時の息吹――ローマの古代遺跡を巡って
- 山崎行政書士事務所
- 2月3日
- 読了時間: 4分

ローマ中心部、コロッセオのそばに広がる**フォロ・ロマーノ(Foro Romano)**は、古代ローマの政治や宗教、商業の中心地であった場所だ。いまは列柱や土台だけが残る遺跡となり、かつての栄華を物語るかのように、石の残骸が静かに横たわっている。ここを訪れるとき、人々は誰しも違う想いを抱き、古代の鼓動を感じ取ろうとする。
1. 朝靄のフォロ・ロマーノ
ある早朝、学生のカテリーナはレポートの資料集めのため、まだ観光客の少ない時間帯を狙ってフォロ・ロマーノへ足を運んだ。入場ゲートを抜け、石畳の道を進むと、夜明けの薄青い空が遺跡のシルエットを淡く浮かび上がらせている。 朽ちかけた柱の根元には、朝露に濡れた雑草が伸び、微かな風が柱間を吹き抜ける。その音を聞きながら、カテリーナはこの広場で繰り広げられた古代の演説や祝祭、裁判などを想像する。はるか昔、ここには無数の人々の足音と声が満ちていたのだ。
2. ウェスパシアヌス神殿とティトゥス神殿
フォロ・ロマーノの中央を抜けると、ウェスパシアヌス神殿とティトゥス神殿の遺構が見えてくる。それぞれ皇帝への崇拝を象徴する神殿で、石柱や彫刻の断片が転がり、今はもうそこに祈る人はいない。 カテリーナは、転がる大きな柱の破片に手を触れ、そのひんやりした感触を確かめる。そこには百年以上も、千年以上も前の雨風が刻んだ無数の傷痕があり、真っ直ぐだった表面は少しずつ浸食されている。 「こんな巨大な神殿をどうやって建てたのだろう?」 想像をかき立てられながら、彼女の耳には古代ローマ人の歓声や、その中に混じるドラマの断片が聞こえてくるような気がした。
3. ティトゥスの凱旋門と石畳
やや奥へ進むと、ティトゥスの凱旋門がそびえている。皇帝ティトゥスの勝利を記念して建てられたもので、アーチ内側には軍事行列を描いたレリーフが残されている。その繊細な彫刻は、戦利品を掲げる兵士たちの姿を写実的に刻んでいる。 カテリーナはアーチの下に立ち、レリーフを見上げながら、古代ローマ軍の足音が頭の中でこだまするような錯覚に陥る。古い石畳の凹凸が靴裏を刺激し、その硬さにふと現実に引き戻される瞬間が、遺跡巡りの醍醐味だ。
4. パラティーノの丘からの眺望
フォロ・ロマーノの裏手に位置するパラティーノの丘へと上がってみる。伝説によれば、ロムルスとレムス(ローマ建国の双子)が発見された場所とも言われるこの丘は、皇帝たちの宮殿が立ち並んだ高貴な地でもある。 丘の上から見下ろすフォロ・ロマーノは、ちょうど遺跡全体が俯瞰できる絶好のスポットだ。朝日が高くなり、崩れかけた石の列柱の影が長く伸びている。その向こうにはコロッセオの巨大な輪郭が青空に映える。 カテリーナは思わず息を呑む。ローマの街がまるでジオラマのように広がり、古代と近代が不思議に融合して見えるのだ。
5. 昼下がりのカフェにて
遺跡を一通り歩き回った後、カテリーナはフォロ・ロマーノ近くの小さなカフェで休憩をとることにした。観光客も多いため、店内は英語やフランス語、スペイン語など、さまざまな言葉が飛び交っている。 カウンターでカプチーノを注文し、テラス席に腰を下ろすと、温かいミルクとコーヒーの香りが疲れた体をほぐしてくれる。ここから見える古代遺跡の石柱群と、通りを行き交う現代の車やバイクとの対比が、改めてローマという都市の持つ多層性を実感させる。
6. 夕陽と石の語り
日が傾き、空がオレンジと紫のグラデーションに染まる頃、カテリーナは再びフォロ・ロマーノ周辺を散策していた。観光客が減り、静けさが戻ると、柱やアーチ、石畳がまた違う表情を見せる。 黄昏の光がレリーフの陰影を強調し、古代ローマの歴史が現代に影を投げかけるような光景になる。彼女は腰を下ろし、ノートに今日見たもの、感じたことを綴(つづ)りはじめる。歩いて得た実感、触れた石の冷たさ、想像の中の軍勢の足音……その全てがローマの遺跡を生き生きと語らせる要素だ。
エピローグ
フォロ・ロマーノ、パラティーノの丘、ティトゥスの凱旋門――いずれも古代の栄華を象徴する場所だが、そこに立つ遺跡は黙して何も語らない。それでも、朝夕の光や訪れる人々の想像力が、石たちに再び息を吹き込むかのよう。 カテリーナが帰る頃には、ローマの街灯がともり、夜の帳(とばり)が降りてくる。石の列柱は闇の中にシルエットを滲(にじ)ませ、それを静かに見守る月が古代からの物語を照らしているようだ。 ローマ――石に刻まれた歴史は永遠でありながら、訪れる人々の心を通じて、今日も新たなドラマを生み出している。
(了)





コメント