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斑鳩の木肌

法隆寺へ行く、と言ったとき、私は自分が何を求めているのか分かっていなかった。古いものを見れば、古さが私を赦すだろう、とでも思ったのかもしれない。赦しは甘い。甘いものは腐る。腐った赦しの上で、人は何度でも自分の怠惰を磨いてしまう。

冬の斑鳩は、空が低い。低い空は、言い訳の居場所を奪う。言い訳は高いところに逃げたがるからだ。私は駅から歩き、民家の屋根の間を抜け、土の匂いのする道を進んだ。土の匂いは正直だ。正直な匂いほど残酷だ。都会の乾いた匂いで固めた私の胸を、いとも簡単にほどいてしまう。

中門をくぐった瞬間、空気が変わった。人間の時間が、木の時間に負ける。負けるという感覚が、妙に気持ちいい。気持ちいい屈服ほど危険なものはない。人は屈服に酔うと、他の何かを支配したくなる。

五重塔は、思ったより小さく見えた。小さいのではない。私の目が、東京の大きさに毒されているのだ。塔は、すべてを誇示する形をしていない。誇示しない美しさほど怖い。誇示しない美しさは、こちらの内側を容赦なく照らす。焦げ茶の木肌が、冬の日にわずかに光り、その光は金属の光ではなく、汗を乾かした皮膚の光に似ていた。千年の木が皮膚を持つ。皮膚を持つものは、傷を持つ。傷は生の証拠だ。

私は自分の掌を見た。指先は、書類と画面を撫でる癖だけが残り、何かを「掴む」力が薄れている。薄れるということが、こんなにも恥ずかしいとは思わなかった。恥は、生きる側の感情だ。恥がある限り、私はまだ人間でいられる。

回廊を歩くと、柱の一本に、微かな継ぎ目が見えた。木が木に縫い合わされている。縫い合わされた肌は、傷跡を隠そうとしない。隠さない傷跡ほど、誠実だ。誠実さは救いではない。誠実さは、ただ長く続く。

その継ぎ目のそばで、年老いた職人が一人、腰を落としていた。白い手袋が汚れている。白は潔白ではない。白は、汚れを引き受ける覚悟の色だ。職人は鑿を持ち、木屑を払う動作を、まるで儀式のように繰り返していた。反復は秩序に似る。秩序は安心に似る。安心に似たものほど危険だ——だが、ここではその危険が、かろうじて人を支えている。

私は声をかけた。

「……直しているんですか」

職人は顔を上げずに言った。

「守っとるんや」

守る。その語は甘い。甘い語は、すぐ英雄譚になる。私はその甘さを警戒しながら、次を待った。

職人は鑿を置き、ようやくこちらを見た。目は乾いている。乾いた目は泣かない。泣かない目は、言葉を選ばない。

「守るいうのはな、壊すことや。悪いとこを壊して、入れ替える。放っといたら、全部まとめて壊れる」

壊すこと。守ることが壊すことだという逆説が、私の胸の中のどこかを冷やした。冷たさは正しい。正しい冷たさが、私の中の安易な憧れを叱った。

「古いまま残す、いうのは嘘やで。古いままに見えるように、毎日どっかで新しくしとる」

そう言って職人は、木屑を払った。木屑は軽い。軽い屑が、千年を支える。軽いものほど残酷だ。軽いものは、責任の顔をしない。

私はその言葉を、喉の奥に沈めた。沈めた言葉は、後で必ず浮いてくる。浮いてくるとき、匂いを持つ。匂いを持った言葉ほど、こちらを離さない。

金堂の前に立つと、私は不意に、父の背中を思い出した。父は木工をしていたわけではない。ただ、何か壊れれば黙って直す男だった。直すという行為が、父の愛情だった。愛情は言葉で語ると腐る。腐った愛情ほど厄介なものはない。だから父は語らなかった。語らないことで、家の柱になった。

