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星海(ほしうみ)のひかり

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月19日
  • 読了時間: 5分


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静岡市の夜空は、澄んだ季節になるとどこまでも高く、まるで銀色の砂が散りばめられたように星々が瞬きます。その夜、少年・光太(こうた)は家の縁側から遠くの駿河湾を見おろしていました。おぼろげに月の光が湾を照らし、穏やかな波間に夜空の星がやわらかく映りこんでいます。

「まるで海の底にも、もうひとつの夜空があるみたいだ。」

 光太はそうつぶやくと、胸が不思議なくらい高鳴りました。潮の香りと夜風が入り混じり、遠い宇宙にまで続くみちを示しているようにも感じられたのです。

 翌朝、光太は漁師である叔父に誘われ、漁船に乗って駿河湾へ出ました。朝焼けの空が海面に溶けあい、まるで世界が光に包まれているようです。叔父とともに網を降ろしながら、光太はふと夜明け前の空を見上げました。まだうっすらと星が残り、海と空の境目があいまいにけぶっています。

「夜と朝のあわいには、どんな不思議が潜んでいるんだろう」

 そんなことを考えていると、どこからともなくかすかな声が耳元でささやきました。

「わたしは海の天文学者。夜のあいだ、駿河湾の波間に星を映し、それを地図にして宇宙を旅する。だが最近、この海から見える星が前よりずっとかすかになっているようで、すこし心配なのさ。」

 光太ははっとしてあたりを見回しました。叔父は船のエンジンの音に集中しているようで、今の声には気づいていないようです。いつか読んだ童話の一場面みたいだ――そう思うと、光太の胸はわくわくと高まりました。

 港に戻り、昼間は学校を終えてから、光太は駿河湾に面する浜辺へ行きました。ときおりカモメが低く飛び、波打ち際には貝がらが点々と転がっています。空はまだ青々として、星は見えません。けれど光太は海の天文学者の声を思い返しながら、じっと水平線を見つめました。

 夜になると、浜辺には星の入り江がひろがります。満天の星たちが海の上でゆらゆらと揺れ、まるで海の底にも宇宙があるかのよう。光太はこんどはしっかり耳をすませ、「海の天文学者」に呼びかけました。

「ねえ、どうして星がかすかになったって言ったの? 夜になれば、こんなに綺麗に見えるのに。」

 すると、どこからか低い潮騒に溶けこむように、彼の声がかえってきました。

「街のあかりは増え、海岸もいろいろな設備が立ち並び、光があふれて星明かりが霞み始めているんだ。しかも海には、いろんなゴミや汚れが流れ込んで、波に映る星の像が歪んでしまうことがある。わたしはこの駿河湾を“星海”と呼んで、いつも星を観察してきたが、ここ数年、とりわけ微かな輝きが見えにくくなっているのだよ。」

 光太は胸が痛んだような気がしました。街を明るく照らす光は便利なものだけれど、星を薄れさせる原因にもなるなんて考えたことがなかったからです。そして、海のゴミの話を聞いて、たまに海岸に捨てられているプラスチック袋や空き缶を見つけると、嫌だなと思いながらも何もできずにいた自分を思い出しました。

「ぼく、星と海をこんなに綺麗なまま残したいよ……どうすればいいんだろう。宇宙を夢見るなら、その入り口である海を汚しちゃいけないよね。」

 海風がさあっと吹き、波が白いしぶきをあげたとき、闇夜の中にうっすらと光が浮かび上がりました。そこに現れたのは、まるで星屑を編んだような不思議な小舟。船底には小さな無数の星が輝き、漕ぎ手も漁師とも違う、銀のローブをまとった姿が見えます。

「これは、わたしの“星の船”。この船で、波に映る星を指標に宇宙の彼方を旅するのだ。もし君が手伝ってくれるなら、海に落ちた星がもっと明るくなるよう、できることを一緒に考えようじゃないか。」

 声の主は振り返り、光太にそっと微笑みかけるようでした。

 それからの日々、光太は学校の仲間たちに呼びかけ、週末には浜辺の清掃に出かけるようになりました。クラスメイトだけでなく、漁師の叔父も近所のおじさんも、はじめは半分おもしろがるように集まりましたが、みんながゴミを拾ううちに、その場所がどんどんきれいになり、星の映る海面が確かに明るくなるのを感じました。

 そして、ある静かな夜、月も雲もなく、満天の星が海に降り注ぐように輝いたとき、光太はあの「海の天文学者」の姿を、星の船の中に見た気がしました。銀色のローブがきらめき、振り返る姿はとても優しく、頼もしく見えます。

「ありがとう、光太。君たちの小さな行動が、こうして夜空と海をまた近づけた。これで『星海』は、きっとずっと先の未来にも残っていくだろう。さあ、星の船は今宵も旅に出る。君がいつか宇宙へ行きたくなったら、波間に映る星たちをよく見てごらん。きっと道を照らしてくれるよ。」

 そう言うと、星の船は光のすじを引きながら、ゆっくりと海の果てへ溶け込むように消えていきました。

 光太は浜辺にひとり立ちすくんだまま、きらきらと揺れる星々の反射を眺めました。たしかに海の上にも、海の底にも、そして空の果てもまた光に満ちている。自分が宇宙を夢見るなら、足元にある星海を守り、仲間とともに育んでいくことが大切なのだ――。

 夜が明け、また朝焼けが駿河湾を染めあげる頃、光太は漁から戻る叔父の船を出迎えに、浜辺へ駆けていきました。その胸には、星々へのあふれるような憧れと、駿河湾を愛する気持ちが、ひとつの大きな光となって宿っているのでした。

 ――こうして、海の上に映る星々と、それを見つめる人々の想いは、いつまでも駿河湾に寄り添いながら、未来へと続いていくのです。

 
 
 

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