新茶の丘の銀河先生
- 山崎行政書士事務所
- 5月8日
- 読了時間: 14分

五月になると、丘は香りを持ちはじめる。
それは花の匂いではなかった。雨の匂いでも、土だけの匂いでもなかった。もっと青く、もっと澄んでいて、けれどどこかに淡い苦みを含んでいる。摘まれたばかりの茶の若葉が、昼の光と人の手の温度を抱いたまま、夜になって静かに息を吐く。その息が丘を越え、村の屋根を撫で、幹夫の枕元まで届くのだった。
村の人たちは、その丘をただ「上の茶畑」と呼んでいた。
けれど幹夫は、ひそかに「新茶の丘」と呼んでいた。
そこでは五月だけ、茶畑が海よりも深く、空よりも近くなる。昼には若葉が風に波立ち、夜には露が星を映す。畝の曲線は山裾へゆるく流れ、頭上には淡い銀河が横たわる。地上の緑と空の白い光が、丘の上でひそかに向かい合う。
幹夫は十二歳だった。
人より少しだけ、胸の中の水面が揺れやすい少年だった。友だちの笑い声に混じる小さな棘や、先生がため息をついた後の教室の冷たさや、父が疲れている夜に湯呑みを置く音の硬さまで、幹夫の胸にはすぐ届いてしまう。
父はそんな幹夫に、ときどき言った。
「何でも気にしすぎると、疲れるぞ」
その声は叱る声ではなかった。父は幹夫を心配しているのだった。けれど幹夫には、気にしないということがどういうことなのか、よく分からなかった。
風が吹けば茶の葉は揺れる。
雨が降れば土は匂う。
人の声が少し沈めば、心はそれを聞いてしまう。
それは幹夫にとって、止めようのないことだった。
母が生きていたころ、幹夫はその感じ方を恥ずかしいとは思わずにいられた。
母は茶畑で、よく不思議なことを言った。
「幹夫の心は、茶の若葉みたいね」
「薄いってこと?」
「薄いのは悪いことじゃないわ。薄い葉ほど、光を通すのよ」
母は去年の冬に亡くなった。
雪の降らない、ただ冷たい日だった。病院の白い壁、消毒液の匂い、細くなった母の指。幹夫はその手を握っていたのに、言いたいことをほとんど言えなかった。
ありがとう。
行かないで。
また新茶の丘へ連れていって。
僕の心が揺れすぎることを、もう一度笑わずに聞いて。
どの言葉も喉の奥で凍り、声にならなかった。
五月が来て新茶の香りが村を満たすと、母の不在はいっそう濃くなった。母がいたころと同じように茶畑は輝く。若葉は伸びる。製茶場から蒸気が立つ。祖母は急須に湯を注ぐ。父は無口に畑へ出る。
世界は、母がいなくても五月になる。
そのことが、幹夫には少し残酷に思えた。
ある日の学校で、担任の先生が黒板に大きく書いた。
――わたしの好きな先生。
「作文の題です。学校の先生でも、家族でも、近所の人でもかまいません。自分に何かを教えてくれた人について書きましょう」
教室はすぐにざわめいた。
「ぼく、体育の先生にする」
「おばあちゃんでもいいの?」
「塾の先生は?」
幹夫は白い原稿用紙を見つめた。
好きな先生。
母のことを書こうかと思った。母は幹夫に、茶の若葉が光を通すことを教えてくれた。露には夜が眠ることを教えてくれた。香りは見えない手紙だと教えてくれた。
けれど、母のことを書くのは怖かった。
紙に書いた瞬間、母が「思い出」になってしまう気がした。思い出という言葉の中へ、母の声も、手の温度も、茶畑で笑った横顔も閉じ込められてしまう気がした。
それに、読まれるのも怖かった。
誰かが軽く「変だ」と言ったら。
先生が赤ペンで「よく書けました」とだけ書いたら。
自分の胸の柔らかいところが、教室の明るすぎる光の下にさらされてしまう。
幹夫は鉛筆を置いた。
何も書けなかった。
その日の放課後、幹夫はまっすぐ家へ帰らず、新茶の丘へ向かった。
