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松原の亡霊

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月12日
  • 読了時間: 6分
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第一章:火の玉と大火災

 三保の松原に生まれ育った人々の間では、昔から火の玉の目撃談がささやかれてきた。夜の松林をふわふわと浮遊する光の玉――それは「亡くなった天女の魂」だと信じられ、地元の人々は深くは干渉せず、遠巻きに静かに見守るのが慣習だった。 しかし、その年、火の玉にまつわる噂は突如として険悪な表情を帯びる。「火の玉が松林を大火災に巻き込んだ」――事実、夜の浜辺で突発的に火の手が上がり、松原の一部が燃え盛る惨状となったのだ。多くの被害を出した火災で、数十本の松が焼け落ち、民家にも被害が及んだ。 町の人々は恐怖し、同時に怒りも抱える。いったい火の玉がどうしてこんな大惨事を引き起こしたのか、誰も答えを持っていない。昔から火の玉は見かけても害を及ぼすことはなかったのに――。そんな戸惑いが、静かだった町を重苦しい空気に包む。

第二章:焼け残った鏡

 火の玉が起きた付近を捜索していた消防団が、不思議な焼け焦げた古い鏡を発見する。それは灰色になりかけた錆や煤まみれで、フレームにはどこか古い文様が浮かび上がるが、詳細は分からない。 なぜこんな鏡があの場所にあったのか――町にはいろいろな噂が立ちはじめる。鏡こそが天女の持ち物だったとか、火の玉を呼び寄せた“呪いの品”だとか、根拠のない話が飛び交うばかり。 その話を聞きつけ、地元の記者翔太は強い興味を覚える。なぜ鏡が現場に落ちていたのか? まさか単なる偶然ではないのでは? そして火の玉がほんとうに「亡くなった天女の魂」だとしたら、どんな因縁がそこにあるのか……。

第三章:天女伝説のもう一つの真実

 翔太は、市役所で保管されている三保の松原にまつわる古い記録を洗いなおす。これまでも“天女の羽衣”を観光資源とする企画はあったが、その多くは脚色された一般的なストーリーに終始している。 ところが細かい報告書を掘り起こすと、かつて**「天女を祀る」**形で松原周辺を支配した旧家が存在し、そこでは天女が確かに地上で死んだというバリエーションが信じられていた形跡がある。 さらに付属のメモには「天女はその土地にいた人間たちに裏切られ、羽衣を奪われた末に海へ身を沈めた」といった伝説も残されている。もしこれが事実なら、火の玉が“亡霊”として現れる理由が垣間見える気がする。 翔太の胸を嫌な寒さが走る。まさか伝説がそのまま実体化しているわけではないだろうが、“人間に裏切られた天女の怨念”という要素が何かのメタファーになっている可能性は否定できない。

第四章:見えない力の脅威

 地元住民の中には、今回の大火災を機に「火の玉は天女の復讐だ」と騒ぐ者が現れる一方、「誰かが故意に火を放ったのでは」という実質的な放火説も根強い。警察も捜査を進めているが、決定的証拠に乏しい。 翔太は焼け焦げた鏡に着目し、これが事件の鍵を握っているかもしれないと感じていた。その鏡が旧家かどこかで管理されていた“天女の遺品”なのではないか――そんな思いが頭をよぎる。もし鏡を通じて何かが呼び起こされ、火の玉が現れたのだとすれば……。 しかしあくまで仮説。翔太は更なる情報を得るため、天女伝説を深く調べる史料を探し始める。そこに記されるのは、天女が一度亡くなったあと、その魂が羽衣とともに“何か”を宿して三保の松原に取り憑いた、という異様な解釈。 現実離れしながらも、火の玉に悩まされている町の現状を思うと、無視できない嫌な整合性を感じてしまう。**「この“亡霊”は人間が招いたのか?」**という疑問が、翔太の探究心をさらに掻き立てる。

