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富士を仰ぐ首

 日本平の展望地は、風のために設計されているような場所だった。風は高みでしか正体を現さない。平地ではただの移動する空気にすぎないものが、ここでは「意思」の形をとる。幹夫は欄干に近づき、あらためて空の広さを見た。

 富士山は、遠くにあった。遠いということが、すでに尊厳である。近づけば輪郭の粗が見えるものが、遠さゆえに絶対化される。絶対とは、距離の別名かもしれない。

 人々が首を持ち上げる。小さな動作だが、同じ動作が群れで起こると、宗教的な統一が生まれる。喉が伸び、顎が上がり、鎖骨が開き、首筋の皮膚が薄く光を受ける。富士を見るために必要なのは、目ではない。首である。首を差し出す角度こそが、富士への礼儀だ。

 幹夫はその角度に、美を見た。美とは、姿勢である。姿勢とは、命の賭け方である。猫が獲物に飛びかかる前の背筋、舞台で役者が刃を受ける前の胸の張り、武士が「今から死ぬ」ことを決めた瞬間の頸の伸び――それらはみな、ひとつの線を共有している。

 首を仰ぐという行為には、脆さがある。動脈が露出し、呼吸の通り道が晒される。人間が人間である以上、首は弱点であり続ける。弱点を差し出してしまう姿勢に、人は奇妙な誠実さを感じる。富士はそれを要求しているのだ、と幹夫は思った。富士は剣のように立っている。剣を仰ぐ者は、自然に首を差し出す。剣は、眺めるだけで身体の倫理を変える。

 幹夫も首を上げた。顎をわずかに引き、頸の後ろを伸ばす。最も美しい角度を探る。美しい角度は、最も危険な角度に似ている。喉に風が当たり、皮膚の下で脈が打つのがはっきりわかった。脈は、生命の主張であると同時に、生命の弱さの告白でもある。そこへ刃が触れれば、すべてが終わる――その単純さが、ひどく美しい。

 彼は思わず笑いそうになった。現代人は死を避けるために生きているような顔をして、絶対美の前では、いとも簡単に「死の姿勢」をとる。観光客の首は、無意識に儀礼を完成させている。誰もそれを危険だとは思わない。危険が見えないから、姿勢だけが純粋になる。純粋な姿勢ほど、残酷なものはない。

 富士は動かない。動かないものは、いつも勝つ。動く者は疲れ、衰え、妥協する。動かないものは、ただそこにあることで、他者に要求を突きつける。「お前の姿勢を整えよ。お前の首を正しく差し出せ。」そう言われているような気がした。

 幹夫は、自分の首を意識した。首は、精神のための支柱だと信じてきた。しかしいま首は、精神ではなく、美のための支柱になっている。美のための支柱――それは、いつでも犠牲のための柱に変わり得る。絶対美は、代償を求める。代償を求めない美は、ただの装飾だ。富士が装飾にとどまらないのは、そこに「切先」の気配があるからだ。

 幹夫は胸の奥で、ひとつの倒錯を認めた。首を差し出す姿勢が、怖いのではない。むしろ、その怖さの中でしか完成しない美しさに、惹かれてしまうことが怖いのだ。死の象徴を身にまとった瞬間、人間の姿勢は清められる。清められることが、あまりにも甘美に思える。

 彼はゆっくり顎を下ろした。首を戻す動作は、醒めることに似ていた。人は美を見たあと、必ず現実へ戻らなければならない。現実へ戻るとは、首を守ることだ。喉を隠し、顎を引き、脈を意識しないふりをすることだ。

 しかし、戻っても残るものがある。首の皮膚に当たった風の冷たさ。脈の確かさ。そして一瞬だけ、富士を仰いだときに身体が作った、死に似た美しい線。

 幹夫は最後にもう一度だけ、富士を見上げた。今度は、ほんのわずか。さっきほど首を晒さない。だが富士は同じように立っている。立っているだけで、こちらの姿勢を測っている。

 絶対美は、眺める者に「首」を要求し続ける。

 その要求から逃げられないことを、幹夫は、どこかで喜んでいる自分を感じながら、欄干から離れていった。

 
 
 

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