星を摘む村
- 山崎行政書士事務所
- 1月19日
- 読了時間: 7分

静岡市から海沿いの道をずっと走った先に、地図にも小さくしか載っていない小さな村がありました。駿河湾を望む入り江に寄り添うように作られたその村は、観光客も少なく、昔から漁と畑を細々と営んできたといいます。ところが、この村には奇妙な噂がありました。
「満月の夜になると、人々は海岸に集まって“星を摘む”儀式をするらしい。しかもその星には、人の願いを叶える不思議な力があるんだって……。」
その噂を耳にした少年・**光矢(こうや)**は、興味と少しの不安を抱えながら、この村へと足を運びました。
星を摘む村への旅
バスを乗り継ぎ、駿河湾の青い海を左に眺めながら道を進むと、丘の陰に隠れるようにその村はありました。小さな漁港と狭い商店街、そして瓦屋根が並ぶ静かな町並みが広がり、潮の香りと少しばかりの風が心地よく吹きぬけます。
宿をとった民宿のおばあさんは柔らかな笑みを浮かべながら、「満月の夜が近いね。星を摘む行事に参加したいのかい?」と尋ねます。光矢が首を縦に振ると、どこか意味深な眼差しでこう続けました。
「あんたが来たのも、星が導いた縁かもしれないね。ただ、星には不思議な力があるかわりに、代わりを求めることもある。本当に参加する気ならば、ようく見とくんだよ。」
星を摘む夜の祭り
やがて満月の夜が訪れ、村人たちは海辺へ集まりました。小さな櫓(やぐら)のような台が作られ、その上には、まるで蔦の枝を綱のように編んだ不思議な道具が乗っています。
「あれが“星を摘む網”なんだ……。」
村の若い衆が網を持ちあげ、掛け声を上げると、海上へ向けて振りかぶります。するとどうでしょう。空は満月の光とともに、星がまばゆく瞬いているのに、網を海面に投げ込んだかと思うと、海の上の空間から星がこぼれ落ちてくるように見えるのです。
落ちてきた星々は、小さな光の欠片になり、網の中でも青や金の輝きを放ちながら跳ねていました。村人たちはその星屑のようなものを器に集め、一言も話さないまま静かに足並みを揃えて港へ帰っていきます。
「これが……星を摘む儀式……すごい……。」
光矢は不思議な光景に呆然としながらも、どこか胸を締めつけられるような寂しさを感じました。
星の光を利用する生活
翌朝、光矢は村を散策していると、あの摘んだ星屑が様々な形で使われているのを目にします。たとえば、ひと握りの星屑を漁に使うと魚がよく獲れるとか、民家の中に置いておくと病気になりにくいとか……。
実際に民宿のおばあさんが星屑を少し投げると、すーっと金色の光が台所に広がり、野菜が瑞々しくなるといった光景もありました。村の人々は星の光によって恵まれた生活を送っているようです。
しかし光矢は夜空を見上げて気づいてしまいました。ここから見える夜空は、なんだか一部だけ、星の数が減っているような気がするのです。たとえばオリオン座の右肩あたりにあるはずの星の輝きが弱くなっている……。
「まさか、星を摘むごとに、本当に星が消えてしまっているのか?」
そんな不安が頭をもたげます。
星を摘む理由
その夜、光矢は思い切って村の青年に問いかけました。「どうして星を摘むの? 星が本当に減っていくとしたら、夜空はどうなるんだろう?」と。
青年は少し口ごもりながら、「俺たちもよくわからないんだ」と話し始めます。
「この村では昔からこうして星を摘んで、その光で生活を助けてきた。でも星が減っているとか、そんなことは誰も深く考えなかった。それが村の伝統で、当たり前のことだったから……。」
続けて、青年は困惑した表情で光矢を見つめました。
「もし本当に星が減っているなら、俺たちは大変なことをしているのかもしれない。でも、この村には星の光がないと、もう暮らしていけない人たちもいるんだ。漁や畑仕事だって、星の力がないと成り立たない場面が増えている。いったいどうすればいいんだろう……。」
夜空からの警鐘
その翌晩、再び満月が海を照らすと、村人たちは星を摘む行事の準備にかかります。光矢はなんとかそれを止められないかと考えましたが、村の人々は長年そうしてきたし、星を摘むことが自分たちの命綱だと信じて疑いません。
光矢が沈んだ気持ちで海辺へ向かうと、不意に空からかすかな声が聞こえました。まるで星がささやくような、透明で震えるような音です。耳をすませば、そこには「星の光が奪われるほど、宇宙とのつながりがほどける……」という警鐘ともとれる言葉が含まれているように感じられます。
「やっぱり、星を摘むことには何か代償がある。どうにかして、この村と星空を両方守る方法はないのかな……。」
