桜の森に映える光
- 山崎行政書士事務所
- 1月17日
- 読了時間: 5分

序章:風にそよぐ白い花
船越堤公園には、山裾からゆるやかに登る道沿いに数多くの桜が植えられている。春になると、御殿山を背景にして、その斜面はまるで白い雲海のように花で埋まる。**新田 和夫(にった かずお)**は、その光景を見たくて久しぶりに故郷を訪れた。まだ少し肌寒い風の中、遠くからでも、一面に咲き誇る桜がうっすらピンク色の霞を放っているのがわかる。
第一章:桜の名所に帰り着く
大学から東京の企業に勤めた和夫だが、多忙な毎日に疲れ果て、しばらく休暇を取って帰省することにした。実家は船越堤公園からほど近い住宅街にあり、幼い頃は御殿山の方まで散歩に出かけ、草むらで転げ回った記憶がある。「まだ桜、残ってるかな……」和夫はそう呟(つぶや)きながら、あたりを見回した。ちょうど満開を少し過ぎたころで、風が吹くたびに花びらが雪のように舞い散っている。少し物悲しい反面、何とも言えない美しさを感じた。
第二章:公園で出会った老夫婦
そんな折、公園の木陰で腰を下ろして休んでいる老夫婦が目に留まった。「こんにちは。いいお天気ですね……」和夫が控えめに声をかけると、老夫婦は笑みを浮かべてうなずいた。**奥さんは「今日が今年の見納めかしらね、桜もずいぶん散ってしまって」と言い、夫は「でも、この花吹雪こそ趣がある」**と穏やかな声で続けた。彼らは地元で長らく暮らし、子どもたちは皆巣立って遠くへ行ってしまったという。「私たちだけが、この土地で桜を見守る番だ」と照れ笑いをする様子に、和夫はどこか安らぎを覚えた。
第三章:御殿山へ誘われる
翌朝、公園で再び老夫婦を見かけた和夫は自然と声をかけられた。「せっかくなら、御殿山のほうも行ってみなさい」と夫が言う。御殿山の山頂付近にも桜の森があり、そこで見る景色は圧巻だと。和夫は迷ったが、誘われるまま老夫婦と連れ立って山道へ向かうことに。途中で買った甘酒を手に、ゆるやかな坂道を登っていくと、やがて正面には富士山もちらりと顔を出し、海の向こうに陽光がきらめく。老夫婦はそれを仰ぎながら「ここには思い出が多いんですよ。私たちはここで花見をした日に結婚を決めたんです」と微笑(ほほえ)む。和夫は、その言葉に不思議な温かさを感じ、自分も何か失ったものを取り戻しているような気がした。
第四章:老人の語る、桜が見守る人生
山頂近くの休憩所で、老夫婦はゆっくりと話し始める。「私たち、ずっとここで暮らしてきて、桜の木が世代交代するのを何度も見てきたんです。若木が伸び、古木が枯れ……でも、必ず新しい枝が花を咲かせる。その繰り返しが私たちの人生かもしれない」と妻。そして夫が続ける。「花は散るけれど、必ずまた芽吹く。人間も失うものは多いけれど、新しい生き方を見つけられる。……君は東京から戻ってきたって言ってたね?」和夫は小さくうなずく。自分が勤める会社は激務で、限界に近い状態だった。結局すべて投げ出して休職し、なんとなく実家へ帰ってきたというわけだ。**「ここで桜を見てると、昔の自分を思い出すんです。でも、何も前に進めていない」**と打ち明けたとき、老夫婦は「焦らずともいいじゃないか」と優しくうなずいた。
第五章:風の音に紛れる希望
後日、和夫は公園の近くに自販機で飲み物を買おうとしたところ、またあの老夫婦に遭遇する。**「おー、元気かね?」**と声をかけられ、世間話に花が咲く。話の流れで、夫が今度地域の花見イベントを企画していることを知る。若い人が少なくなり、準備が大変だという。それを聞いて和夫は「僕で良ければ手伝いますよ」と自然に申し出る。作業をしながら桜の木々の中を歩いていると、もう満開は終わりかけていたが、あちこちで散った花が地面を薄紅色に染めていた。ひらひらと舞う花びらが、まるで「また来年も待ってるよ」とささやいているようだ。
第六章:花見イベントと新しい一歩
花見イベント当日、老夫婦の呼びかけに応じて近隣の住民や子どもたちが集まり、和やかな雰囲気が漂う。小さなステージが設けられ、地元の子どもたちが歌を披露し、屋台には地元の特産物が並ぶ。桜の名所である御殿山と船越堤公園一帯が、一日だけ活気に満ちた祭りになるのだ。桜吹雪が舞う中、和夫は笑顔で写真を撮っている。かつては都会で疲れはて、すべて嫌になっていたはずなのに、今はこの朴訥(ぼくとつ)とした温かい空気の中で、気が晴れている自分に気づく。
終章:桜の樹はこれからも
最後に老夫婦が「今年はもう花も終わりかけだね。けれど、また来年、きっと美しく咲くよ」と話す。和夫は深くうなずく。「僕も、またここへ戻ってきます。そしていまの自分にできることを探そうと思います」老夫婦は微笑(ほほえ)み、「その時はまた、一緒に花を見よう。ここは、いつでもあなたを迎えてくれる」と言ってくれた。桜は世代交代をしながら、何十年もここを見守ってきた。人間もまた、失敗や挫折を経ても、新しい生き方を見つけられるだろう。紛れなく“桜の名所が見守る人々の物語”は、また来年も、その先も咲き続ける。この日、散りゆく花びらを見上げながら、和夫の胸はあたたかい希望に満たされる。“来年はもっと大きく咲く花を見られるかもしれない。そのとき、俺も新しい自分でここにいられるだろう。”そう心の中で誓い、風に乗せて天に届ける。桜の樹は、静かに枝を揺らして応えるかのように、彼を見守っていた。
(了)





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