大東・台湾情勢編
- 山崎行政書士事務所
- 6月12日
- 読了時間: 3分
――副題:海峡の挽歌(ばんか)
序章 機密レポート「南の喉元」
2025年秋。防衛省地下の会議室には、冷房の音すら耳につくほどの緊張が漂っていた。壁のモニターには、台北から南下する中国軍の部隊展開図が映し出されている。
「中国東部戦区、第73集団軍、動きが早すぎます。演習レベルを逸脱している」
誰かが呟いた。また別の者が苦々しく付け加える。
「“灰色の戦争”は、もうグレーじゃない」
3ヶ月前。水島亮介が尖閣沖で命を絶った直後から、台湾周辺では中国軍の航空機・艦船の行動が激化していた。東シナ海と台湾海峡はつながっている。尖閣はもはや、“台湾戦線の喉元”に位置する戦術線上の要地と化していた。
そして、日本という国が、否応なく“事の核心”に引き込まれようとしていた。
第一章 台北、眠らぬ都市
台北の夜は、薄い雨に濡れていた。
市街地の交差点には、軍服姿の若者と通勤帰りのスーツ姿の若者が並んで信号を待っている。緊急動員法が発令されてから、大学生や技術者、女性看護師までが予備訓練に駆り出されていた。
彼らは語らない。だが、彼らの目はすでに決まっていた。
台北郊外のある訓練施設。そこで一人の青年が、休憩中にタバコをくわえながらつぶやいた。
「なぜ日本は動かないんですか?」
別の青年が答える。
「日本は平和憲法がある。彼らは“我々の血”の上で中立を気取る」
沈黙。そして一人の女性がぽつりと呟いた。
「でも、日本には“亮介”がいたでしょう?」
名は出ていないはずだった。だが、亮介の最期の映像は、密かに台湾の若者たちの間に共有されていた。
爆破されたゴム艇。海に沈むその姿。そして、誰にも届かなかった最後の叫び。
――天皇陛下、万歳。
誰も翻訳できなかった。けれど、その“声なき意味”だけは、胸に届いていた。
第二章 嘉手納の影
沖縄・嘉手納基地。
深夜、滑走路に並ぶステルス機の翼に、細かい夜露が溜まっていた。米空軍将校たちはブリーフィングルームで、黙々と演習プランを読み上げていた。
「台湾有事は、もはや演習仮定ではない。数週間以内に“偶発衝突”が現実になる可能性がある」
そして、司令官がつぶやく。
「だが日本は、何も言ってこない。まるで“見ざる聞かざる言わざる”だ」
日米安保の限界。それは「言外の期待」と「明文化されぬ失望」によって満たされていた。
その会議の直後。日本政府から一通の非公式文書が届く。
《自衛隊の実働投入には、極めて慎重な政治判断が必要である。日米共同計画は維持されたいが、独立行動は困難》
嘉手納の空気が、1度だけ下がった。
第三章 大東、再び出動
そして「大東」が再び、出動命令を受けた。
任務は、与那国島と宮古島を結ぶ“シーレーンの哨戒強化”。それは形式上の“日本防衛”だったが、実質は「台湾海峡の裏側」だった。
艦橋に立つ新任艦長・加地大尉は、亮介の死を知る者だった。
「水島のような奴がいたから、この船は進む。だから、俺たちが止まるわけにはいかん」
艦内の乗組員は黙って頷いた。
艦内には、亮介のかつての当直服が飾られていた。その袖には、血の染みがあった。
ある若い巡視官がつぶやく。
「彼の声が聞こえるような気がする。“まだ終わっていない”って」
加地はうなずいた。
「ああ。これは、始まりに過ぎない」
終章 海峡を越えて
台湾海峡の夜明け。米艦、台湾艦、中国艦、日本の「大東」。互いに直接砲火を交えず、しかしギリギリの距離で、冷たい視線を投げ合っている。
その中に、亮介の姿はなかった。だが、彼の意志は海を越え、台湾の若者、日本の巡視官、そして戦場を知らぬ政治家たちの良心の奥で、確かに脈を打っていた。
祖国とはなにか。味方とはなにか。正義とはなにか。
そして――死ぬに値するものとはなにか。
それを、誰よりも先に問い、答えを出してしまった若者がいたことを、この海峡の波は知っている。
風が吹く。言葉なきままに、ある祈りを運んで。





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