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台風一過、空の青さに寄せて

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月10日
  • 読了時間: 4分



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 この度、世間を騒がせた台風は想像を超える勢いで上陸し、あらゆるものを薙ぎ倒して去った。雨の吹きつける夜のさなか、轟音とともに窓ガラスを打ちつける風の激しさ――まるでこの国の風土を嘲笑するかの如き暴れようであった。 夜が明けて私は、行く先を案じながらも仕事に向かうべく早朝から家を出た。風は既に衰え、空に白い雲が僅かに散らばるだけ。高い青空が広がり、台風一過ならではの鮮やかさに満ちていた。

 呼び出されたのは、海辺の工業地帯にある一つの工場。そこでは技能実習生を受け入れていたというが、今回の台風によって施設が一部破損し、稼働がしばらく止まる恐れがあるらしい。 工場の敷地へと踏み入れると、まさに“嵐の爪痕”がそこかしこに残っていた。折れた鉄骨がむき出しになった小屋、吹き飛ばされた看板、その足元には泥と折れた枝が散乱している。 空は嘘のように晴れ渡り、青く高い天を背景に、残骸の光景が際立って見える。かつて波のようにうねる雨が払拭されたあとの、独特な清々しさ――それと同時に、台風という災厄の重みを痛感せずにはいられない。

 工場の一角に集まっていたのは、日本人の社長と、数名の外国人技能実習生。その彼らは母国を遠く離れ、この町で働きながら技能を磨き、送金で家族を支えている。 しかし今回、工場の再開がいつになるかわからず、実習生たちは在留資格が期限切れになる恐れがある。 「せっかくここで頑張ってくれている若者たちを、台風のせいで強制的に帰国させたくないんです」――社長は、私にそう言う。 彼らも、それぞれの言葉で、「まだ日本で学びたい」「家族に誇れる技術を持ち帰りたい」と語る。彼らの瞳の奥には、不安と希望が交錯しながらもしっかりとした意志が宿っていた。

 私は行政書士として、在留資格を延長する手続きを支援すべく、必要書類を取りそろえ、関係機関へ交渉に赴くつもりである。 社長と共に、工場敷地の奥で被害状況を確認して歩く。折れかけたシャッター、油の混じった水が溜まる作業場……しかし、そのあちこちで、技能実習生たちが懸命に片付けを手伝っている姿を見ると、感謝とともに微かな感動を覚えずにはいられない。 彼らの真摯な思いと、この地で学びたいという熱意。それをなんとかして叶えたい――そんな気持ちが、私の背中を押す。

 遅い昼下がり、作業の合間に一息つこうと、工場の前の海辺へ出た。台風一過で透明度を増した青い空が、海面にまで鮮やかに映り込み、岸辺の砂はまだ湿っている。 海の向こうには遠く山の稜線が見え、雲が悠々と漂う。その景色はどこか幻想的で、まるで災厄が嘘だったかのような静寂を取り戻している。 私はポケットから小さなメモ帳を取り出し、“在留資格延長のための要件”を書き留める。期限切れまでの時間はそう多くはないが、台風後の復興を目指す人々の必死の思いを、書類の形で繋ぎ止めなければならない。

 実習生たちの指先には泥がこびりつき、服の一部が破けている者もいるが、それでも彼らは笑っていた。日本語を不完全ながらも交わしあい、「大丈夫、みんな直せばまた仕事できる」と前向きに語り合う。 私は通訳ともなりながら、彼らの言葉を聴いて、笑顔で社長に伝える。「彼らは“この町で学びたい”そうです。あなたの工場が動くのを心待ちにしています」と。 社長は、顔をほころばせながらも、「申し訳ないなあ、こんなに苦労ばかりかけて」と呟く。私はそっと肩を叩き、「それを可能にするのが、私の役目ですよ。台風なんかに夢を奪われちゃいけない」と笑う。

七(エピローグ)

 日が西に傾き、空を黄金色に染め上げるころ、私は帰路につく。背後で聞こえるのは、実習生たちが片付けを続ける音と、時折の笑い声。 台風が連れ去ったものは多いが、その後に残された“再生”への強い意志もまた、この町の空気に漂っている。 「この大空のように、彼らの未来も晴れやかであってほしい」――そう思いながら、静かに歩を進める。夕焼けの光が、私の影を長く引き伸ばしている。 まるで、それが“希望”という名の道しるべのように感じられ、私は再び心を奮い立たせるのだ。明日もまた、彼らの在留資格延長の手続きを通じて、誰かの“次の一歩”を支えるために。

――台風一過の青空を仰ぎつつ、わが人生と彼らの夢が交差する。この町には、嵐を乗り越えた人々の笑顔が、そっと息づいていた。

 
 
 

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