光矢は涙が出るほど切ない気持ちになりながら、暗い夜道を駆けだしました。
“流れ星の女神”と伝説の橋
やがて、村はずれの小さな祠(ほこら)へ足が向かいます。そこには古い石碑があり、かすれた文字でこう刻まれていました。
「星の光を摘むとき、いずれ流れ星の女神がその代償を求める。ただ一つ、救いは“星の橋”を架けること――その橋こそ、星空と地上を結ぶ調和の道なり。」
この言葉に光矢は閃きました。もしかすると、村の人々がただ星を摘むだけではなく、星空に何かを返す術があれば、星は消えずに村を支え続けられるのではないか――。
「星の橋……どうやって架けるんだろう。きっと、星と人が対等に助け合うことが大事なんだ……。」
村と星が助け合う方法
光矢は村に戻り、長老や青年たちを呼び集めて言いました。
「星は、村の人々を助けてくれるかもしれない。でも、そのままだと星が消えてしまう。星が減れば夜空が失われ、宇宙とのつながりも断たれてしまうんだ。いまこそ、星に頼りきる生活を、少しずつ見直す時期なんじゃないかな?例えば、星の光を使わなくてもできる方法を探したり、あるいは星空そのものを守る努力をしたり……。」
村の人々は最初は戸惑いましたが、やがて星が消えてしまうという可能性に愕然となり、「何かできることはないのか」と真剣に考え始めます。
漁に頼りすぎず、陸の畑を改良する方法を試す
星の光ではなく、太陽エネルギーなど別の資源を活用してみる
夜空を汚さないように、村の照明を減らす取り組みを始める
そんな動きが、少しずつだが村の中で広まっていきました。
星の橋のかかる夜
ふたたび満月の夜が訪れ、村の人々は躊躇いがちに「星を摘む儀式」の準備をします。しかし、これまで通りの網を思いきり振りかぶるのではなく、“星空の女神”に感謝とお願いを捧げる特別な時間を挟むことにしました。
「どうか、わたしたちが星の光をただ奪うのではなく、守り、共に生きる道を見いだせるよう、導いてください……。」
やがて網を海面へ投げ込むと、これまでよりもはるかに柔らかい光が降り注ぎます。それはまるで星が了承したかのような優しい光で、村の人々の手に落ちると、きらきらと温かく揺れました。
すると、誰かが空を指さして叫びます。「あそこ……星が降り注ぐようだ!」。見上げれば、満天の星々のあいだを一筋の流星が走り、それが湾の上空で弧を描いて消えると同時に、かすかな銀色のアーチが浮かびあがります。まるで虹のような、あるいは橋のような……。
「あれが……“星の橋”……?」
光矢が目を凝らすと、その橋は空中に架かって静かに輝きます。まるで「あなたたちが変わろうとする意志を、星が受け止めましたよ」と告げているかのように。
新しい一歩と、未来の星空
その夜、村人たちはひとり残らず星空を見上げ、思わず感嘆の声を上げました。これまでずっと星を摘んできたけれど、空をよく見るということをあまりしてこなかった――そんな気づきがあったのです。
光矢は村の青年や子どもたちと一緒に、星明かりの下で歌い、踊り、そして「星への感謝」を言葉にする。星を奪うだけでなく、星を守り、星空を大切にする気持ちを共有する夜でした。
翌朝、村人たちは話し合いを始めます。これからも星を摘む行事は残すが、星を過剰に使わない暮らし方や、夜空を汚さない工夫を取り入れること、そして星空観察や環境学習などを外の人に開放し、新しい形で村を盛り上げる――そんな提案が次々と出てくるのです。
光矢は胸をなでおろし、「この村はきっと変わっていけるんだ……」と確信しました。
星を摘む、その先に
数年後、駿河湾沿いのこの小さな村は「星空を守る村」として静かに有名になりはじめました。満月の夜の儀式は「星を摘む」から「星に感謝する」へと少しずつ形を変え、観光客や子どもたちが夜空の素晴らしさを学びつつ、星の光と村の歴史を知る場所となっています。
夜の空には、まだまだ多くの星が瞬いています。村が星に頼りきる生活を減らしたことで、星が消える速度は大きく緩んだように感じられます。光矢が村を再訪したとき、青年やおばあさんは「おかげで、うちの村はこれからも星と仲良くやっていけそうだよ」と笑って迎えてくれました。
「星は、奪うだけじゃだめなんだ。互いに手を取り合うことで、星は地上を照らしてくれるんだね……」
満天の星空と駿河湾のさざめきが交じりあい、星を摘む村は今もなお、夜ごとに奇跡のような輝きを宿しています。その輝きは、星を愛する全ての人のもとへ、いつでも柔らかい光を送ってくれているかもしれません。





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