夕方の茶畑は、昼と夜のあいだの色をしていた。若葉の緑は西日に透け、畝の上に金色の縁を持っていた。遠くの製茶場からは、蒸された茶葉の青い香りが流れてくる。
幹夫は丘のいちばん上まで登った。
そこには古い柿の木が一本あった。母がよく休んでいた場所で、根元には平たい石が置かれている。幹夫はその石に腰を下ろし、原稿用紙を膝に広げた。
何も書けない。
白い紙は、夕暮れの光の中で少しまぶしかった。
「先生なんて、書けないよ」
幹夫は小さくつぶやいた。
すると、柿の木の葉がさわりと揺れた。
風かと思った。
けれど次の瞬間、茶畑の向こうから、かすかなチョークの音がした。
かり、かり、かり。
幹夫は顔を上げた。
新茶の丘の上に、黒板が立っていた。
もちろん、昼間にはそんなものはなかった。けれど今、畝の端に一枚の黒板があり、その表面には銀色の粉が散っていた。黒板の足元には、茶の若葉が机のように並んでいる。空は深い藍色へ変わりはじめ、最初の星がひとつ、山の上に灯っていた。
黒板の前に、人が立っていた。
長い外套を着た、年齢の分からない人だった。髪は白いというより、星明かりを含んだ銀色をしている。目は深く、穏やかで、笑っているようにも、遠いものを見ているようにも見えた。手にはチョークではなく、細く乾いた茶の枝を持っていた。
その人は黒板に、ゆっくり文字を書いた。
――新茶の丘の夜間教室
――本日の先生 銀河
幹夫は息をのんだ。
「銀河先生……?」
その人は振り返った。
「はい」
声は、遠くの川の音と、茶の湯気が立つ音を合わせたようだった。
「君が幹夫くんですね」
「どうして僕の名前を知っているの」
「新茶の丘に来る子の名前は、茶の葉が教えてくれます」
幹夫は茶畑を見た。
若葉が風に揺れていた。まるで本当に、さっきまで何かを話していたようだった。
「あなたは、人間の先生?」
幹夫が尋ねると、銀河先生は少し笑った。
「人間だったこともあるかもしれません。星だったことも、湯気だったことも、誰かの言えなかった言葉だったこともあります」
「分からない」
「そうですね。分からないことを急いで分かろうとしなくてもいい。夜の授業は、そこから始まります」
銀河先生は黒板に新しい文字を書いた。
――第一時間目 遠い光について
黒板の銀色の粉が、星のように瞬いた。
「幹夫くん、星の光はいつ届くか知っていますか」
「今、光っているんじゃないの?」
「見えている光は、遠い昔に星を出発したものです。星によっては、何年も、何十年も、もっと長い時間をかけて、ようやく君の目に届きます」
幹夫は空を見上げた。
星が増えていた。山の上には、薄い銀河が白く流れはじめている。
「じゃあ、僕が今見ている星は、今の星じゃないの?」
「今の星でもあり、昔の星でもあります」
銀河先生は言った。
「届くものには、時間がかかることがあるのです」
幹夫の胸が小さく痛んだ。
「言葉も?」
「言葉もです」
銀河先生は幹夫を見た。
「君には、届かなかったと思っている言葉がありますね」
幹夫はうつむいた。
母に言えなかった言葉。
病室で凍ったままの言葉。
ありがとうも、さようならも、怖いよも、全部。
「言えなかった言葉は、もう遅いんでしょう?」
幹夫は小さく言った。
「遅い言葉は、消えた言葉ではありません」
銀河先生の声は静かだった。
「星の光のように、遠回りして届く言葉もあります。紙に書かれてから届く言葉もある。涙になって土に落ち、茶の根を通り、香りになって戻る言葉もある」
幹夫は息を止めた。
「お母さんに、届く?」
「届く形は、君が思っている形とは違うかもしれません」
