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大和出撃2



第二章 昭和二十一年(1946) 瓦礫町

敗けた、といふ実感は、玉音放送のその日よりも、むしろ冬の始まりに来た。

 

八月十五日を境に、世の中の言葉が裏返った。「必勝」は「終戦」になり、「本土決戦」は「新日本建設」になり、「英霊」は、口にするのを憚られるやうになった。けれど、裏返るのは言葉だけで、腹は空くし、寒さは骨に沁みるし、死んだ人は戻らない。街の焦げた匂ひも、まだ消えなかった。

 

燃料廠は、いつの間にか「海軍」といふ看板が剥がされ、入口の警衛も姿を変へた。制服の男たちは消え、代りに見慣れぬ腕章の者が出入りし、帳簿のやうなものを抱へて歩いてゐた。私たち女学生の動員も、解かれた――といふより、誰も面倒を見なくなった。

 

寮を出る日、畳の端に残る自分の足跡を見た。ここで私は、仕事をして、恋をして、そして死の知らせを受けた。畳の目に入り込んだ油の匂ひが、いまだに抜けないやうに、私の中からも篤志の匂ひが抜けないと思った。

 

帰ると言っても、「帰る家」が完全な形で残ってゐる者は少なかった。徳山の町も、空襲で焼けた。港へ向かふ通りは、黒く煤けた柱だけが並び、瓦礫が道の両側に積まれたままだった。潮風に混じって、焼け木の甘い匂ひがする。雨が降ると、その匂ひがいっそう濃くなる。まるで、焦げた過去が湿って膨らむやうに。

 

母は生きてゐた。けれど、痩せてゐた。頬がこけ、背が小さくなってゐた。久しぶりに顔を合はせた瞬間、私は「ただいま」と言ひかけて、言葉を飲み込んだ。「ただいま」と言へるほど、私は家に戻って来た気がしなかったからだ。

 

母は私の顔を見て、まず言った。

 

「……百合、無事でよかった」

 

それから、少し間を置いて、声を落とした。

 

「篤志さんのことは、聞いたよ」

 

私が頷くと、母はそれ以上言はなかった。慰めの言葉は、当時の家には不似合ひだった。慰めを言ふ余裕が、生活の中に無かった。

 

その晩、囲炉裏の名残りのやうな炭火で、麦飯を少しだけ温め、味噌汁を啜った。大根の葉を刻んだだけの汁だ。母は、箸を置いて言った。

 

「――生きるんだよ」

 

私は黙ってゐた。「生きる」といふ言葉が、命令のやうに聞こえたからだ。生きるのは良いことだと、世の中は言ふ。けれど私は、その「良さ」を、まだ受け取れなかった。

 

生き残る、といふのは、罪のやうでもあった。篤志は死んで、私は生きてゐる。大和は沈んで、私は陸の上で飯を食ふ。その差の意味を、誰も説明してくれない。誰にも出来ない。

 

ただ、冬の夜の寒さだけが、その差を容赦なく教へた。布団にくるまり、息が白くなるのを見ながら、私は思ふ――海の底は、どれほど冷たいのだらう。

正月は来たが、正月らしさは来なかった。

 

門松も、餅も、ほとんどの家には無い。あっても、隣に見せるやうな飾り方はしない。それでも、暦だけは正確に一月一日へ辿り着く。人の暮しがどうであれ、暦は容赦がない。

 

その日、ラジオがいつもより長く鳴った。母が音量を絞り、私たちは煤けた茶碗を持つ手を止めて耳を澄ました。天皇陛下が「神ではない」と言はれた――と、後で人々は口々に言った。

 

私は、放送の文言を正確に覚えてゐるわけではない。ただ、あの声が流れたとき、家の中の空気がすうっと冷えたのを覚えてゐる。

 

戦時中、私たちは多くのことを「疑ってはいけない」と教へられてきた。疑ふより先に、信じること。信じるより先に、耐えること。耐えるより先に、黙ること。

 

だから、声が「神ではない」と言ったところで、私はすぐには驚けなかった。驚くのは、許されない感情のやうに思へた。むしろ、胸の奥で小さく、しかし確実に、何かが折れる音がした。

 

――では、篤志は、何のために沈んだのか。――あの人の「万歳」は、どこへ行くのか。――私の押し花の桜は、何に捧げられてゐたのか。

 

考へてはいけない、と身体が言ふ。けれど、考へずにはゐられない。

 

外へ出ると、町には、正月の晴れ着よりも、古着の上着の方が多かった。焼け残った壁に貼られた標語が剥がされ、「ぜいたくは敵だ」といふ赤い字だけが破れた紙片として残ってゐる。誰かがその上から、別の紙を貼ってゐた。「民主主義」「自由」「婦人参政権」――見慣れぬ文字が、風に揺れてゐた。

