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古物商許可と中古サーバーの幽霊ログ

――山崎行政書士事務所事件簿

山崎行政書士事務所の午後三時は、危険な時間である。

理由は二つある。

一つ、所長の山崎が眠くなる。二つ、補助者の奏汰が「眠気覚ましです」と言って、正体不明の海外製グミを配り始める。

「先生、これ食べます? サーバーみたいな味がします」

「サーバーは味がしないだろう」

「じゃあ、古いLANケーブルみたいな味です」

「余計に食べたくないね」

そんな平和とも地獄ともつかない空気の中、事務所の引き戸が勢いよく開いた。

台車を押して入ってきたのは、二十代半ばの青年だった。名前は雨宮晴人。丸眼鏡に、寝不足の影。背中には大きなリュック。台車の上には、黒くて重そうな中古サーバーが載っていた。

「お願いします! こいつ、幽霊が出るんです!」

山崎は湯飲みを置いた。

「うちは行政書士事務所であって、お祓い所ではありません」

「でも、古物商許可の相談もしたくて!」

その瞬間、ちぎりの目が光った。

山崎事務所の実務担当、ちぎり。古物商許可、建設業許可、産廃収集運搬、補助金の下書きまでこなすが、本人いわく「一番好きなのは、書類の不備を未然に叩き落とすこと」らしい。

「古物商許可ですね。中古PC販売ですか?」

「はい。会社を辞めて、中古PCと中古サーバーの販売を始めたいんです。まずは仕入れの練習で一台買ったんですけど……」

晴人は台車のサーバーを指さした。

「夜中に勝手に起動して、ログを吐くんです」

奏汰が顔を上げた。

「ログを吐く幽霊。だいぶITリテラシー高いですね」

「笑い事じゃないんです! 画面に出るんです。『売るな』『消してない』『台帳を見ろ』って」

山崎がゆっくり立ち上がった。

「ちぎりくん、古物商許可の相談。奏汰くん、幽霊の相談」

「先生は?」

「私は、グミを食べるかどうかの重大な判断をする」

「それが一番軽いです」

ちぎりは晴人を相談席に座らせ、まず事業計画を聞いた。

中古PCや中古サーバーを仕入れて販売するなら、古物商許可が必要になる可能性が高い。申請は主たる営業所の所在地を管轄する警察署の防犯係に行い、個人申請では許可申請書のほか、本人と営業所管理者の略歴書、住民票、誓約書、身分証明書などが必要になる。営業所ごとに管理者を一名選任しなければならない点も、ちぎりは赤ペンで強調した。

「営業所はどこにする予定ですか?」

「自宅マンションです」

「賃貸ですか?」

「はい」

ちぎりの赤ペンが止まった。

「契約書に事業利用禁止がないか、管理規約も確認しましょう。中古サーバーは置き場所も大事です。床が抜けたら、古物商以前に大家さんとのサスペンスです」

「床、抜けますか?」

奏汰がサーバーを見た。

「この子、見た目より重いですよ。あと、心の闇も重そう」

晴人は青ざめた。

「やっぱり幽霊……」

「違います。まだ機械です。たぶん」

ちぎりはさらに続けた。

「ネット販売をするなら、URL届出も確認します。自分のホームページで古物の取引を誘引し、非対面で取引する場合は、許可番号や営業者名、URLなどの届出や表示が問題になります。単なる紹介ページなのか、販売・買取を受け付けるページなのかで扱いが変わります」

晴人はメモを取りながら、急に小さな声になった。

「実は、そのホームページ名、もう決めてるんです」

「何ですか?」

「リユース・ゴースト」

山崎が湯飲みを持ったまま固まった。

「縁起を考え直そうか」

その時、台車の上のサーバーが、低く唸った。

誰も触っていない。

ファンが回り出した。

事務所の蛍光灯が一度だけ瞬いた。

そして、接続していないはずの小型モニターに、白い文字が浮かんだ。

BOOT LOG RESTOREDOLD COMPANY: MIDORI TECH LEASEDELETE CERTIFICATE: INVALIDDO NOT SELLLEDGER KNOWS00:17 GHOST

「出たあああ!」

晴人が椅子ごと後ろへ跳ねた。

山崎はグミを落とした。

「これは……サーバー味どころではないね」

奏汰だけが、目を細めて画面を見ていた。

「先生、電源は入りましたけど、ネットにはつながないでください。これは幽霊より先に情報漏えいの可能性です」

「幽霊より先に?」

「はい。幽霊は個人情報保護委員会に怒られませんが、人間は怒られます」

奏汰はサーバーからケーブル類を外し、隔離した状態で確認を始めた。画面には、旧会社らしき社名、機器名、保守担当者らしいアカウント名、廃棄予定日、そして「消去証明書発行済み」という文字列が残っていた。