銀河先生は黒板に、星と茶の葉を描いた。
「遠くのお母さんへ届くこともあるでしょう。けれど、君の中に残っているお母さんへ届くこともあります。どちらも大切な配達先です」
幹夫の目が熱くなった。
銀河先生は、もう一つ文字を書いた。
――第二時間目 新茶の香りについて
夜の茶畑から、青い香りが立ちのぼった。
銀河先生は茶の若葉を一枚摘むでもなく、ただ指先を近づけた。すると若葉のまわりの空気が淡く光り、香りが目に見える線のように空へ昇った。
「香りは、見えない記憶です」
先生は言った。
「新茶の香りには、若葉が受けた光、耐えた寒さ、抱いた露、人の手の温度が入っています」
幹夫は深く息を吸った。
新茶の香りが胸に入る。
青く、甘く、少し苦い。
そこに、母の手ぬぐいの匂いが混じった気がした。台所で湯を沸かす母の背中。茶畑で笑う母の横顔。髪に触れた指の温かさ。
幹夫は目を閉じた。
「お母さんの匂いがする」
「はい」
銀河先生は頷いた。
「香りは、忘れたと思っていたものを、責めずに戻してくれます」
「責めずに?」
「そう。思い出しなさい、と命令しない。ただ、ここにありましたよ、とそっと開いてくれる」
幹夫は胸に手を当てた。
母のことを思い出すと苦しい。けれど香りの中で戻ってくる母は、幹夫を責めなかった。泣けなかったことも、言えなかったことも、ただ静かに包んでくれる。
「僕は、忘れたくない」
幹夫は言った。
「でも、ずっと覚えているのも苦しい」
「茶の若葉は、若葉の形をいつまでも保ちません」
銀河先生は言った。
「摘まれ、蒸され、揉まれ、乾かされ、茶になります。若葉であったことを失うのではなく、香りに変えるのです」
「思い出も?」
「思い出も、香りになることがあります」
その言葉は、幹夫の胸に深く沈んだ。
思い出をそのまま持っていようとすると、胸が重い。けれど香りになれば、少しずつ外へ流れ、誰かにも届くのかもしれない。
銀河先生は黒板に三つ目の文字を書いた。
――第三時間目 薄い心について
幹夫は少し身を固くした。
先生は茶の若葉を一枚、光に透かして見せた。
葉脈が細く浮かび、向こう側の星明かりが淡く通っていた。
「幹夫くん、薄い葉は弱いと思いますか」
「すぐ破れそうだから」
「そうですね。傷つきやすい」
先生は若葉を畑へ戻すように、そっと指を離した。
「けれど、光を通します」
幹夫は母の言葉を思い出した。
薄い葉ほど、光を通すのよ。
「お母さんも、そう言ってた」
「では、よい先生でしたね」
銀河先生は言った。
その一言で、幹夫の胸が震えた。
母は先生だった。
学校の先生ではない。けれど幹夫に、世界の見方を教えてくれた。若葉の見方、露の見方、悲しみを抱えたまま空を見る方法。
「でも、僕の心は薄すぎる」
幹夫は言った。
「すぐ痛くなる。友だちに笑われても、父さんに少し言われても、胸がずっと痛い。そんなの、弱いだけだと思う」
銀河先生は黒板に、ゆっくり円を描いた。
それは湯呑みにも、星にも、心にも見えた。
「痛みやすい心は、たしかに疲れます」
先生は言った。
「しかし、傷つきやすい心は、傷ついたものを見つけることがあります。揺れやすい心は、風の向きを知ります。薄い心は、遠い光を受け取ります」
「でも、どうしたら壊れないの」
「光を入れたら、外へ出すことです」
「外へ?」
「言葉にする。絵にする。誰かのそばに黙って座る。茶を淹れる。手紙を書く。泣く。そうやって、受け取ったものを少しずつ流していく」
幹夫は原稿用紙を見た。
白い紙。
何も書けなかった紙。
「作文も?」
「はい」
銀河先生は微笑んだ。
