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日本平、雲の切れ目に富士を“拝まない”拝み方

 幹夫青年が日本平へ行かうと思ひ立つたのは、富士を拝まうなどといふ殊勝な心からではない。むしろ「拝む」といふ言葉が、彼には近頃ひどく重たかつた。拝む――と書くだけで、背筋が勝手に伸び、顔が勝手に清くなり、さうして帰り道には、またいつもの自分に戻つて赤面するといふ、あの嫌な筋書きがついて来る。

 幹夫は立派になりたくない。 立派になれないからである。 なれないくせに、立派な景色の前へ出ると、つい立派な顔をしたがる。顔をしたがる自分が嫌で、景色まで嫌ひになりさうになる。景色には罪がないのに。

 静岡駅からバスに乗る。 朝のバスは、通勤と観光とがまだ仲良く混ざつてゐて、老人も若者も、同じ手すりにつかまつて揺れてゐる。窓の外に、町の屋根が流れ、やがて茶畑の緑が増え、坂が始まる。坂が始まると、胸の中の言ひ訳も一つ坂を登らされる気がして、幹夫は少しだけ息が楽になつた。言ひ訳は平地でよく育つ。坂道では息が切れて、黙る。

 日本平のあたりへ着くと、空が広い。 広い空は、きれいだが、どこか意地が悪い。広い空は、こちらの小ささを容赦なく映すからである。幹夫は、空の意地の悪さが好きでもあり、怖くもある。好きなのは、空が正直だからだ。怖いのは、自分が正直になれぬからだ。

 展望の辺りには人がゐた。 「ほら、あれが富士」といふ声がする。 「雲がかかつて残念」といふ声がする。 「写真、撮つて」といふ声もする。 人の声は、景色をすぐに行事にする。行事になると、幹夫は参加せねばならぬ気がして苦しくなる。参加しないと、拗ねたやうに見える。拗ねたやうに見えたくないから、参加するふりをする。ふりをすると、疲れる。――幹夫は、さういふ小さな疲れで生きてゐる男であつた。

 幹夫は、少し横へ外れた。 柵の端の方、木立の影が落ちるところへ立つ。そこは人が少なく、声が薄い。声が薄いと、やつと自分の呼吸が聞こえる。呼吸が聞こえるのは嫌だ。呼吸が聞こえると、自分が生きてゐるのがばれてしまふ気がする。だが、今日はその「ばれる」を、少しだけ許してみようと思つた。

 富士山は――見えなかつた。 いや、見えぬと言ふのは嘘だ。 雲の向うに、白い影だけがゐる。輪郭がうすく、まるで水に溶かした墨のやうに、淡くそこにある。完璧な三角形ではない。教科書の富士ではない。だが、だからこそ幹夫は救はれた。完璧だと、こちらも完璧に感動せねばならぬ。霞んでゐれば、感動も霞んでよい。霞んだ感動は、翌朝になつても腐りにくい。

 幹夫が雲の白さをぼんやり見てゐると、横から小さな声がした。

「今日は、富士も休みですねえ」

 振り向くと、売店の女が、湯気の立つ紙コップを二つ持つて立つてゐた。年の頃は五十を越えたか。髪はきちんとまとめ、目がよく笑ふ。商売の笑ひではあるが、商売のいやらしさがない。あの手の人は、こちらの財布も見るが、それより先に、こちらの気分の重さを見てゐる。

「休み……ですか」

「ええ。毎日頑張るとね、山だつて飽きますよ。――お茶、どうです。温かいの」

 幹夫は、断る理由を探しかけて、やめた。断る理由を探す癖を、今日は少し休ませたい。青葉おでんの湯気も、清水港の朝も、結局は「受け取る」から始まつた。受け取らなければ、こちらはいつまでたつても、受け取れない人間のままだ。

「……いただきます」

 女は笑ひ、紙コップを渡した。 湯気の匂ひは、茶の青さよりも、焙じた香に近い。日本平の風は冷たいのに、湯気はすぐ頬を温める。頬が温まると、顔が少し柔らかくなる。顔が柔らかくなると、景色まで柔らかく見えるから不思議だ。

