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東海道ミッドナイト・トレイン

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月19日
  • 読了時間: 6分


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静岡市の中心街を抱く夜の闇は、駅前のネオンサインや街灯にいくぶん薄められている。ビルの灯がまばらに消えはじめる頃、東海道本線のホームでは、終電を待つ人々の姿が少しずつ減っていき、やがてプラットホームはしんとした静寂に包まれる。

 しかし、その夜の静岡駅には、どこか不思議な空気が漂っていた。普段は見ることのない、青い車体を持つ列車がホームに入ってきたのだ。

静岡駅・午前零時

 中学二年生の少年・**未都(みと)**は、夜の街を抜け出して、静岡駅へやって来ていた。もともと鉄道が好きで、たまに夜の駅で終電を眺めるのが趣味なのだ。家族には内緒でこっそり抜け出して、いつものようにホームの隅から線路を見つめていると――見たこともない青い列車が、ミッドナイトブルーの車体をきらめかせながら静かに入線してきた。

「あれ…? こんな夜行列車って走っていたっけ?」

 不審そうに眺める未都の前で、車掌らしき人物がドアを開き、ハンドランプを掲げて静かに言う。

「東海道ミッドナイト・トレイン、まもなく出発いたします。ご乗車になりますか?」

 その声には、不思議な響きがあった。まるで耳元で直接囁かれるような感覚に包まれ、未都は誘われるように列車へ足を踏み入れてしまう。

青い車内と見知らぬ乗客たち

 車内は薄暗い照明に包まれ、座席はふわりとした白いシートでできている。窓の外は夜の街の灯が流れていくはずなのに、いつの間にか線路が闇の中を走っているのか、光の粒がちらちらと星のように瞬いている。

 乗客はごくわずか。白髪まじりの紳士や、大きな旅行鞄を抱えた女性、車掌の制服を着た少女らしき人――どこか現実離れした雰囲気をまとっていて、未都は話しかけづらい。

 未都がそっと座席に腰を下ろすと、窓が見せる風景がふいに変わる。静岡の町の灯が消え、代わりに昔の宿場町の風景らしきものがぼんやりと広がってきた。ぼろぼろの提灯を掲げて夜道を行き交う人々や、旅籠の入り口で灯される行灯のかすかな光――。

「これって……もしかして、過去の東海道……?」

 そう思い、身を乗り出したとき、車掌の制服を着た少女が隣に立っていた。

「ようこそ、東海道ミッドナイト・トレインへ。ここでは、過去と未来、そして夢と現実の東海道を旅することができます。あなたはどんな行き先を望みますか?」

 未都はたじろぎながらも、一歩も引けない不思議な力に誘われ、すぐにこう答えていた。

「ぼくは……この列車が行くところを、最後まで見てみたい……!」

宿場町と近代の光

 列車がトンネルのような暗い空間を抜けると、窓の向こうには江戸時代と思しき静岡の風景が広がった。まだ「駿府(すんぷ)」と呼ばれていた頃の街並みが、深夜の薄明かりのもとでしんと息づいている。城下町には土塀が連なり、商家の軒先では行灯がゆらめく。

 そこから列車はもう一度闇をくぐり、今度は近代化が進んでいく街の姿を見せる。煉瓦造りの洋館や、初期の鉄道が敷かれた頃の駅舎、やがて戦後の高度成長期にかけてビルが建ち並ぶ様子も垣間見える。

 未都はその光景を目の当たりにして、静岡の町が時代を追うごとに変化していく過程に胸を揺さぶられる。

「こうして見ると、街はこんなにも姿を変えてきたんだ……。」

 そのとき、車内の天井がきしむような音を立て、列車が急に揺れはじめた。まるでどこか別の時空へ転移するかのように、視界がすみやかに白くぼやけていく。

未来の静岡と使命

 気がつくと、窓の外には高層ビルが林立し、空にはドローンのような飛行物体が往来している静岡の街があった。夕暮れのようなオレンジ色の空気が漂い、駿河湾には巨大な海洋施設らしき構造物が浮かんでいる。人々はマスクやゴーグルを着けて歩いているのか、少し息苦しそうに見えた。

「これが……未来の静岡……?」

 未都の胸に不安がよぎる。大気はどこかくすんでいて、遠くに見える安倍川も流量が減ったかのようだ。茶畑も縮小され、ロボットが管理するような大規模な農場がかろうじて機能している――そんな場面を窓から確認できる。

 その瞬間、車内放送が響いた。

「次は、未来の東海道本線、未来の静岡。ここから先は自己責任での下車となります。」

 車掌の少女が未都の隣に現れ、厳かな目で告げる。

「もしあなたが、この未来が嫌だと思うなら、また別の道を探してほしい。この列車に乗ったからには、あなたにも何か使命があるはず……。」

 未都は迷った末、決意を込めて答えた。

「ぼくは……この未来がこんなふうになるのを変えたい。どうすればいいかわからないけど、きっと道はあるんだよね。」

東海道の風を感じて

 再び列車が走り出し、窓の景色が白い光に溶けていく。次に意識が戻ったとき、未都は車内の席でうたた寝していた。ハッと目を覚ますと、ホームのアナウンスが聞こえ、どうやら列車は静岡駅に到着しているようだ。

 しかし、あの青い車体は消え失せ、代わりに普通の東海道本線の電車がホームに停まっている。時刻はもう夜中の十二時を少し過ぎたところ――終電の時間帯だ。

「あれ……夢だったのか……。」

 そう思いながら立ち上がろうとすると、手のひらに小さな切符が握られているのに気づく。それは「東海道ミッドナイト・トレイン ___行き」とだけ印字された、薄い星屑のような紙切れだった。

 未都はしばらく切符を眺めていたが、軽くうなずき、「よし」と小さく声を上げた。夢か現実か、わからない。でもあの未来をなんとか変えられるなら、今から少しずつ行動してみよう――。環境に配慮した暮らし方、街をきれいに保つこと、みんなと協力し合うこと。自分ができる小さな一歩を踏み出してみるつもりだ。

新しい朝

 翌朝、未都は家の窓から東の空を見た。朝日は静岡市の街と駿河湾を柔らかい光で照らし、遠くには富士山が輪郭を映している。風の匂いはどこか爽快で、昨夜の不思議な体験を思い出すと、胸が高鳴った。

 ――あの夢の列車は、もしかすると今夜も、東海道を走り続けるのかもしれない。過去と未来、そして現実と幻想を結びながら。そこに乗り合わせた人々に、小さな気づきを与えては、また闇の中へと消えていく。

 未都はポケットにしまった星屑の切符を握りしめ、心の中でつぶやく。

「ありがとう。ぼく、これからも静岡がいい街であるように、できることをやっていくよ。いつかまた、あの列車に乗る日が来るかな……。」

 東海道ミッドナイト・トレインは、この町の誰も知らない時間帯に、そっと走り去っていく。あるいはあなたが夜中に目を覚ましたら、静岡駅のホームで青い車体をちらりと見かけることがあるかもしれない――。

 夜の闇にきらめく星と、街を行き交う電車たち。そのはざまで開かれる不思議な扉は、今日もまた見えない旅人たちを乗せ、時空を越えて東海道を走りつづけるのだ。

 
 
 

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