「作文は、小さな急須のようなものです。胸に溜まったものを、少しずつ注ぐためにあります」
幹夫は原稿用紙を握った。
書くのが怖かった。
けれど、書かないままでは胸の中で言葉が硬くなることも、少し分かっていた。
銀河先生は黒板に最後の文字を書いた。
――終礼 先生とは何か
「幹夫くん。君は、好きな先生について書けないと言いましたね」
「うん」
「先生とは、教壇に立つ人だけではありません」
銀河先生は茶畑を見渡した。
「新茶の丘も先生です。毎年、形を変えることを教える。茶の若葉も先生です。薄くても光を通せることを教える。露も先生です。短い時間でも空を映せることを教える。お父さんも先生です。言葉が少なくても、土を守る手があることを教える。おばあさんも先生です。待つことと淹れることを教える」
幹夫は静かに聞いていた。
「そして、お母さんも先生です」
銀河先生の声が、夜の丘に深く響いた。
「君に、感じることを恥じなくていいと教えた。悲しみを香りに変える道を教えた。今も、その授業は続いています」
幹夫の涙がこぼれた。
泣くつもりはなかった。
けれど涙は頬を伝い、原稿用紙の端に一粒落ちた。白い紙に小さな丸い跡ができた。それは、茶の葉の露のようだった。
銀河先生はそれを見て、静かに言った。
「よいインクです」
「涙が?」
「はい。涙で始まる作文は、嘘をつきにくい」
幹夫は袖で顔を拭った。
「僕、書けるかな」
「書けるかどうかではなく、まず一行だけ注ぎなさい」
銀河先生は空を見上げた。
銀河は、さっきより明るく見えた。茶畑の香りが空へ昇り、星の光が丘へ降りている。そのあいだに幹夫は立っていた。
銀河先生の姿が、少しずつ薄くなりはじめた。
「もう行くの?」
「夜の授業は、長く続けると朝が困ります」
「また会える?」
「新茶の丘で、君が本当に学ぼうとするとき、私はいます」
「どこに?」
銀河先生は黒板を指した。
黒板はもう薄れて、茶畑の闇に溶けはじめている。
「星明かりの中に。湯気の中に。お母さんの言葉の中に。そして、君が書く一行目の中に」
風が吹いた。
黒板の銀色の粉が舞い上がり、夜空へ帰っていった。銀河先生の姿も、その粉とともに茶畑の香りの中へほどけていく。
最後に、声だけが残った。
「幹夫くん。薄い心を、乱暴に扱わないでください」
そして、すべてはいつもの新茶の丘に戻った。
幹夫はしばらく動けなかった。
膝の上には原稿用紙がある。涙の跡が一つ、星のように滲んでいた。
幹夫は鉛筆を持った。
手は震えていた。
けれど、その震えを止めようとは思わなかった。震える手には、夜の風が入っている。銀河先生の声が入っている。母への言えなかった言葉が入っている。
幹夫は、一行目を書いた。
――ぼくの好きな先生は、新茶の丘の銀河先生です。
書いた瞬間、胸の中で何かがほどけた。
続けて書いた。
――銀河先生は、学校にはいません。五月の夜、新茶の丘にいます。
――黒板は夜空で、チョークは星の粉で、教室は茶畑です。
――先生は、遠い星の光が遅れて届くように、言えなかった言葉も遅れて届くことがあると教えてくれました。
――新茶の香りは、見えない記憶だと教えてくれました。
幹夫は一度、空を見上げた。
星が静かに光っていた。
また書いた。
――ぼくの母は、去年亡くなりました。
――母も先生でした。
――茶の若葉は薄いから光を通すと教えてくれました。
――ぼくの心も薄くて、すぐ痛くなります。
――でも、銀河先生は、薄い心は遠い光を受け取れる心だと言いました。
涙がまた浮かんだ。
けれど今度は、紙に落ちる前に、幹夫は深く息を吸った。
新茶の香りが胸に入った。
青く、甘く、少し苦い。
