top of page

安倍川の四季

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月19日
  • 読了時間: 5分


ree

静岡市の真ん中を悠々と流れる安倍川。やわらかな陽光に照らされて、その流れは光をきらきらと反射し、岸辺の人々を優しく迎えてくれます。川べりに住む少年・草太(そうた)は、幼いころから安倍川のそばで育ちました。四季折々に姿を変える川の風景を眺めながら、毎日を過ごしています。

春の安倍川

 春の足音が聞こえはじめると、安倍川沿いの桜並木はあっという間に薄紅色に染まりました。川面に舞い落ちる花びらが、まるで蝶のようにひらひらと流れていきます。その光景を眺める草太は、心が浮き立つような気分になるのでした。

「おーい、草太!」

 友だちの声に振り返ると、岸辺でたくさんの子どもたちが集まって、花びらを追いかけたり、小さな舟を浮かべたりして遊んでいます。春らしくほんのり温かい風が吹き抜け、雪解け水を含んだ安倍川の流れはどこか力強く、その音色が少年たちの胸を躍らせるのでした。

 草太は小さな紙舟を川に浮かべ、桜の花びらと一緒に流れていくのをぼんやりと見つめました。すると、その一瞬、川のせせらぎがまるで言葉のように聞こえるような気がして、草太は耳を澄ませます。

「われらは流れ。雪解けの水を運び、大地に春を呼ぶ。君の心の雪も、やがて溶けるだろう。さあ、目を上げてみるがよい。桜の花は今ここに咲き、風に乗って未来へと舞うのだから。」

 草太ははっとして桜の枝を見あげました。満開の花たちは、まるで新しい始まりを祝福するように川沿いを彩ります。胸の奥がふんわりと温かくなり、草太は未来という言葉にわけもなく心が踊るのを感じました。

夏の安倍川

 やがて季節が進み、空は一面に眩しいほどの青をまといはじめます。静岡の夏は温暖で、湿り気を含んだ風が吹きぬけ、安倍川の水面は日差しを受けてきらめきます。あたりには茶畑の青々とした広がりが遠くに見え、風が運ぶ茶の香りがふっと鼻をくすぐりました。

 草太は靴を脱ぎ捨て、安倍川に足を浸します。ひんやりとした水が肌を刺すように心地よく、いつまでも遊んでいたい気持ちにさせられます。これまでのどの季節よりも力強い川の流れに、小魚たちがさかんに跳ねているのを見つけると、思わず微笑みがこぼれました。

 ところが、川面を眺めていると、流れてくるゴミやプラスチックの破片がちらほら目に入ります。草太は少し胸が痛むような気持ちになりました。

「こんなきれいな川が、いつか汚れてしまったら……」

 そう思ったとき、さざ波が立った水面が、小さくざわめくように草太の声にこたえたようでした。

「もし流れが濁ったなら、魚たちも住みづらくなるだろう。けれど人間の手で守ろうとする心があれば、また清らかな流れを取り戻すことができる。われらは大地と人を結ぶ川。君たちの小さな行いが、大きな力になるのだよ。」

 胸の奥に響くその言葉を受け止めながら、草太は周りに転がるペットボトルやビニール袋を拾い集め、そっと岸辺に置きました。太陽がじりじりと照りつけるなか、それだけでもなんだか川が少し嬉しそうに輝いたように見えたのです。

秋の安倍川

 長く暑かった夏が終わると、空気はしだいにひんやりとしてきます。秋の風が山々を紅葉の色に染め、青々としていた安倍川沿いも黄金色のイチョウや赤く色づいた楓が目を喜ばせます。遠くには富士山が澄んだ空気にいっそうくっきりと輪郭を浮かばせ、頂上付近にはほんのり雪化粧が見え始めました。

 秋の川べりはものしずかです。夏のにぎわいが去って、涼しさとともに、どこか寂しげな空気が漂います。草太は川辺で落ち葉を拾い集め、手のひらにのせて川にそっと流しました。木の葉は彩りを映したまま、水面でくるりとまわりながら流れていきます。

「葉っぱといっしょに流れていくのって、どんな気持ちなんだろう。」

 草太はそんなことをぼんやりと考えました。すると、水面がまたしてもさざめき、風が落ち葉をさらいながらそっとささやきます。

「人の心もまた、季節の移ろいの中を旅する。喜びや悲しみ、出会いと別れ――すべては過ぎていくが、その跡には深い味わいが残る。川の流れに枯れ葉が舞うように、人の心にもふと豊かな彩りが満ちるのだよ。」

 草太は深く息を吸い込みます。黄金色や赤色の落ち葉は、新しい芽を育てるために大地へ帰っていく。そう考えると、儚さのなかに未来への連なりを感じずにはいられませんでした。

冬の安倍川

 やがて冬が訪れ、朝晩には少し冷たい風が吹くようになりました。それでも静岡の冬は比較的温暖で、ときどき柔らかな日差しも差し込むため、川面には凍ることなく水が流れ続けています。

 白くなった富士山がくっきりとそびえ、冬空の青さが際立つなか、草太は川の近くを歩いていました。ふと足をとめると、川原に薄氷の張った小さな水たまりを見つけました。そっと触れてみると、ぱりっと音をたてて氷が割れ、冷たい水があらわに見えます。

「冬って、なんだか静かで、寂しくなることがある。でも、心が凍りそうなときでも、どこかにあたたかな流れがあるのかもしれないな。」

 そうつぶやきながら草太が立ち上がると、遠くから賑やかな声が聞こえてきました。冬の澄んだ空気に響く、年末年始の行事の準備をする人々の声です。しんとした冬の中にも、生命の営みは確かに続いている――。

 やわらかな夕暮れの光が安倍川を淡く照らし、富士山の雪がほんのりと紅色に染まるころ、草太はいつものように川面を見つめました。すると、水の流れは深く落ち着いた音をたてながら、どこかで彼に語りかけます。

「四季は巡り、景色は変わる。それは君の心も同じだよ。輝く春、燃える夏、彩る秋、静まる冬。すべては連続し、いずれまた巡ってくる。その中で、君は少しずつ成長し、やさしさや強さを身につけるだろう。われらは川。君とともに流れ、君とともに在り続ける。」

 草太は小さくうなずきました。幼かったころからずっと見守ってくれた安倍川。その四季の移ろいは、ときに優しく、ときに厳しく、人生の喜びや悲しみを映しているように思えます。

 やがてまた春になれば、桜が咲き、夏はあふれる陽光のもとで川遊びが盛んになり、秋には紅葉が川面を彩り、冬には穏やかな風が流れを澄ませていく。それらをくり返しながら、人も川も成長を重ねていくのでしょう。

 ――こうして草太は、安倍川とともに季節をめぐる毎日のなかで、静岡の穏やかな風土と、その底に流れる深い命の力を感じながら、大人へと一歩ずつ近づいていくのです。

 
 
 

コメント


bottom of page