貝を一つ、欠片の近くに置きました。渦は、途切れた桃の筋の代わりの“続き”みたいでした。
箱の中に、小さな星座ができました。星座は、元の貝の形には戻らない。でも、別の形として、ちゃんと美しかった。
幹夫は、胸の中の熱い石が、少しずつ丸くなるのを感じました。丸くなると、手の中で転がせる。転がせると、投げなくてすむ。
幹夫はこういちを見て言いました。
「……さっき、怒鳴ってごめん」
今度の「ごめん」は、ちゃんと柔らかい声でした。
こういちは、少しだけ笑いました。防波堤みたいな笑いではなく、ほんとうに水が流れる笑いでした。
「……ぼくも、落とした。ごめん。でも……言ってくれて、よかった」
よかった、という言葉が、幹夫の胸の釘を、まっすぐにしました。
帰り道、夕方の光がみかん畑を斜めに照らし、葉の水が金色に光りました。風はどっどど――と相変わらず走っていましたが、さっきより少しやさしく感じられました。幹夫の胸の空洞を通る風も、ひやりとしませんでした。まだ空洞はあるのに、風の温度が変わる。温度が変わるだけで、空洞は“こわい穴”ではなく、“息が通る場所”になる。
家に着くと、縁側の窓辺で、青いガラスの星がゆれていました。祖母が干し台の紐をなおしながら言いました。
「おや、今日は顔が、少し落ち着いたね」
「……うん」と幹夫は言って、ブリキの箱を見せました。
祖母は箱をのぞき、欠片の星座を見て、しばらく黙りました。それから、笑うでも泣くでもない、静かな声で言いました。
「割れたものはね、割れたまま大事にすると、光り方が変わるんだよ」
「……光るの?」
「光るさ。夜になれば、よくわかる」
幹夫は、箱を窓辺に置きました。青い星の隣に、欠片の星座。二つの“星”が並びました。
夜、風が峠から降りてくると、青いガラスの星が、からり、と鳴りました。欠片の星座の方は鳴りません。鳴らないけれど、月の光を受けて、砂の上の欠片が小さく光りました。光りは控えめで、でも嘘のない光でした。
幹夫は布団に入り、胸の上で両手を重ねました。今日、怒ったこと。怒鳴った声。こういちの白い顔。自分の指の小さな血。全部思い出すと、まだ胸がちくりとします。
けれどそのちくりの奥に、「謝れた」「話せた」「続きができた」という、温かい芯もありました。芯があると、ちくりは痛みのままでも、折れません。
遠くで汽車がことこと鳴り、踏切が――カン、カン、と夜を渡しました。幹夫は目を閉じ、心の中でそっと、俊にも言いました。
――ぼく、まだ寂しい。でも、寂しいまま、少し進んだよ。
風が、どっどど――と窓を撫で、青い星がもう一度、からり、と鳴りました。
その音は、割れた貝の星座の上にも、やさしく落ちてきました。







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