 

自由。その言葉が、私にはまだ寒かった。自由とは、誰にも縛られぬことのはずなのに、私は篤志に縛られたままだったからだ。縛られてゐるのに、その縛りを自分で抱へてゐる。それが、私の自由の形なのだらうか。

春先、私は一度、役所へ行った。

 

戦死の正式な知らせ――「公報」だとか、「戦没者の通知」だとか、呼び名はいろいろあったが、とにかく紙に書かれた確かなものが欲しかった。電報は薄い。薄すぎて、風が吹けば飛んでしまひさうで、命の重さに釣り合はなかった。

 

役所の窓口には、同じやうな女たちが並んでゐた。黒い喪服など着てゐない。そんなものは手に入らぬ。皆、色あせた着物に袴、あるいはモンペ姿だ。赤子を背負ってゐる者、杖をつく老女、手の甲が荒れて割れてゐる若い妻。夫の名を言ふとき、声がふるへる者もゐた。声がふるへることを恥ぢて、歯を食ひしばる者もゐた。

 

私の番が来て、私は言った。

 

「朝比奈篤志……海軍の者でございます。戦死の通知を――」

 

窓口の男は帳面をめくり、淡々と質問した。

 

「ご関係は?」

 

私は一瞬、言葉に詰まった。

 

「……許嫁でございます」

 

その瞬間、男の眉がほんのわずか動いた。悪意ではない。規則の動きだ。男は首を振り、紙を戻した。

 

「奥様、もしくはご両親がいらっしゃる場合は、そちらへ届きます。許嫁の方には……原則として」

 

原則として。その言葉は、私の胸を切った。

 

「では、私は……」

 

男は言葉を選ぶやうに間を置き、低い声で言った。

 

「あなたさまは、戸籍上の遺族ではありません」

 

遺族ではない。私は、篤志の「遺族ではない」。

 

役所を出ると、春の風が吹いた。焼け跡の土の匂ひが、強く鼻を刺した。私は自分が、宙に浮いたやうな気がした。

 

婚礼は、してゐない。夫婦には、なってゐない。だから私は、世の中の帳簿に載らない。載らない人間の悲しみは、紙の上では存在しない。

 

けれど、夜になると、私は確かに泣く。押し花を見て、確かに痛む。それは帳簿では消せない。

 

私はその日の帰り道、ふと自分の影を見た。煤けた道に伸びる影は、細くて頼りなかった。けれど、影の足元には確かに土があり、私はまだそこに立ってゐた。

 

――ならば、私が自分の帳簿を作らう。――私が、篤志を遺族にしてしまへばいい。

 

その決意が、後々まで私を支へることになる。けれどこのときの私は、まだそれを「決意」と呼べるほど強くはなかった。ただ、役所の冷たい言葉に、反射のやうに心が身を固めただけだった。

町は、瓦礫を片づけることから始まった。

 

人が住むには、まず道を通さねばならない。道を通すには、崩れた家を退かさねばならない。退かすには、人の手が要る。

 

男手は少ない。死んだ。帰らない。帰ってきても、病んでゐる。だから、女が出た。女と、老人と、子どもが、瓦礫を運んだ。

 

私も参加した。「奉仕」といふ名目だった。戦時中の「勤労奉仕」とは違ふ、と誰かは言った。今度は「自分たちの暮しのため」だ、と。

 

けれど、奉仕の形は似てゐた。決められた日に集まり、班に分かれ、号令で動く。道具は、つるはし、シャベル、竹籠。軍手など無いから、古い布を裂いて手に巻く。布の隙間から、すぐに指が擦れて血が出る。血が出ても、止める余裕はない。血は土と煤に混じり、黒くなる。

 

瓦礫の下から、生活が出てくる。焦げた茶碗、歪んだ鍋、溶けたガラス、黒く固まった箪笥の金具。子どもの下駄が片方だけ出てきたり、女の櫛が折れたまま出てきたりする。それを見るたびに、人の暮しの終はり方を突きつけられる気がした。

 

焼けた柱を引き抜くと、土がむき出しになる。まだ熱を覚えてゐるやうな土。長い間、家の重みを支へてきた土。私はそこに手を入れた。冷たくもなく、温かくもない、ただの土だった。

 

けれど私は、その土を握った瞬間、海の底を思った。

 

――大和が沈んだ海の底も、こんなふうに泥なのだらうか。――篤志の身体を包むのも、こんな湿り気なのだらうか。――誰も触れないところで、静かに、ただ「土」になってゐるのだらうか。

 

私は、土塊をひとつ、掌でぎゅっと握りしめた。指の間から、細かい砂がこぼれた。それが、なぜか涙に似てゐた。

 

作業場の向こうで、誰かが叫んだ。

 

