未払い請求の落とし穴
- 山崎行政書士事務所
- 1月9日
- 読了時間: 6分

第一章:小さな相談
都心から少し外れた工業地帯の一角にある、佐伯(さえき)行政書士事務所。看板こそ質素だが、中に入ると書類が山積みされた机が目に飛び込む。所長の**佐伯信一郎(さえき・しんいちろう)**は、この街で長年、中小企業の法務支援をしてきたベテラン行政書士。多くの地元企業が彼を頼りにしている。
そんな朝、扉のガラス越しに影が見えたかと思うと、控えめにノックが響く。入ってきたのは、半ばうつむき加減で気弱そうな若い社長――**多田(ただ)**という名らしい。「すみません、ウチ……代金が支払われないんです」困惑した声で、彼はそう言った。いわく、自社は地元工場で下請けの板金加工を行っているが、発注元からの支払いが何度となく滞っているとのこと。佐伯は、静かに耳を傾けながら「具体的にはどれくらいの期間、未払いなんですか?」と問う。「もう……半年ほどの案件が、少なくとも数百万円単位で……。問い合わせしても『業績が厳しくて』と曖昧に流されていて……」多田は恥ずかしそうに言葉を濁す。しかし、彼の目には切実な光が宿っていた。
第二章:下請法の捜索
早速、佐伯は下請代金の支払いに関する法律――いわゆる下請法(下請代金支払遅延等防止法)のルールを頭に思い浮かべる。
発注元は支払いを遅延する正当な理由があるのか
発注書や請求書の不備がないか
親事業者(発注元)側が優越的地位を乱用している可能性
佐伯は机から法律関連の分厚い資料を取り出しながら、多田に尋ねる。「発注時の契約書はありますか? それとも口頭で発注を受けてるんですか?」多田は「口頭が多いんですが、メールのやり取りは残っている。請求書は何度も出してるけど……」と語る。「なるほど、まずは証拠を揃えましょう。相手がグダグダ言うだけじゃ法的には通用しませんからね」佐伯の声には、静かな闘志がこもっていた。
第三章:怪しい発注元の影
数日後、多田が持参した資料を精査していると、どうも発注元である森嶋(もりしま)商事の動きが怪しい。
発注書が整理されておらず、支払い条件が曖昧。
下請先が同じような未払いを抱えている可能性がある。
メール文面から見ても「いずれ支払うから、待ってほしい」と繰り返しながら、具体的な時期は指定していない。
佐伯は「ひょっとすると、この発注元は意図的に請求を隠蔽しているかもしれない」と疑い始める。下請法ではこうした優越的地位の乱用は違法行為だ。そこでさらに調査を進めると、複数の取引先が同じように**“森嶋商事が支払いを先延ばししている”**という噂を囁いているのを突き止める。「これは、ただの不況や資金繰りの問題じゃない。もっと根が深いぞ……」佐伯の胸に嫌な予感が走る。
第四章:潜む不正行為
佐伯は弁護士の**石野(いしの)**と連携し、森嶋商事の内部情報をリサーチ。すると興味深い事実が浮かび上がる。
森嶋商事の実質的な経営権を握っているのは、外部から来たコンサル出身の**長谷川(はせがわ)**という男。
長谷川は発注先に**「うちと取引続けたかったら値下げに応じろ」**と脅し、不払いになっても文句を言わないよう巧みに操作しているらしい。
さらに複数の取引先を意図的に巻き込み、請求自体を曖昧化して上層部への報告を隠蔽しているという噂が……。
「奴ら、まるで会社ぐるみで“下請法”を踏み倒してるようなものじゃないか」佐伯は怒りを抑えきれず、机を軽く叩く。傍らで多田が怯えたように縮こまる。だが、佐伯の目には闘志の火が灯っていた。「不正を見過ごすわけにはいかない。下請法をフル活用して反撃してやろう……」
第五章:下請法に基づく逆襲
さっそく、佐伯は作戦を練る。弁護士の石野と連携しながら、
請求書の再作成(詳細な日時・金額・取引内容を明記)
支払い猶予の正当性を問う文書
複数下請先との連携――各社が同じように声を上げれば、森嶋商事も黙っていられない。
監督官庁や公正取引委員会への相談――下請法違反を申し立てる手段。
そして、佐伯はこれらを一括してまとめた資料を作成。「未払いが続いている現状、下請法上も重大な問題がある」として、森嶋商事に内容証明郵便を送る準備をする。多田は心配顔で「本当に大丈夫ですか? こんなの逆恨みされないか……」と気弱になるが、佐伯は静かに微笑んで**「守るべきものを守るためだ。一緒にやろう」と**背中を押す。
第六幕:森嶋商事との対決
ついに森嶋商事の会議室。長谷川が不敵な笑みを浮かべ、**「文書なんていくらでも書けるが、こっちには関係ない」**と強気で応じる。多田は怯えたように視線を伏せるが、佐伯が前に出る。「長谷川さん、下請法では発注元に優越的地位がある場合、不当な支払い遅延は明確な違反です。私たちは複数の事例を把握しており、公正取引委員会に相談済みです。」長谷川が一瞬表情を歪める。「……公取委? まさか……」さらに石野弁護士が「証拠資料もあります。もし支払いを拒み続けるなら、法的措置を検討します」と静かに告げると、ついに長谷川の顔から余裕が消える。「くっ……ここまで手を回してたとはね」その場で会社上層部にも話が入り、最終的に彼らは未払いを認め、支払いを行うことで合意に至った。
第七幕:取引の透明性と家族の涙
数日後、多田のもとに森嶋商事から代金が振り込まれたとの連絡が入る。長らく苦しんだ資金繰りが改善し、工場も従業員の給料をやっと支払える見通しが立つ。「助かった……。ほんと、佐伯先生がいなかったらウチは倒産してたかもしれない」多田は感謝の言葉とともに目に涙を浮かべる。佐伯は「僕はただ、法に基づいて書類を整えただけですよ。でも、これで皆さんが救われるなら、やりがいがあるってものです」と照れ笑い。その場には多田の幼い娘の姿もあり、「お父さん、もう笑ってる!」と嬉しそうに抱きつく。その光景はなんとも言えず温かく、佐伯の胸を熱くした。
エピローグ:未来への一歩
森嶋商事は今回の一件で社内改革を余儀なくされ、下請先への不正な扱いを改めることとなった。地域の中小企業たちはやっと正当な報酬を得られるようになり、一時的に諦めかけていた取引も少しずつ復活しそうだ。「下請法というルールがある限り、発注元の横暴は見過ごされない。そのために私たち行政書士や弁護士がいるんだ」佐伯はそう呟きながら、自分の手を見つめる。この街で起きた未払い問題――“落とし穴”は確かに深かった。でも、法を使い、書類を駆使し、人々を救う術がある。それが分かったとき、人々の笑顔が再び取り戻される。そして、この経験を糧に、佐伯はまた新たな依頼へと歩み出す。地方の小さな事務所から、社会を支える力が生まれるということを、改めて感じながら。
――こうして、“未払い請求の落とし穴”という闇を乗り越え、中小企業とその家族たちは再び希望を抱いて進んでいく。行政書士の書類と下請法が導いた小さな奇跡が、静かに、しかし確かに、この街に息づいていた。
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