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旧五十嵐邸の奇妙な住人

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月17日
  • 読了時間: 7分



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第一章:改装の始まりと不穏な知らせ

 大正末期の建築様式を色濃く残す「旧五十嵐邸」は、市内でも指折りの歴史的洋館として知られていた。 木造と石造りが混在し、塔のような小さなドームを持つその邸宅は、何度か所有者を転々とした後、現在は町の有志が集まって“一般公開”に向けた改装工事を進めている。 ところが最近、工事中に不可解な事故が相次いだ。職人が高熱を出して倒れる。天井が崩れ落ちる。誰もいないはずの二階で足音が響く……。その結果、工事がしばし中断される。 そんななか、「邸には奇妙な住人がいて、彼らこそこの屋敷を呪っているのではないか」という噂が囁(ささや)かれるようになった。工事関係者たちは気味悪がり、町の人々も一度は期待した一般公開が暗雲に包まれ始める。

第二章:探偵・飛鳥井(あすかい)の登場

 そこへ登場したのが、探偵・飛鳥井 勝也(あすかい かつや)。 旧五十嵐邸の工事を請け負う建築会社からの依頼で、「邸内で起こる怪事件や噂を調査し、原因を突き止めてほしい」という依頼を受けたのだ。 飛鳥井は都会的な風貌の中年紳士で、少々神経質そうな面持ちをしている。だが、これまで幾つもの不可解な事件を解決してきた名探偵として、一部ではその名を知られている。 彼が現場を訪ねると、屋敷の管理人や工事の監督が、「屋根裏に何者かが住んでいる形跡がある」「夜になると廊下を徘徊する影を見た」と口々に訴える。さらには「この邸には昔から変わった住人が何人かいて、ずっと出て行かないらしい」という怪情報まである。

第三章:旧五十嵐邸の住人たち

 実際、改装前から旧五十嵐邸には幾人かが住みついていた。 一人は倉持(くらもち)という白髪の老人。趣味で古書を集め、屋敷の一角に蔵のような部屋を占拠しているという。 もう一人は津田(つだ)という若い音楽家。夜な夜な不協和音のようなピアノを弾き、住人に恐怖を与える。 さらに、**正体がよく分からぬ『あの部屋の女』**がいると言う噂まである。姿を見た者は少なく、二階の奥の部屋にいつも鍵をかけて閉じこもり、短い笑い声だけが廊下に漏れるという。 「彼らは邸のどの部屋に住むのか、なぜ追い出されないのか?」——管理会社ですらその事情を把握しきれておらず、謎ばかりが増えてゆく。

第四章:百年前の事件の痕跡

 飛鳥井は邸内を探索する途中、倉持老人の部屋へ行く。老人は古書を積んだ書棚に囲まれて暮らしており、「この邸には100年前の五十嵐家当主が亡くなった事件があり、それが今に尾を引いている」と小さく呟(つぶや)く。 さらに、その当主の死後、邸の一部が封印され、誰も足を踏み入れない地下室があるとも。 飛鳥井が「地下室の存在はなぜ隠されてきた?」と問うと、老人は笑みを浮かべ、「そこに何か大変なものが眠っているんじゃないかな……」と曖昧な返事をする。 一方、夜には津田のピアノが奇妙な曲を奏でる。その旋律がまるで人を不安にさせる調子で、飛鳥井は廊下から耳を傾け、「これには何らかの暗号が隠されているのでは?」と感じとる。荒唐無稽ながら、津田は「この曲は五十嵐家に伝わる亡霊の歌なのだ」と冗談めかし笑うが、その表情には狂気のような色が混じる。

第五章:工事中に続発する奇怪な事故

 朝、工事現場の監督が屋根裏の補修をしていると、階段から足を踏み外して転落し、重傷を負う。さらに夜、塗装作業の職人が工具箱で指を切ってしまい、そこには指示書にはない細工が施されていた。 まるで誰かが工事を邪魔しようとしているかのようだ。 同時期、管理人が「裏庭で女性の影を見た。振り返ると消えたが、あれは幽霊じゃないか?」と怯(おび)える。 幽霊か、それとも女住人がいたずらをしているのか? 飛鳥井は冷静に状況を分析するが、謎は深まるばかり。 何故ここまで屋敷の改装を邪魔するのか?