「ここ、まだ危ないぞ! 梁が落ちる!」

 

皆が一斉に身を引く。落ちた梁が、乾いた音を立てて瓦礫の上を転がった。一瞬、空襲の爆風の記憶が甦り、身体が固まる。

 

戦争は終はった、と皆が言ふ。けれど、戦争は終はってゐない。終はってゐないものが、瓦礫の下から出てくる。終はってゐないものが、夜の夢に出てくる。終はってゐないものが、腹の底に棲みついてゐる。

 

私は、土塊を握ったまま、ふいに声が喉まで上がってくるのを感じた。名を呼びたい。叫びたい。泣きたい。

 

けれど、叫ぶのは格好が悪いと、当時の私は思ってゐた。焼け跡で泣くのはみっともないと、思ってゐた。泣けば、「まだ戦争を引きずってゐる」と言はれる気がした。今は「新しい世」なのだと、誰かが言ふ。新しい世では、古い悲しみは、厄介者なのだ。

 

だから私は、声を外へ出さずに、口の中で名を呼んだ。

 

――篤志さま。

 

土の匂ひが濃くなった。鼻の奥がつんと痛んだ。私は、その痛みを頼りに、もう一度、口の中で呼んだ。

 

――篤志さま。篤志さま。

 

握りしめた土塊が、掌の熱で少しだけ湿り、指の間に粘りが生まれた。その粘りが、海底の泥に思へた。私は、海の底へ手を伸ばしたやうな気がした。

 

作業が終はる頃、空は薄い夕色になった。瓦礫の山が影になり、焼け跡の町が、ようやく静かになる。皆が道具を片づけ、疲れた足で帰っていく。誰もが、明日もまた片づけることを知ってゐた。復興とは、希望の名をした重労働だった。

 

私は最後に、もう一度だけ土を見た。灰でも瓦でもない、ただの土。けれど、その土だけが、「残る」。海でも、陸でも、土は残る。そして土の上に、また何かが建つ。人が、生きる。

 

私は帰り道、胸の中でつぶやいた。

 

――私も、残るのだらうか。――篤志のいない土の上に、私は何を建てるのだらうか。

 

その問いは、答へを持たぬまま、春の風にさらされた。

その夜、私は小さな灯の下で帳面を開いた。

 

紙は、去年より少し湿ってゐた。焼け跡の土の匂ひが、指に残ってゐた。私は手を洗っても、匂ひが落ちぬ気がして、洗ふのをやめた。匂ひを残しておきたかった。今日、私は海に触れた――そんな気がしたからだ。

 

鉛筆を削る。芯が紙に触れる音が、やけに大きく聞こえる。

 

私は今日一日のことを思ひ出した。瓦礫の町。焼けた柱。壊れた茶碗。土塊の重さ。そして、口の中だけで呼んだ名。

 

言葉にしなければ、消えてしまふ。役所の帳簿に載らぬなら、私の帳面に載せればいい。それが、私の遺族の証だ。

 

私は息を整へ、ひと息に書いた。

こしかたの 戰をゐてり 瓦礫町つちくれ抱きて 君を呼ぶなり

書き終へると、胸の奥の硬いものが、少しだけほどけた。泣けない代りに、字が泣いてくれた気がした。

 

帳面を閉ぢ、押し花の桜を指で撫でる。花びらは乾いてゐる。海底の泥を想ひながらも、私の指先にあるのは、春の薄紅だ。

 

――来年も、私は書くだらう。――再来年も。――桜が咲くたびに。

 

このとき私は、まだ知らない。その「だらう」が、八十年を超える「必ず」になることを。

 

ただ、瓦礫の町の夜に、私は小さく誓った。

 

君が海にゐるなら、私は陸で呼ぶ。君が帰らぬなら、私は呼び続ける。

 

桜が、毎年咲くやうに。

第三章 昭和二十二年(1947) 軍靴の音なき春

春の朝は、音が違ふ。

 

戦争のころ、朝は必ず「音」で始まった。ラジオの号令、工場の汽笛、遠くの足並み、誰かの怒鳴り声。起きる前から世界に押し立てられ、身体が勝手に緊張してゐた。けれど昭和二十二年の春、私が目を覚ましたのは――音ではなく、静けさだった。

 

障子の向うが薄く明るい。母が起き出して、釜のふたをそっと動かす気配。湯気が立つ匂ひはあるが、以前のやうな忙しさはない。外では雀がちち、と鳴く。風が土壁の隙間を撫で、乾いた紙片がかさりと鳴った。

 

私は布団の中で、息をひとつ数へた。その息が、怖いほど穏やかだった。

 

――ああ、今日は空襲警報が鳴らない。――今日は「退避」と叫ぶ声がしない。――今日は、軍靴の音がしない。

 

