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最終章 夕暮れはいつも、説明不足だった


夏の終わりは、音から先に来る。

蝉の声が急に減るとか、夕方の風が少しだけ冷たくなるとか、そういう分かりやすい変化よりも先に――朝、台所の水の音が長く聞こえるようになる。

祖母が米を研ぐ音。鍋の蓋を置く音。湯飲みの底が畳に触れる音。

生活の音が、夏の中で少しだけ輪郭を持ちはじめると、夏はもう終わりのほうへ向かっている。


その日も、やかんは鳴く前に気配を立てていた。

湯気がまだ見えないのに、茶の匂いだけが先に沈む。茶町の匂いに似た、内側へ落ちていく匂い。

幹夫(みきお)は、湯飲みを両手で包んだ。熱が掌に移る。移った熱は、外側に貼りつく潮の膜とは違って、じっと胸の奥に居座る。


祖母は台所の奥から、天気の話みたいに言った。


「今日、来るってよ。お母さん」


“来る”という言い方が、家の中の空気を少しだけ硬くした。

硬くなるのに、割れない。割れない硬さは、最近増えた。

割れずに硬いまま置いておける、ということがあるのだと、幹夫はこの夏で覚えた。


居間では父がテレビをつけたまま、音量を一段下げた。

その動きが、返事の代わりなのも、もう知っている。

父は振り向かずに言った。


「……何時だ」


祖母が代わりに答える。


「午後四時くらいだと。影が伸びる前に、って」


午後四時。

静岡の午後四時の影は、光より生活に近い顔をしている。

帰る人の足を早くする影。言いかけた言葉を、喉の手前で止めてしまう影。

幹夫はその時間を思っただけで、胸の奥がきゅっと狭くなった。


狭くなるのに、固まらない。

固まらない狭さは、もう逃げないで済ませる狭さだった。


午後四時が近づくと、家の中の匂いが少し濃くなった。

だしの匂い、畳の乾いた匂い、洗ったシャツの匂い。

祖母がいつもより丁寧に、座布団の向きを揃える。

揃える動作は、言葉の代わりに段取りを作る。段取りがあると、人は座っていられる。


幹夫は、自分の部屋で引き出しを開け、録音の入った小さなUSBを指先でつまんだ。

冷たい。

冷たいものは、いまここを確かにする。確かにすると、余計な想像が少しだけ減る。


机の上には、賞状の筒と、原稿用紙を挟んだクリアファイルと、薄いコピーの束がある。

どれも紙なのに、重さが違う。

重さが違うのは、紙の厚さじゃなく、触った手の順番が違うからだ、と幹夫は思った。


玄関の方で、靴が脱がれる音がした。

その音は、軽いのに、家の中をまっすぐ歩いてくる音だった。

すぐに祖母の声がして、その次に、母の小さな「おじゃまします」が聞こえた。


幹夫は部屋を出て、廊下で一度立ち止まった。

立ち止まると、足の裏に畳の柔らかさが戻る。

柔らかさは、逃げ道ではなく、倒れないための場所になる。


居間に入ると、母が座布団の端に座っていた。

手提げ袋を両手で抱え直す癖は相変わらずで、その抱え直しだけが「ここに来た」を確かにする。

父は向かいに座っている。背筋はまっすぐなのに、体重を預けきっていない座り方。

祖母が間に座って、湯飲みを置いた。湯飲みの底が、畳に小さく鳴る。


母が幹夫を見て言った。


「……幹夫」


小さい声。小さいのに沈まない声。

清水の風の中でも、堀の前でも、茶町でも、同じ種類で届いてきた声。


幹夫は一拍遅れて返した。


「うん」


それだけで、胸の奥が少しだけほどけた。

ほどけたのは、言葉が出たからじゃない。声が往復したからだ。


父は母を見なかった。

見ないまま、湯飲みを持って一口啜った。

啜る音が小さい。小さい音は、家の中で長く残る。

祖母が笑って、間を埋めるように言う。


「暑かったら、冷やしもあるでね。ま、まずは茶ぁ飲め」


茶は苦味が先に来て、遅れて甘みが残る。

遅れて残るものがある、という順番は、今日も助けだった。

誰かの言葉も、すぐには甘くならない。すぐには届かない。

届かないまま残る時間があるから、あとから残るものがある。


母は湯飲みを両手で包み、湯気を少しだけ吸ってから言った。


「……この前の放送、録ってくれたって聞いた」


父の手が、一瞬だけ止まった。

止まったのに、湯飲みは落ちない。落ちない止まり方。

母はその止まりを見ないふりをして、続けた。