第五章:人間の罪と鏡に映るもの

 調査を進めるうち、翔太は旧家の一族や町の古株からいくつか厄介な事実をつかむ。そこにはかつて町が天女伝説を利用して利益を得ようとした過去があり、それによって誰かが犠牲になった――と囁かれている。 今でもその影響は息づき、一部の住民は「天女様の怒りを鎮めるには何かを捧げなくては」という口承を固く信じており、まるで暗黙の“贄”を肯定するような空気すら感じられる。 “神秘”と“欲望”が交差するとき、人の罪や恨みが生まれ、それが今でも火の玉の形で町を襲っているのでは……と翔太は戦慄する。さらに、焦げた鏡は、その罪を映し出す装置だったのかもしれないと思うに至る。**「自分の行為を見ろ」**と天女が叫んでいるかのように。 これらの事実をどう町に知らせるか、あるいは知らせるべきか――迷う翔太に、次なる事件が襲いかかる。二度目の火の玉が現れ、また別の場所で小規模な火災が発生したのだ。

第六章:町を追いつめる亡霊

 再度の火災により、町は混乱に陥る。観光業への打撃は避けられず、住民の間に不満と恐怖が増幅する。ある人は「火の玉こそ天女の亡霊だ、我々に罪の清算を迫っている」と騒ぎ立て、またある人は「誰かの放火を天女の仕業にして逃れようとしている」と喧嘩腰になる。 翔太は、二度と悲劇を繰り返させたくないという一心で、火の玉の正体を解明しようと必死だった。調べてみると、焼け焦げた鏡が今度は別の場所で発見されたという情報が入る。どうやら火の玉と鏡がセットで出現している……? まるで鏡は、天女の魂を受けとめる媒介なのか、あるいは火を操る鍵なのか。だが科学的に説明できるかといえば、それも困難。事件性を探る警察も動いているが、証拠がない以上、ただのオカルトと言わざるを得ない。 まさに町は追いつめられ、混乱に包まれ始めた。そんなとき、翔太は偶然にも町のはずれで一人の老人に出会い、その人こそがかつての羽衣伝説に深く関わった“当事者”の家系だと知る。

第七章:火の玉が告げる真実

 老人は静かに真相を語る。昔、町の一族が“天女伝説”を都合よく捏造し、そこに利用された一人の女性がいた。彼女を“天女”として担ぎ上げて土地を奪い、あるいは金銭的利益を得ようとした。結局、女性は人々の裏切りにより死に追いやられ、その怒りや悲しみは町の松原に残り続けたという。 そして、その象徴が“鏡”だった。天女が最後に羽衣を焼き捨てようとした際、鏡を介して“自らの姿”を封じ込めた。「火の玉」は、その封じられた亡霊が、町が再び過ちを犯そうとしているときに警告を発する形で現れている――そんな言い伝えだという。 話を聞き、翔太はぞっとする。つまり、今まさにこの町が再度同じ過ち、すなわち誰かを犠牲にしようとしている兆しがあるというのか。誰がその犠牲となるのか。 悩む翔太は、火の玉を止める手段などあり得ないが、少なくとも町がまた天女を利用する行為に走るのを防ぎたいと決心する。**「自分がこの亡霊の本当の意味を伝え、過去の過ちを清算できるなら……」**と。

 夜、町の広場で、翔太は記者として公の場で真実を語る。火の玉が町を焼くのは、過去の罪を反省できない人間への警告であり、天女が訴える“正義”に耳を傾ける必要がある……。住民の中には胡散臭げな視線を向ける者もいるが、同時に琴線に触れた顔つきの人もいた。 その夜の松原は凪いでいて、火の玉が現れることもなかった。やがて、町はこの伝説をもう一度洗いなおし、真実を表に出す取り組みを始める。おそらく、それが天女への“贖罪”であり、新たな始まりになるのだろう――そう翔太は信じる。 「松原の亡霊」は依然として、潮の香りの中に息づいている。けれど、その亡霊を一概に災厄とは言えない。人間の過ちを忘れさせないための、彼女の最後のメッセージなのかもしれない――。

 
 
 

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