ちぎりは晴人に確認した。

「このサーバー、どこから買いました?」

「ネットオークションです。業者っぽいアカウントでした。請求書も、データ消去証明書もあります」

「本人確認は?」

「えっと、相手のプロフィールと、免許証のコピー画像は……」

ちぎりは赤ペンを静かに置いた。

「晴人さん。非対面で古物を買い受ける場合、本人確認はかなり慎重に考える必要があります。免許証のコピーや住民票のコピーを送ってもらうだけでは足りない、と警視庁も注意しています。法人相手でも、取引担当者の住所、氏名、年齢、職業などの確認が問題になります」

晴人の顔がさらに白くなった。

「僕、もう違反ですか?」

「断定はしません。ただ、これから事業にするなら、仕入れ、本人確認、古物台帳、データ消去の流れを最初から作り直しましょう。今日このサーバーを持ってきたのは、よかったです。売る前で」

サーバーの画面が、また瞬いた。

LEDGER KNOWS

「台帳を見ろ、か」

ちぎりはつぶやいた。

「古物台帳には、受入れなら買受けか委託か、払出しなら売却や返還などの区別、品目、特徴などを一品ごとに記載する考え方があります。特徴欄には、型番やシリアル番号、傷、付属品、識別できる情報を書く。中古サーバーなら、筐体番号、ドライブの有無、管理シールの痕跡まで書いた方がいいでしょう」

奏汰がサーバーの背面を覗き込んだ。

「特徴、ありますよ」

「何?」

「シリアルシールが、二重に貼られてます」

全員がサーバーの背面を見た。

表のシールは、データ消去証明書に書かれた番号と一致していた。しかし、その端がわずかに浮いている。

奏汰が手袋をして、慎重に端をめくった。

下には、別のシリアル番号があった。

晴人が息を呑んだ。

「じゃあ、このサーバー……」

ちぎりが低い声で言った。

「証明書の番号に合わせて、シールを貼り替えられている可能性があります」

山崎は眉を寄せた。

「つまり、幽霊ではなく、人間の手癖が悪い」

「はい」

その時、事務所の複合機が突然動き出した。

「うわっ、今度は何ですか!」

排紙トレイから、一枚の紙が吐き出された。

そこには、文字化け混じりのログが印刷されていた。

00:17 REPORTERASE VENDOR: SHIRAO CLEAN TECHSUBCONTRACT: NULLADMIN NOTE: “KOMORI SAID NO”RETURN THE SERVER

奏汰が紙を見た。

「このサーバー、プリンタを勝手に見つけて出力した?」

山崎が複合機を見た。

「君は毎回、事件に加担するね」

ちぎりは印字された一行を指でなぞった。

「KOMORI SAID NO……小森さんが、反対した?」

晴人が震える声で言った。

「小森って、僕に売った人の名前です。小森リユースってアカウント」

室内が静まり返った。

売主の名前。旧会社のログ。消去証明書。貼り替えられたシリアル。そして「小森は反対した」。

幽霊サーバー騒動は、急に生々しい事件の匂いを帯び始めた。

奏汰は消去証明書を見ながら言った。

「この証明書、変です。同じ消去担当者、同じ時刻、同じ処理番号で、十二台分まとめて発行されてる。しかも対象は“記憶媒体”としか書いてない。BMCとか管理用モジュール、ログ領域、取り外し忘れのSSDまでは保証していない可能性があります」

「びーえむしー?」

山崎が聞いた。

「サーバー本体とは別にある、管理用の小さなコンピューターみたいなものです。電源や温度やログを管理します。サーバーの中に、もう一人の小さい管理人がいる感じです」

「それが幽霊?」

「技術的には幽霊より厄介です」

奏汰は続けた。

「データを消すときは、復元できない方法で消す必要があります。外部業者に消去を委託するなら、委託先を必要かつ適切に監督する必要もあります。個人情報保護委員会も、機器廃棄や消去業務の委託先監督を注意喚起しています」

