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呉服町の自意識(あるいは、買わない靴)

 私は、その晩、「靴を買う」と決めて呉服町へ行ったのである。 ――たった靴だ。靴を買うぐらいのことで、何がどう変わる。 そう思いながら、なお「靴を買う」と決めねばならぬほど、私は自分の足取りに自信がなかった。

 呉服町のアーケードは、夜になると、昼よりも親切で、昼よりも残酷である。蛍光の光がまっすぐ落ちて、誰の顔も等しく白くする。白くされた顔は、どれも「ちゃんとして」見える。私はその「ちゃんとした顔」の群れの端を、どこかの影みたいに歩いていた。私の顔も白くされているはずなのに、どうも、白くならない。白い光の下で、私だけが、黄ばんだ紙切れのようだ。私は、そういう自分の比喩を発明するのが得意で、発明した瞬間にまた嫌になる。嫌になるのが得意だ。

 靴屋はすぐ見つかった。ショーウィンドウに、黒い革靴が一足、置かれていた。艶があって、形がよく、つま先が少しだけ尖っている。尖っているのに、いやらしくない。むしろ節度がある。節度――私はその言葉に弱い。節度を持つ人間になりたい、などと口にしたら、それこそ節度がないのに。

 私はウィンドウの前に立ち、靴を見た。見た、というより、靴のほうに見られている感じがした。私の今の靴は、くたびれたスニーカーで、かかとが少し斜めに減っている。私は歩き方が悪いのだ。歩き方が悪い人間は、だいたい生き方も悪い、と私は思っている。思っているくせに、歩き方も生き方も直せない。直せないくせに、靴だけは直せると思う。こういうのを、甘えという。

 私はその黒い革靴を買ったら、すぐに別の人間になれる気がしていた。たとえば、背筋が伸び、あいさつができ、約束の時間に遅れず、無駄な冗談を言わず、余計な自己嫌悪を抱かずに済む。つまり、私は靴に、人格の仕事を押しつけようとしていたのである。靴は便利だ。人格の代わりに叱られ、人格の代わりに褒められ、人格の代わりに疲れてくれる。

 そのとき、ウィンドウに私の顔が映った。 映ったのは、例の黄ばんだ紙切れである。頬がこけ、目が落ちくぼみ、口元だけが妙に忙しく動いている。忙しく動いているのは、私が笑いの準備をしているからだ。私は、誰も笑わせる必要のない場所で、いつも笑いの準備をしている。自分をごまかすためだろう。あるいは、世界に媚びるためだろう。どちらでもよい。どちらでも嫌だ。

 私は自意識というやつを、背負っている。背負っているというより、首に巻いている。しかもそれは、絹ではなく針金でできている。針金は、私が何かをしようとするたびに、首に食い込む。 ――靴を買ったら? いい人になれる? ふふん。 針金が、そう言うのである。私は腹が立った。腹が立ったから、店に入った。腹が立つと、私はたいてい、間違った勇気を出す。

 店の中は革の匂いがした。革の匂いは、私は嫌いではない。死んだものが、丁寧に手入れされて、なお生きている匂いがする。私は、ああいう匂いに弱い。自分が死んでいないような錯覚が、ほんの少し起きるからだ。 店員が「いらっしゃいませ」と言った。私はその声に、胸がきゅっと縮んだ。私は「いらっしゃいませ」に弱い。歓迎されると、私はすぐ疑う。歓迎される資格が自分にあるかどうか、すぐ疑う。歓迎を疑う人間は、歓迎されていない顔をしてしまう。歓迎されていない顔をしている人間は、ほんとうに歓迎されなくなる。私はその悪循環を、人生の初期から大切に育ててきた。

「靴を、見ているだけです」 私は、いきなり言い訳をした。まだ何も訊かれていないのに。

「ありがとうございます。よろしければ、お試しになりますか」 店員は穏やかだった。穏やかさは、私を余計に追いつめる。私は断るタイミングを失って、うなずいた。

 私は椅子に座り、スニーカーを脱いだ。靴下に穴があいていないことを祈った。祈った瞬間、穴があるような気がした。私は穴に似た人間だから、靴下も穴があるのが当然だ、とまで思った。幸い穴はなかった。ただ、靴下が少し、くたびれていた。くたびれた靴下は、私の言い訳みたいである。うすく、よれて、しかし捨てられない。

 店員は黒い革靴を持ってきて、私の足に合わせた。私は立ち上がった。鏡の前に立った。鏡の中に、私の足があった。足だけが妙に、他人のもののようだった。黒い革靴を履いた足は、たしかに「それらしい」足に見えた。私は一瞬、ほっとした。ほっとしたのが、すぐに恥ずかしくなった。私は鏡に向かって、ほっとしている。つまり私は、靴を履いた自分に惚れかけている。私は、自分に惚れる資格がない。自分に惚れる者は、たいてい他人を軽んじる。私は他人を軽んじる者が嫌いだ。嫌いだが、私はその者になりたがる。

