夏空の迂回路 — MSPとVSAの連鎖(長編フィクション)
- 山崎行政書士事務所
- 9月15日
- 読了時間: 6分

— 2021年の Kaseya VSA を悪用した連鎖ランサム被害(REvil/供給連鎖)を骨格にした創作
0|金曜 16:06 「更新を押したのは、私だ」
暁(あかつき)マネージドソリューションズ——県内の中小企業九十社を支える MSP。三連休前の金曜は、パッチと棚卸しの午後だ。運用主任の夏芽は、社内の VSA サーバに「軽い更新」のポップが出たのを見て、承認を押した。ほどなく監視盤がざわめく。ヘルスチェックの緑に黄色が混ざり、外向きの帯域に細い脈動がのぼる。
「スクリプト実行が、全テナントに……?」「誰が投げた?」「私じゃない。VSAが、VSAに。」
赤いドットが、暁の境界から顧客へと等間隔に広がっていく。山崎行政書士事務所への短縮ダイヤルに、夏芽の指が落ちた。
1|16:42 “止める/伝える/回す”
静岡・山崎行政書士事務所。ホワイトボードに、**律斗(りつと)**が三行だけ書く。
止める/伝える/回す
止める:VSAサーバを孤島化(NIC停止/境界で宛先ドロップ)。管理エージェントの外向きは白リスト以外遮断。**“自動で直す”**は封印。
伝える:三文で顧客一斉。正午/17時の時刻を約束し、**“事実”と“可能性”を段落で分ける。“支払い先変更メール無効”**を最初に。
回す:遠隔保守を止めても、現場は回す。電話復唱+二名承認、紙運用、孤島端末を割り当てる。遅いけど確実に。
りなが頷く。「72時間の法の時計も回す。カード/医療/行政の顧客には個別ラインで。」
奏汰(そうた)は構成図に赤を走らせる。「VSAのスクリプト配布に乗られた。正規の更新に紛れ、“エージェントの手”で身内に落ちている。」悠真(ゆうま)が端末に張り付く。「暗号化のフラグだけが置かれ、時限で走る匂い。侵入者の“指”はVSAだ。」
ふみかが一次報を置く。
現状:VSA経由で不審なスクリプト配布の痕。VSAサーバ孤島化、管理エージェントの外向き遮断、証跡保全を実施。対応:各社の業務は継続(電話復唱+紙運用+孤島端末)。正午に一次報、17時に更新。お願い:支払い先変更などメールのみの依頼は無効。必ず電話で二重確認を。
「時刻は安心の枠。」りなが赤で丸をつけた。
2|17:25 “点が線になる”前に
可視化の四つの数字を、**蓮斗(れんと)**が掲げる。
MTTD(検知):19分
一次封じ込め:43分(VSA孤島化/外向き遮断)
影響顧客:14/90(兆候あり)
暗号化開始:未発火(時限)
「今は“静か”。静かなうちに配布経路を切る。」律斗。夏芽は顎を引いた。「“私が押した更新”が鍵だった。正規に似せた何か。」
りなは顧客向けに短文を整える。「“遠隔は一時停止”、“現場は回す”、“正午/17時で更新”。怒りは不安の別名。短文と時刻で落とす。」
3|18:12 赤い壁紙、最初の一枚
物流A社のバックヤード。在庫端末の一台が、赤い壁紙に変わった。Oops! の文句は見慣れた形をしているが、どの鍵でも開かない。奏汰が首を振る。「汎用型の看板を掲げ、本体は別。“復号”で期待を作るのが彼らの台本。」
陽翔(はると)は現場に電話する。「紙運用へ切替、レジは孤島。ラベル印刷はUSB受け渡し、二名承認+復唱。」
受付に白い猫のマスコットが置かれる。しっぽはUSB Type‑C。札には太い字で、
「遅いけど確実。」
4|19:40 “手で回す”夜
顧客先の**“現場の十本指”が電話の向こうで動く。紙が吐かれ、鉛筆が走り、二名の声が復唱**する。遠隔保守に慣れた身体が、忘れかけていた筋肉を思い出す。
悠真がVSAの胃袋を覗く。「C:\Kに妙な書類、署名に見える殴り書き。誰かが**“正規の格好”に寄せた**。」「“正規の更新”が扉。供給連鎖の地形。」りな。
5|21:55 「支援します——でも払わない」
脅迫文が掲示板に上がる。「“一社当たり”ではなく、“全部まとめて”払えば全復号。」ふみかはFAQに一行を足す。
