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松登屋静岡店 - 「Blanc Cubeの秘密」



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松登屋静岡店の七階にある「Blanc Cube」。一流のアートと高級品を扱う、洗練されたショールームだ。広いフロアには白を基調とした展示空間が広がり、照明の加減や音響まで計算されたその空間は、一種の神聖ささえ醸し出している。 その「Blanc Cube」で、先日開催された特別展示会の終了間際、ひとつの展示品が忽然と消えた。展示されていたのは、世界的に有名なガラス工芸作家による一点物のオブジェ。繊細なカットが施されたクリスタルの表面には、虹色の光が幻想的に反射する。 問題は、行方不明になっただけでなく、店内の監視カメラになにも映っていなかったことだった。展示室内だけでなく、廊下やスタッフルーム、搬入口のどれを確認しても、オブジェを運び出す人物は写っていない。店の担当者は当初、社員による内部犯行を疑ったが、証拠は一切見当たらない。警察は調査に入ったものの、明確な手がかりを得られず、事件は迷宮入りの様相を見せ始めていた。

 主人公・**上条三和(かみじょう みわ)は、元警察官の経歴を持つセキュリティコンサルタントだ。十年前に刑事課を離れた後、企業やビルの防犯システムを設計・点検する仕事をしている。そんな彼女のもとに、ある日一本の電話が入った。 「三和、悪いんだけど、ちょっと力貸してくれない?」 電話の主は、松登屋静岡店で働く旧友の桧垣(ひがき)**だった。店内で起きた盗難事件について相談したい、という。もちろん、警察との連携もあるが、内部の事情を考えると表立って動きにくい。そんなとき、元刑事で今は外部の防犯スペシャリストである三和に白羽の矢が立ったのだ。

 翌日、三和は静岡店にやってきた。桧垣は事件の概要を素早く説明し、そして「Blanc Cube」に案内する。中に入ると、展示室はまだ立入禁止状態で、スタッフたちの沈んだ空気が漂っていた。 「監視カメラの映像はすでにチェックした?」 「ええ、全方位確認しましたが、不審な人物も荷物の動きもまったくありません。スタッフ入口も通路も厳重に管理されていたんです」 「となると、内部犯か、あるいは“カメラに映らない”手段を使ったとしか思えないわね」

 そこで三和はまず、防犯システム全体の構造を調べるところから始めることにした。Blanc Cubeの監視カメラは最新の赤外線センサー付きで、通常の照明が落ちた状態でも人の動きを捉えられる。カメラを避けるのは至難の業だ。

 「ねえ、松登屋の建物そのものに、なにか気になる点はない? たとえば改装されて塞がれた通路とか、昔使われていた裏口のようなものとか」 そう尋ねると、桧垣が言いにくそうに口を開く。 「実は、十数年前の大改装のときに、一部の地下通路が封鎖されたって話を聞いたことがある。店の一部区画を拡張するために廃止したらしいんだけど、詳細は公にはされていないんだ」 「廃止“した”だけで、本当に塞いだかどうかはわからないってこと?」 「そう。私も社員になりたてだったから、実際に見たわけじゃないんだけど……昔からの社員の中には、“あれはほんとはまだ通じている”って言う人もいるよ」

 数日後。 三和は、桧垣からこっそり手に入れた古い館内図と現在のフロアマップを照らし合わせ、閉鎖されたはずの地下通路を探索していた。途中まで来ると、水漏れを起こした跡があり、コンクリートが崩れかけた場所が見つかった。そこには錆びた鋼製の扉があり、無理をすればこじ開けられそうに見える。 「これが“秘密の通路”ってやつか……」 三和が懐中電灯を扉の隙間に当てると、内側には手でこすったような跡があった。最近通った形跡だ。

 翌朝、三和は桧垣を通じて、店の古株社員数名にヒアリングを行った。すると興味深い証言が得られた。 「ここがまだ百貨店じゃなくて“呉服店”だった頃の話だがな、当時の店主が地下に隠し通路を作っていたらしいんだ。戦時中の空襲警戒や、大事な品を守るための備えだったとか……。今は改装で潰されたって話だけどね」

 その言葉を聞いて三和は直感する。今回の犯人は、この秘密の通路を知り尽くしている人物ではないか。単に地図を手に入れただけではなく、この建物の歴史と構造を深く知る人間。 さらに古い記録を調べていくうちに、ある名前が何度も出てくる。**久世(くぜ)**という、かつて松登屋の仕入れを一手に担っていた仲買人の一族だ。戦後の混乱期、経営難に陥った松登屋が久世に支払いを遅延し、結果的に久世は破産に追い込まれたという。長年培った信用を失い、行方をくらましてしまった――そんな過去があった。