「富士、見えませんね」

 幹夫が言ふと、女は紙コップの縁を拭きながら言つた。

「見える見えないにすると、疲れるんですよ。富士はね、見えたら“もうけ”、見えなきゃ“据ゑ置き”。――拝むのは、見えた日だけでいいんです」

 据ゑ置き。 その言葉が、幹夫にはありがたかつた。 人生の大切なものは、いつでも見えるものだ、と幹夫はどこかで思ひ込んでゐた。見えなければ、失つたのだ、と。さう思ふから、雲の多い日は怖くなる。だが据ゑ置きなら、雲は雲のままでいい。雲があつても、富士はゐる。見えなくても、ゐる。

「拝むの、苦手なんです」

 幹夫は、思はず口にしてしまつた。 言つてから、こんな告白をするつもりはなかつたと、少し照れた。照れたが、女は笑はなかつた。笑はぬで、ただうなづいた。

「苦手でいいですよ。拝む顔って、案外しんどいですからね。眺める顔で十分。眺める顔は、長持ちします」

 長持ち。 幹夫は、その実用的な言ひ方が好きだつた。 立派な人生訓よりも、「長持ち」の方が彼には効く。立派なものは壊れやすい。長持ちするものは、だいたい少し地味で、少し可笑しい顔をしてゐる。幹夫も、さういふ顔で生きたいのかもしれぬ。

 そのとき、風が一つ強く吹いた。 雲が、ふつと動いた。 白い幕が、ほんの少し横へずれ、そこに――富士の肩が見えた。全部ではない。頂上もまだ雲の中だ。だが、肩の稜線だけが、はつきりと出た。出たと思ふ間もなく、また雲が戻り、輪郭は淡くなる。

 周りで「見えた!」と声が上がる。 カメラが一斉に持ち上がる。 誰かが「今だ!」と叫ぶ。 幹夫は、その騒ぎの中で、なぜだか落ち着いてゐた。 見えた、けれども、大げさに掴まぬ。 掴まぬで、ただ受け取る。

 幹夫はスマホを出さなかつた。 写真にすると、証拠になる。証拠になると、感動が義務になる。義務になると、翌朝腐る。――さういふ面倒を、今日は持ち帰りたくなかつた。 代りに、幹夫は湯気の立つ茶をひと口飲んだ。 それだけで、雲の切れ目の富士が、胸の中に「据ゑ置き」された。

「今の、見えましたね」

 女が言つた。

「ええ。……十分です」

 幹夫が言ふと、女はうれしさうに笑つた。

「でしょう。十分が分かると、景色は味方になりますよ」

 景色が味方。 幹夫は、味方といふ言葉に照れた。味方など、滅多に出来ないと思つてゐた。味方は人間だけがなるものだと思つてゐた。だが、雲と富士と風と茶の湯気が、今日は少し味方に見えた。味方に見えるのは、世界が変つたのではない。幹夫の受け取り方が、半歩だけ変つたのだらう。

 幹夫は茶を飲み終へ、紙コップを握りしめた。 握ると、紙が少し柔らかく潰れる。柔らかく潰れるものは、強さとは違ふが、暮しの中では案外頼りになる。立派な器は割れるが、紙コップは「潰れて終る」。潰れて終る終り方が、今日は妙に明るい。

「……ごちさうさまです」

 幹夫が言ふと、女は「はいよ」と軽く受け取つた。 軽く受け取られると、こちらも軽くなる。感謝を重たくしない人は、粋である。粋は、顔を近づけるのが上手い。

 幹夫は展望台を離れ、坂道を少し歩いた。 坂の途中の木立が、風にざわざわ鳴る。 葉の音が、今夜の自分の頭の中の雑音を、少し掃き出してくれるやうだ。幹夫は、胸の中で短い文を作つた。誰かに送る文ではない。自分にだけ届けばいい文である。

 ――拝まなくてもいい。 ――眺めればいい。 ――雲の日は据ゑ置き。

 坂を下りる足取りは、来た時より軽い。 軽いが、軽さを誇らぬ。誇らぬ軽さは、長持ちする。 幹夫青年は日本平で、富士を拝まなかつた。 だが、拝まぬままに、ちゃんと受け取つた。 それが、彼にとつての一ばん明るい拝み方であつた。

 
 
 

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