「当社と顧客は、不当な要求には応じません。証跡の確保と関係機関との連携を優先します。」
「“まとめて”が彼らの歌。」律斗。「“一網打尽に助けてやる”は善意ではない。」
蓮斗が数字を更新する。
暗号化発火:3社/限定
遅延平均:13分
顧客通知率:100%(23時)
VSA以外の侵入痕:見当たらず(進行)
6|翌朝 06:30 「戻れる速さ」の作り方
VSAは最新の安全版で空の箱から再構築、自動更新は止め、“人の10分会議”を通したジョブしか走らないようにする。ベンダ接続は白リスト、例外は48時間で自動失効。監視には二つの新しい目——“エージェント総数に対する一括スクリプトの比率”と“例外期限切れ件数”。
夏芽が短く笑う。「“便利”の中で**“遅いけど確実”を作る**。戻れる速さはそこで生まれる。」
7|10:05 連休の真ん中、通り雨のような要求
顧客B社に**“支払い先変更”の偽メールが届いた。ふみかが台本の一行目を促す。「“メールだけは無効です。今の番号に折り返します。”」声は鍵になる。手続きで鍵穴を狭める**。
8|12:00 正午の報
事実:VSA経由の不審スクリプト配布を確認。VSA孤島化/外向き遮断/証跡保全を実施。一部顧客で暗号化が発生。影響(現時点):業務継続(紙運用+孤島端末)。個人情報の第三者提供の確証なし(継続調査)。約束:17時に更新。“メールだけ”の依頼は無効、電話二重確認を。
怒号はない。時刻が不安の終わりを作る。
9|15:40 “鍵”は、届く
暁の回線に、薄い噂が走った。“まとめて解く鍵が手に入った”という外部の連絡。りなは慎重に言葉を選ぶ。「鍵が届いても、全部は戻らない。戻す手順は変わらない。使うのは私たちの“遅いけど確実”の中だけ。」
奏汰が隔離ゾーンの一社で復旧試験を回す。戻る。だが、手で積んだ紙と照合して初めて、“戻った”と言える。
10|17:00 二次報
封じ込め:VSA再構築(最小構成)、自動更新停止、白リスト運用、例外自動失効。顧客復旧は段階で進行。影響:業務遅延 平均9分。第三者提供の確証なし(継続調査)。次:夜間に残存の暗号化復旧と監視ルールの本番適用。72時間の報告線を維持。
律斗はペン先で小さな丸を描く。「一次封じ込めは完了。残すのは手順と地図だ。」
11|21:20 青いログと、静かな倉庫
監視盤の赤が青になり、倉庫に静けさが戻る。ラベル印刷は孤島から本線へ、二名承認だけは残す。夏芽は**“承認”というボタンを見つめ、昨日と違う手**で押した。
12|三日目 11:40 “72時間”の線
PPCへの報告が二段落で確定する。
確認された事実:VSAを経由した不審スクリプト配布、一部顧客での暗号化、VSA孤島化/再構築、外向き遮断、復旧状況。
未確定(継続調査):侵入の初期経路の特定、“正規更新に偽装”の詳細、影響の範囲。
蓮斗の数字。
MTTD:19分 → 9分(監視窓調整後)
一次封じ込め:43分 → 28分
復旧率(暗号化発生顧客):100%
例外期限遵守率:98%
りなは三行で締める。
言い切る(事実と可能性を混ぜない)期限を付ける(例外は時間で管理)二重に確かめる(自動の間に“人の10分”)
受付でやまにゃん(白い猫のマスコット)がしっぽのType‑Cを光らせる。札には、変わらない一行。
「速さは、戻れるときだけ味方。」
“私が押した更新”は、教訓に変換された。便利の向こうに、遅いけど確実の枠を置く。三連休は終わり、暁は朝を迎える。
—— 完
参考リンク(URLべた張り/事実ベース・一次情報/主要報道・技術解説)
※物語はフィクションですが、骨格となる事実(Kaseya VSA を足場にした連鎖ランサム/供給連鎖・一斉配布・“まとめて解く鍵”・当局の勧告・MSPと中小企業への波及)は以下に基づいています。





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