晴人は頭を抱えた。

「中古PC販売って、もっとこう、拭いて、写真撮って、売るだけかと思ってました」

ちぎりは少し笑った。

「拭くのは大事です。外側も、内側も、書類も」

「書類も拭くんですか?」

「不備をです」

その夜、山崎事務所には珍しく残業の灯りがついていた。

晴人の同意を得て、山崎は旧会社であるミドリテックリースの代表窓口に連絡した。奏汰はサーバーをネットから切り離したまま、表示されたログの範囲だけを確認する。ちぎりは、売主情報、請求書、消去証明書、運送伝票、オークション画面を時系列に並べた。

午後十一時五十九分。

山崎が言った。

「そろそろ帰ろうか。幽霊も労働基準法を守るべきだ」

「先生、幽霊は使用者じゃありません」

奏汰が言った瞬間、サーバーがまた唸った。

画面が黒くなり、白い文字が現れた。

00:17 IS COMINGDO NOT TRUST KOMORITRUST KOMORIBOTH ARE TRUE

晴人が泣きそうな顔をした。

「矛盾してる! 幽霊が哲学してる!」

ちぎりは目を細めた。

「小森を信じるな。小森を信じろ。両方本当……」

奏汰が手元の資料を見比べた。

「小森リユースの登録名は、小森拓真。ログに出ている旧会社の管理者は、小森日向」

「同じ小森?」

「親族かもしれません」

山崎がつぶやいた。

「小森拓真を信じるな。小森日向を信じろ」

その時、複合機がまた震えた。

「また君か!」

吐き出された紙には、今度は日本語が印刷されていた。

これは怪談ではない。私は小森日向。退職前、消去漏れを警告する監査スクリプトを入れた。この機器が会社外のネットワークを検知したら、最小限の監査ログだけを表示する。顧客データは開くな。売るな。古物台帳と消去証明書を照合しろ。本当の番号は、底面のレール裏。

晴人が震えながら言った。

「幽霊が……説明責任を果たしている……」

奏汰はすぐにサーバー底面のレールを確認した。

そこに、小さな管理シールが残っていた。

表の証明書番号とも、背面のシールとも違う。

第三の番号。

ちぎりが時系列表に、その番号を書き込んだ。そして、息を止めた。

「この番号、運送伝票の品名欄にあります」

「え?」

「晴人さんが買ったサーバーの伝票じゃありません。ミドリテックリースから白尾クリーンテックに廃棄委託された一覧の中にある番号です。でも白尾クリーンテックから出た消去証明書の一覧には、この番号がない」

奏汰が続けた。

「つまり、このサーバーは消去証明書の対象外。なのに、別のサーバーの証明書をくっつけて売られた」

山崎の顔が険しくなった。

「誰が?」

その問いに答えたのは、翌朝、事務所を訪れた一人の女性だった。

小森日向。ログに名を残した、旧会社の元管理者である。

彼女は深く頭を下げた。

「ご迷惑をおかけしました」

晴人は目を丸くした。

「生きてる……」

「はい。すみません、幽霊ではありません」

山崎が真面目に言った。

「生きている方で安心しました。うちは相続も扱いますが、できればご本人から話を聞きたいので」

小森日向は、苦笑した。

彼女によれば、ミドリテックリースは一年前に事業縮小し、大量のサーバーを廃棄委託した。日向は、委託先に対し、消去方法、対象範囲、再委託の禁止、証明書の記載事項、事故時の報告義務まで契約に入れるよう主張した。

しかし、退職後に一部の機器が横流しされたらしい。

「弟の拓真が、中古品の転売をしているのは知っていました。でも、まさか会社の廃棄機器に関わっているとは思わなかった」

晴人がつぶやいた。

「小森リユース……」

日向はうなずいた。

「弟です。たぶん、白尾クリーンテックの下請け倉庫から流れた機器を買ったんだと思います。本人は“消去証明書があるから大丈夫”と言っていた。でも、証明書の対象と現物が一致しているか見ていなかった」

