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最後のディスプレイ


静岡駅前のデパートは、いつも開店前から人々の足音が響いている。駅直結の利便性と、地上数階にわたる多彩なテナント。そこに入っているアパレルショップ「レーヴァンテ」では、毎月恒例の「ディスプレイコンテスト」が行われていた。

 月に一度、店員たちが正面入口のディスプレイスペースをそれぞれのアイデアで飾り、最もセンスと売上に貢献したディスプレイを作った者が「月間トップスタイリスト」に選ばれる。優勝者には社内での高い評価と、特別ボーナスが与えられるため、店員たちは皆血眼になる。その中でも、莉奈は不動の王者だった。

 莉奈は入社八年目。上品なメイクと落ち着いた口調で、顧客からの信頼も厚い。以前は社内コンクールでファッションコーディネート部門の最優秀を取り、店長から「うちのエース」と呼ばれるほど。その彼女が「ディスプレイコンテスト」を六連覇していることなど、誰も疑う余地がなかった。

 ところが、今月のコンテストでは、新人の**美空(みそら)**が突然注目を集める。入社半年、まだ二十歳そこそこの若いスタッフだ。美空が作り上げたディスプレイは、カラフルな春物ジャケットを中心に、細やかな小物やパンフレットをバランスよく配置し、店の奥行きまで美しく見せる仕掛けがある。一見派手さはないが、なぜか客が思わず足を止めたくなるような雰囲気を醸していた。

 「あの子、なにか裏技でも使ったんじゃないの?」 雑貨担当のスタッフがそうひそひそ話す声が莉奈の耳に入る。誇り高い莉奈には、面白いはずがない。だが、最初は静観していた。新人が多少いいディスプレイを作っても、所詮は初心者の思いつき。一時的な話題に過ぎない――そう思っていた。

 しかし、コンテスト直前になると、美空のディスプレイが想定以上に売上に貢献していることがデータで判明する。そこに掲げたコートやバッグなどがじわじわと売れ、客が「これは美空さんが勧めてくれたので……」とレジに現れることが増えた。

 店の裏にあるバックヤード。その一角にある休憩室で、莉奈は紙コップのコーヒーをすすりながら眉をひそめる。

 「美空ちゃん、最近調子いいわね。あのディスプレイ、どこかで見たような構成なのよ」 同僚が声をかけてくると、莉奈は言葉を選びつつ呟いた。 「私が去年の秋ごろに作ったデザインに似てる……って思わない? 色の置き方や、ポスターの位置づけがそっくり。気のせいかな」

 そう告げた瞬間、自分の胸に広がった黒い感情に莉奈自身も戸惑う。いまの発言は“自分のアイデアを盗まれた”と主張しているに等しい。でも疑いなくそうと決めつけるには根拠が足りない。むしろ事実確認すらしていない。ただ、自分の優位が脅かされる危機感に焦っていた。

 コンテスト前夜。デパートが閉店し、客のいないフロアを慌ただしく走り回る店員たち。各自がディスプレイに最後の仕上げをする時間だ。莉奈もまた、今月のテーマ「春の新色とエレガントライフ」を意識しながら、小物や写真を絶妙に配置し、いつものように完璧なスタイルを完成させる。何度も位置を直し、ライトの角度を調整しながら、「これなら誰にも負けない」という自信が湧いてくる。

 そこへ、美空がふらりと現れ、ペコリとお辞儀。謙虚そうな微笑みが、莉奈には却って挑発的に見える。

 「莉奈さん、いつもすごいですね。今回も素敵です」 莉奈は苦笑で返す。「あなたこそ新人らしからぬ人気ね。私のディスプレイ見て何か参考にしたかしら?」 美空はきょとんと瞬きをする。「えっと……参考というより、勉強にはなります。でも私、専門学校時代からグラフィックデザインをやってたので、結構自分なりのスタイルがあるんです」 その言い方が、莉奈の神経を逆なでする。“あなたの力なんて借りていない、自分の才能でやっている”と言われたように感じられた。

 翌日のオープンと同時にコンテストが始まる。客が投票し、かつ売上実績が加味される仕組みだ。莉奈は自分が絶対に勝つものと思っていた。ところが、投票状況や売上速報が出るにつれ、美空のディスプレイが猛烈に追い上げているという情報が流れてきた。

 莉奈は悔しくてたまらない。さらに追い打ちをかけるように、店長がバックヤードで「美空ちゃんのディスプレイ、すごく評判いいのよ。SNSでも拡散されてるみたい」と嬉々として話すのを耳にし、嫉妬の黒い炎が胸を焦がす。