そう思った途端、その「しない」といふ言葉が、胸の中で刃のやうに返ってきた。しない――つまり、もう二度と、篤志の靴音も聞けない。

 

私の中では、戦争は終はったのに終はってゐなかった。終はったのは世の中の合図で、終はらぬのは私の耳だった。

 

私は布団から起き上がり、割れかけた鏡で髪を撫でた。結ひ直す余裕もなく、ただ束ねるだけの髪。頬はまだ若いのに、目だけがいつも疲れてゐる。鏡の中の自分を見て、ふと、去年の役所の窓口を思ひ出した。

 

「あなたさまは、戸籍上の遺族ではありません」

 

その冷たい言葉が、いまだに喉の奥に残ってゐた。遺族でない――だから、泣く資格もないのか。誰かに守ってもらふ資格もないのか。

 

私は、鏡を伏せた。今日は、その言葉に負けたくなかった。

家の裏手には、焼け跡のままの空地があり、去年からそこを小さく耕してゐた。耕すと言っても、鍬で土を返し、石を拾ひ、瓦の欠片を取り除くだけだ。土の中には、まだ黒い煤が混じってゐる。けれど、黒い土は、案外よく芽を出した。人間の火で焼かれても、土は土なのだ。

 

母は言った。

 

「土は、裏切らないよ」

 

私は頷いた。裏切るのは、人ではなく、時代なのだと――本当は思った。でも、その言葉は母へ向けるには尖りすぎてゐた。

 

その日、私は水汲みに川へ行く役目になった。桶を提げ、土手の道を歩く。道端には、去年まで見えなかったものが増えてゐた。行商の声。古道具を担ぐ男。闇市へ向かふらしい女たちの速足。そして、時折すれ違ふ、進駐軍の車――ジープの低い唸り。子どもが追ひかけて「ギブミー」と叫ぶのを、私は見ないふりをした。見れば、胸の中で何かが折れるからだ。

 

川沿ひの土手に、若草が芽吹いてゐた。

 

冬の間は枯れ草の色しかなかったのに、気づけば、地面のあちこちに淡い緑が刺さってゐる。それはあまりに小さく、あまりに柔らかく、踏めば消えてしまひさうなのに、確かにそこに「生」があった。

 

私はしゃがみこみ、指先で一本の芽を撫でた。葉は薄い。ぬくみはない。けれど、触れた瞬間、胸の奥で何かがふっと緩んだ。

 

――篤志さま。――見てください。ここに、また春が来ました。

 

言葉にすれば泣いてしまひさうで、私は声を出さずに、ただ芽を見た。戦争が終はっても、桜は咲く。戦争が終はっても、草は芽を出す。その当然さが、私には救ひのやうであり、残酷のやうでもあった。

 

私は桶を置き、若草を数本、そっと摘んだ。本当は食べるためだ。母の汁に入れる。腹の足しにする。けれど摘んだ途端、心が勝手に別のことを考へた。

 

――これを、君に渡せたら。

 

若草は軽い。桜の押し花よりも軽い。この軽さなら、海の底へも届くのではないか――そんな馬鹿げた期待が、春の陽に浮かんだ。

 

私は摘んだ若草を、袖の中に隠した。昔、贅沢を隠すやうに花びらを懐へ入れた、その癖がまだ残ってゐる。「君へ」といふ思ひも、どこか贅沢のやうに感じてしまふのが、私の戦後だった。

帰り道、道の曲り角で、見覚えのある背中に出会った。

 

近所の吉村の兄さん――戦争の前は港の荷役で働いてゐた人だ。今は片足がない。木の義足を引きずるやうに歩き、肩は落ち、背中は戦前より一回り小さい。彼は、制服の上着だけを着てゐた。襟章は外され、ボタンも違ふものが付け替へられてゐる。軍服が「いけないもの」になったあと、皆がさうして着てゐた。布が無いから、捨てられないのだ。

 

兄さんの足元には、古い軍靴があった。もう片方の足にだけ履いてゐる。片足分の靴――その不揃ひが、戦後の現実そのものだった。

 

私は息を止めた。軍靴の音。木の義足が地面に当たる鈍い音。それは行進の音ではない。勝利の音でもない。ただ、ひとりの人が、家へ帰る音だった。

 

兄さんは私に気づき、目を細めた。

 

「綾瀬んとこの……百合ちゃんか」

 

「はい。……お帰りなさいませ」

 

「お帰りなさい」――私は言ったが、言葉の置きどころが分からなかった。帰ってきたのに、帰ってきた人の目が、どこにも帰りついてゐない。

 

兄さんは笑ふやうな顔をして、けれど笑ひ切れず、唇を乾かして言った。

 

「帰ってきても、仕事ぁねえしな。……足も、こんなだ」

 