だが柱は、いつか傷む。傷んだ柱は、語らずに傾く。

父はいま入院している。「行く」と言いながら、私はまだ行っていない。忙しさは免罪符に似る。免罪符は、罪の臭いを消す。臭いが消えれば、罪は次の罪を呼ぶ。私は自分の胸が、いつの間にか無臭になりつつあるのを恐れている。

金堂の内は薄暗く、外の冬の白が、木の間から刃のように差し込んでいた。薄暗さは、物を見るのではなく、物に見られる感覚を与える。私は仏像の顔を見た。顔は微笑んでいるようで、しかし微笑みは人間の微笑みではない。人間の微笑みは、必ずどこかで媚びる。仏の微笑みは媚びない。媚びない微笑みほど恐ろしいものはない。媚びない微笑みは、こちらの弱さをそのまま置き去りにする。

壁の奥に、焼けた絵の記憶があると聞いたことがある。火。火は美しい。美しい火ほど危険だ。美しさは、破壊に意味を与えたがる。意味は麻酔だ。麻酔を欲しがる者は、また火を呼ぶ。

私は自分の中の火を嗅いだ。焦げるほど大きな火ではない。もっと卑小で、もっと執拗な火——「取り返せるはずだ」という甘い火だ。甘い火は腐る。腐った火は、いちばん身近なものを燃やす。

外へ出ると、空は相変わらず低かった。私は回廊の柱に掌を当てた。木は冷たい。冷たさは正しい。けれど、冷たい木の奥に、わずかな温度があるのを感じた。木は生きていない。だが生きていない木ほど、人間の生の嘘をよく知っている。

私は携帯を取り出した。画面は白い。白は潔白ではない。白は、言葉を強要する色だ。父の病室の番号を押す指が、少し震えた。震えは恐怖ではない。恐怖に似た感情移入だ。相手の喉の怖さが、こちらの喉にも移っている。

呼び出し音が鳴った。鳴る間、私は五重塔を見上げた。塔は、倒れそうで倒れない。倒れないのは強さではない。倒れないために、どこかが常に直されているからだ。直されるということは、壊されるということだ。壊されるということは、生き延びるということだ。

父が出た。声は少し掠れていた。掠れは、喉が生きている証拠だ。私はその掠れに、どうしようもなく胸を刺された。

「……もしもし」

私は言った。

「俺。いま、法隆寺に来てる」

それは報告でも、言い訳でもなかった。ただ、木の時間に負けた人間が、いま自分の時間を取り戻そうとして吐いた、最初の息だった。

父は短く笑った。薄い笑いだった。薄い笑いは照れの仮面だ。

「そうか。……寒いやろ」

その一言で、私は分かった。父はまだ、守っている。守るというのは、壊すことだ。父の体は壊れつつあるのに、言葉の形だけは、壊れぬように継いでいる。

私は答えた。

「寒い。でも、来てよかった。……帰りに、寄る」

寄る、という語は軽い。軽い語のくせに、今日の私には重かった。重い語を口にしたとき、人はようやく自分の体温を取り戻す。

電話を切ると、風が回廊を抜けていった。風はどこまでも無関心だ。無関心は残酷だ。残酷だからこそ正しい。私はその正しさの中で、もう一度だけ柱の木肌を撫でた。

木は、完璧ではない。完璧でないから千年を生きる。傷を隠さないから、倒れない。そして私は、完璧になろうとする癖を、ほんの少しだけ恥じた。

法隆寺を出るとき、石畳の上に、自分の影が落ちていた。影は細く、冬の光に鋭く伸びている。伸びる影は、いつか溶ける。溶けるものほど後に残る。

私は歩いた。美しく歩こうとは思わない。立派に生きようとも思わない。ただ、木肌の冷たさと、出汁の匂いと、父の掠れた声を、消さぬまま持ち帰る。消さないことだけが、古いものを古いままに見せるための、私の小さな修理なのだと思いながら。

 
 
 

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