帰ってきたコメント — 二ヶ月の暗い画面(長編フィクション)
- 山崎行政書士事務所
- 9月20日
- 読了時間: 7分
— 2024年6月の「KADOKAWA/ニコニコ」大規模サイバー攻撃:データセンター内サーバへのランサムウェア、攻撃者のリブート介入→物理断、長期停止と“Re:仮”運用、6/27にBlackSuit名乗り・1.5TB流出を示唆、8/5「帰ってきたニコニコ」で段階再開、8/5〜6にかけて個人情報254,241人の外部流出を公表(内18万6千人が角川ドワンゴ学園関係)、「原因はフィッシングの可能性」とした一次報告——を骨格にした創作
00|土曜 03:32 コメントのない画面
土曜の未明、ニコニコの配信卓には、めずらしくコメントが一行も流れていない黒い画面が映っていた。夏芽は運用モニタの隅にある薄い脈を指で追う。同じ秒間隔で、同じ宛先へ短い吐息が続いている。WAFもFWも緑だ。SIEMは眠たそうだ。なのに、この呼吸だけが綺麗すぎる。
「出していないのに、出ている。」
データセンターの専用ファイル群が、遠隔で停止の指示を受けても勝手に起き上がる。だれかがリブートの手を、こちらの指より速く差し込んでいる。
夏芽は、電話の短縮を押した。
「山崎行政書士事務所に、最短で。」
01|03:51 “止める/伝える/回す”
静岡・山崎行政書士事務所。白板の前で**律斗(りつと)**が太いペンを走らせる。
止める/伝える/回す
止める:対象サブネットを電源を落とさずにネットワーク隔離。Outboundは白(許可宛先のみ)に絞る。RAMダンプ/ディスク像/KMS・ID発行ログを一方向に吸い上げる。常時特権はゼロ、必要時だけ(JIT)で短期貸与。“遠隔停止を破って再起動”の挙動があれば、物理断(通信・電源)を段取りしておく。
伝える:三文で経営/広報/所管連絡窓口に同報。“事実”(データセンター内のサーバ障害/規則的な越境通信/隔離実施)と**“可能性(仮説)”(ランサムウェア/横展開/持ち出し)を段落で分ける**。正午/17時に時刻更新。文頭に**「支払い先変更メールは無効」**。
回す:全サービス停止の方針で**“Re:仮”の最小機能を別箱で立ち上げる。紙の手順+口頭復唱に現場運用を落とし、注文/会計/連絡の線を一本**ずつ確保する。
りなが頷く。「72時間の所管報告を回します。“声は鍵”(折り返し+二名承認)、全窓口に。」
奏汰(そうた)は構成図に赤を走らせる。「専用ファイル群。動画/生放送/学園の別島が同じ倉に入ってる。止めるなら倉ごとだ。」
悠真(ゆうま)は短く言う。「“正しい顔をした別人”が門を抜けてる。遠隔停止を踏み越える手癖だ。」
受付の**白い猫(やまにゃん)**がしっぽ(Type‑C)を光らせ、札を揺らす。
「遅いけど確実。」
02|04:40 物理の手
遠隔停止の指示が通るたびに、数秒間の静寂。しかし誰かが向こう側で電源の糸を軽く引くように、サーバは勝手に再起動する。律斗は紙に二重線を引いた。
「落ち着いて、抜く。」
通信線を物理で切り、電源を段取り順に落とす。証跡はWORMの二経路に流し込み、“戻る道”を残す。ニコニコは暗い画面になった。コメントが流れない黒は、広報の喉元にも冷えを運ぶ。
03|午前 初動の三文
ふみかが一次報の三文を置く。
事実:データセンター内サーバにて広域障害。規則的な越境通信を検知し、関係セグメント隔離/Outbound白化/証跡保全/JIT特権化を実施。リブート介入が確認されたため一部サーバを物理断。影響(現時点):当社ウェブ群/ニコニコ各サービスは長期停止の可能性。クレジットカード情報は社内非保持。対応:法執行機関・関係当局と連携、外部専門家と調査中。次報 17:00。
怒号はある。けれど、時刻が不安の終わりを作る。りなは広報台本の主語を太くする。
「当社は、いつ、何を、どう変えるか。」「帰属(誰がやったか)は当社が言わない。公的発表に歩調を合わせる。」
04|六月後半 “Re:仮”という細い橋
暗い画面に、仮の息が戻る。「ニコニコ生放送(Re:仮)」——ログイン不要の最小機能。コメントはまだ薄い。再開まで一ヶ月以上と見込みながらも、声の細い橋を一本掛ける。夏芽は紙の台本を机に並べ、名寄せと連絡線を刻む。
蓮斗(れんと)が白板に数字を書く。
MTTD(検知):47分(越境通信とサーバの挙動相関)