「幹夫、もしよかったら、聴かせて。いまじゃなくてもいい」


“いまじゃなくてもいい”という逃げ道が、優しくて、かえって胸が痛い。

逃げ道があると、逃げないほうを選ぶ重さがはっきりする。


幹夫はUSBを取り出して、テーブルの上に置いた。

置き方が、湯飲みの底みたいに静かだった。

静かに置くと、ものは逃げない。逃げないぶん、現実になる。


父はUSBを見なかった。

見ないまま、湯飲みの縁を指でなぞらずに押さえた。

押さえる指先が、紙袋の角を押さえるときと同じだった。落としたくないものの押さえ方。


祖母が、何でもないふりで言った。


「ほら、聴いてみりゃ。今のは今で、残るで」


母がスマホを出し、USBを挿せる小さな変換を探して、少しもたついた。

もたつきが生活っぽくて、幹夫はそのもたつきに救われた。

儀式みたいに始まるより、こういう“段取りのずれ”のほうが、壊れにくい。


再生のボタンが押される。


「夏は、匂いが先に帰り道を作る」


自分の声が、居間の空気を一段だけ変えた。

変えたのに、誰も動かない。

動かないのに、祖母の背中が少しだけ小さくなる。

母の目が、音の行き先を追うみたいに揺れる。

父のまぶたが、一度だけゆっくり閉じて開いた。


声は続く。

火薬の匂い。煙がほどける方向。帰り道の混み方。

言葉の中で、あの夜の国一が息をする。

そして、その息が終わる。


録音が止まったあと、居間にはすぐ言葉が戻ってこなかった。

戻らない時間は、怖い。

でも怖さは、壊れる怖さじゃなく、“次をどこに置けばいいか分からない”怖さだった。


母が、小さく息を吐いた。


「……声、沈まないね」


沈まない。

駿河湾の前では沈んだ気がした声。

安倍川では運ばれた声。

放送室では戻ってきた声。

沈むか沈まないかは、声の問題じゃなく、受け取る場所の問題なのかもしれない、と幹夫は思った。


父がそこで、ほんの短く言った。


「……聞こえる」


聞こえる。

褒め言葉でも励ましでもない。

でもそれは、父が置けるいちばん壊れにくい言葉だった。

壊れにくい言葉は、受け取れる。


母が父を見なかったまま、静かに頷いた。


「……うん。聞こえる」


“聞こえる”が、同じ部屋で二回言われる。

同じ言葉なのに、温度が違う。

違う温度が、同じ場所に置かれても壊れない――そのことが、幹夫の胸の奥を少しだけほどいた。


祖母が笑って、茶菓子の皿を押し出した。


「ほれ。甘いのも食べりゃ、苦いのも分かるで」


甘いのは、あとからくる。

あとからくるものがあるという順番は、今日も助けだった。


母は長居をしなかった。

長居すると言葉が要る。言葉が要るほど、余白が足りなくなる。

足りない余白のまま、言葉を置くと倒れる。倒れた言葉は拾うときに余計な形になる。

余計な形を、今日は増やしたくなかった。


玄関で靴を履くとき、母は小さく言った。


「……また、来てもいい?」


来てもいい、という聞き方は、許可を求める形をしている。

許可を求める形の中に、怖さが混ざっているのが分かって、幹夫は目を伏せた。

伏せた視線の先には、畳の目がある。畳の目は逃げない。逃げないものを見ると、息ができる。


祖母が先に言った。


「来りゃいいだら。茶ぁあるし」


父は黙っていた。

黙っているのに、玄関のたたきに置かれた母の靴の向きを、ほんの少しだけ揃えた。

揃える動作は、言葉の代わりに「出ていく人の足元」を作る。

足元を作るのは、見送る人のやり方だ。


母がそれに気づいたかどうかは分からない。

分からないままでもいい。

分からないまま残るものがある、とこの夏、幹夫は知った。


母が外へ出ると、潮の匂いではなく、夕方の草の匂いが玄関から入ってきた。

午後四時を過ぎた空気は、光より生活に近い顔をしている。

影が先に伸びる。

影の伸び方は、説明不足のまま「今日はこうだった」を置いていく。


母は門のところで振り返った。

手提げ袋を抱え直す癖が、最後にもう一度出る。


「幹夫」


呼ぶ声は小さい。

小さいのに沈まない。

幹夫は一拍遅れて返した。


「うん」


母はそれだけで頷いて、歩き出した。

歩き出す足音は、すぐに生活の音に紛れる。

紛れるのに、消えない。

消えないのは、誰かが家の中でそれを聞いているからだ。