第六章:秘密の部屋への手がかり

 ある雨の晩、飛鳥井は邸の敷地を巡回し、外壁に古いしるしを見つけた。よく見ると、それは五十嵐家の家紋の一部を変形させたような彫刻だった。 老人・倉持に訊(き)くと、「ふむ、五十嵐当主が自ら刻んだと聞いたことがある。そこから地下室へ続く秘密の扉があるらしいが、場所は不明だ」と答える。 飛鳥井は最下層に通じる階段を探し当てるべく、夜毎に邸内を探索。やがて、厨房の床下に隠し収納があるのを発見する。蓋を開けると、狭い梯子(はしご)が下へ伸びる。 降りた先には古い石造りの廊下があり、その奥は錆(さび)ついた鉄扉で閉ざされていた。そこには**「五十嵐家の呪い」**なる文言が彫り込まれ、禍々(まがまが)しい空気が漂う。

第七章:謎の絵画と狂気の儀式

 鉄扉の向こうにはかび臭い空間が広がり、埃(ほこり)が舞う中、蝋燭(ろうそく)の痕(あと)が残る祭壇じみた台があった。上には古い家系図と奇妙な絵画が飾られている。 絵には黒い服を着た男と、その背後に血まみれの女性の姿が描かれていた。まるで惨殺を思わせる。 「これが100年前の事件を示唆するものか?」飛鳥井は息を呑む。さらに祭壇の下には大正時代の日記が隠されており、そこには「当主がある呪術めいた儀式に没頭し、妻を犠牲にした」と書かれている。 つまり、過去の当主が狂気に陥り、屋敷の地下で人を殺めた可能性がある。幽霊だと噂される女性は、その犠牲者の亡霊か……。まさに邪悪な史実が浮かび上がる。

第八章:連続殺人と住人の正体

 さらに改装が進む中、二人目の工事スタッフが死亡する。夜中に地下へ忍び込んだ形跡があり、同じく凶器で刺されたとわかる。 人々は仰天するが、津田という音楽家は「これは予言されていたことだ。呪いはまだ続く……」と不気味に言う。 飛鳥井は直感的に、津田が何か大きな秘密を握っていると睨(にら)む。実際、津田の部屋を探ると、地下室へつながるもうひとつの隠し扉の存在を示すメモが出てきた。 さらに彼は「『あの部屋の女』は確かに存在するが、姿を見せない。その正体を見たら死ぬ」という怪談じみた発言をしている。まるで彼自身が操っているようにも聞こえ、疑惑が募る。

第九章:闇が明かされる夜

 クライマックスは、深夜の邸内。雨が激しく屋根を打ちつける。稲妻の閃光が闇を裂く中、飛鳥井は倉持老人の死体を発見。彼もまた斬られた痕がある。口には微かな言葉の痕跡――「洋館……女……」 探偵は急ぎ二階へ駆け上がると、そこにはあの部屋がある。扉を激しく叩くが開かない。中から洩(も)れる微かな喘(あえ)ぎ声に、飛鳥井は体当たりで破る。 すると、月明かりに照らされる部屋の奥に、血塗れのドレス姿の女が倒れている。その前に立つのは津田……いや、彼の足元には仮面が落ちている。 「ようこそ、探偵さん。これで最後の役者が揃いました」津田は狂気の笑みを浮かべ、地下で発見された絵画を腕に抱えている。「この絵を再現することで、大正の呪いを蘇らせるのだ!」 女を刺したばかりなのか、津田の手には血に染まったナイフが握られていた。

第十章:呪いの結末、そして静寂の朝

 激しい格闘が起こる。飛鳥井は津田の腕を制し、ナイフをはじき飛ばす。女はまだ息があるとわかり、探偵は急いで止血を試みる。 津田は暴れながら「この家は……当主が妻を捧げた怨霊の館だ……僕はその儀式を現代に復活させ、屋敷を闇の力で支配するはずだった……」と錯乱の言葉を吐き出す。 ついに警察が到着し、津田は逮捕される。負傷した女は救急搬送され、彼女こそ長らく“あの部屋に住む女”と呼ばれていた人物だったが、実態は津田の支配から逃げられず囚われていた。 事件の全貌:津田は大正時代の当主の狂気に傾倒し、その儀式を模倣して殺人を繰り返すことで屋敷の呪いを成就させようとしたのだ。住人たちが奇妙なのは、彼らを恐怖で縛る津田の巧妙な洗脳があったから……。

エピローグ:雨上がりの洋館と新たな空気

 翌朝、雨があがると雲の切れ間から薄い陽が射す。 旧五十嵐邸の改装工事は深く傷を負ったが、生き残った者は屋敷から逃れ出るように出て行く。管理会社も、このような惨劇を経て公開計画を再考するだろう。 探偵・飛鳥井は廊下に立ち、風が運ぶ古びた香りを感じながら、思う。「大正の呪い」とは結局、人の心に巣食う狂気と執着によって紡がれた一幕に過ぎないのかもしれない。 だが、この屋敷には依然として何か異様な雰囲気が漂うように感じられ、背筋が寒くなる。 警察車両が邸を後にすると、残された洋館は沈黙に包まれる。二階の大きなステンドグラスを通して、朝日の光が赤く差し込む様は美しいが、どこか不穏な気配も拭いきれない。 こうして「旧五十嵐邸」の事件は幕を下ろした。しかし、家の奥底にはまだ開かれぬ別の通路があるかもしれず、あるいは再び狂気が目覚める日が来ないとは限らない。あと一行書き加えるかのように―― “この洋館に眠る秘密は、果たしてすべて暴かれたのだろうか? それはまだ誰にも分からない……”

(了)

 
 
 

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