 「まさか、恨みを晴らすための犯行……?」 三和はその可能性を桧垣に打ち明ける。 「でも、久世一族はとうの昔に散り散りになったって聞いてる。誰が今さらそんなことを?」 桧垣は納得がいかない様子だったが、三和は一抹の不安を抱いたまま、再び地下の封鎖区域へ向かった。

 こっそり調べてみると、あの錆びた扉は案外スムーズに開いた。裏にはかすかに人が通った形跡があり、壁を照らすと人影が揺れた。 「――誰!」 三和が声を上げると、廊下の奥から人が飛び出してきた。若い男性だった。黒い作業着を身にまとい、顔にはマスクをしている。いきなりこちらに襲いかかってきたが、元刑事として体が覚えている技術で、三和は男の腕をひねり上げて床に押さえ込んだ。 男の顔からマスクがずれ落ちると、ずいぶん若い。二十代後半くらいか。何か怯えたような視線で三和を睨んでいる。

 「久世の名前を知ってるんでしょう? あなたは彼らの子孫か、それとも関係者?」 男は口を開きかけてやめ、また開いてはやめる。しばらくして観念したように声を漏らした。 「……俺の祖父は、久世家でずっと仕入れを任されていたんだ。裏切られて、全てを失ったって、ずっと聞かされて育った。どうしても、松登屋を許せないと思ってた……」

 男の計画はこうだ。地下の通路から松登屋の施設内に忍び込み、Blanc Cubeの展示品を盗むことで店の評判を落とし、さらに高値で売りさばいて復讐と金銭を得ようとした。赤外線センサーを避けるために、調整された冷却装置を使って体温を極力下げた状態で動いたという。さらに展示室の天井部分には盲点になる死角があり、そこを通過していた。 「恨みはわからなくはない。でも、あなたがやったことは犯罪よ」 三和が厳しい口調で告げると、男はなにも言えずに俯いた。

 事件が解決に向かうとともに、三和は松登屋側に提案した。 「今回の盗難事件を二度と起こさないためには、デパートの構造や歴史の“グレーゾーン”をきちんと洗い出す必要があるわ。目に見えない通路や隠し部屋は、防犯の大きな盲点になるから」 松登屋静岡店の支店長は、今回の事件を機に建物の改修とセキュリティシステムの見直しを約束した。Blanc Cubeも、より厳重な防犯体制を敷くことが決定される。

 「でも、なぜカメラには一切映っていなかったんだろう?」と桧垣が首をかしげると、三和は苦笑した。 「赤外線センサーやカメラの“作動範囲”を把握し、その間を無理やり這うように移動すれば、映るのはかすかな影にしかならない。しかも服の内側に冷却剤を仕込んでいれば、体温はほとんど検知されないわ。正直、自分が担当していたら防げたかどうか……」 最後に、男はこっそりと展示品を地元のブローカーに売り渡そうとしていたらしい。しかし、ブローカー側が警察の捜査を恐れて手を引き、慌てて盗品を地下通路に隠していた。その場所に気付いた三和に取り押さえられた、というわけだ。

 こうして、松登屋静岡店とBlanc Cubeを揺るがせた盗難事件は幕を閉じた。 その夕方、七階のカフェラウンジで、三和は桧垣とコーヒーをすすりながら、ほっと一息ついていた。 「まさか地下の通路が、本当に生きてるなんてね。改装時に“ふさいだ”と言っても、実際には最低限の補修で済ませていたんだろうな」 「建物の歴史って、意外な形で人を翻弄するのね。恨みがずっと長い時間をかけて受け継がれて、こんな事件を起こすなんて……」 三和は黙ってコーヒーカップを置いた。 「恨みだけじゃなくて、私たちが築いてきたものも、同じように時を超えて伝わっていく。いいことも、悪いこともね」 そう言ってどこか切なげに笑う三和の姿を、桧垣はじっと見つめた。

 外に出ると、沈みかけた夕日が静岡の街を茜色に染めている。遠くには駿河湾の光も見えた。 三和はあらためて背筋を伸ばし、デパートの重厚な正面扉を振り返った。この大きな建物に刻まれた歴史と秘密。それらは一朝一夕に消え去るわけではない。けれど、だからこそ今後は、真実を明らかにしてしっかりと管理することが必要なのだ。 「Blanc Cubeの再開は来月の予定だそうよ。次こそ、誰もが安心してアートを楽しめる場所になるように、私も協力するわ」 桧垣にそう伝えて、三和は軽く手を振る。彼女の脳裏には、アートが放つ光と、深い地下の闇が同時に浮かんでいた。 秘密の通路と、恨みの物語。そして再び迎える、新たな幕開け――。 その全てが、松登屋静岡店の歴史の一部として、これからもずっと語り継がれていくのだろう。

 
 
 

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