旧VPNの穴 — 大阪ゲームスタジオの十一月(長編フィクション)
- 山崎行政書士事務所
- 9月19日
- 読了時間: 8分
— 2020年「カプコンへの不正アクセス:旧型VPN機器の残置→米拠点から侵入→日本/米の端末を段階的に乗っ取り→11/2未明にランサム実行、Ragnar Lockerの脅迫文→個人情報の“確認済み”は約1.5万人、“可能性”は最大約39万人→クレジットカード・オンラインプレイ基盤は別系統で非該当→SOC/EDR導入・監督委の設置」等の公表情報を骨格にした創作
00|月曜 02:41 「出していないのに、出ている」
大阪・蒼燕(そうえん)ゲームスタジオの運用室。夏芽は、早朝のNetFlowに同じ間隔で現れては消える短い息を見つけた。相手先は北米。社内の新型VPNではなく、見覚えのない古いIPだ。WAFは緑、SIEMは眠い顔。だけど、等間隔の呼吸だけは正確すぎる。
「出していないのに、出ている。」
メールが落ち、ファイルサーバに引っかかりが出た瞬間、夏芽は電話の短縮を押した。
「山崎行政書士事務所に、最短で。」
01|03:07 “止める/伝える/回す”
静岡・山崎行政書士事務所。白板の前に**律斗(りつと)**が立ち、太いペンで三行を書く。
止める/伝える/回す
止める:影響セグメントを電源を落とさずネットワーク隔離。Outboundは白(許可先のみ)に絞る。KMS/ID発行ログ/RAMダンプ/ディスク像を一方向で吸い上げ、古いVPNの残置がないか棚卸。常時特権はゼロ、**必要時だけ(JIT)**に短期貸与。
伝える:三文の一次報を経営/広報/所管連絡窓口に同報。“事実”(北米側への規則的通信/内部の接続障害)と**“可能性(仮説)”(旧型VPNからの侵入→横展開→暗号化準備)を段落分離**。正午/17時の時刻で更新する。冒頭に**「支払い先変更メールは無効」**を置く。
回す:夜間デプロイを停止し、緊急の障害対応は紙の手順+口頭復唱へ迂回。遅いけど確実に回す。
りなが続ける。「72時間の所管報告も同時に回します。“声は鍵”(折り返し+二名承認)、全窓口で。」
奏汰(そうた)は構成図に赤を走らせる。「コロナ禍で北米子会社に残した旧型VPNが橋になってる。新型は入ってるが、“非常用”で古い箱が一本だけ残ってる線。」
悠真(ゆうま)が短く言う。「署名は正しい顔をしてる。けど、顔が違う。正しいものの顔をした別人が門を抜けてる。」
ふみかは三文の一次報を置いた。
現状:北米側への規則的アクセスと内部障害を検知。当該セグメントの隔離/Outbound白化/証跡保全/JIT特権化を実施。対応:夜間デプロイ停止、重要作業は紙+口頭復唱。正午に一次報、17時に更新。お願い:“返金・送金先変更”などメールだけの依頼は無効。必ず電話で二重確認を。
受付でやまにゃんのしっぽ(Type‑C)が、小さく光る。札には太い字。
「遅いけど確実。」
02|03:33 黒い四角、白い文字
ファイルサーバのコンソールに、黒い四角が現れた。
“Your files are encrypted…”Ragnar Lockerの名が、白い文字で置かれている。夏芽は歯を食いしばった。落ち着け。電源は落とさない。証跡を生かせ。
メールと共有が所々で沈む。ゲームのオンライン接続系は別島だから生きている。決済はサードパーティだから別腹だ。——混ぜない。今、止めるのは内側の**“仕事の声”**だ。
03|04:20 「秋に入って、十一月に燃える」
監査ログの底から、十月の薄い跡が上がってくる。北米拠点の旧型VPNに短いノック、深夜だけ息をするC2、徐々に資格情報を集める音。十一月一日 23時(JST)、複数端末のボリュームが一斉に鍵を掛けられ、二日未明には社内のメール/ファイルが波のように鈍る。
蓮斗(れんと)が白板に数字を書く。
MTTD(検知):49分(規則的アクセスの相関)
一次封じ込め:71分(隔離/白化/証跡保全/JIT化)
最初の確認:脅迫文+暗号化、警察と監督当局に連絡
横展開:米/日の端末に段階感染
律斗は短く言う。「勝ってはいない。でも**“間に合っている”**。」
04|正午 一次報(所外)
事実:当社ネットワークへの不正アクセスとランサムウェア感染を確認。関係セグメントの隔離/Outbound白化/証跡保全/JIT特権化を実施。影響(現時点):メール/ファイル等の社内系で障害。オンラインプレイ/決済は別系統で非該当。個人情報の**“確認済み”は少数だが、“可能性”がある範囲は広い**。対応:法執行機関と連携、外部専門家と調査中。次報17:00。
怒号はある。けれど、時刻が不安の終わりを作る。
05|午後 「交渉しない」を決める
脅迫文は交渉窓口を示し、額は書かれていない。りなは二段落の台本で、主語を入れて言い切る。
「当社は、交渉しない。当社は、法執行機関と連携し、復旧は自力で行う。」
悠真が端末に耳を当てる。「暗号化は最後の花火。本体は**“持ち出し”だ。」奏汰はOutboundをさらに白に絞り、DNSの未知を即死に落とす。古いVPNは撤去の線**で赤く塗りつぶされる。
06|二日目 増える数、減らす言い訳