「いかがですか」 店員が訊いた。私は曖昧に笑った。曖昧に笑うのは、私の十八番である。

「……すごく、いいです」 私は言った。言ってしまった。言ってしまうと、もう買うしかない。買うしかないのに、買えない。

 値札が見えた。 私は、値札を見た瞬間、頭の中の針金が、きゅっと締まった。 高い。高いのは当たり前である。節度は高い。節度を安売りしている店など、私は信用しない。信用しないのに、私は節度を安く欲しがっている。矛盾している。矛盾が私の唯一の整合性である。

 私は、ここで素直に言えばいいのだ。高いので、やめます、と。 素直に言えばいいのに、私は素直になれない。素直になると、私が貧乏だとバレるからではない。貧乏ぐらいは、もうバレている。バレているのに、私は「バレていないふり」を守る。ふりが私の皮膚になっている。

「サイズ、もう一つ上も、履いてみてもいいですか」 私は言った。買わないのに、試着を延ばす。これは悪癖だ。悪癖の中でも、特に卑怯な悪癖だ。店員はまた靴を持ってきた。私は履いた。鏡に映った。足はまた「それらしい」。私はまた一瞬、ほっとした。ほっとして、また恥ずかしくなった。私は何をしているのだろう。靴の中で、私は何度も生まれ変わっては死んでいる。

 結局、私は言った。

「今日は、ちょっと……考えます」

 この「考えます」という言葉ほど、卑怯な言葉はない。考える気などないのだ。考える気があれば、こんなに毎晩、呉服町をうろうろしない。考える代わりに、私は演技する。考える代わりに、私は自嘲する。自嘲ほど安い娯楽はない。自嘲している間は、行動しなくても「何かした気」になれるからだ。

 店員は、「かしこまりました」と言って、私を責めなかった。責めないのがいちばん責める。私は靴を脱ぎ、スニーカーを履いた。スニーカーは、足に馴れていて、やけに優しかった。その優しさが腹立たしい。私の現状もまた、馴れていて、やけに優しい。だから抜け出せない。

 店を出ると、呉服町の光が、さっきより白く見えた。私はまたショーウィンドウの前に立った。黒い革靴は、何事もなかったように、そこにいる。私は何事もなかったように、そこにいない。私は、いない人間なのである。いても、いない顔をする。

 歩き出すと、足の裏に小さな違和感があった。スニーカーの中に、小石が入っている。私は立ち止まり、靴を脱ごうとした。けれども、アーケードの真ん中で靴を脱ぐのは、みっともない。みっともない、という自意識がまた首を締める。私は痛いまま歩いた。痛いまま歩くことで、私は罰を受けている気になった。罰を受けている気になるのが好きなのだ。罰を受けている間は、努力しなくても「何かを支払っている」気になれる。

 青葉おでんの匂いが流れてきた。私はふらりと、屋台のほうへ寄りたくなった。寄りたいが、寄ったら寄ったで、私はまた「人間っぽい夜」をしてしまう。人間っぽい夜をした自分に、翌朝私は腹を立てる。腹を立てるのに、夜はまた人間っぽいことをしたがる。私は、昼と夜で人格が違う。違うが、どちらも信用できない。

 そのとき、前を歩く小さな子が、靴紐をほどいて転びかけた。母親が「危ない」と言った。子は泣きそうになった。私は反射的に屈んで、靴紐を結ぼうとした。ところが、私は人の靴紐を結ぶのが下手だった。自分の靴紐さえ、いつも片方が解ける。私は手が震えた。子はじっと私の手を見ている。私は急に恥ずかしくなった。 しかし、結んだ。ぐちゃぐちゃだが、結べた。母親が「ありがとうございます」と言った。私はまた来た、と思った。あの言葉だ。私の恐れている言葉だ。私は笑えなかった。ただ、小さく頭を下げた。

 母子が去っていくと、私は自分の靴の中の小石の痛みを、急に思い出した。私は、もう我慢ができなくなって、アーケードの端の柱の影で靴を脱いだ。小石を取り出した。小石は、米粒ほどの大きさで、しかも濡れて黒い。こんな小さなものが、私の足取りを丸ごと狂わせていた。私は小石を指先でつまんで、捨てた。捨てた瞬間、足が軽くなった。軽い、というのは、こういうことか、と私は思った。靴を買うことではなく、靴の中の小石を捨てること。私は、人生の大事なことをいつも見誤る。大きい買い物で自分を変えようとして、いちばん近い石ころを放置する。

 私はまた歩き出した。 足取りは、さっきより少しだけ素直だった。素直、という言葉が、怖くないくらいには。

 私は靴を買わなかった。買わないで帰る自分を、私はきっと今夜も嫌うだろう。 けれども、靴の中の小石は捨てた。捨てただけで、歩ける。歩けるなら、まあ、明日も何とかなるかもしれない。私は、こういう「まあ」を、けっして立派な希望だと思わない。思わないが、私にはそれしかない。私には、靴の値札ほど堂々とした決意は、似合わない。

 呉服町の光は、相変わらず白かった。 白い光の下で、私は相変わらず黄ばんだ紙切れだった。 ただ、その紙切れが、ほんの少しだけ、まっすぐ歩けた。 それだけの話である。

 
 
 

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