ちぎりが静かに言った。

「古物台帳をきちんと作っていれば、受入れの相手、品目、特徴、シリアル、払出し先の線が残る。逆に、そこが曖昧だと、盗品や情報漏えいの追跡ができなくなります」

日向は、テーブルの上の消去証明書を見た。

「この証明書、形式は整っています。でも、現物を救えない証明書は、ただの紙です」

奏汰が言った。

「晴人さんの事業では、委託先契約を作りましょう。データ消去の対象範囲、方法、個体識別、作業記録、消去証明書、再委託の制限、秘密保持、事故報告、監査、返却・廃棄。ここまで決めておく。中古PCを売るというのは、“前の持ち主の秘密を次の持ち主に渡さない仕事”でもあります」

晴人は、長い沈黙のあと、うなずいた。

「僕、店名を変えます」

山崎が言った。

「それはよかった」

「リユース・ゴースト改め……」

全員が身構えた。

「リユース・クリーンハート」

ちぎりが少し笑った。

「悪くありません」

奏汰が付け足した。

「でもロゴに幽霊を入れるのはやめましょう」

「入れようとしてました」

「やめましょう」

数日後、晴人は改めて山崎事務所に来た。

台車の上には、例のサーバーではなく、菓子折りが載っていた。

「ミドリテックリースさんと白尾クリーンテックさん、それから小森さんの弟さんの間で、調査が始まるそうです。僕は、問題がはっきりするまで仕入れを止めます」

「いい判断です」

ちぎりは、申請書類のチェックリストを渡した。

「営業所、管理者、URL、本人確認、台帳、委託先契約。全部、開業前に整えましょう。中古品を扱う人は、物だけじゃなく、物の来歴も扱います」

晴人は深く頭を下げた。

「はい」

その時、事務所の複合機が、また勝手に動いた。

全員が固まった。

排紙トレイから出てきた紙には、たった一行。

GOOD LUCK, CLEAN HEART.

晴人は叫んだ。

「やっぱり幽霊!」

奏汰が複合機の横を覗き込んだ。

「違います。先生、昨日からテスト印刷の予約が残ってます」

山崎は咳払いした。

「幽霊も、開業を応援しているということで」

ちぎりが紙を手に取り、赤ペンで大きく丸をつけた。

「ただし、URL届出を忘れたら、幽霊より私が出ます」

晴人は真顔で言った。

「それが一番怖いです」

山崎行政書士事務所に、笑い声が広がった。

重たいサーバーが持ち込んだのは、幽霊ではなかった。それは、消されたはずの責任だった。

けれど、その責任を一つずつ台帳に書き、契約に落とし、証明書と現物を照合したとき、怪談は事業のルールに変わる。

中古サーバーの中に残っていたのは、恨みではない。

「ちゃんと消して、ちゃんと売って、ちゃんと次へ渡せ」

そういう、少し不器用で、やたら実務的な願いだった。

そして山崎は、晴人の菓子折りを開けながら言った。

「ところで奏汰くん、このお菓子は何味かね」

奏汰は箱を見た。

「レモン味です」

山崎はほっとした。

「サーバー味じゃなくてよかった」

ちぎりは赤ペンを置き、にっこり笑った。

「先生。賞味期限も、ちゃんと台帳につけます?」

「それは食品衛生の世界に行ってしまうね」

複合機が、かすかに唸った。

誰もが一瞬だけ振り向いたが、今度は何も印刷されなかった。

幽霊サーバー事件は、こうして幕を閉じた。

ただし山崎事務所ではその後しばらく、複合機のことを誰も「ただの機械」とは呼ばなかった。

作中の実務ポイント

古物商許可では、営業所・管理者・必要書類・URL届出・古物台帳・本人確認の設計が重要です。特にネットで中古品を仕入れたり販売したりする場合、非対面取引の本人確認やURLの届出・表示を軽く見ると、後で大きなリスクになります。

中古PC・中古サーバー販売では、外観や動作確認だけでなく、残存データの扱いが核心です。個人データを消去する場合は復元不可能な手段で行い、外部委託する場合は委託先を必要かつ適切に監督する必要があります。作中の「消去証明書と現物番号を照合する」「委託先契約に再委託・証明書・事故報告を入れる」という場面は、この実務上の注意をドラマ化したものです。

 
 
 

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