星めぐりの運河街――アムステルダムにて
- 山崎行政書士事務所
- 2月3日
- 読了時間: 4分

うすら明るい春の朝、アムステルダムの運河はグレーの空を鏡のように抱いて、静かに街を巡っています。石畳の細い道端には細いタイヤの跡が幾筋も走り、まだ誰もいない路地からは、どこか甘いパンの香りと、遠い鐘の音が交互にそっと流れてきます。
その細道の角で、少年・ユリウスは小さな自転車を磨いていました。錆びついた車体には、まだかすかに青い塗装が残り、陽光を受けると水色の小さな輝きが浮かびます。ユリウスは錆びを落としながら、「この街をもっと遠くまで走ってみたい」という願いを胸に、古いチェーンに油をさし、ペダルを回して感触を確かめていました。
1. 運河沿いの出発
朝日が雲の切れ間から顔をのぞかせる頃、ユリウスは自転車にまたがりました。まだ湿気の残る石畳をゆっくりと踏みしめ、ペダルを漕ぐと、ぎこちないながらも前へ進みます。 運河沿いにはチューリップの鉢植えが置かれ、レンガ造りの家々がまだ眠るように窓を閉ざしたまま。橋の下には透明な水が流れ、どこからともなく魚がはねる音が聞こえました。風車の羽根が遠くにかすかに見え、まるで星と星を結ぶ橋のようにも見えます。
2. 運河の精と水面のきらめき
橋をひとつ渡った先で、ユリウスは思わず自転車を止めました。水面に何やら金色の光がちらちら揺れているのです。朝日が反射しているのかと思いきや、その光は動き出し、うっすらと人のかたちに集まってきます。 「おや、きみ、こんな朝早くからどこへ行くの?」 光がやがて人型になり、運河の精のようなやさしい声でユリウスに問いかけました。ユリウスは驚きながらも、「この自転車で街を巡り、見たことのない運河や橋を全部渡ってみたいんだ」と正直に答えます。 「そうか、じゃあ、きみの旅に星のしずくを貸してあげよう」 光の精はそう言うと、小さな瓶をユリウスに手渡し、瓶の中で星屑のような光が瞬いていました。「これを自転車に垂らすと、運河の上もスーッと走れるかもしれないよ」と微笑んで消えていきます。
3. 夢の中の運河走行
驚きつつも瓶を開け、星のしずくを自転車のタイヤやペダルにちょんちょんと垂らしてみると、タイヤは淡い光をまとってわずかに浮かんだように見えました。試しにハンドルを取って運河のへりへ向かうと、自転車がまるで空気と水の境をなめらかに走るではありませんか。 水面とほぼ同じ高さで、ユリウスは運河の上を滑るように進みます。レンガ造りの家の下には小さな窓があり、水際が鏡のように輝いていました。遠くのボートが「おや?」と驚くように停まって、ユリウスを眺めています。 心地よい風が髪を揺らし、チューリップの香りや朝のパンの匂いが運河の上を伝ってくる。この不思議な旅に、ユリウスの胸は高鳴るばかりです。
4. 石橋の上から星のしずく
どれほど走ったか分からない頃、運河の曲がり角に大きなアーチ型の石橋が現れました。その橋の上には、黒いマントを羽織った人影が立っていて、ユリウスの自転車をじっと見つめています。 男は静かに言いました。「きみは星のしずくを使っているね。それがなくなる前に、うちに戻らなくてはならないよ。日が高くなると水の魔法が消えてしまうんだ。さもないと、きみは水面に沈んでしまうだろう」 ユリウスはハッとして瓶を見ると、中の光は確かに弱まってきています。これ以上走り回っていると大変なことになる、と急いで岸へと向かいました。
5. 朝陽とともに戻る大地
星のしずくの力がだんだん小さくなるにつれ、自転車のタイヤは水面を滑る感覚を失い、ゆっくりと岸に寄ります。水面を上がり、石畳の道に降りた瞬間、瓶の中の光は完全に消え、自転車は元通りの姿に戻っていました。 「ふう……戻ってこられた。まるで夢みたいだったな」 ユリウスは息を整えつつ、最後に水面を振り返ります。すると運河の精が再び姿を見せ、「またいつか、きみが運河を愛してやまないなら、星のしずくを貸してあげるね」と言って微笑み、朝の光に溶けるように消えていきました。
エピローグ
街が完全に目覚め、運河には人々の行き交う姿やボートが増え始めています。ユリウスは自転車を押しながら、あの静かな運河の上を走った光景を、まぶたの裏に刻み込みました。きっともう一度あの夢を見たい――そう思いながら、いつもの路地へとペダルを漕ぎ始める。 アムステルダムの運河と自転車。星のしずくがもたらした不思議なひとときを胸に、ユリウスは今日も青い車体を磨くのでしょう。運河の風は、彼の心にそっと語りかける――「どんな道も、きみが想うなら走れるのだよ」と。 この街の石畳と運河は、いつだって新しい物語を紡ぎ出す準備を整えているに違いありません。まるで詩のように、星と水と人々の夢が、アムステルダムの朝を優しく包み込んでいるのです。
(了)





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