母が帰ったあと、父は納屋へ戻った。

麻ひもの擦れる音が、また一定に響く。

一定の音は余計な言葉を薄くする。薄くなると、胸の奥の段差だけが見える。


幹夫は裏へ回って、茶畑の方へ歩いた。

夕方の畝は影を深くしていて、葉の裏が少しだけ暗い。

暗い葉の奥で、風がまだ動いている気配がした。

風はまだ、茶畑の奥で――声になる前の音を抱えている。


畝と畝の間に立ち止まると、遠くの町が山影の中へ入り始めている。

山影の町で、幹夫は立ち止まった。

立ち止まると、世界が少しだけ傾いて見える。

午後五時が近づくと、光はまだあるのに、影が先に「終わり」を準備する。


そのとき、潮の匂いがほんの少しだけ混ざった。

遠い。

遠いのに、外側に貼りつく匂いが分かる。

駿河湾の方角。沈む声の方角。

沈む場所があるということは、流れる場所があるということでもある。

安倍川の向こうで止まっていた夏も、止まったままではいられない。止まっていたのは、たぶん場所ではなく、自分が立ち止まった瞬間の内側だ。


幹夫は、富士の方角を見た。

雲が薄くかかっていて、輪郭だけが“いる”と言っている。

見上げるには幼すぎたころの首の痛みが、一瞬だけ戻る。

けれど今日は、痛みが痛みのまま遠ざかった。

痛みが遠ざかるということは、痛みを否定しないということなのかもしれない。


幹夫はポケットからスマホを取り出し、母のトーク画面を開いた。

白い入力欄が、相変わらず「書け」と言ってくる。

書けと言ってくる白は、怖い。

でも今日は、その白の上に、置ける形の言葉が一つだけある気がした。


文字ではなく、短い音声。

長押しして、赤い丸を点ける。

時間が動く。動く時間は逃げ道を減らす。

逃げ道が減ると、言葉は固まるはずなのに――今日は固まり方が、少し違った。


「……母さん」


言って、息を吸って、吐いて。


「……きょう、来てくれて、ありがとう」


言えた。

言えたのに、胸の奥がきゅっと狭くなる。

狭くなるのに、固まらない。

固まらない狭さは、倒れないための狭さだった。


指を離して、送信する。

送信された表示が出て、声は外へ出る。

外へ出た声は、駿河湾に沈むかもしれない。

でも沈むかどうかは、今ここでは決めなくていい。

沈む声にも役目がある。沈まない声にも役目がある。

役目は、あとから分かる。茶の甘みみたいに。


幹夫はスマホを伏せ、茶畑の葉にもう一度だけ触れた。

葉は固い。固いのに、触ると少しだけしなる。

そのしなりが、言葉の形に似ていた。

硬すぎず、柔らかすぎず、声が落ちない場所にだけ乗れる形。


家に戻ると、祖母のやかんが鳴いた。

湯気が立ち、茶の匂いが部屋に広がる。

苦味が先に来て、遅れて甘みが残る。

遅れて残る甘みが、さっき送った「ありがとう」の残り方に似ていた。送った瞬間には何も変わらないのに、湯気の中で、あとからじわっと効いてくる。


居間で父がテレビをつけたまま、音量を一段下げた。

振り向かずに言う。


「……帰ったか」


“母”とも“お母さん”とも言わない。

でも、誰のことか分かる言い方だった。


幹夫は一拍置いて答えた。


「……うん。帰った」


父のリモコンの手が止まって、また動いた。

音量がもう一段だけ下がる。

言葉じゃない返事。父の返事。


「……そうか」


それだけ。

でもその「そうか」は、今日という日を壊さずに机の上へ置くみたいに静かだった。

静かだから、崩れない。


夜、幹夫は机に向かい、原稿用紙の端に一行だけ書いた。


「夕暮れはいつも、説明不足だった。だから、言葉は遅れて残る」


書いて、消しゴムは取らなかった。

整っているかどうかは分からない。

でも今日は、整っていないまま置いていい気がした。置いてみないと分からないことがある。


窓の外で虫が鳴いた。

蝉ではない、小さな声。

夏が本気を出したあと、少しだけ引いていく声。

その声は、途切れてもまた鳴ける鳴き方をしていた。


幹夫はまだ、言葉を持たない。

けれど、持たないままでいい時間があること――持たないままでも、湯気の向こうで誰かと同じ甘みを待てることを、この夏の終わりの午後四時の影の中で、指先だけが確かに覚えていた。

 
 
 

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