最初に**“確認済み”だったのは数人**。調査が進むほど、“確認済み”の累計は増え、“可能性”の上限も膨らむ。りなは言い訳を削り、段落を固定した。
確認された事実(**“確認済み”**の人数と項目)
未確定(継続調査)(**“可能性”**の最大値と根拠)
ふみかが短く補う。
「クレジットカード情報は社内非保持/別系統。オンラインプレイ基盤も外部/別系で非該当。」
やまにゃんの札が光る。
「速さは、戻れるときだけ味方。」
07|一週間後 “39万”という上限
一次報から日々が過ぎ、数字が形を持つ。“確認済み”は1.6万人規模に、“可能性”は最大約39万人へ。誰に何を伝えるかを名寄せし、サポートデスクと地域の窓口を分ける。夏芽は紙の台本を机の端に揃えた。一行目には**「当社からATM操作や支払い依頼はしない」**。
蓮斗の数字が更新される。
確認済み:約15,649人(累計)
可能性(最大):約390,000件
クレカ:非該当(外部決済・別系統)
オンライン接続:非該当(別系統)
08|「旧VPN」の結論、そして地図
外部調査会社の報告が届く。北米子会社の旧型VPNが起点、コロナ禍のトラフィック増で非常用として一台だけ残置、ログ保持の浅さ、EDR/SOCは導入途中。古い箱を使い、米/日の端末に段階感染、持ち出し、最後に暗号化。やることは鮮明だ。
奏汰は**“鍵束”を三つ**に分ける図を描く。
“見る鍵/運ぶ鍵/署名する鍵”常時特権はゼロ、JITで短く貸す。貸与記録は消せない箱へ二経路。SOCは越境を見張り、EDRは端末の小さな呼吸を拾う。旧型は廃棄。新型はログを深く。
09|監督委という“もう一つの耳”
監督委が立ち上がる。外部の教授/弁護士/監査人が常設の席につき、「主語」「期限」「二重確認」の三行で発表を整える。りなは社外文面に主語を太く置き、期限を明記し、自動の前後に“人の10分”**を差し込む。
言い切る(事実と可能性を混ぜない)期限を付ける(例外は48時間で自動失効)二重に確かめる(自動の前後に**“人の10分”**)
夏芽は監視盤に新しい線を一本足した。越境のdevトークン、旧機器からの呼吸、夜だけのC2——全部に鈴が付いた。
10|“交渉しない”あとで残るもの
データの一部は黒い掲示板に晒される。会社は交渉しない代わりに、謝罪と再発防止を時刻で重ねる。社員の声、元社員の声、応募者の声——生活の断面が紙の上で揺れる。悠真は言う。「“便利の近道”の代償は言葉では戻らない。紙と時刻で返すしかない。」
11|三か月後 “歌い直す”社内
社内はほぼ復旧。SOCが外を見張り、EDRが端末の微かな熱を拾う。監督委は定例で地図を見直し、VPNの長期保管ログを深くし、業務用アカウントの棚卸と削除に期限を付ける。夏芽は台本の二行目に**「パスワードと二要素は同じ箱に置かない」**を追加した。
蓮斗の数字が静かに並ぶ。
MTTD:49分 → 9分(越境アクセス常設検知)
一次封じ込め:71分 → 28分
常時特権:ゼロ(JIT化完了)
例外期限遵守率:98%
12|講堂 “三つの時計”
現場の時間(開発・運用・サポート)
規制の時間(72時間と継続報告)
経営の時間(信頼・資本・再発防止)
りなは三行で締める。
言い切る(事実と可能性を混ぜない)期限を付ける(例外は48時間で自動失効)二重に確かめる(自動の前後に**“人の10分”**)
奏汰は黒で縁取る。
技術の境界を資本の境界と一致させる。
古い箱は残さない(非常用でもログ深度+廃棄期限)。
Outboundは白だけ、DNSは未知を即死。
証跡はWORMで二経路、越境アラートは別の目に。
やまにゃんが静かに札を揺らす。
「速さは、戻れるときだけ味方。」
13|エピローグ ガラスの夜
中之島の川が夜を運ぶ。ガラスの向こうで、新しい箱が歌を取り戻した。便利は刃にもなる。戻れる速さは、紙と時刻と**“二重の鍵”の中にある。夏芽は操作卓の端に紙を一枚差し込み、時刻を押した。旧VPNはもうない**。同じ失敗が別の名前で戻らないよう、柵は増やすより短く、太く。
—— 完
参考リンク(URLべた張り/事実ベース・一次情報/主要報道・技術解説)
※物語はフィクションですが、骨格(旧型VPN機器の残置→北米側から侵入→11/2未明にランサム実行・Ragnar Lockerの脅迫文、“確認済み”15,649人/“可能性”最大約39万人、クレカ非該当/オンライン基盤は別系で非該当、SOC/EDR導入・監督委設置、交渉しない方針)は下記に基づいています。
主な点:Capcom公式(2021/4/13)が「旧型バックアップVPNを起点」と結論、米/日端末への段階感染、Ragnar Lockerの脅迫文、SOC/EDR導入・監督委設置を明記。2021/1/12の第3報が**“確認済み15,649/可能性最大39万”等の数値を整理。BleepingComputer/PortSwiggerが旧VPN経由や1TB窃取主張等を技術面で補足。朝日は身代金要求報道**、Reuters/TechCrunch/The Vergeが潜在影響規模を伝えています。


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