私は何も言へなかった。慰めは軽すぎるし、同情は失礼だ。まして、「名誉」などといふ言葉は、もう使へない。

 

兄さんは、ふと私の袖のふくらみに目をやった。若草を隠した袖。私は咄嗟に手で押さへた。

 

「……草でも摘んだか」

 

「はい。母の汁に」

 

「そうか。……いいな。草は、生きてる」

 

兄さんはそれだけ言ひ、ゆっくり歩き出した。軍靴の片足が、土を踏む。その音が遠ざかるにつれ、私は胸の内が奇妙に空っぽになるのを感じた。

 

軍靴は、まだある。けれど、もう「国の音」ではない。「個の傷」の音になってゐる。

 

その変はり目に、私は立ってゐた。

家へ戻ると、母が竈の前にゐた。火は弱く、湯気は細い。薪も炭も貴重で、むやみに燃やせない。

 

「おかへり」

 

「ただいま」

 

私は今年になって、やうやく「ただいま」が言へるやうになってゐた。家が完全に戻ったわけではない。けれど、母がゐて、火があって、湯気が立つ――そのことが、私を少しだけ現実へ引き戻した。

 

私は袖から若草を取り出し、まな板の上に置いた。母はそれを見て、目を細めた。

 

「まあ……芽が出たねえ」

 

「……土手に。たくさん」

 

母は小さく頷き、草を洗ひ、刻んで、薄い汁に落とした。汁は相変らず薄い。でも、草の匂ひが入ると、ほんの少しだけ「春」の味がした。

 

椀を前にしたとき、私は箸を動かす手が止まった。椀の中の若草が、あまりに眩しかったからだ。私はもうひとつ、小皿を出し、汁から若草だけをそっと拾って載せた。母が不思議さうに見る。

 

「百合?」

 

「……あとで。少し、置いておきたいの」

 

母は何も問はなかった。問はぬことが、母の優しさだった。それとも、問ふ余裕がないだけかもしれない。けれど私は、その沈黙に救はれた。

 

食後、私は机の上に小皿を置いた。押し花の桜の布包みを、その隣に置いた。仏壇と呼べるものではない。ただの木机。でも、私にとっては、そこが篤志の居場所だった。

 

「……召し上がれ」

 

誰にも聞かれぬほど小さく言ふ。もちろん返事はない。けれど、若草の緑が、机の上で静かに息をしてゐるのを見ると、返事がなくても「届いた」気がした。

 

私はそのまま、しばらく机の前に座ってゐた。窓の外では、子どもが笑ひながら走ってゐる。木の下駄の音が軽い。それが、軍靴の音の代りに町を満たしてゐた。

 

その軽さが、救ひであり、痛みでもあった。

 

――君がゐたら、あの子どもたちに笑ひ返しただらうか。――君がゐたら、私に「春だな」と言っただらうか。

 

思ふだけで胸が熱くなり、目が潤む。泣けば楽になるのに、泣くことにまだ慣れてゐない。戦争の間、泣くのは「弱さ」だと教へられ、終戦の後は泣くのは「過去に縋ること」だと笑はれる。私はどちらにも馴染めず、ただ、紙の上でだけ泣ける女になってゐた。

夜、灯の下で帳面を開く。紙は去年よりもさらにくたびれてゐる。けれど、私の字は確かにそこに残ってゐる。

 

新聞や掲示板の字は、いつの間にか簡単になってゐた。「戰」は「戦」になり、「國」は「国」になった。かなづかひも変へられ、先生たちは「新しい書き方」を教へるといふ。皆が「新しい」を急ぐ。新しい国。新しい憲法。新しい暮し。

 

けれど私にとって、古い字は、篤志とつながる糸だった。あの人が読める字で書きたい。あの人が居たころの息づかひで書きたい。誰に見せるでもない帳面だからこそ、私は自分の言葉の形を守りたかった。

 

私は、今日の春を思ひ出した。軍靴の音が「国の音」ではなくなったこと。終はりの春の静けさ。芽吹く若草の眩しさ。そして、渡せぬものを渡したいと願ってしまった、自分の愚かさと、切実さ。

 

そのすべてを、一首に押し込める。

 

鉛筆が紙を擦る音だけが部屋に響く。私は息を止め、言葉を置いた。

千早振る 軍靴の音なき 終の春芽吹く若草 君に摘みたし

書き終へてから、私は小さく肩を落とした。春は来る。来てしまふ。そして私は、そのたびに君へ何かを渡したくなる。渡せないと知りながら。

 

それでも――渡したいと思ふ心だけは、誰にも取り上げられない。

 

机の上の若草は、もうしなびかけてゐた。私はそれを指でそっと整へ、押し花の桜の布包みを隣に寄せた。

 