 そんな中、誰かが「美空のアイデアは莉奈さんの過去のデザインをコピペしてるだけじゃない?」と噂を立てていることが発覚。莉奈の耳に入ったとき、彼女は胸がざわつきつつも「そうよ、私が先にやっていた」「美空のものじゃないかも」と疑念を重ね、さらに感情をこじらせていく。

 コンテスト二日目の閉店後。莉奈は自分のディスプレイ前に立って、誰もいない店内を見渡す。すっかり暗くなったフロアに響く足音が近づき、振り返ると、そこには美空が立っていた。

 「莉奈さん、ちょっとお話ししたくて……」 「……何?」 美空は意を決したように口を開く。「私、今回のディスプレイ、実は莉奈さんの過去のレイアウトを拝見して、それをアレンジしました。でも、ただ真似したわけじゃないんです。莉奈さんの色の置き方に憧れて、そこから新しい発想をつけ足してみたくて……」 莉奈の心が揺れる。自分の疑念が当たった形だ。でも美空が盗んだというより、自分の技術を尊敬しつつ発展させた、と言っている。 しかし、莉奈はプライドを捨てられない。「どうせあなた、私を利用してトップを奪うつもりでしょ? 結局は誰のデザインかを曖昧にして……」 美空は言葉を詰まらせ、涙目で首を振る。「そんな、私は……ただ、いいものを作りたかった。お客さんがわぁっと喜んでくれたら、それで十分だと思って……」 莉奈は、今度こそ自分が悪者になっていると感じ、感情が制御できなくなりそうな自分に戸惑う。

 コンテスト最終日、店内の投票結果が発表された。大差はなく、ほぼ互角だったが、最終的に僅かに上回ったのは美空だった。 拍手や驚きが湧き上がる中、莉奈はショックで頭が真っ白になる。店長や他のスタッフは、美空を祝福しに行く。そんな光景を横目で見つめながら、「もう私は終わったのか」と背筋が震えた。

 翌朝、結果的に「月間トップスタイリスト」を奪われた莉奈は、誰にも言わずにバックヤードで悔し泣きをしていた。そこへそっと現れたのは美空だった。 「本当にごめんなさい。私のせいで……」 莉奈は顔を上げ、深呼吸をする。「でも、あなたのディスプレイにはお客さんが集まった。それは事実だし、嘘じゃない」 美空は静かに微笑む。「莉奈さんに憧れてました。だから、いつか超えたいと思ったのも事実です。でも盗んだわけじゃない。まねごとをしているうちは本当の意味で超えられないと分かってます。だから、私なりにアレンジしたつもり……」 莉奈は改めて自分の小ささを痛感する。自分が認めたくなくて、彼女を一方的に悪者扱いしていただけなのだ。

 その日の終業後、店長から全員に連絡が回る。「来月からディスプレイコンテストのルールが変わるわ。お客さんを混乱させるより、全スタッフで一つの最高のディスプレイを作ろう、という方針に変わります」 莉奈は拍子抜けする反面、なぜかすっと肩の力が抜けたように感じる。もう「私が勝たなきゃ」と躍起になる必要はない。自分以外の才能を認め、協力し合うことで、より良いディスプレイを作る道が開かれたのだ。 美空が帰り際、莉奈に声をかける。「良ければ今度、一緒に考えませんか。莉奈さんの色づかい、とても好きだから……」 莉奈は小さく笑みを返し、「ええ、私もあなたの空間の使い方、学びたいと思ってたの」と答える。二人の間に、初めて温かい空気が流れた気がした。

 最終日、店の正面には、莉奈と美空、そして他のスタッフも参加して完成させた「最後のディスプレイ」が輝いていた。テーマは「夏のはじまり」。海辺をイメージした涼しげな演出に、店頭を通りかかる人々が自然と足を止める。 店長が遠巻きに笑顔で見守る中、莉奈は美空にそっと囁く。「ありがとう。あなたのおかげで、私もまた新しい一歩を踏み出せそう」 美空ははにかんだ笑顔で、力強く頷いた。そのディスプレイには二人の才能と思いが折り重なり、見えない火花や嫉妬を乗り越えた証が溶け込んでいる。 客の視線を浴び、鮮やかなコーディネートが目に映る。そのディスプレイが語るのは、競い合いの果てに芽生えた「協力」と「尊重」。誰かを貶めるためでも、自分だけが目立つためでもない。今は、ただ「お客さんが楽しめるディスプレイを作る」――それこそが本来の目的だと、二人は気づいたのだ。

 「最後のディスプレイ」――その呼び名は、互いを傷つけ合う競争を終わらせ、次なるステップへ進むためのメッセージでもあるのかもしれない。

(了)

 
 
 

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