それから、続きを書いた。
――ぼくは、強くなるということは、何も感じなくなることだと思っていました。
――でも、そうではないのかもしれません。
――感じたものを、言葉や香りややさしさに変えて、誰かへ少しずつ渡せるようになることかもしれません。
幹夫は、父のことも書いた。
――父はあまり話しません。
――でも、茶の葉を見る手はとても静かです。
――父も、ぼくには見えないことを畑から学んでいるのだと思います。
――いつか父の授業も、少しずつ聞けるようになりたいです。
最後に、幹夫はこう書いた。
――先生は、どこかに立っている人だけではなく、ぼくの心が何かを本当に受け取ったとき、そこにいるのだと思います。
――新茶の丘の銀河先生は、ぼくに、悲しみもいつか香りになるかもしれないと教えてくれました。
書き終えると、東の空が少し白みはじめていた。
幹夫は原稿用紙を胸に抱えた。
坂道の下から足音がした。
父だった。
作業着の上に薄い上着を羽織り、少し息を切らしている。幹夫を見つけると、安心したような、怒りたいような、困った顔をした。
「こんな朝早くに、何をしていた」
幹夫は原稿用紙を見せた。
「作文を書いてた」
「ここでか」
「うん」
父は茶畑を見た。
それから、幹夫の顔を見た。
「泣いたのか」
「うん」
「そうか」
父はそれ以上、すぐには言わなかった。
幹夫は勇気を出して言った。
「お父さん」
「なんだ」
「今度、お母さんのことを少し聞かせて」
父の表情が変わった。
「母さんのこと?」
「うん。僕の知らないお母さんのこと。お父さんが覚えていること」
父は長く黙った。
朝の茶畑が、二人の間で静かに香っていた。
やがて父は、低い声で言った。
「母さんは、夜の茶畑が好きだった」
幹夫は父を見た。
「星を見ると言って、よくここへ来た。俺には何が面白いのか分からなかったが……」
父は少し照れたように空を見た。
「今朝は、少し分かる気がする」
幹夫の胸が温かくなった。
銀河先生の授業は、まだ続いていた。
その朝、祖母が新茶を淹れてくれた。
湯呑みは三つ。
そして仏壇の前に、母の分の小さな湯呑みが一つ。
幹夫は一口飲んだ。
淡い苦みのあと、ゆっくり甘みが戻ってきた。
その味の中に、夜の丘があった。銀河先生の黒板があった。母の声があった。父の短い話があった。涙の跡がついた原稿用紙があった。
祖母が尋ねた。
「どんな味だい」
幹夫は少し考えてから答えた。
「授業が終わったあとの味」
父は湯呑みを見つめて、ぽつりと言った。
「いや、始まったところかもしれん」
幹夫は父を見た。
父は少しだけ笑っていた。
その笑顔は不器用だったが、幹夫にはとても嬉しかった。
学校で作文を提出すると、先生は後日、原稿用紙の端に赤い字でこう書いてくれた。
――あなたの先生に、私も会ってみたくなりました。
幹夫はその言葉を、何度も読んだ。
そして放課後、新茶の丘へ行った。
昼の丘には銀河先生はいなかった。黒板もなかった。ただ、茶畑が風に揺れ、若葉が光を受けていた。
けれど幹夫には分かった。
先生は消えたのではない。
夜になれば銀河は戻る。
湯を注げば新茶の香りは立つ。
父が母の話をするとき、母の声は少し戻る。
幹夫が感じたことを言葉にするとき、胸の中の光は少し外へ流れる。
新茶の丘の銀河先生は、そういうところにいる。
幹夫は茶の若葉にそっと触れた。
薄く、柔らかく、光を通す葉だった。
「僕も、まだ授業中です」
幹夫は小さく言った。
風が吹いた。
茶畑がさわさわと揺れた。
それは、銀河先生が遠い黒板の前で、静かに頷いてくれた音のようだった。







コメント