桜と若草。どちらも春のもの。どちらも、君へ渡したいもの。

 

私は灯を消し、布団へ入った。暗闇の中で耳を澄ます。聞こえるのは、遠い川の音と、母の寝息と、自分の胸の鼓動だけ。

 

――軍靴の音はない。

 

その事実が、今夜は少しだけ、優しかった。

第四章 昭和二十三年(1948) 闇市の灯

闇市といふ言葉には、いつも「匂ひ」が先に立った。

 

見えぬものが見えるやうになる匂ひ。腹の底へ手を突っ込まれるやうな匂ひ。煤と汗と、人の欲と恐れが、同じ鍋で煮え立つ匂ひ――。

 

終戦から三年が過ぎた、と誰もが口にする。三年。暦の上では、もう「戦後」などと言ってよい頃なのだらう。けれど私の暮しは、まだ「戦中」の尾を引いてゐた。配給の米は少なく、芋は細く、味噌は薄い。春に芽吹いた若草は、汁の具にもなるが、腹を満たすには足りない。畳はところどころ破れ、障子は貼り直す紙がなく、新聞紙を当てて凌いでゐた。

 

母は、朝起きると必ず言った。

 

「今日は、何が手に入るかねえ」

 

その言葉が、祈りに聞こえた。かつては「必勝を祈る」と言ふ祈りがあった。今は「今日の糧を祈る」祈りになっただけだ。祈りは姿を変へても、祈らねばならぬ日々は変はらない。

 

昭和二十三年の初夏、母は咳をした。咳は最初、乾いてゐた。次第に湿り、夜になると止まらなくなった。胸が鳴り、顔色が土のやうになる。私が湯を沸かし、麦茶を作り、布団を干し、背を撫でても、咳はどこか遠いところで勝手に続いた。

 

「病院へ行かう」

 

私が言ふと、母は首を振った。

 

「金がかかる。薬もないよ」

 

それは、拒むといふより、諦めの言ひ方だった。諦めは、戦後の家庭に深く染みついてゐた。「仕方がない」が合言葉になる。仕方がない、と言へば、泣かずに済むからだ。

 

けれど私は、その夜、母の寝息が途中で詰まり、咳で身体が起き上がるのを見て、腹の底が冷えた。篤志が沈んだ海の冷えが、陸へ這ひ上がってきたやうに。

 

翌朝、私は決めた。闇市へ行く。

 

母は止めた。

 

「百合、あんなところへ行くと……」

 

「あんなところ」――母の目に、闇市は恥であり、危険であり、道を外れる場所として映ってゐたのだらう。戦前の母は「真面目に働けばよい」と言ふ人だった。戦時中の母は「お国のため」と言ふ人だった。戦後の母は「目立つな」と言ふ人になってゐた。目立てば損をする。目立てば狙はれる。目立てば、何かを奪はれる。三年で母は、それを学んだ。

 

私は母の手を握った。

 

「薬だけ。……ほんの少しでいいの。咳が止まるものを」

 

母は返事をせず、私の手を見た。私の指は、土と煤と洗濯で荒れてゐた。若い女の手ではない。けれど、まだ温かい。まだ生きてゐる。

 

母は最後に、小さな溜息を吐いた。

 

「……気をつけておいで」

 

それは許しとも、諦めともつかぬ言葉だった。私は頷き、箪笥の一番下から、着物を一枚引き出した。父が生きてゐた頃の、母のよそゆき。茶色い地に小さな柄。裾は少し擦れてゐるが、まだ布の艶が残ってゐる。

 

母が目を見開いた。

 

「それは――」

 

「これで、薬と米を少し」

 

「売るのかい」

 

「……ごめんなさい」

 

母は何も言はなかった。ただ、着物の袖をそっと撫でた。袖は、母の過去の時間を抱へてゐる。その袖を、私は今日、切り売りしに行く。

 

私は着物を風呂敷に包み、帯紐で固く結び、背負った。それから、ひとつだけ、別のものを取り出した。

 

布包み。桜の押し花。

 

篤志が渡してくれた一片。乾いて薄く、けれど私の胸の底では、いつも熱を持ってゐるもの。

 

闇市の煤と汗にまみれて、これまで汚したくなかった。汚れるのは紙だ。花だ。でも、その汚れが「忘れる」ことに繋がる気がした。私は布包みを、さらに手拭ひの端に包み直し、袖の内側へ忍ばせた。

 

袖は、いつだって女の隠し場所だ。財布も、涙も、恋文も。そして今は――桜一片。

駅前へ近づくにつれ、人の流れが濃くなった。道端に座り込む者。荷を担いで走る者。子どもを背負ふ女。皆、目が早い。足が早い。配給所の列とは違ふ。闇市の列には、遠慮がない。遠慮をしてゐたら、生き延びられないからだ。