一次封じ込め:78分(隔離/白化/証跡保全/物理断)
一次影響:ニコニコ/出版社系システム/会計・物流の停止
所管報告:完了(継続)
悠真が付け足す。「“暗号化”は花火。本体は**“持ち出し”。止めると戻るの二本立て**でいく。」
05|六月二十七日 黒い名乗り
暗号掲示板に、黒い名乗りが出る。BlackSuit。1.5TBの窃取を主張し、期限を置く。りなは会見台本の二段落を崩さない。
確認された事実:攻撃者を名乗る組織の声明を把握し、法的措置の準備。二次流出と見られる主張を継続調査。
未確定(継続調査):主張データの真正性と範囲。
混ぜない。言い切る。謝るときは主語を最初に置く。
06|七月 “出版”も止まる
本の箱が詰まる。注文の受けは止まり、出荷が遅れる。決済の一部が滞り、関係先に電話が増える。夏芽は経理の紙伝票に時刻を押し、“戻れる道”を作る。やまにゃんが札を揺らす。
「速さは、戻れるときだけ味方。」
07|八月五日 帰ってきたニコニコ
午後三時、ニコニコが帰ってきた。新バージョン名は——「帰ってきたニコニコ」。パスワードの再設定を全員に求め、二段階認証の設定を強く勧める。画面には新しいレイアウト、コメントが白い雨のように戻る。夏芽は最初のコメントが走る瞬間を、黙って見届けた。
08|八月五日〜六日 数字になる
一次報告が数字を持つ。外部流出が確定した個人情報は、254,241人。内、角川ドワンゴ学園(N高/S高など)関係が186,269人。応募者/取引先クリエイター/元従業員も含まれる。クレジットカード情報は社内非保持で対象外。原因はフィッシングの可能性——結論ではなく可能性として置く。
蓮斗が白板に更新を書く。
確認済み(累計):254,241人
主要構成:学園関係 186,269/クリエイター・取引先/応募者/元従業員
決済情報:非保持(対象外)
原因:フィッシングの可能性(一次報告)
りなは封書の文面を整える。“確認済み”と“可能性”を混ぜない。宛名に時刻を押し、折り返し回線を太くする。
09|“二つの森”を分ける
奏汰は二つの森を太い線で区切る図を描いた。
“見る鍵/運ぶ鍵/署名する鍵”を分離。
常時特権ゼロ、JITの短貸与。
越境の呼吸はSOC、端末の微熱はEDR。
Outboundは白だけ、DNSは未知を即死。
証跡はWORMで二経路、“戻る道”を先に作る。
“同じ倉”にあった異なる島(動画/出版/学園)の境界を資本の線と同じ位置に揃える。
悠真は空の箱に既知良品だけを載せ直す。古い箱は凍らせ、道は記録で塞ぐ。
10|講堂 “三つの時計”と三行
現場の時間(配信/出版/学園)
規制の時間(継続報告/個人情報通知)
経営の時間(信頼/費用/再発防止)
りなは三行で締める。
言い切る(事実と可能性を同じ文に置かない)期限を付ける(例外は48時間で自動失効)二重に確かめる(自動の前後に**“人の10分”**)
やまにゃんが静かに札を揺らす。
「速さは、戻れるときだけ味方。」
11|エピローグ 黒から白へ
黒い画面に、白いコメントがもう一度戻ってくる。「888888」が流れ、「おかえり」が重なり、夏芽は胸骨の裏に残っていた冷えがやっと溶けるのを感じた。便利は刃にもなる。戻れる速さは、紙と時刻と二重の鍵に宿る。次に歌い直す箱は、短くて、太い。
—— 完
参考リンク(URLべた張り/事実ベース・一次情報/主要報道・技術整理)
※物語はフィクションですが、骨格(データセンター内サーバへのランサムウェア/遠隔停止へのリブート介入→物理断/長期停止と“Re:仮”運用/6/27 BlackSuit名乗り・1.5TB主張/8/5「帰ってきたニコニコ」で段階再開/8/5〜6にかけて254,241人の外部流出確定とフィッシングの可能性**)は下記に基づいています。
主な点:KADOKAWA公式(6/14二報:ランサムウェア確認/遠隔停止→物理断、7/2「犯行声明・追加流出主張」への見解、7/3情報漏えいの可能性通知、8/5「254,241人」の確定報告)、グローバル特設ページ(全体経過)、ASCII.jp(“1から作り直す”/Re:仮/復旧見通しの報道)、ドワンゴの復旧と再開告知(7/26・8/5)、朝日(AJW)の追加流出主張の報道、およびWikipediaのまとめページを併記しました。


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