 

駅前の空気が、ある地点から変はった。

 

油の匂ひ。焦げた砂糖の匂ひ。煙草の甘い匂ひ。汗の酸っぱさ。煤の粉が、舌に触れるやうなざらつき。

 

店――と呼べぬ、板の上の商ひが並んでゐた。箱をひっくり返した台。古い毛布を敷いただけの地面。その上に、米、芋、乾麺、罐詰、古着、靴、針、糸、石鹸、薬瓶。ありとあらゆるものが、むき出しで、手の届くところに置かれてゐる。「盗られる」より先に「買はれる」ことが勝負なのだ。

 

人々の声が、波のやうに押し寄せる。

 

「米だよ、米!」「砂糖あるよ!」「靴下、安い!」「進駐軍のチョコだ!」「薬、薬ある!」

 

その「薬」といふ声が、私の背を押した。私は人の肩をすり抜けるやうに進んだ。人混みの中では、女は弱い。腕を引かれることもある。声をかけられることもある。女が「物」と一緒に値踏みされる空気が、ここには濃い。

 

私は胸を張らず、視線を上げず、ただ足だけを確かに前へ出した。女の歩き方には、目立たぬための技がある。教へられたわけではないが、皆が身につける。「見られぬやうに歩く」――それが、戦後の若い女の知恵だった。

 

ふと、横から声がした。

 

「ねえ、姉さん。いい着物だね」

 

振り向くと、若い男がにやりと笑ってゐた。髪は油で固め、シャツの襟は汚れ、目だけがやけに光ってゐる。私は答へず、歩いた。すると男は追ひすがるやうに言った。

 

「着物、売りたいんだらう? こっちで見てやるよ。いい値で――」

 

私は足を止め、初めて男を真っ直ぐ見た。

 

「結構です」

 

声は自分でも驚くほど冷たかった。男は肩をすくめ、「ちぇ」と言って去って行った。

 

私の袖の中で、押し花の布包みがかすかに動いた気がした。私は無意識に、袖口を押さへた。守るべきものがあると、身体は勝手に強くなる。

薬を扱ふ者は、奥にゐた。人目を避けるやうに、駅裏の暗い路地。そこでは灯が赤く、煙が濃い。小さな裸電球がひとつ、ぶら下がって揺れてゐた。風が通るたびに、灯が揺れ、影が踊る。その灯の下で、男が瓶を並べてゐた。白い粉。茶色い液体。錠剤。ラベルは剥がされ、何が何だか分からない。それでも人は買ふ。咳が止まるなら。熱が下がるなら。子が泣き止むなら。

 

私は懐から風呂敷の端を出し、そっと示した。

 

「この着物と、替へてほしいのです。……咳の薬を」

 

男は着物の柄を見、袖口を引き、布の厚みを確かめた。手つきが慣れてゐる。値段を言はずとも、これは商ひだ。

 

「咳ねえ」

 

男は鼻を鳴らし、棚の奥から小瓶をひとつ出した。「これだ。効くかどうかは――まあ、運だな」

 

運。母の命が、運。私は喉がひりついた。

 

「運でもいい。……ください」

 

男は私を一瞬見た。その目は値踏みの目でもあったが、同時に、戦後の目だった。誰もが誰かの弱みに触れながら生きてゐる目。

 

「米も要るか」

 

私は頷いた。男は、紙袋に少量の米を入れた。少量でも、白い粒が眩しかった。白い米は、戦後の宝石だった。

 

着物は、あっさり男の手へ移った。母の袖の時間が、闇市の灯の下で別の時間へ渡った。私は胸が苦しくて、息が浅くなった。

 

そのとき、路地の入口で怒鳴り声が上がった。

 

「取締りだ! こら、逃げるな!」

 

警官の声。人々が一斉に動く。まるで水面に石が投げ込まれたやうに、闇市の空気が波立った。

 

「姉さん、こっち!」

 

誰かが私の腕を引いた。振り向くと、さっきの男ではなく、年の近い女だった。頬がこけ、目が大きく、唇が薄い。その女は、私の荷を見て素早く言った。

 

「薬持ってるだらう。見つかったら面倒だ。早く!」

 

私は抵抗する暇もなく、女に引かれて裏道へ走った。走る――戦時中、私は走ることを禁じられ、走れば叱られた。今は走らねば、奪はれる。

 

路地の角を曲がり、瓦礫の陰に身を潜めた。息が荒い。背中に汗がにじむ。煤が喉に入って咳き込みさうになる。私は袖口を強く握り、布包みの存在を確かめた。桜一片は、まだそこにある。

 

女が小声で言った。

 

「慣れてないね。……あんた、真面目な顔してる」

 

「……真面目、ですか」

 

「うん。闇市では損する顔だ」

 

女は乾いた笑ひを漏らした。私は、何と答へていいか分からなかった。真面目――それは母が私に望んだ顔だ。篤志が私に向けてくれた「ご苦労さま」に応へた顔だ。その顔が、ここでは損だといふ。

 

女は私の手元をちらりと見た。

 

「薬、誰の?」

 

「母です。……咳が」

 

女は黙って頷いた。そして、ふっと表情を柔らげた。

 

「……大事にしな。親は、先に逝くから」

 

言葉が胸に刺さった。親は先に逝く。では、恋人は?許嫁は?――先に逝ったのは、どちらでもない「君」だった。

 

私は、反射のやうに袖を押さへた。女はそれを見て、何かを察したのか、これ以上踏み込まなかった。

 

遠くで笛が鳴り、人の足音が走り抜けていった。取締りは、いつも長くは続かない。捕まるのは運の悪い者だけで、闇市そのものは、翌日にはまた息を吹き返す。息をすることを止められないのが、人の腹だからだ。

 

女は立ち上がり、埃を払った。

 

「もう大丈夫。……帰り道、気をつけな。荷、狙はれる」

 

「……ありがとうございます」

 

女は首を振った。「礼なんて、いいよ。生きるのに忙しいんだ」

 

そう言って、闇の中へ消えた。私はその背中を見送りながら、ふと思った。彼女にも、守りたいものがあるのだらうか。袖の中に忍ばせた「何か」が、あるのだらうか。

家へ戻ると、母は布団の中で起きてゐた。顔は青白い。けれど、私の手の中の米袋を見た瞬間、目がわずかに開いた。

 

「……米?」

 

「少しだけ。……それと、薬」

 

私は薬瓶を見せた。母はそれを見て、眉を寄せた。

 

「そんなもの……」

 

「飲んで。お願い」

 

私が強く言ふと、母は黙って頷いた。私は湯を沸かし、薄い湯に薬を垂らした。匂ひは苦い。けれど、苦いことが効き目の証のやうに思へた。

 

母は湯呑を両手で持ち、ゆっくり飲んだ。飲み終へると、少しだけ息が深くなった気がした。それだけで、私は全身の力が抜けた。

 

「百合」

 

母が小さく呼んだ。「着物は……」

 

私は頷いた。母は目を閉ぢ、唇を結んだ。怒りでもなく、悲しみでもなく、ただ「受け入れる」顔だった。受け入れる――それは、戦後の女が覚えた強さだ。

 

「……ごめんなさい」

 

私はまた言った。母は目を閉ぢたまま、かすかに首を振った。

 

「謝らなくていい。……生きるんだよ」

 

その言葉が、今度は命令ではなく、祈りに聞こえた。母は、私を生かしたい。私は、母を生かしたい。その輪が、篤志のいない家を支へてゐた。

 

夜になり、母の咳が少し治まった頃、私は机の前に座った。昼間の闇市の匂ひが、まだ鼻の奥に残ってゐる。煤が髪に絡み、汗が襟元に乾いてゐる。私は手を洗ひ、顔を拭ひ、袖口をそっと開いた。

 

布包みは、汚れてゐなかった。桜の押し花は、薄紅のまま、乾いたまま、そこにあった。

 

私は胸の奥が熱くなり、息をひとつ吐いた。今日一日、私は闇の中を歩いた。値踏みされた。走った。隠れた。母の時間を売り、米と薬を手に入れた。そのどれもが、誇れることではないのかもしれない。けれど、恥ぢることでもない――さう思ひたかった。

 

それでも、ひとつだけ、私には「汚したくないもの」がある。たとへ明日も煤にまみれても、汗に濡れても、腹が空いても。君への思ひだけは、闇市の匂ひに混ぜたくない。混ぜれば、どこかで失くしてしまふ気がするからだ。

 

私は帳面を開いた。紙は、年を追ふごとに私の指の油を吸ひ、少しずつ柔らかくなってゐる。灯は弱い。けれど、言葉を書くには足りる。

 

私は今日の光景を思ひ浮かべた。裸電球の揺れる赤い灯。人の声の渦。煤と汗の匂ひ。そして袖の内側の、薄紅の一片。

 

鉛筆を握り、私は一息に書いた。

闇市の 灯に交ざる匂ひ 煤と汗桜一片 袖に守りぬ

書き終へると、私は袖の中の布包みを、もう一度だけ指で押さへた。守る――といふ言葉は、戦争の頃には「国を守る」だった。今、私が守るのは、たった一片の桜と、たった一人の記憶だ。

 

それは小さい。けれど、小さいからこそ、奪はれやすい。だから私は、袖の中で守る。

 

闇の世に灯るものがあるなら、私の灯は、ここにある。

 
 
 

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